
「日本再生酒場」と同系列のこの店、私はすでに何回か伺っているのですが、煮込み料理を自慢としている店だけあって、オリジナリティ豊かな煮込みが絶品の店です。
その他のメニューがちょっと少なく(揚げ物もないし)、ホッピーも置いてないというのが残念ではありますが、まあ、こういう店はさっと飲んで、煮込みをつまんで軽やかに帰るのが主流なのかもしれません。
したがって、午後3時のオープンから、いきなり15人ほどの客がなだれ込み、こういう状況になるとは、店の方にとっては、さしずめ「黒船襲来」といった感じだったかもしれません(笑)。どうも失礼いたしました。

ホントはもっと大きめのお皿で、おつゆもいっぱいいただきたいところですが、まあ、そこまで要求したらバチがあたりますね。

さっぱりとした味付けで、わさびでいただく牛タンなのですが、こしょうがピリッと効いて、コンビーフを思わせる食感もグー、です。

その他、セロリの漬け物だとか、自家製ベーコンだとか、そして二軒目は「世界の山ちゃん」にも行っておいしい手羽先などもいただいたのですが、食べるのに夢中で、おしゃべりに夢中で、そしてジンちゃんが持参の、嫌がらせのように辛いハバネロ(のような香辛料)の衝撃で(笑)、写真のことをすっかり忘れてしまった私でした。研究活動とはいえませんね。反省です。
とても楽しい一夜でした。しかし、昨今の大衆酒場ブームはとどまるところを知らず、いろいろな媒体でいろいろな煮込みの名店を紹介したり、我々がこよなく愛する「加賀屋」を特集した雑誌記事が出てしまったりと、うかうかしていられないのも事実です。
来年も煮込みがおいしい店、そして気取らず、くつろいで飲める店を探し、制覇するために、東京の各地を目を光らせて歩いていこうと思っています。
そのためにはまず健康。何度も言っていることですがね。

人々の心境が反映されるのでしょうが、黒という色はたるんだ体型をシャープに見せてくれるからなのか、洋服ではすでに「定番」の色なので、いまさら流行といわれても、という感じはします。
私自身はあまり黒い色の洋服は好きではないのですが(というより、どういうわけかあんまり似合わないんです、黒)、この色が好きで好きで、という人はよく見かけます。洋服や下着はおろか、シーツやカーテン、部屋の調度品すべてにおいて黒を採用していると公言しているタレントさんもいらっしゃるらしく、そうなってくるとある種の「フェチ」な印象を感じてしまったりもします。
風水的には、黒い色にこだわるのはあんまりよくないことなのだそうです。まあ、黒が好きならば風水もなにも関係なく、大いに着たり置いたり食べたりすればいいのですが、こういう時代こそ、パーッと明るく、ショッキングピンクなものをお召しになって街へ繰り出してもよいのではないか、とも思ったりもします。
平成版「えーじゃないか」の到来!
一億総林家ペーパー状態!
やっちゃいな やっちゃいな やりたくなったらやっちゃいな!
(……ごめんなさい、ちょっと酔っているんで)
冗談はともかく、不況になると流行るもの、というのは「黒」だけではなく、ほかにもいろいろと言われているようです。
聞いたことがあるのは……
⃝⃝⃝◯不況になると「お笑い」が流行る。
(確かに、現在空前のお笑いブームではありますね。嫌な気分をパーッと晴らしたいという気持ちは大いにわかります)
◯不況になると「本」が売れる。
(安くて済む娯楽に走る、ということなのでしょうが、最近はあてはまらないようです。出版不況は深刻のレベルを超えているという状況。みんな、本買ってい)
◯不況になるとパチンコ屋が流行る。
(昔は庶民の娯楽だったので言えたことなのかもしれませんが、昨今のパチンコには通用しないようです。パチスロコーナーなど、気の毒なくらいガーラガラ)
◯不況になるとタンゴが流行る。
(一昔前によく聞かれたことですが、アルゼンチンタンゴ好きなオレは、だから年中不況なのでしょうか)
◯不況になると勉強、資格取得が流行る。
(人々の気持ちが守りに入ることの現れなのでしょう。いまならNOVAも再生できる?)
◯不況になるとミニが流行る。
(……理解不能。生地が少なくて済むから?)
……と、「不況不況」とキーボードを打ち続けるのもなんだかなあと思い、このへんでやめておこうと思います(笑)。
不況も好況も人々の「エネルギー」が作り出すものだと思います。きっと今は、人々のパワーが足りないときなのですね。こういうときこそニカッと笑って、大きく手を振って歩いていくべきなのだと思います。
武士は食わねど高楊枝!
痩せたソクラテスよりは太った豚!(って、これは違うか)
ちなみに、ブラックチョコレートとミルクチョコレートのカロリー、もちろんミルクの方が高いとなんの疑いもなく信じていたのですが、実は、ちょっとの差なのですがブラックの方が高いということを最近知りました。
なんだか、すごーく騙されていた感じ(勝手に騙されてただけなのですがね)。油断も隙もあったもんじゃありません、黒。

