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編集王子

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カテゴリ:音楽( 125 )

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こちらは、私が毎年、定点観測のように同じ場所で写真を撮っている、目黒川の満開の桜です。

今年も見事に咲き誇ってくださいました。
そして、今年もなんとか大きな病気もせず、桜を愛でることができました。
感謝、です。

で、話はいきなり飛ぶのですが……。

昨今のJ-POP(いや、ホントは歌謡曲って言いたいんですけど)は詞があまりにも稚拙、つまんな~い! と、事あるごとに叫んできた私ですが、よ~く耳を澄ましてみると、割とそうでもなく、心にじ~んと残る歌はしっかり存在しており、耳のいい若い子はそれをしっかりチェックしていることに気づかされるのであります。

それを如実に感じたのは、演歌歌手がJ-POPを歌うという「演歌の乱」というテレビ番組で、です。

特に、「男天童よしみ」の異名を持つ(いや、勝手に私が言ってるだけです、失敬)、徳永ゆうき君。
この、ゆるキャラの如きユニーク、もとい、愛らしいお姿の彼ですが、この人が抜群に歌が上手いのです。

その彼がこの番組で、米津玄師の「Lemon」を歌ったのですが、とにかく上手い!
ネットでも話題になり、YouTubeでもすごい再生回数があったということなので、今更ここで私が大騒ぎするのもなんですが(^^)。

しかし恥ずかしながら私、この歌をしっかり聴いたのはこのときが初めてなのでした。

いや、多分しっかりと聴いていたことはあったのだと思いますが、この難聴気味の老いぼれ耳では、どんなことを歌っているのか全然分からず。だからこの歌の、歌詞の素晴らしさまで理解することはできなかったのでした。

しかし、抜群の歌唱力、そしてはっきりとした発声で歌う徳永ゆうき。ああ、この歌はこんなことを歌っていたのだなとやっと理解できて、売れるわけだなと、おっさんは目からボロボロと、鱗が落ちるのでありました。

で、先日「演歌の乱」第2弾が放映され、徳永さんはback numberの「オールドファッション」を熱唱。
これがまた、すんばらしい歌唱力なのでした。
そしてはっきりと分かる滑舌の良さで、この歌の歌詞がやっと理解できて、ああいい詞だなあと遅ればせながらウルウルしているのであります。
YouTubeにどなたかがアップしておりましたので、ちょいと拝借させていただきました。

いい歌は今でも、耳を澄ませばあるものなのですね。

しかし、阿久悠や松本隆のような、というより、昭和の名曲のほとんどが、小説のようにドラマチックで、まるでキャッチコピーのようにひとつひとつの言葉を大切にしたものであったのに対して、昨今の「いい歌詞」は早口で、普段の会話のようで、よりパーソナルな内容になっているなあ、とは思います。


早口になり、いろいろ言葉を駆使しないとその気持ちをしっかり伝えられないのは、作品の質としてどうなのか、とも思いますが、それが今の時代なのかもしれません。


でも、人の付き合いがドライになり、恋もしない、旅行にも行かない、車にも乗らない、酒も飲まないという若者が増殖しているという中で、恋に右往左往して、今でも月を見て思い悩んだりしている歌に共感する若者がたくさんいるのは、ほっとするというか、嬉しいことこの上もなし、なのです。


悩んだり傷ついたりしないと、立派な大人にはなれませんからね。


悩んだり傷ついたりすれば、もれなく立派な大人になれる、ということでもありませんがね(^^)。


by yochy-1962 | 2019-03-31 17:50 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
もう「コッキーポップ」とか「ポプコングランプリ」とか「世界歌謡祭」とか新宿の真ん中でつぶやいても、誰もツッコンでくれない時代になりました(どんなツッコミを期待してるのか、って話ですが)。

我々アラ還からアラフィフ世代なら、その言葉にピンとこなくても、「ほら、中島みゆきとかチャゲアスとか世良公則とかが出たヤツだよ」とか言えば、ああ、と分かっていただける、ヤマハ主催の、いわゆるニューミュージック界の「スタ誕」みたいなものです。

最近、その同窓会コンサートが開かれたりして、ああ、私も何回か伺い、渡辺真知子の鈍感と言ってもいいほどのパワフルさ、小坂明子、チャゲの哀愁、八神純子の根拠のないセレブ感、谷山浩子のけもの道感(笑)などを堪能して、このブログでも書かせていただきました。
(ああ、私、これらアーティストをデスッたようなこと書いてますけど、本当は大好きですし、大いにリスペクトしているんですよ。念のため)

