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空に向かって睨みを利かせ続けていたら、午前中のうちにサーッと雨雲がどこかに飛んで行ってくれた週末。
己の神通力も、なかなか大したものです。

そう、この日は秋の「煮込みマラソン」通称「にこまら」。1年に2回ほど友人たちと決行する、ウォーキングと大衆酒場巡りを融合させたイベントの日なのです。雨なんか降ってもらっては困るのです。

今回は高田馬場駅からてくてくと、神田川、そして坂道好きには悶絶ものの目白、音羽、茗荷谷を経由して水道橋、神田の大衆酒場をハシゴしよう、という算段です。
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まず、馬場のメインストリートから神田川に下りていくところにある「栗鼠坂」。
こんなリスのオブジェが印象的な階段です。あっ、坂道の名前は私が勝手につけたものです(^ ^)。
仕事帰り、巣鴨から新宿まで(ダイエット目的で)歩いていた当時、よくここを通り過ぎたものでした。
巣鴨で遅い目のランチを取っているときに東日本大震災に遭って、そこから下北沢にある自宅まで歩いて帰ったのですが、そのときもここを通ったものでした。ものすごく長い距離でしたが、普段歩いて道を知っていたので「帰宅難民」にならずに済みました。
しかし、個人的にもいろいろ大変な時期でした。
いまこうして、懐かしい思いでここを歩けるのは、本当に幸せなことだと思わなくてはいけません。
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ここは東京一急勾配と言われる「のぞき坂」。久しぶりに訪れました。
看板に22%の勾配と書かれていますが……角度を示す「度」、じゃないんですね。たぶん、100%が90度ということでしょうから、30度くらいの傾斜、ということになるのかな?
……己の無学ぶりを晒すことになりますから、止めておきましょう。
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こちらは「日無坂」(右だったか左だったか)。以前日本郵便のコマーシャルでも使われた、ぽつんと昭和が取り残されたような、風情のある佇まいです。
蔦の絡まる素敵なお家は、今でもどなたかが住んでいらっしゃると思うのですが、勝手に写真を撮って、勝手に載せてしまっています、大変失礼でございます。
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次は幽霊坂、と思って進んでいくと、椿山荘の近くに、こんな素晴らしいところがありました。
「肥後細川庭園」。言わずと知れた熊本の細川家の持ち物であったところです。
現在は文京区が管理していて、細川家の学問所であったという松聲閣も含めて、とてもきれいに整備されています。
ちょっとした癒しのスポット。入場無料なのでオススメです。
坂を上っていくとある「永青文庫」は入場料がかかるのでパス(^ ^)。
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こんな立派な教会がここにあるのは知りませんでした。カトリック東京カテドラル教会、というのだそうです。
礼拝堂ではちょうど結婚式がおごそかに行われておりました。
教会というところは割とオープンで(よりたくさんの人に祝ってもらおうというコンセプトなのでしょうか)、部外者である我々にも係りの方はどうぞどうぞ(その代わりお静かにね)と手招きしてくださいました。
全く縁もゆかりもない方の結婚式を見るのも申し訳なく、すぐに退散いたしましたが、とても幸せな瞬間を共有させていただきました。
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さて、「鼠坂」を駆け上り、茗荷谷方面に突入。
春日通りをしばらく歩き、後楽園を抜ければ第一給水ポイント、水道橋です。
のど渇いたあ、飲みてえー。
心の叫び、いや、口に出してたかな(^ ^)。
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春日通りの名前の由来はこの方、春日局ですが、
「春日局といったら大原麗子だよね」と私が言ったら、
「いや、十朱幸代だよ」と友人。
「いやいや、三田佳子でしょ」とまた別の友人。
たぶん皆さん、それぞれドラマで春日局を演じたのでしょうが、年齢の差なのか、今の若い人なら誰と答えるのでしょうかね。
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水道橋で、やっと水分補給です(^ ^)。
名前は失念してしまいましたが、昼から賑わっている串揚げ屋さんに入店(正確には、店内に入れず外飲み)。
とても明るくて雰囲気がいいお店です。
同じように昼から営業していても閑散として入りづらいお店、混んでいても入りたい店、いろいろあります。
家相学とでもいうのか人相学とでもいうのか分かりませんが、お客というものは本能的にそういうものを嗅ぎ分けているのでしょうかね。
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ここは大阪風のお店だからか、煮込みは「土手煮」として提供されました。
基本的に、さっぱりとした塩煮込みよりは、これでもか、というくらい濃厚な味が好みの私ですので、ウェルカムの煮込みでした。
でも、色ほどはしつこくなかったです。
ごちそうさまです。
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神保町を通り過ぎ、神田に到着。
立飲みのメッカとして知られる街ですが、土曜日ということもあってサラリーマンの姿はあまりなく、どこの店も満杯で、なんてこともありませんでした。
我々は神田屋(だったかなぁ)という立ち飲み屋でさらっと飲んで……。
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最後の店は、吟味に吟味を重ね、このお店に決定。
これが正解で、混雑しつつも居心地がよく、従業員の方々も揃って感じがよく、とてもくつろぐことができました。
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で、こちらは珍しい「鹿肉の煮込み」。初体験です。
硬かったらどうしよう、それよりもニオイが強かったらどうしよう……とおっかなびっくり状態でしたが……。
美味い!
トマトチーズ味にまとめていたからか食べやすく、食感はコンビーフに近いかな、脂分は少なく、ヘルシー感満載です。ニオイもほとんど感じられません。
貴重な体験をさせていただきました。
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とどめはこちら、すじ煮込みです。
ドミグラス風ソースでまとめた、洋風煮込み。パンと一緒にいただきます。
こちらも大衆酒場らしくなく、ちょっと気取ってワインを飲みたくなるお味でした。
いいお店でした。ごちそうさまです。