忘年会シーズンだから仕方ないか、くすん、と思いながら店を出ようとしたら、「ウチの姉妹店が空いてるかもしれないんで」と、店の兄ちゃんが気を利かせて電話で確認をとったくれたところ、「空いてます」との答え。
メニューもほとんど同じということだったので、ラッキーとばかりにその店に入ったのですが、これが大失敗だったのでした。
従業員が少な過ぎるのか、作業がのろいのか、オーダーしたものがなかなか出てきてくれず、一同イライラしっぱなし。
やっともつ煮込みが出てきて、それを4人であっと言う間に食べ尽くし、テーブルの上になにも料理がない状態がしばらく続き、ぼけーっと世間話をしているうちにサラダが登場し、それをあっという間に食べ尽くし、……そうこうするうちにお客はどんどん増えてきて、従業員はまるでバレリーナのごとく、くるくると店内を回っているだけで、もうこれはダメでしょう、とオーダーしたものをキャンセルし、店をあとにした我々でした。
煮込み自体は「赤煮込み」「白煮込み」の二種類があってなかなかおいしく(値段は高かったけど)、「にこけん認定」にしてもよいくらいだったのですが、残念ながら紹介してあげるわけにはいきません(←どこから目線?)。この時期は特に居酒屋さんは書き入れ時でしょうから、臨時のアルバイトでも入れて、てきぱきてきぱき、次々とお客をこなしていかなくてはならないと思うのですがね。
なんなら私が代わりに働いてあげてもよろしいのですが、なんて思ってしまいました。
いや、バイトではなく、店主として、ですがね(←どこから目線? Part2)。
それにしても、私の選択眼が悪いのか、これまで「ぐるなび」等で調べて入った店で、成功した例というのがとても少ないのです。
私はいつもこの手の情報サイトで、まず「エリア」を選択し、店のジャンルを「居酒屋」にします。値段はいくら高くたって平気ですから(笑。いや、高ければ行かないだけの話です)、そのあたりは選択せず、ヒットした店を一軒一軒、真剣に閲覧し、メニュー(とりあえず煮込みを自慢料理としているかどうかは、必ずチェックします)、値段などを見て吟味します。
そして「森の小人が作ったシチュー」とか「シェフの気まぐれサラダ」なんてメニューを恥ずかし気もなくプッシュしている店はパスして、シンプルながらも味にはこだわってます、と感じさせてくれる店を選ぶのですが、それでも失敗が多いのは、もしかしたら私のチョイス方法に足りない「何か」があるのかなあ、とも思ったりします。
絶対に失敗しない店選びの極意、なんてものがあったら、ぜひ伝授していただきたい、と思っているところなのですが。
ああ、写真は二軒目に訪れた居酒屋さんでオーダーした「日本酒利き酒セット」です。最近日本酒で正体をなくし、失敗を繰り返しているのでできれば避けたかったのですが、……いや、気がついたら飲んでました(笑。いや、今回は失敗はしませんでしたよ)。
この店は、大混雑であるものの、従業員さんがてきぱきと仕事をこなし、とても気分よく酒を飲むことができ、グーでした。
それにしても、楽し気にお酒を飲む人々の顔を見ていると、一時でも不況のことを忘れさせてくれますね。そうそう、明るくいかなくっちゃね。