で、思うのは、あの頃は、本当に贅沢に、惜しげもなく、素晴らしい曲が量産されていた時代だったんだなということです。
だから、どんなにいい歌を歌っていても、いい歌が当たり前の時代ですと、あとはビジュアルがいいとか、CMとタイアップするとか、突拍子もないプロモーションをするとかしないと、なかなかレコードまでは売れなかったのかもしれません。

だから、そういう意味で、ポプコン出身のアーティストというのは、いまひとつインパクトに欠けたのかもしれません。
こんなにいい歌なのになぜ売れない! と身悶えするアーティストがたくさんたくさんいましたもんね。

まあ、売れるがためにポプコン出身のアーティストが「明星」のグラビアを飾ったり、芸能人水泳大会で惜しげもなくその豊満な水着姿を披露したりするのも、なかなか想像はつきませんがね。

で、話は相曽晴日です。

以前、このブログでもこの方の名曲「舞」あたりを紹介したことがあったかと思います。

ポプコン出身で、素晴らしい曲をたくさん作っていた彼女ですが、なかなか全国区という感じにはならず。でも、今でも現役で、あちこちのライブハウス等でミニコンサートなどを開いてくださっていて、私も以前下北沢でのライブに潜入させていただいたこともありました。

正統派の恋愛模様を描くアーティストで、だから谷山浩子さんのようなあざとさとか(失敬)門あさ美さんのような安手のキャバ嬢感(ホント、失敬)もなく、結局ニューミュージック界の渦の中に埋もれてしまった感はあるのですが、こうして改めて彼女の曲を聴き直してみると、とんでもなくステキな曲がたくさんあることに気がつくのであります。

一曲、ご紹介したいと思います。
「DOUBLE」。どうもこれはシングル化しておらず、アルバムの中の曲のようですが、とてもステキな恋の歌です。
ピアノが物悲しさを演出し、ウィスパーボイスが切なさを増してくださいます。この人にぴったりの曲だと思います。
彼女、メジャーデビューの時には「舞」と「コーヒーハウスにて」など、多少インパクト重視の曲で勝負していたのですが、意外とこういう正統派で勝負した方が売れたのでは? なんて思ってしまったのですがね。


しかし、彼女も50を超え、今でも現役でライブを開催して、ちゃんとお客さんが聴きに来てくれるのは素晴らしいことだな、なんて思います。

大ヒット曲を飛ばし、コンサートは大ホールなんていうのもいいことですが、小さい会場でもお客さんは必ず来て、好きな音楽を続けられるなんて、なんてステキなことでしょう。

同じ音楽家として、羨ましいことこの上もなし、なのであります。

週末、自分の部屋で、ヘッドホンをしながら気ままにキーボードを叩く生活を「音楽家」というのかどうかは、知りませんがね(^^)。

by yochy-1962 | 2019-03-11 20:30 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
日本レコード大賞、そして紅白歌合戦と、「老舗」の歌番組が、平成最後ってことで底力を発揮した、そんな年末だったと思います。
ここ数年、いや十数年かな、マンネリだの視聴率が落ちたから止めればなど散々な言われっぷりの両番組でしたが、子どもの頃から楽しみに観ていた私にとっては、これがないと年が越せないと断言できる番組。だから今回の充実ぶり、そしてネットでの評判を見て、ほっと胸を撫で下ろしているところなのであります。

ってお前は出演者なのか、って話ですが(^^)。

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今回も紅白は友人宅で賑々しく、いろんな毒やらツッコミをかましながらの視聴となりました。
全体的に素晴らしかったのですが、「夜桜お七」はもっと酒が回った23時台で観たかったとか、水森かおり嬢は今回地味だったなとか、聖子ちゃんのキーがすっかり低くなってしまい、ああ時の流れよ、とつくづく思ってしまったシーンもありました。
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しかし、圧巻だったこの人達のパフォーマンスで、一気に「平成最後感」「平和祈念感」が盛り上がり、最高の時間を頂くことができました。
こんな贅沢なアーティストを一堂に揃えることができるのは、やっぱり紅白歌合戦だけでしょう。これは、いくら民放各社が長時間の音楽番組を作っても真似できない離れ技です。

レコード大賞も、ウィンク、ピンクレディー、そして大量の懐かし映像で堪能させていただきました。
口パクなしで、ハアハアゼイゼイ言いながら歌い終わったピンクレディーを観て、今の数字系アイドルやジャニーズは見習え、なんてネットの書き込みが多くありましたね。まあ、その通りだとは思いますが、私はその辺のアイドルには何の期待もしていないので、別にどうでもいいのです。

