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編集王子

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Thank you !!!

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桜の花もすっかり散ってしまった4月8日、我々有志が向かったのはここ、京王多摩川駅近くにある京王フローラルガーデンです。
ここはバーベキュースペースが併設しているのですが、もう何回行った、ってくらいのヘビーユーザーな私、そして私共です。
季節季節の花を愛でながら、約5000円で美味しいお肉、お野菜をいただき、なんとバラエティ豊かな種類のお酒が飲み放題なのですから、一度行ったら病みつきになること、間違いないのですよ。
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今年も、こんな感じで乾杯です。
今年はじめに亡くなった親友も、よくこの乾杯図に収まっていたものでした。
もう一緒に乾杯することはないのだな……なんて感傷が過ぎりましたが、せめて、この先もずっと生きていく我々が、健康で、愉快に毎日を過ごすことが、友人にとっては喜ばしいことではないかと思うしかありませんね。
……そう思うしかないのです。
実は先頃、いつも同級会で顔を合わす中学時代の同級生も突然亡くなったところでした。
気が滅入ることばかりが続き、生きていくってこういうことなのかな、と思ったりもするのですがね。
残された我々は、とりあえず、いただいた貴重な時間を精一杯、楽しんで過ごすしかないのかな、と思ったりするのです。
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ソメイヨシノはもう終わっていましたが、他の桜、そして春の花は満開です。
まあ、我々は花より団子の口、ガーデン探索はさておき、肉に野菜にお酒に一心不乱だったのですが(^_^)。
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天気もよく、気心の知れた友人たちとのひとときは、日頃の疲れもストレスも、一気に吹き飛ばしてくれるものです。
毎日こんな感じだったらどんなに素晴らしいか、なんて思ってしまいますが、まあ、たまの休みにこういう思いができるからこそ、そういう時間を大切にし、楽しむもうと思うのでしょう。
ホントに何もないときにバカンスを楽しもうと思っても、何だかいろんなことが気になって、心から楽しむことはできなかったりしますもんね〜。
って、日本人特有の貧乏根性かもしれませんが(^_^)。

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今回はピザ作り体験にも挑戦(^_^)。
皆を代表して、不肖ヨッチー先輩(真ん中だぜ)が果敢にも挑戦いたしましたが、だいぶ酔いがまわっていたからなのか、本能が脂を求めているからなのか、「オリーブオイルかけ過ぎ!」で、ちょっと不評でございました。
ごめんねごめんね〜。


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# by yochy-1962 | 2018-04-10 19:30 | グルメ | Trackback | Comments(0)

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こちらは、私が毎年訪れて、定点観測のように同じところから写真を撮っている、池尻大橋寄りの、目黒川の桜です。
今年も美しく、見事な咲きっぷりです。
特に今年はちょうど満開の時期に訪れることができました。満開の日だからなのか、平日というのにたくさんの花見客。みんなヒマだねえ(はっ、自分もでした)。

そういえば昨年も、しばらくだんまりを決め込んでから、この桜の画像とともにブログ復活をしたのでした。
今年も、奇しくも同じになりました。
時間はどんどん過ぎていって、大切なものも、愛しいものも、容赦なく時の彼方へ流していってしまいます。
抗うことなどできないことは分かっていても、もう、二度と会うことができない人を思うときの、胸を締め付けられるような苦しさは、残された者がこの先、一生背負っていかなくてはならないものなのでしょうか。
それが「人生」というのなら、なかなか辛いものです、人生というものは。

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しかし、この方の「完全復活宣言」は、「スター誕生!」から見守っていた我々オールドファンにとっては、揃って「長く生きてきてよかった」と思った瞬間だったのではないでしょうか。

デビュー40周年記念の公演は残念ながらチケットを取れなかったのですが、今回、45周年チケットは見事ゲット!
ここのところの落ち込みがちな気分をすっかり春色に変えてくださいました。

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会場は予想通り、50代以上の「オールドファン」がほとんどといった感じ。会社では重役クラスといったタイプの、加齢臭プンプンな(失敬。ま、オレも同じようなものか)客層です。