朝のすがすがしい空気が、いきなりどよんとした空気に変わり、思わず親指を隠して歩いてしまった私なのでした。
あいかわらず失礼なヤツです(苦笑)。でも、これは決して他人事ではなく、いつ自分に降り掛かってくる問題かはわかりません(すでに降り掛かっているような感じもしますが、気がつかないフリをしています)。昨今のテレビで連日流れる「派遣切り」という言葉を聞くたびに、企業の横暴さ、そして政治家の無責任さを感じ、怒りの気持ちでいっぱいになってしまうのですが、なんだか、こういう話題を流されるたびに人々の財布の紐はより固くなり、不景気へのスパイラルは加速されていってしまうような気もします。
現状を知ることは大切ですが、でも、なんとかこの状態を打破して前に向かっていこうとするエネルギーが、なによりも大切なのだと思います。テレビは目先の視聴率を稼ぐために、現在こんなひどい状態だ、こんなにひどい仕打ちを受けている人がいる、と大騒ぎして、政治は次の選挙のために口当たりのいい政策(らしきもの)を作り、強行採決などして、これだけやってますよーというパフォーマンスを繰り広げていますが、もう結構、って感じです。揚げ足取りはそのくらいにして、そろそろ、真剣になって前に進もうと思ってもよろしいのではないでしょうか。
明日の空は青く、明日の木々は緑でいっぱいです。
明日の人々は笑顔が満ちて、明日の世界は、夢で溢れているのです。
そう思う心、信じるこころが、なによりも大切なのだと思うのです。

しかし、さすがに男の子で赤いランドセルを背負っている光景はいままで見たことがなく、うーん、赤い色が好きなら好きでいいのだとは思うのですが、まだそのあたりのハードルは、なかなか越えるのは難しいのかなあと思ったりもします。
そういえば、私の子ども時代、黒いランドセルを使っていた同学年の女の子がいたなあ、なんてことを思い出しました。
もう10年も前のことなのでうろ覚えなのですが(ごめんなさい、×3.5でした)、彼女は、どうして黒いランドセルを使っているのと聞かれたとき、「ランドセルを買ってくれたおじいちゃんが、私のことを男の子だと勘違いした」とか「私、赤が好きじゃないから」とか、その都度言う理由は違っていたようでした。
いま思うと、どうしても黒いランドセルで通学しなくてはならない家庭の事情があったのかもしれないな、と思ったりもするのですが、「私、こんなこと全然気にしてないのよ」とでも言いたげな、やけに堂々とした彼女のふるまいはあっぱれだったなあと思います。
いや、堂々としておらずにはいられなかったのかもしれません。今頃、きっと強いお母さんになっているだろうな、なんて思ったりもします。
そういう私も、「赤」については強烈な思い出があるのです。
子ども時代の私は、洋服については母と姉の「オモチャ」で(笑)、何かと当時の「モダン」といわれるようなものを真っ先に取り入れられ、周囲の度肝を抜いていたのでした(そんな大げさなものじゃないか)。
ある日、靴を買いに街へ出かけたとき、姉が「あっ、これセブンティーンで郷ひろみが履いていたのと同じ靴だ」と騒ぎ出し、ぜひこれを買うべきだと強制したスニーカーは、真っ赤な地に紺色の星がついた、いわば星条旗をフィーチャーしたようなものでした。
私も「おお、かっこいい」と思ったので即購入、となったのですが、当時、赤い靴を履いた男の子なんてのは皆無だったのでした。
いまだったら赤いスニーカーなんてのは、男も女もなんの躊躇なく履けると思うのですが、当時はそうとう珍しかったのでしょう。たちまち私は「赤い靴を履いた男の子」と評判になってしまったのでした。
別にそれでいじめの対象になったわけではありませんが(まあ、いじめるようなことをしてきたら、5倍にして返してやるようなヤツでしたからね、私)、結構気に入ったつもりで買ってもらった靴なのに、だんだんその靴を履くのが恥ずかしく、おっくうになってしまい、新しい靴を買って欲しいと母親にねだったりしてみたのですが、「ダメ、これはアンタが気に入って買ったのだから、これを履くべし」と聞く耳を持ちません。
仕方がないので渋々履いていたのですが、だんだん周りの人も何も言わなくなり、そのうち、私の真似をして同じようなスニーカーを履く友達も出現したりしたのでした。自分が流行の発信源のようで、それまでの嫌な気持ちがガラリと変わり、やけに気分がよかったのを覚えています。
この靴を履いて、郷ひろみの「男の子女の子」のフリをして写真に収まっている、小学校4年生の私がいます。当時は「郷ねずみ」という芸名で活動するなど(どんな活動だよ)、どんどん悪乗りしていってしまい現在の私があるわけです(って現在はどんな成れの果てなのでしょう)。
考えてみると、赤い色の洋服をなんの臆面もなく、普通に着こなして「ボクね、赤が好きだからね、男でも赤を着ていいんじゃないの〜ハハハハハ〜」と啓蒙したのは、田原俊彦だったのではないでしょうか。
好きなら好き。男も女も、老いも若きも関係なく、好きなものを大いに宣言できる世の中こそ、素晴らしき世界なのではないか、とも思ったりもします。
(もちろん、法律に触れない範囲で、ということですがね。)