自分が熱中していた頃のアイドルが今でも頑張って、最高のパフォーマンスをしてくれる、それだけで幸せです。
いつまでこの幸せが続くのか……、それは考えないようにしましょう。
いつまでも、と思いながら、日々をしっかり、着実に生きていくこと、それしかありません。

毎日毎日を新鮮に、ある意味仕事に対して「怖がって」、そして友、肉親を大切にする一年でありたいと、すでに「大晦日ロス」となっているワタクシの2019年初ブログでございました。


追記
この人を載せるのを忘れていました。
今回も盤石の素晴らしさですが、「アタシ、いつまで天城越えと津軽海峡を繰り返すのかしら」なんて思ってるのかもしれませんね。
毎年、いい歌を出してるんですけどね。
まあ、私は毎年天城でOK^_^
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by yochy-1962 | 2019-01-01 15:30 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
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没後10年ということで、昨年に発売されていたのに気がつかず、1年経ってやっと知りAmazonで購入。久しぶりに、阿久悠作品の素晴らしさに触れる夏を過ごしております。

亡くなって10年にもなるので、さすがに新しい情報は出てこないとは思いましたが、「東京人」だけあって、阿久悠と東京という斬新なテーマで、彼の作品を再び味わうことができました。
ああ、それこそ亡くなってすぐの頃、やっつけで作ったとしか思えない、間違いだらけの特集記事、ありましたねえ、大人のTokyoなんとかという雑誌。
あの雑誌、まだあるんかいな。

まあ、それはさておいて。

が……。

しかし、そこから出てきた答えは、「阿久悠は東京を愛していなかった、あるいは安住の地としていなかった」のではないか、ということでした。

この方が遺した歌詞の全てを知っているわけではないので鼻高々で言えるものではないのですが、それでも数多い代表曲の中でも、東京をテーマにした曲って、ほとんどなかったのではないでしょうか。

都会を生きる男と女、というテーマの曲はたくさんあったと思います。しかし、「ジョニィへの伝言」にしても「勝手にしやがれ」にしても、はっきりと東京を象徴するような言葉は出てこなかったような気がします。
まあ、阿久先生が歌の中で伝えたかったものは「時代」であったり「人生模様」であったり「新しい男と女の恋物語」だったりすると思うので、そこには別に高層ビルだの東京タワーだの築地市場(笑)だのは必要なかったのかもしれませんが。
都会に行った彼氏を待つ女性が、変わっていってしまう彼を思ってハンカチを握りしめる、なんて歌がお得意だった(?)松本隆先生との大きな違いなのかもしれません。

淡路島で生まれ、夢を持って東京に出てきたものの、家庭を持ってからは東京ではない地に住まいを持った阿久先生にとって、東京はそれほど魅力的な街ではなかったのかもしれません。

というよりも、若い頃は夢だらけだったはずの東京が、年齢を重ねていくうちにそのメッキが剥がれ、ハリボテのような建物や、作り笑いしかできなくなった人々を見ていくうちに、その憧れがすっかり消えてしまって、作品にも登場しなくなった、かもしれません。

そして、東京という街がそれほど特別なところではない、ということも分かってしまったのかなあ、なんてことも、ふと思いました。

昔と比べて、東京に出るということはカジュアルに、特別なことではなくなりました。
東京は巨大な宇宙船だ
でも、乗るには免許証がいる
これは阿久先生が書かれた一文ですが、そういう緊張感を持って過ごすべき場所が、ただ便利なだけの場所に成り下がり、歌にする価値も見出せなくなったのかなあ、なんて思ってしまいました。
まあ、真っ当に生きてきたらそう思うのは普通、なのかもしれませんがね。

とか言いながらも、どんなに殺伐としていても、どんなに夢がなくなってしまったとしても、私は東京という街は好きです。
気をつけて歩けば、歴史の片鱗を見せてくれる場所があり、隣にどんな人が住んでいるのかも分からない没交渉なスタンスも、私にとっては心地よいです。
一人居酒屋で、こんなどうでもいい文章を書いていても、誰からも何にも言われないしね(笑)、最高です。

それにそれに、坂道が多いのも私は大好きです、東京。

by yochy-1962 | 2018-07-28 17:00 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
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昨今はヘッドホン(あるいはイヤホン)の性能がよくなったのか、電車内における「シャカシャカシャカシャカ」というウォークマン(あっ、今はiPodか)の音漏れがだいぶ減ったように感じます。

昔はホント、微妙な感じで聞こえてくるヘッドホンの音漏れにだいぶ迷惑したものでした。
どういうわけか、電車内の会話に対してはあまり気にならないのに(いや、そうとうな大声だったり、話の内容がそうとうグロかったりエロかったりするのは気になりますがね。あと、他人の悪口みたいな話は、誰のことを言っているのか分からなくても、思わず耳がダンボになってしまい、気持ちが疲れます。ああ、どこの会社も一緒だなあって)、ヘッドホンの音漏れとか、携帯電話の着信音とか話し声には、どうしてイラっとするんでしょうかね。