あっ、Yahoo!ニュースのコメント欄あたりで「客はみんなあの宗教の信者?」なんてのもありましたが、見もしないでいろいろと書き込むのは失礼にもほどがあるというものです。
昭和の一時期、トップアイドルとして君臨した彼女を今でも応援しているファンは、まだまだ健在、なのですよ。
ヒット曲といったら「わたしの青い鳥?」なんて言っているようじゃ、論じる土俵にも立てないのですよ。
それだけは申し上げておきます。

まあ、以前はそういう書き込みひとつひとつ、鼻息を荒くして反論していたものですが、ああいうネットの住人は、単に無責任に騒ぎ、叩けると思ったものには容赦なく徹底的に叩くだけの、それこそ下衆の極みの輩ですからね、ほっとくことにしました。

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とにかく復活、なのです。
今回は久しぶりの新曲と「サンタモニカの風」「リップスティック」「しあわせ芝居」「化粧」のニューアレンジバージョンの披露のほか、神津カンナさんによる作品の朗読劇など、バラエティ豊かに、そしてこれからの芸能活動の方向性を垣間見せてくれたような、とても有意義なライブだったと思います。

やはりこの人は「天性の女優」だと思いました。
一人芝居における、ブランクを一切感じさせない見事な演技、というより舞台度胸。
ボイストレーニングを続けていたというだけあって、声もまだよく出ていたと思いますが、この人の最大の魅力はその演技力、だと思います。

特に舞台。
「病院坂の首縊りの家」「お引越し」などの映画、「ニューヨーク恋物語」「澪つくし」「独眼竜政宗」などのテレビドラマなど、細胞の中まで染み付いてしまうほど印象的な、ある意味「主役殺し」と言えるほどの名演技を披露してくれた彼女ですが、それでも、この人の真骨頂は舞台にあると思います。

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だから今後、ちょっとしたいい脚本を得て、また心に棲みついてしまうほどの演技を我々に見せていただきたい、そしてその期待を持つことができました。

相変わらず「外野」はうるさいです。
本当のところは私も、いろいろなことをクリアして、堂々と、残された時間を芸能活動に邁進してほしいと思ったりもします。

しかし、何を言っても額面通りには受け取ってくれないのが現実です。
まあ、彼女にそんな野望があるわけではないのでしょう。あくまでもファンを大切にして、今まで支えてくれたファンに、ありがとうの代わりに、いまできることを届けたい、という彼女の心持ちを、全面的に応援したいと、私は思っているところなのです。

とにかく、復活なのです。
喜ばしいことです。
鬱々としていた我々オールドファンは、その25年の「空白期間」を埋めさせていただこうと、準備万端なのです。


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# by yochy-1962 | 2018-04-01 18:00 | 桜田淳子 | Trackback | Comments(0)
人の命なんてちっぽけなもので、どんなに高邁な理想に燃え、歴史に名を刻むような人生を歩みたいと思ってみたところで、それを見事実現できる人はほんの一握り。ただただ必死に毎日を生きて、目先のことに一喜一憂して、泣いて、笑って、そうしてひっそりと人生の幕を下ろすのがほとんど、なのだと思います。
いや、自分も含めてですが。

もちろん、そうした人生をつまらないと言っているのではありません。
自分の生きた証を残せなかったとしても、人様に迷惑をかけず、清く、正しく生を全うできるのは素晴らしいことです。

そして、どんなにひっそりとしたように見える人生でも、それぞれにそれぞれの、無限なる「宇宙」があり、その中に暮らす、その人のエネルギーになる「思い」や「願い」が、必死にその人を動かしているものなのです。

人に優しく、決して声を荒げず、いつも穏やかに笑っていた印象しかない私の親友が、先日心不全で突然旅立ってしまい、なんだかまだ現実を受け入れられず、とりとめもなく「人生」だとか「命」だとかに思いを馳せているところです。