とても楽しみにしていたのですが、先月緊急特番のために放送中止。で、先日時間を変更して放送してくれたのでした。
そして、んーさすが「坂道評論家」であるタモリさん、東京の古地図を見ながら現在の地を歩くという、よだれが垂れそうな番組に満足、満足の40分間でした。
まあ、これって「タモリ倶楽部」みたいなもんなんですけどね。しかしさすがNHK、CGなどを駆使して、とてもお金がかかった番組になっていました。
それにしても、明治神宮あたりから流れる川が「暗渠(あんきょ。地下にもぐらせた川のことです)」になって、原宿、そして渋谷の街を流れているということ、その名残りをあちこちで見られるということなどを知ると、これからの街歩きが、とてもわくわくしたものになりそうです。
(で、もし東京オリンピックがなかったなら、いまごろ原宿〜渋谷あたりは、ベニスの雰囲気を醸し出した、素敵な街並になっていたかもしれないなあと、ふと思った私。)
現在何気なく歩いている道が、ちょっとの昔に、刀を下げた侍などが闊歩していたかと思うと、とても楽しい気持ちになってくるとタモリさんもおっしゃっていましたが、まさにその通り。我々は、日本の歴史を、どこか別の国の話のような気持ちで感じているところがありますが、決してそうではないのですね。
(そうそう、関係ない話ですが、NHK「篤姫」に、私の出身校が紹介されたんですよ。「田安門」といって、徳川家達の屋敷の門なのですが、現在我が校の正門なのです。)
いつも歩いているこの道を、昔はどんな人が、どんな思いで歩いていたのか、そして現在こんな気持ちでこの道を歩いている自分も、まぎれもなく歴史の一部なんだよなあ……そんなことを思いながら、これからも迷子ウォーキングは続いていくのです。
で、この日もぶらぶらと、あてもなく、しかしなにかオモローな物件はないかと徘徊していたのですが、ある高台から、思いがけず、写真のようにきれいな、夕日に映える高層ビル群を眺めることができたのでした。
なんの障害物もなく、高層ビル群を望めるスポットというのもめずらしいのではないでしょうか。この場所以外に、とても美しい副都心の景色を見ることができるスポットというものがあったら、ぜひ教えていただきたいものです。
さて、この写真、どのあたりから撮った写真かわかりますか?
(追記 正解はこちら。一度歩いてみてください。)

第二次世界大戦時、ユダヤ人のソフィーが極限に置かれた状況でさまざまな「選択」を迫られます。最後のシーン、アウシュヴィッツの駅で、ナチスによって二人の子どものうち片方を手放して、焼却炉に送れという選択に対して言ったソフィーの言葉は、いまでも深く心に焼きついています。
涙とか、感動とかでは済まされない、いろいろなことを考えさせてくれるこの映画、メリル・ストリープはこの作品でアカデミー賞主演女優賞を受賞したというのに、いまだDVD化されていないのはどういうことだろう、なんて思ってしまいますが。
とか言いながら私、メリル・ストリープってあんまり好きな女優ではないんですね。
というのも、以前メリル・ストリープにちょっと似た女性と知り合ったのですが(別に付き合ったとかそういうことではないのですが)、その女性の、あまりにもの「奔放」「虚言」ぶりに閉口し、その後「恋に落ちて」とか「マディソン郡の橋」などを観ても、「ふん、そんな涙流したってどうせ魂胆があるんだろ」なんて思ってしまうようになったのです。
まあその話はいずれ、ってことで(するつもりかよ)。
いや、実は私にも「ソフィー」ほどのハードなものではありませんが、ひとつ、これからの自分の人生を大きく左右するかもしれない「選択」をする場面がやってきたのでした。
あまり詳しくは書きませんが、そしてこのことはあまり人には言っていないのですが、悩みに悩み、うん、これが最善だろうと思って「選択」したのでした。
これが吉と出るか凶と出るか、まったくもってわからないことなのですが、……というより、これを吉にするのは、自分自身のこれからの生き方次第だろうとも思い、褌を引き締め直し、ちょいと頑張ってみようと思っているところであります。
いや、褌は常用していませんが(笑)。しかし常にウォーキングをしていると、パンツの「ある」部分がすぐに擦れてしまうことに気がつきました。パンツ総とっかえだな。
……結局下ネタかよ(笑)。