多分、ですが、電車の中という公共の場で、他人の聞く音楽や、プライベート情報など、知りたくないのに否応なく入ってくるという苛立ちと、普通の感覚を持ち合わせているのなら、そういった個人情報を、不特定多数の方に詳らかにするのは躊躇するだろう、それなのにこいつは……という、世代間感覚の違いなのか育ちの違いなのか、とにかく相容れない振る舞いに対してイラっとしているのかもしれませんが。

まあ、ヘッドホンをしている側から言わせると、いま自分が聞いている音楽が、どのくらい外に漏れているなんてことは分からないものでしょうがね。
だから、他人のことは言えませんし、私も、音楽など聞きながらウォーキングしていると、背後から近寄る自動車にも気がつかず(昨今の自動車は音も静かで、特に気がつかないものです)、うっかりするとお尻にチョンチョンと、自動車さんから注意を促されてしまうこともありますしね。
結局、家から一歩外を出たら、もうそこは「配慮」を重んじなければならない場。我々日本人は特に、迷惑を顧みず、どれだけ自己主張をするかに命をかける隣国の人々とは違いますし、その慎ましさがこの国の「美しさ」のひとつなのですから、気をつけなくてはならないのですね。

で、ウォークマンのヘッドホンにまつわる、思い出話を二席。

昭和の頃の話で恐縮ですが、とあるエレベーターの中で若い女性と二人きりになった時のこと。
まあ、美人と言っても差し支えがないその彼女は、まだカセットテープ式のウォークマンで音楽を聞いていらっしゃるご様子でした。
まあ別にそれはいいのですが、エレベーターという密室の中、どうしてもウォークマンの音漏れがこちらに伝わってきてしまいます。
で、なんとなく耳をそばだててしまったのですが……。

チャチャーンチャチャ、チャーチャ
ポポポポポポポ!
チャチャーンチャチャ、チャーチャ
ポポポポポポポ!

という音が漏れてきて、なんとその女性、ウォークマンで「浪花節だよ人生は」を聞いていたのでした。
OL然としたその佇まいと、浪花節がどうしても結びつかなくて、まだまだオレは人生経験が足りないのだと思った次第でした(笑)。

まあ、自分にもそんな失敗(?)はあります。
これまたずっと以前のことですが、iPodで音楽など聞いていたところ、乗っていた電車が急に、ものすごい満員状態になってしまったことがありました。
音量を下げるなんて行為もできないくらいぎゅうぎゅうで、隣の人とも頰と頰がくっつきそうな混雑ぶり。そのとき、ヘッドホンから流れる曲が淳子の「花物語」になってしまい(ああ、知らない方のために説明すると、この花は私です〜やっと綺麗に咲いたのです〜というセリフで始まる、乙女チック全開の一曲)、ああ、どうか音漏れしていませんようにと必死で願ったものでした。

昨今は、電車に乗っている時まで聴きたい曲はなく、鉄道会社さんの努力によって、殺人的なラッシュの電車もなくなって(ああ、自分の知らない路線におけるラッシュについては存じないのですがね。タワーマンションが次々に建っている溝の口あたりは、急激な人口増加に電車及び駅のホームが追いつかず、朝のラッシュ時はとんでもない混雑ぶりだとテレビで見ましたが)、ヘッドホンの音漏れに関するイラッ、という案件はすっかりなくなり、いい時代になったもんだと思います。

しかしその代わり、電車内のリュック問題については、昨今その啓蒙運動が薄れて来たのか、あまり気を遣わない若者が増えてしまったなあと、正直思います。

特にOL風の女子が、肩に引っ掛けるカバンを、満員電車にもかかわらず下げずに己の体にくっつけてくるのにはイラッとします。
結構硬いカバンで、痛いんですよね。これが男女逆転だったら、「痛いわよ! 何よアンタ!痴漢でしょ!」なんて大騒ぎするんだろうな、なんて思いながら、まあちょっとの時間だから我慢しよう、と耐えている私です。

……なんて文章を、いま、とある居酒屋で、YouTubeで滝沢カレンの面白トーク集を見ながら書いている私。
この行為を、後ろから覗かれないことを祈りつつ(^ ^)。

by yochy-1962 | 2018-05-20 18:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
名実共に「ヒデキの弟」である私としては(はい、私の実の兄が「秀樹」という名前なんです。歳も西城秀樹さんと一緒。まあヤツは真性のバカ、ですがね、苦笑)、西城秀樹さんの訃報に関しては、何かしらコメントを残さないとマスコミが黙っていないと思い、ここに記そうと思い立ったのであります。
お前は誰だ、って話ですが。

