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編集王子

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Thank you !!!

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没後10年ということで、昨年に発売されていたのに気がつかず、1年経ってやっと知りAmazonで購入。久しぶりに、阿久悠作品の素晴らしさに触れる夏を過ごしております。

亡くなって10年にもなるので、さすがに新しい情報は出てこないとは思いましたが、「東京人」だけあって、阿久悠と東京という斬新なテーマで、彼の作品を再び味わうことができました。
ああ、それこそ亡くなってすぐの頃、やっつけで作ったとしか思えない、間違いだらけの特集記事、ありましたねえ、大人のTokyoなんとかという雑誌。
あの雑誌、まだあるんかいな。

まあ、それはさておいて。

が……。

しかし、そこから出てきた答えは、「阿久悠は東京を愛していなかった、あるいは安住の地としていなかった」のではないか、ということでした。

この方が遺した歌詞の全てを知っているわけではないので鼻高々で言えるものではないのですが、それでも数多い代表曲の中でも、東京をテーマにした曲って、ほとんどなかったのではないでしょうか。

都会を生きる男と女、というテーマの曲はたくさんあったと思います。しかし、「ジョニィへの伝言」にしても「勝手にしやがれ」にしても、はっきりと東京を象徴するような言葉は出てこなかったような気がします。
まあ、阿久先生が歌の中で伝えたかったものは「時代」であったり「人生模様」であったり「新しい男と女の恋物語」だったりすると思うので、そこには別に高層ビルだの東京タワーだの築地市場(笑)だのは必要なかったのかもしれませんが。
都会に行った彼氏を待つ女性が、変わっていってしまう彼を思ってハンカチを握りしめる、なんて歌がお得意だった(?)松本隆先生との大きな違いなのかもしれません。

淡路島で生まれ、夢を持って東京に出てきたものの、家庭を持ってからは東京ではない地に住まいを持った阿久先生にとって、東京はそれほど魅力的な街ではなかったのかもしれません。

というよりも、若い頃は夢だらけだったはずの東京が、年齢を重ねていくうちにそのメッキが剥がれ、ハリボテのような建物や、作り笑いしかできなくなった人々を見ていくうちに、その憧れがすっかり消えてしまって、作品にも登場しなくなった、かもしれません。

そして、東京という街がそれほど特別なところではない、ということも分かってしまったのかなあ、なんてことも、ふと思いました。

昔と比べて、東京に出るということはカジュアルに、特別なことではなくなりました。
東京は巨大な宇宙船だ
でも、乗るには免許証がいる
これは阿久先生が書かれた一文ですが、そういう緊張感を持って過ごすべき場所が、ただ便利なだけの場所に成り下がり、歌にする価値も見出せなくなったのかなあ、なんて思ってしまいました。
まあ、真っ当に生きてきたらそう思うのは普通、なのかもしれませんがね。

とか言いながらも、どんなに殺伐としていても、どんなに夢がなくなってしまったとしても、私は東京という街は好きです。
気をつけて歩けば、歴史の片鱗を見せてくれる場所があり、隣にどんな人が住んでいるのかも分からない没交渉なスタンスも、私にとっては心地よいです。
一人居酒屋で、こんなどうでもいい文章を書いていても、誰からも何にも言われないしね(笑)、最高です。

それにそれに、坂道が多いのも私は大好きです、東京。

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# by yochy-1962 | 2018-07-28 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
コーヒー豆や輸入食材を売っている「カルディ」というチェーン店(全国的なチェーン店なのかな)。

もともとこのお店、コーヒー豆の販売が主流だと思うのですが、自宅ではアルコールしかいただかない主義ですし(うそ)、それよりもなによりも、「おしゃれでございましょ? 」「意識高い系でございましょ? 」という佇まい、客層がなんとなく苦手で、ずっと敬遠していたのでした。

まあ、いま思えば、この程度の品揃えでおしゃれだとか意識高い系だとか思ったりして、昔の私ときたら、どんだけ低い位置から世の中を睨みつけていたんだ、って話ですがね(苦笑)。

でもやっぱり、好物は煮込みとホッピー、昼飯は生姜焼き、鯖の塩焼きの繰り返しで一向に構わない、そしてスーパーの半額シールが貼られた「惣菜ハンター」という異名を持つ(笑)私にとっては、カルディに置かれている、高価で奇をてらった(と思う)食材を見ても、「別に〜」とエリカ様ばりに呟くしかないのでありました。

ああ、その昔、とても近しい方とカルディに行ったところ、その方は、なかなか普通のスーパーでは売っていない食材がわんさかわんさかの陳列にすっかり興奮して、「クスクスのなんとか」とかいろいろご購入されておりましたが、それを使った料理は一度もいただいたことはありませんでしたし、どんな料理を作ったのでしょうかと伺ったのに、一切のコメントもしていただけませんでした。

まあ、そんな感じで約20年、カルディと縁のない生活を送ってきた私なのですが、「カルディの◯◯、美味しいのよ〜」と事あるごとに私に吹き込んで宗旨替えを迫る方々がおり、そのオススメ品を購入し食してみたところ……。

なかなかやるじゃん、カルディ。

まあ、やるのはカルディではなく、それを作ったメーカー、というのが正しいのでしょうが、それらをギュッと狭い店舗の中に揃える目利きは、悔しいけれど大したものだと思いました。