しょっちゅう会って話したり、面白そうな酒場を巡ったり、SNSで笑い合ったりけなし合ったりした仲だというのに、私は彼の、どれだけの「宇宙」を知っているつもりになっていたのか、今になって知らなかったことが多すぎて、愕然とするのです。

亡くなってから、彼のごく近しい方から聞いたのですが、彼はおよそ30年もの間、実家の人達とずっと連絡を絶っていたのだそうです。
そういえば、「こないだ故郷に帰ったんだ」なんて話は聞いたことはあったと思うのですが、親は今こんな状態で、兄妹はどこに暮らしているなどの話は聞いたことがありませんでした。

お母様からは、何度も連絡はあったのだそうです。しかしそれを一切拒否していたとのこと。
どういうことだったのでしょう。あの穏やかな、いつも優しい表情からは、その頑なな行為はあまりにも意外で、驚きでした。

彼と親御さんの間に何があったのか。細かいことまで追求するつもりはありませんが、多分、彼がその先、誇り高く生きていくための、苦渋の決断だったのかもしれません。
清く、潔癖な人柄だからこそのことかもしれません。そう思えば理解できるような気がしました。

どうしても許せないこと、受け入れないこと、誰にもあると思います。
しかし、楽に生きていくために、ある程度のことは見ないふり、そして無理やり呑み込んでいくしかない、ということは、年齢を重ねていけば「処世術」として嫌でも身についてしまうものです。
しかしそれは、彼には許せなかったのでしょう。
決して打ち明けられたことはありませんでしたが、今になって、ただ優しいだけでない、彼の太い「核」を知ったような気がしました。

社会人としては、もしかしたらあまり恵まれなかった人生だったかもしれません。

大学を卒業してから、しばらく定職につかず、肉体労働みたいなことをしていた、なんて話を聞いたことがありました。
それから就職した会社もいろいろ大変だったようで、精神的にずいぶん参っていた時期もありました。
最後は、大変な激務の会社でした。徹夜業務が続き、ここ数年は飲みに誘っても、疲労困ぱいといった様子でした。それでも、いつもの柔らかい笑顔を見せてくれたものでした。

私が最後に彼に会ったのは、今年のお正月、一月一日でした。
友人宅で行われた新年会。いつもの柔和な、くつろいだ表情で彼は座っていました。
顔を合わせた瞬間、「なに、その目の下のクマ」「なに、その、くっきりとしたほうれい線」と、同時にけなし合ったのが、最後の二人のおちゃらけトークになりました。
最後だと分かっていたら、もっと気の利いた話をしていたのに……。今思うと、悲しすぎて言葉になりません。
でも、いつもの会話でくつろげて、それはそれでよかったのかもしれません。そう思うようにしたいです。

いま、こうして彼との思い出を辿っていても、彼が怒っていたり、人を悪く言ったりという場には一度も遭遇しませんでした。ホントに優しい人でした。
でも、もしかしたら、それは彼の宇宙の、私からは片側しか見えない一面だったのかもしれません。
本来ならあと30年は続いたであろう人生を、どのようにイメージしていたのか、いつか、絶縁していた肉親と、どのような折り合いをつけようと思っていたのか、永遠の謎となってしまいました。

でも、これだけは言えると思います。
どんなことがあろうとも決してくさらず、潔癖で、ささやかな喜びを大切にして、友を大切にして、柔らかな微笑みの印象だけ残して終えた人生。
これほど素晴らしいことはないのではないでしょうか。
そんな友人を持てたことに、私は心から誇りたいと思っているのです。

いま、いろいろな怒りやら、無念やら、悲しみやらから解放され、自分が描いた宇宙を自由に、思い切り泳いでいる彼が、私には見えています。

そして、その宇宙をさらに覗こうとしている私に向かって、「ヨッチーはまだまだ早いよ。もうちょっと頑張って、この世のことをオレに報告してくれよ」なんて言っているような、そんな風に解釈しようと思っています。

彼の清く、名もなく、美しい人生に乾杯。
再会する日を楽しみにしています。

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# by yochy-1962 | 2018-01-18 20:00 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)