とにかく、20年近くに及ぶ病との闘い、本当にお疲れ様でした。
ヒデキは、アイドルと野生、アイドルとセクシーという、それまで成し得なかった融合を見事成功させ、その先駆者となったアーティストだったと思います。
そして、こういう言い方はいかがかとは思いますが、脳梗塞という病気を身近に感じさせ、自分の体に問いかけるきっかけとなった初めての人、だとも思うのです。
ああ、これは近しい人にそのような病気になった人がいない、我々アラ還世代の者にとっては、という話ではありますが。
あの、健康そのものというイメージだったヒデキが病気に!なんて思いましたもんね。自分も気をつけなくちゃ、って思いましたもんね。

ヒデキについて、マイクパフォーマンスやら海外の曲をカバーした先駆け、と書かれた記事もありましたが、それらはプレスリーだったりロカビリー時代にすでにあったのではないでしょうか。ヒデキの新しさはそこではなく、アイドルとしての新しさ、その佇まいの新しさなのではないかと私は思います。

そして、私の独断ですが、数えきれないヒデキのヒット曲において、作品の充実度という意味において一番輝いていた時期は、「ローラ」以降「ヤングマン」以前、なのではないかと思うのです。

「激しい恋」「ちぎれた愛」「傷だらけのローラ」に代表される、パワフルでセクシーな、新しいアイドル像を演出してくれたヒデキですが、次のステージに立つための、いわば模索の時期と評価されがちな(実際は模索でも何でもなく、アイドルとして一番充実していた時期ではありますが)1975年から1978年。私は、この時期のヒデキのヒット曲が一番の名曲揃いだと思っています。
「ヤングマン」はヒデキにしか歌えない、ヒデキの代表曲といって何の異論もないのですが、これだけのビッグヒットを生んでしまったがために、それからの楽曲にプレッシャーやら迷いが出てしまったのかな、なんて思ってしまいます。
もたろん、ヤングマン以降は新旧アイドル交代の時期にかかってしまったという理由もあるのかもしれませんがね。

ということで、ここに、私が思う「ヒデキ黄金期」のヒット曲から、勝手にベスト3を紹介したいと思います。

第3位「ブルースカイブルー」
阿久悠先生が描くヒデキは、フェロモン全開の初期のヒデキとは打って変わって、報われない恋に悩む、人間的というか、よりリアルな青年像を多く見せていたような気がします。
そういうシリーズの中でも、この曲は秀逸だと思います。スケールも大きく、ヒデキにぴったりな曲と言えましょう。

第2位「ブーメランストリート」
男性アイドルの曲で、女性のことを「あなた」と形容するのはヒデキが先駆者なのかな、なんて思ったのですが、考えてみたらジュリーをはじめ、ヒロミゴーは同じ時期に「あなたがいたから僕がいた」と歌い、ゴロー野口は「あなたと揃いのモーニングカップは〜」と歌っていましたから、この時代の男性アイドルから、ということなのでしょうか。
この時代、淳子ちゃん百恵ちゃん、ピンクちゃんなど、女性アイドルがどんとん開放的に、はっちゃけた歌を歌うようになったのと対照的な感じすらします。
男は優しく、女は強く。歌謡曲が時代を反映する、あるいはリードする時代だったんだなあと思います。
でもしかし、やっぱり阿久悠先生は絡んでいるのですね〜。流石です。

第1位「ボタンを外せ」
今回、改めてヒデキの歌を聴き直して、ああかっこよかったなあと一番思ったのがこの曲でした。
音楽的にもかっこいいですが、セクシーで、パワフルで、ヒデキにしか歌えない名曲。
これまで、新御三家をカラオケで歌おうとすると、どうしてもヒロミゴー、初期のゴロー野口に偏りがちだった私ですが、これからのレパートリーに入れさせていただこうと思った次第です。

それにしても、我々世代が一番熱中して見ていた時代のアイドルの訃報は、特に悲しい気持ちになるものです。個人的には、キャンディーズのスーちゃん以来です。

西城秀樹さん、安らかに。
ありがとうございました。


by yochy-1962 | 2018-05-19 01:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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今年のクリスマスはちょいとオシャレに、渋谷オーチャードホールで行われた「来生たかおコンサート」に参戦してまいりました。