ホッピーの提灯、うっすらと店内が覗けるガラス窓など、酒呑みのツボを押さえた外観にノックダウン。きっとおいしい煮込みを食べさせてくれるでしょう。

もともとは民家だったところを居酒屋にしたようですが、星一徹がひっくり返しそうなちゃぶ台もいい感じで、なんだか田舎の親戚の家に遊びに行った子ども時代を思い出させてくれます。
子ども時代からホッピーをがぶ飲みしていたわけではありませんが(笑)。

こちらの店は「生ホッピー」を飲ませてくれる店で、凍ったジョッキと、氷の入っていないホッピーが美味です。ちょっとお値段は高め、かな。

この店の煮込みは「塩煮込み」。思い切り柔らかく、プルプルとしたもつの食感がたまりません。個性豊かで、一度食べてみる価値はあるでしょう。




この日は、ぽぱちゃんの若かりし頃の写真(かなりな男前でびっくりしました。嗚呼、時はなんて残酷なんでしょう、って人のことは言えないか、苦笑)、グルメッチーさんの結婚式のときの写真(二日酔いがそのまま顔に表れている、って感じで、なんだかすごく気に入ってしまい、写メールで送ってもらっちゃいました)などを見ながら大笑いの夜でした。
やっぱり、にこけんメンバーで酒を飲むと、腹がよじれるくらいに楽しいですねー。

なんでもこのお店、常に満席でなかなか入ることができないお店なのだとか。この日は雨ということもあり、運良く座ることができたのですが、客層は見事に老若男女すべてという感じで、歳の違う人たちが仲良く歓談している図を見ると、地元民にとても愛されている店だということがとてもよくわかります。




やはり焼き鳥の名店だけに、焼き鳥はどれもおいしく、特にイカのくちばし(って言うんだっけかな)は絶品。って「鳥」じゃないんですけれどね(笑)。
ホッピーの「なか」もなみなみとついでくださり、良心的この上ない、とてもいい店でした。
久しぶりに「にこけん」らしい研究活動ができて、とても満足の夜でした。星の数ほどある全国の大衆酒場を全部制覇することはとても無理なのですが、煮込みのことは、あるいは大衆酒場のことは「にこけん」に聞け、と言われる存在になるために、こつこつこつと、研究活動を続けて行きたいと思っているところです。
そのためには、いつでも健康でいなくちゃいけませんよねー。さて、歩こう。

このお店、都内に数店あるチェーン店で、新宿には初進出のもよう。大衆酒場感バリバリの外観に、期待は膨らみます。

もつ味噌煮込み450円。店名に「みそ」がつくくらいなので、そうとうこってりした煮込みが登場してくるものかと思いましたが、意外にさっぱりとした味付け、そしてもつ煮込みというよりは野菜がふんだんに入り、とてもヘルシーな煮込みなのではないかと思いました。
……まあ、それが好みかと言われたら、んー違うかなあというのが正直な感想なのですが(苦笑)。
こちらのお店には牛スジ煮込みというメニューもあるので、次回はそちらも調査してみたいとは思いますが。

味噌おでんを食べさせるくらいだから、このお店、本店は名古屋なのかなあと思い、店の姉ちゃんに聞いてみたところ、「いや、東京ですよぅ」とのこと。
あっ、ちなみにおでんの中に不気味な笑みを浮かべて佇んでいる「ちくわぶ」は、連れがオーダーしたのであって、私が消費したのではありません。「ちくわぶ撲滅委員会」でありながら、そのような裏切り行為はいたしませんよ、もちろん(笑)。