で、オススメされて食べてみたら「おったまげ〜」な商品をちょっとだけご紹介。

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いぶりがっこの、というより、燻製の香りがほのかに漂い、お酒のおつまみにぴったり、という感じの「いぶりがっこオカキ」。こちらはカルディオリジナル商品のようです。
結構な人気商品で、行く店行く店で売り切れ、3店舗目でやっと見つけることができました。
オカキというよりは揚げ餅あられに近い食感。二軒目のバーでいただきたい、といった美味です。
小鉢半分ぐらいの分量しかなくて150円ほど。なかなか高価ではございますが(苦笑)。

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パスタにも、フランスパンにも合う「たらこスプレッド」。
一回分の量を自在に決めて使えるので、ちょっとした風味づけにも使えて便利ですし、何と言っても美味しいのがグー。マーガリンの容器と同じくらいの大きさで350円ほど。割と安価で購入できます。

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渡辺徹さんにも負けない自信がある「マヨラー」(どちらかといったらタルタルソースラー、ですけれど。そんな言い方しないか)としては、このような変わりマヨネーズを見ると見境なく購入してしまいます。
私はこのほかに明太マヨネーズ、辛子マヨネーズを常備しております。時々冷蔵庫の中で眠るこの子達を眺めてニヤニヤしております。
目玉焼きにかけて食べるのが好みです。目玉焼きにマヨネーズ、なんて変態だとよく言われますが(苦笑)。

ということで、好みの商品を見つけてしまった以上、これからもカルディに通うしかありません。
実はこのお店、安手のワインとか、それに合うチーズの品揃えも豊富です。
ここでお気に入りの逸品を見つけてしまったら、もうどっぷりカルディ教の信者になってしまいそうなので、ここでしっかりと財布の紐を締めるつもりでおります(笑)。

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# by yochy-1962 | 2018-07-01 15:10 | グルメ | Trackback | Comments(4)

「どうしてこんなに、オレは……」と、3ヶ月に一度くらいは確実に、己の不器用さを嘆く夜を過ごしている私なのですが、世の中、広いもので、こんな私が唖然としてしまうくらいの不器用っぷりを披露してしまう方に、時々お目にかかります。


あっ、ここで私が言っているのは、なんというか、「生き方」が不器用な人、ということです(その代表格が自分であるということはさておいて)。

手先が器用でも、どんなにカラオケが上手でも、それは関係ありません。

決してできない人ではないのに、どうしてそういうことになっちゃうんだろう、と思わざるを得ない、残念な不器用さんが、中年以上の、特に男性に多かったりするのです。


一言で言うと、鎧で武装するあまり、肝心なことを知ることができない、見ることができないという「不器用」な人(全然一言ではないのですが)。


若い頃はそれなりに、目を輝かせながら、いろんなものを吸収してきた人生だったのでしょう。

だからある程度の知識は持ち、スキルも築き上げ、自信もあったのだと思います。


しかし、世の中はどんどん進化し、変わっていきます。

普通なら、変化に対して取り入れる、取り入れない関係なく、常にアンテナを張りめぐらし、時代の波というものに対応していくのが、これからも第一線で生きていこうとする者の務めだと思うのです。

この先はずっと山籠りでもして、誰にも会わずに生きていこうとするのなら話は別ですが。


いや、覚える、覚えないの取捨選択はともかく、新しいものに限らず、自分が生きていく環境を変えたのなら、まずその環境に順応していくことが、自身に訪れた最初の、最低限の課題だと思うのです。


しかし、昔取った杵柄が忘れられず、新しい環境でも頑なにどしん、と佇んでいるだけの姿は、愚かだなあ、憐れだなあと思わざるを得ません。


そればかりか、変なプライドが邪魔をして、知らない、できないと言うことができず、そのためにどんどん深みにはまって、「愚か」どころか、「役立たず」などというレッテルまで貼られてしまう始末なのです。


最近、身近にそのような方を拝見して、気の毒だなあ、憐れだなあと思っていたところでした。

まあ、私も「不器用界」の片隅で、常にハアハアゼイゼイしている身ですから、こういう案件こそ、反面教師としていかなくてはならないのですがね。


ただ、結構長く生きてきちゃった自身の人生において、私が処世術として身につけたのは、「知らない、分からないことについて、絶対に分かったふりはしない」ということです。

これだけは自信を持って言えます(自信満々で言うことではないですが)。


そりゃ、えっ、そんなことも知らないの? と思われ、馬鹿にされてしまったりもあるでしょう。

しかし、私が詳しく知っていて相手が不案内ということもあるのです(昔話とか70年代アイドルとか大衆酒場事情ぐらいですが)。なんでも知ってるのは林先生クラスにもならない限りあり得ないのですから(それでも初耳があるのですから)、知らないことは恥ずかしいことではないのです。


恥ずかしいのは、知らないことを知っている振りをすること、そして、知らないままに時間を過ごし、後に引けない状態になってしまうことなのです。


そんなこと、当の本人に言うこともできず、言ったところで憮然とされるだけでしょうから、ここでこっそり、書かせていただきました。

頑張ってほしいものです。


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まあ、不器用な人も、そうでない人も、これからの人生に幸あれ!です。

いろんなことを勉強し、身につけて、心豊かな人生を送っていきたいものです

写真の内容については相変わらずで、あまり成長はありませんが(苦笑)。





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# by yochy-1962 | 2018-06-23 12:00 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)