アーティストというよりは、ソングライターとしての活躍が有名な来生氏ですが、他歌手に提供した曲をセルフカバーしたりすると、そのオリジナル曲よりもずっと素晴らしく歌ってしまうという、「歌手殺し」あるいは「逆泥棒歌手」としても有名です(ウソ)。
もちろん大橋純子「シルエットロマンス」、中森明菜「セカンドラブ」、薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃(夢の途中)」など、オリジナルも素晴らしいものはたくさんありますがね。

しかも、私はときどきこのブログでも大騒ぎしていますが、この方、齢を重ねるごとにその声の質は甘みを増し、より深く、ビロードのような高級感。素晴らしいことこの上なし、なのです。
これは、歳を取るとどうしても声が低くなってしまう女性歌手には到底真似のできないことで、今年で67歳とご本人はおっしゃっていましたが、まだまだまだ。あと10年くらいは、健康でありさえすれば、その歌声をステージで堪能させていただけるのでは思った次第です。
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それと、来生氏の一番の魅力は、そのメロディーラインの美しさ。
けっして奇をてらうわけではなく、スタンダードでありながら、それでいて綺麗な、心洗われるようなメロディー。
私の個人的な見解ですが、この方と玉置浩二氏、三木たかし氏が、美しいメロディー界(そんなものがあるのか)における代表的作曲家なのではないかと思います。
まあ、三木さんはともかく(亡くなったわけですし)、玉置さんに関しては、曲とか声とかの前に、その佇まいにうろたえて、ライブとかに足を運ぼうとかは思わないのですがね(苦笑)。

しかし、仕方ないことではありますが、曲調、アレンジ、客層(まあ、我々も御多分に漏れずですがね)、すべてにおいて昭和、あるいは80年代を感じずにはいられませんでした。
まあそれは残念なことではなく、かえって望んでいた空間だったりするのですがね。
来生氏曰く、「いま、レコードが売れなくなったのは、ネット配信などの影響もあるけれど、メロディーラインのパターンが出尽くされて、もう新しいものが出なくなっているからなのではないか」
確かにそうかもしれませんね。自分がそうだから言っているわけではありませんが、やはり、昭和(それも後期)の音楽こそが、最後の「新しい」音楽だったのかもしれません。
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それでも、来生氏が歌っている歌の、詞の内容を噛みしめるように聴いていて、はて、もうすっかり現役から遠ざかった自分は(情けない)、どのへんのスタンスでこれらの歌を聴けばいいのかと、しばらく悩んだりもしました。

でもそれは、さくらももこさんとのコラボで生まれた新しい曲(CD買ってしもうた)を聴きながら、そしてアンコールでの「夢の途中」を聴きながら、思いました。

あの頃(どの頃なのかは自分でもよく分からないんですけれど)、よく遊んだ友達、そして大好きだった君。
今でもお元気ですか?
そして、これからもずっとお元気でいてください。
そして、たまに昔を思い出すことがあったら、ついでにでも、僕のことを思い出してくださいね。

僕は元気です。
いろいろ大変なことはあるけれど、
それでも、きょうは元気です。
一日一日、噛み締めながら、足を踏みしめながら、元気で生きています。

こんなことを思いながら、美しいメロディーに心を預けておりました。
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さて、そんなことを思いながらも、コンサート後の宴会も楽しみであります。
ここは同行の友人が馴染みにしている、渋谷区神泉にある「二代目葵」という、ちょいと良さげな居酒屋さんです。

雰囲気よく、ひとつひとつの料理も素晴らしく、クリスマスに相応しい、とてもいいお店でありました。
普段行く大衆酒場3回分、といったお値段ではありましたがね(^_^)。まあワイン3本も飲めばそのくらいにはなりますかね(^_^)。
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で、「神泉といったら東電OL事件じゃん? あれってどこなの?」
「ああ、ここですよ」
なんと、お店の目の前だったのでした。

……メリークリスマス!

by yochy-1962 | 2017-12-27 19:38 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
なんでも昨今、若者の間で「昭和歌謡」がブーム、なんだそうです。

70年代後半の歌謡曲など、今聴いても全然色褪せてない、そして、昔は感じられなかった歌詞の「深み」など、今頃になってしみじみ心に沁みたりするのですから、日本人である限り、年齢を超えてその良さは分かる、ってものでしょう。

いや、というより、昨今のJ-POPの歌詞が、あんまりにも不甲斐なく、「半径1メートル」の中の出来事しか描いておらず、さすがにつまらないと青少年達は気がついたのではないでしょうか。

まあ、この間、昭和歌謡が流れる大衆酒場にひとり佇んでいたところ、流れる山本達彦の歌声を「これ、稲垣潤一だよ」と言い張っていた若者がいたりしましたからね、君達もまだまだだねと訳のわからない余裕の笑みをたたえながら、このブームとやらをお高いところから眺めている私なのであります。