お腹がいっぱいだったのでオーダーしませんでしたが、最後の締めに「味噌おにぎり」を食べることをオススメします。他の客に運ばれているのを見ましたが、とても美味しそうでしたよ。
ところで、最近は「大衆酒場」っぽい店がブームのようで、あちこちにこのような「昭和の古びた」イメージを演出した酒場ができていますが、値段も安く、そこそこおいしく、とてもいいことだとは思います。
しかし、「個性」という点においては、いまひとつよくわからない、というのも事実だったりします。とりあえず焼きとんとホッピーと煮込みを出しとけばいいや、みたいな。
「にこけん」隊員としては、宣伝もなにもなく、しかし地元民に愛されて、絶品の食べ物を提供してくれる「愛想のいい」名店を開拓していかなくちゃ、なんて思っているところ。
だったらネットで検索せずに、自分の足で探しなさい、って感じでもありますが(苦笑)。

そして渡辺真知子は「雨だれ」、太田裕美は「ブルー」を歌ったのですが(せ〜な〜か〜あ〜わあ〜っせのぶる〜う〜う〜うってか、って歌。実は私、「カモメ〜」よりも好きな歌なのです)、太田裕美がスローバージョンで歌う、甘くてハスキーな声の「ブルー」がなんとも心地よく、おやっ、これは真知子が歌うよりも全然いいのではないか、なんて思ってしまったのでした。
渡辺真知子の、これでもかっていうくらいに張り上げた歌唱も悪くはないのですが、食後30分間くらいは聞きたくない(笑)という感じもします。それに比べて太田裕美の声は、好き嫌いもあるかと思いますが、甘いながらどことなく淋し気で、それこそ「ブルー」な声なのではと思ったのでした。
「ブルーな声」というと、稲垣潤一の声も思い出します。
先日、これまたNHK「SONGS」に稲垣が出ていて、秋元康との会話の中で「稲垣さんの声は都会を感じさせるんですよね」という話をしていて、うん、そうだなあ、その通りとひとり膝をたたいていたのでした。
稲垣潤一のデビューは、ちょうど私が東京に出てきた頃と重なるのですが、当時、慣れない東京で「この街は自分が住むべき街なのだろうか」などと自問を繰り返していた頃でした。
東京の水は自分に合わなかったのか(いま思えば、単に栄養失調だったのかもしれません。ろくなもの食ってなかったもんなあ)常に体調不良、電車の乗り間違えばかりして(苦笑)、まわりは知らない人ばかりで、もちろん恋人などもおらず、誰もが冷たい人に見えたりもしました。
バイトに明け暮れていたため、テレビはほとんど見られず、唯一の楽しみは深夜のラジオ。隣の部屋の住人に気を遣いながら、「オールナイトニッポン」などを小さな音で聞いていると、必ず決まって稲垣潤一のデビュー曲「雨のリグレット」が聞こえてきました。
「WHY? OH WHY? 孤独は 闇の中で あなたを 呼び続ける」……布団の中で、消えてしまいそうなラジオから聞こえる、淋し気な乾いた「ブルー」の声は、そのまま私の心でした。
その後「ドラマチックレイン」「エスケイプ」「夏のクラクション」と、稲垣のヒット曲が続き、私のほうは東京にも慣れ、友人もたくさんでき、カラオケスナックなるものに入り浸るようになって稲垣の歌ばかりを歌い「歌舞伎町の帝王」の名をほしいままにし(ホンマかいな)、だんだん彼の声を聞いても淋しさとか孤独を感じることはなくなり、「ピュア」とは無縁の人生を送るようになって、現在に至っているわけです(苦笑)。
しかし、ときどき「雨のリグレット」あたりを聞くと、あの頃の「雨に濡れた子犬」みたいだった自分を思い出し(かわいく言い過ぎ?)、妙に懐かしく思ったりもするのですがね。あの頃の「ピュア」な気持ちは、いつまでも忘れちゃいかんぞ、などと思いながら。
そういえば、稲垣潤一の「ロングバージョン」という名曲があるのですが、友人はこの曲のことをいつも「長生き婆さん」と呼んでいて、いまでもこの曲を聞くと、コピーのシャガールがかかる部屋で、シーツにくるまりながらラジオ体操をしている元気な婆ちゃんの姿が連想されて、困っています(笑)。