今回は歩行距離約12キロと、それほどハードではありませんでしたが、坂道を上ったり下ったりした分だけ体力を使い、充実感たっぷりで秋のにこまらを終えたのでした。
次の春はどこを歩きましょうか。楽しみです。

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by yochy-1962 | 2018-10-28 11:00 | Tokyo迷子ウォーキング | Trackback | Comments(0)
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20代半ばから約10年間、私は東急目蒲線(現・目黒線、ですね)西小山駅徒歩5分にある、とある絵本の出版社に青春を捧げていたのであります。


「捧げていた」なんて大袈裟な、と思われるかもしれません。

しかし、時はバブル絶頂期。世の中は自分のために回っていると言って憚らないような同年代のバカどもが毎日、今思えば恥ずかしくて堪らない格好をして夜な夜な遊びまくっていた同時期に、私は六本木でも青山でも、渋谷でも新宿でもない、なんてことない住宅地にぽつんとある地味な会社で、「売れない、ああ売れない」を合言葉に、毎日暗い顔をして頬杖をついていたのですから、これを「捧げた」と言っていけない理由があるってものでしょうか(////)。


いや、そうでもないか(^ ^)。

まあ、そこそこ仕事は頑張って、そこそこサボりもしましたが(苦笑)、自主性を重んじてくれる会社ではあったので、果敢にいろんな分野に潜入し、見聞を広げさせていただいた時期ではありました。

その頃培った人脈が、今でも続いていたりするのですからね、感謝しなくてはなりません。


しかし、なんといってもこの時期に鍛えられたのは「酒量」。

どういうわけか大酒飲み揃いだった同僚達と、しょっちゅう駅近くの飲み屋で大騒ぎして、全然下戸だった私も(ウソ)、とんでもない大酒飲みへと成長させていただいたのでした。


会社は残念ながら廃業してしまいましたが(正確には廃業ではないのですが。細かいことを書くのもめんどくさいので廃業としておきます)、先日、当時の同僚、後輩達と、約20年ぶりに西小山の飲み屋を巡ってみよう、という話になったのでした。

当時に行っていたお店があったら、ぜひ行きたいねなんて話をしながら。


目蒲線は目黒線に変わり、線路は地下に潜りました。

駅前から見る景色も、ビルの面影はあるものの店自体は全然変わっています。

「オリーブビレッジ」も「酔虎伝」も「マリアン」も「ばしゃやま亭」も「王さん」もなくなっていていました。残念この上もなし、です。

まあ、もう20年も経っているから仕方がないのですがね。


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しかし、このお店は残っていました。
居酒屋「にんじん亭」です。
いまは京都に引っ越してしまった昔からの友人が、このお店の従業員の知り合いということで紹介され、馴染みにさせていただいたお店なのですが、地元のおじちゃんおばちゃん達に愛され、今でも健在。嬉しいこと限りなし、なのでした。

ただ、行ったはいいものの満席で入れなかったことを考えて予約しようとしたものの、電話は現在使われてません状態。どなたかのブログでは、3年前には確かに存在していたようなのですが、それから辞めちゃったのかなあと思っていただけに、まだバリバリ経営中だったのは感動!でした。

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久しぶりにお会いする大将によると、電話はもう携帯だけにしてしまったのこと。
しかし地元民に愛されているのは相変わらずで、我々の10年後、20年後といった爺の憩いの場として、とてもくつろげる居酒屋さんでした。
このお店は「ハイサワー特区」と認定されているようです。
これはどういうことなのかはよくわかりませんでしたが(まあだいたいはわかりますが)、我々はこんな色っぽいお姉ちゃんのお尻がプリントされたマドラーなどいただきました。きっといいことなのだと思います(^ ^)。

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当時、このお店の奥さんに、美味しいカルボナーラの作り方なんてのを教えてもらったりもしました。
今でも時々、自分でカルボナーラを作るときは、奥さんのレシピをもとに作ったりする私ですが、その奥さんは、15年ほど前に亡くなってしまったのだそうです。
明るくてフレンドリーな方だったと覚えています。
もうかなり前のことなので、大将は淡々と仰っていましたが、我々は返す言葉もありませんでした。
カルボナーラはメニューになかったので、ナポリタンをオーダー。
これでもか、というボリュームをありがたくいただき、店を後にしました。

当時の友と、当時の話をして、どうして、ってくらい楽しい時間を共有した週末でした。

みんなして必死で、不安で、混沌としていて、夢があって、泣いて、笑っていた時期だったのかもしれません。
だからこそその当時を懐かしく思い、その頃一緒にいた友と、時々は近況報告などしながら飲む時間を大切にしたい、と思っているのだと思います。

六本木でも青山でもありません。私の「根っこ」。
また行きたいね、西小山。

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by yochy-1962 | 2018-10-17 20:30 | | Trackback | Comments(0)