「作詞と作曲、それぞれが分業制で、それぞれのプロが書くべきだ」
先日紫綬褒章を受章し、調子に乗っちゃってる、もとい、「いま旬」の作詞家、松本隆先生がいろいろなメディアに登場しておっしゃっている言葉です。
確かにそうです。今のアーティストが、「しみじみ呑めば」「ぽつぽつ呑めば」とか、「プピルピププピル」、「男のワイシャツ着てくるりと回って髪の毛かきあげてる私は18」(笑)みたいな、はっきりはよくわからないけど、なんとなくそのシチュエーションはわかるような歌詞を書くことができるでしょうか。

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で、こちらの本です。
昭和歌謡を彩ってきた作詞家といったら、この2人の他にも、なかにし礼、千家和也、阿木耀子など錚々たる方々がいらっしゃいますが、作詞した数、レコードの売り上げ、そして何と言っても、時代を映す鏡としての、または時代を変えていこうとする鼻息の荒さを持った作詞家となると、やはりこのお二方なのかなあという気がします。

この本は、歌謡曲が華やかだった昭和40年代から、阿久悠、松本隆がどのようにして世の中に出てきたのか、どんな曲を作って、それがどのくらいの売れ行きだったのか、その頃の世相はどんな感じで、歌謡曲はどんな役割を果たしていたのかなど、客観的な数字を示しつつ紹介していて、それはそれは有意義な、とても楽しい一冊ではありました。

昭和歌謡マニアから言わせて貰えば、かなり語り尽くされたことも鼻高々で書かれていてちょっと苦笑、でしたが、まあ、私の昭和歌謡情報は、淳子、百恵、宏美、裕美、ピンクあたりが中心のものだったりするので、五木ひろしとか都はるみとか、いまいち詳しくないアーティストのリアルなレコード売り上げなども知ることができ、昭和歌謡に対してちょっとだけ視野が広がったような気がします。

楽しい本でした。
ここのところ仕事以外で活字を追うのはヤホーニュースか週刊文春、というやさぐれた私にとって、久しぶりに夜を徹して熱中した本に出会えたような気がします。

で、やっぱり思うのは、淳子さん、復帰してください、ということです。
舞台ならなんとかなるんじゃないでしょうか?
大◯し◯ぶ独壇場の、汚らしい(失敬)舞台事情に、一石を投じていただきたい、ただそれだけなのであります。
って、お題とはかなり外れてしまいましたね、失敬失敬これまた失敬。


by yochy-1962 | 2017-11-22 11:23 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
先日、友人がカラオケで「ウイスキーがお好きでしょ」を、上手に、かっちょよく歌ってくださったのでした。

ジャジーで、雰囲気がよくて、酒場によく似合う歌。難しそうですがわりとすんなり歌えて、どんな人でも上手に聴こえるおトクな歌と言えましょう(なんて失敬な)。

いえいえ、この歌は鼻を垂らしたガキンチョには似合いません。
ある程度年齢を重ねて熟成を繰り返し、いや通り越し、枯れれば枯れるほど、情感たっぷりに、見事に歌い上げることができる、ってものなのです(やっぱり失敬です)。

それにしてもこの歌、いろんな方がカバーして、いまやスタンダード曲として誰もが知っている歌となりました。
そこで今日はこの歌の聴き比べ。さて、どの方の歌いっぷりがお好き、でしょうか。
まずは本家、SAYURI(ここは横文字でいきたいね)の歌唱です。
さすがオリジナル、艶やかで、ゆったりと、安心して耳を傾けることができますね。
銀座あたりの、ヒヒオヤジ、もといシャチョーさんが通う高級クラブで、「ママ、いつもの歌ってよ〜いつもの」「ええ?いいんですか?じゃあ一曲」とかいうやり取りでさりげなく歌う図が目に浮かびます。


次はオリジナルラブの田島さんが歌う「ウイスキー〜」。
大人の男の色気がムンムンといった歌唱。最初、あれ?憂歌団とも思わせる枯れっぷりも魅力的です。
60年代あたりのロックが流れるライブハウスで、ちょいと一息、といった感じで歌っている図が目に浮かびます。

次は竹内まりやさんの「ウイスキー〜」。
優等生的な歌い方ですが、もともと伊東ゆかり的な深い声の持ち主ですから、こういう歌もさらりとこなせるってものでしょう。
老若男女が集まる地元のバーで、こんな歌唱を披露するママがいたら、きっと繁盛するだろうな、って感じです。
調子乗って「じゃ、つぎはシングルアゲイン」とかどんどん歌い続けて、挙げ句の果てに嫌われないことを祈ります(^_^)。

あと、有名どころではゴスペラーズなんかもこの歌を歌っていますが、残念ながらYouTubeにはエントリーされておりませんでした。
渋谷のおしゃれなカフェバーあたりで聴きたい歌唱、て感じですかね。
カフェバーってのが今でもあるのかどうかは知りませんが(^_^)。

こんな方も「ウイスキー」を歌っておりました。
いつの頃の映像なのか、ちょっと不明ですが、始めたばかりのバーの新人ママが、ちょっと緊張気味に歌ってみました、って感じで素敵です(^_^)。

🎵あなたは忘れたでしょ 愛し合ったことも〜

愛した数と別れた数が違う〜(トーキョー・バビロン。由紀さおり先生の名曲)と同じくらい、心に沁みます(^_^)。

by yochy-1962 | 2017-09-26 21:00 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
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先月は久しぶりの桜田淳子ライブ(正確にはゲスト、なんですけど)、そしてゴールデンウィーク最終日の7日は、ポプコン出身アーティストらによるコンサート、僕らのポプコンエイジと、「ああ、昔はよかった」月間が続いています。

って、ポプコンコンサートに登場したみなさんは今でもバリバリの現役ですし、淳子ちゃんも本格的復帰を模索しているという噂ですから、「昔の人」と括ってしまうことは大変失礼な話ではあるのですがね。

すっかり歳をとって、新しいものを果敢に取り入れようとする気力がなくなり、……いや、何かいいものはないかと、ぼんやりしながらも探してみてはいるのですが、アナログ化したマイアンテナではそれにひっかかるアイテムは見つからず、結局、ああ昔はよかったと懐かしみながら現代を生きるという、ちょっと情けない毎日を過ごしているわけなのであります。

まあ、昔でも今でも、にこやかに過ごす時間を持っている、記憶しているということは、幸せな人生だとは思うのですがね。
いや、思うようにしましょう。

今回のポプコンエイジは、昨年に引き続いてのアーティストのほか、八神純子、世良公則、庄野真代という、大ヒット曲を持つ「ザ・ベストテン」アーティストも満を持して参加。
みなさん現在でも第一線で活躍されているだけあって、当時と同じ、あるいは当時とは全く趣を変えたパフォーマンスで我々を楽しませてくれました。

「みずいろの雨」を、当時と同じパワフルなハイトーンボイスで聴かせてくれた八神純子さん。彼女の年齢はおぼろげながらに知ってはいますが、それにしてもこの声は奇跡です。これこそ鍛錬の賜物。どんなにドヤ顔で歌われても、もう納得するしかありません(笑。まあ、最後の全員登場の場面で、彼女が出てこなかったのはどういうことだろうと、その後の飲み会ではいろんな推測で盛り上がりましたが)。

庄野真代さんは名曲「飛んでイスタンブール」を披露。そしてポプコン時代のいろいろな苦労話、音楽への熱き思いを語って下さいました。
それにしても飛んでイスタンブール、当時はあまりピンと来なかったのですが、いま聴くと、その奥深い内容の詩にドキリとさせられます。
まあ、当時はまだ高校1年だったもんなあ、韻を踏んだ詩とか、この恋愛のシチュエーションなど理解できなかったのも仕方ないでしょう。

で、圧巻は世良公則さん。
ピアノとバイオリンをしたがえて、ギターで歌うアコースティックバージョンの「あんたのバラード」。
渋くて、パワフルで、ジャジーでカッコよく、素晴らしいことこの上もなし、でした。
当時はアイドル的存在のツイストでしたが、現在は男性ファンが多いのか、太い声の声援が飛び交っていたのもうなずけます。
「やっと最近になって、この歌に似合う年齢になった気がする(やっとこの歌のホントの意味が分かった、だったかな)」とかおっしゃっていましたが、まあ、当時22、3歳でしたもんね〜酔いどれ男と〜泣き虫女〜は、流石に背伸びし過ぎてましたかね(^_^)。

今回も小坂明子さんの「あなた」を聴いて、かつての、そして現在の、自分の「夢」を再認識する時間を持ち、CHAGEさんの「ひとり咲き」を感慨深い思いで聴き(多くの女性ファンはハンカチで涙を拭っているようでした)、気力十分。エネルギー満タンになりました。
しばらくはニコニコして、頑張れそうです。

来年もぜひ行きたいと思います。
そろそろ大橋純子さん、あみん、中島みゆきさんの登場もお待ちしていますよ!



by yochy-1962 | 2017-05-08 12:49 | 音楽 | Trackback | Comments(4)