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カテゴリ:ひとりごと( 121 )

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ひっそりと九月を過ごし、ひとつ歳を重ねたわけなのであります。

もうこの年代になると、誕生日だからと言って大騒ぎするわけではなく、肉親からもガン無視され(苦笑。こないだの姉貴の誕生日にはちゃんとメッセージ送ったんだけどな)、会社の人には誕生日の申告もしていないのでなんのコメントもなく、結果、いつもの毎日と同じ一日を終えるのがここ数年の私です。

まあ、真っ当な、実り豊かな人生を歩んできた方々は全く違うんでしょうがね。どこでどうしてこういう人生を歩んでしまったのか、どの辺あたりまでさかのぼればそのターニングポイントを発見できるのか、などと思ったりもします。

しかし、ひとつ言えることは、自分は他人と同じことができないのではなく、することが嫌だったということです(と、言い聞かせているのです)。
まあ、大きな川の流れから抗うように、その先のことも考えずに岸辺に這い出たのはいいものの、ここから先どうやって進めばいいのか分からずに呆然としているのが、いまの私の状態なのかもしれませんが。

……そこまで卑下しなくてもいいか(苦笑)。

それでも、傷を舐め合う(笑)友人からはおめでとうのメッセージをいただき、誕生日が近い友人たちと集まって乾杯もいたしました。
十分幸せ者です。感謝です。

ただ淋しいのは、毎年誕生日になるとハムやらソーセージやらをプレゼントしてくれた、1月に亡くなった私の親友からは、もう何もいただくことはなくなってしまったことです。

仕方がないので、今年は自分へのプレゼントとして、自分で購入。
こういう類のものって、ほとんど買ったことがなかったんですが、意外と高価なんですね。だからお安いやつを。

台風が心配ですが、こうやって私の、平成最後の九月は終わっていくのでした。

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by yochy-1962 | 2018-09-30 17:50 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)

混雑した昼飯時の定食屋などで、すっかり食事は終わっているのにおしゃべりに夢中で、後ろで並んで席が空くのを待っている人がいるのも気がつかない、あるいは気づいていても全然平気という、まるでヤクザのような振る舞いをするのは女性の特権(?)と思ってきましたが、昨今は男性でもする「嗜み」のように見受けられます。


スマホの画面に夢中で、現在どのくらいの混雑ぶりなのかも分かっていない、鈍感な若い男が多くなったような気がするのです。どうせ、ろくでもないサイトでも見ているんでしょうけど(失敬)、そういう輩は決まって、細身の、今風のスーツを身にまとい、肘を立て、足を組んで、アホみたいな顔をして(重ね重ね失敬です)スマホの画面と睨めっこしています。

だいたいズボンの丈は短く、中にはスーツスタイルにはあるまじき、くるぶしまでのスニーカーソックスなど履いて、みっともないすね毛をご披露されていたりします。


……あっ、細身のスーツなど着ることができなくて、やっかんでいるわけではありません。


ランチタイムの混雑はほんの一瞬で、それでもお客様を待たせたりしたらいけないと、マックスのバイトさんを確保して、お店は頑張っているものです。

だからお店にとっては、ランチタイムは「回転率」が命なのです。 

気の小さい私などは、このくらいの客数で、このくらいの客単価で、このくらいの従業員を配しているのだから、このくらいの売り上げがないとやっていけないだろうなどと、余計な心配ばかりしてしまうのですが、アホスーツの面々はそんなことお構いなし。

どうせろくでもない仕事しかしてないんだろうな、なんて思ってしまったりします。


……ごめんなさい、暑い日が続き過ぎて、言葉のオブラートさえ脱ぎ捨ててしまっております、私。


結局、昨今の若者は「配慮」というものが欠如してるんだな、と思わざるを得ません。


先日など、私の隣のテーブルで散々長居をして(だって私が席に着いたときにはすでに食事を終えてスマホに夢中になっていたのですから)、やっと腰を上げてレジに向かった若い男性が、テーブルとテーブルの狭い隙間でなぜか立ち止まり、私に尻を向けたまま、しばらくフリーズなさったのでした。

そのとき私は食事の真っ最中。どうして私が訳の分からぬ男のケツを愛でながら食事をしなくてはならないのでしょうか。

さすがに腹が立って、その男のケツをバンバン叩き、「早く行けよ」と声を荒げてしまいました。


全然悪びれた様子もなく、「あ、ああ」とか言いながらその場を離れましたがね、若者は。

「ああ、じゃねえだろ、すみません、だろ」とまた頭に来て、社に戻る途中、アイスクリームなど買ってしまった私なのでした(わけわからんけど)。


かつてのベストセラー「鈍感力」は、小さいことにくよくよせず、常に前を向いて生きていくことが大切、という内容だったと思いますが、だからと言って「鈍感な人が世の中を制する。鈍感力を身につけましょう」と言っているのではないと思います。昨今の、物怖じせずにグローバルな活躍を見せてくれる若者は前者の方で、決して定食屋でバカみたいにスマホをいじってはいないと思いますがね。


東日本大震災の時の日本人の冷静な態度、サッカーワールドカップの時のゴミをきちんと片付ける姿など、そうした姿勢が世界から賞賛された日本人の配慮だったのですがね、これから先は、近隣の某国のように、他人のことなど一切関係ない、自分さえよければいい、というのが当たり前の国に成り下がってしまうのではと、心配もしてしまいます。


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まあ、我々おじさんは、昭和歌謡の流れるこういう場所で、しみじみ世を憂うのが一番。生産性もないし(苦笑)、高らかに物を言う権利もなく、さっと呑んでさっと家に帰ることにいたしましょう。


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by yochy-1962 | 2018-08-05 22:10 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)

「どうしてこんなに、オレは……」と、3ヶ月に一度くらいは確実に、己の不器用さを嘆く夜を過ごしている私なのですが、世の中、広いもので、こんな私が唖然としてしまうくらいの不器用っぷりを披露してしまう方に、時々お目にかかります。


あっ、ここで私が言っているのは、なんというか、「生き方」が不器用な人、ということです(その代表格が自分であるということはさておいて)。

手先が器用でも、どんなにカラオケが上手でも、それは関係ありません。

決してできない人ではないのに、どうしてそういうことになっちゃうんだろう、と思わざるを得ない、残念な不器用さんが、中年以上の、特に男性に多かったりするのです。


一言で言うと、鎧で武装するあまり、肝心なことを知ることができない、見ることができないという「不器用」な人(全然一言ではないのですが)。


若い頃はそれなりに、目を輝かせながら、いろんなものを吸収してきた人生だったのでしょう。

だからある程度の知識は持ち、スキルも築き上げ、自信もあったのだと思います。


しかし、世の中はどんどん進化し、変わっていきます。

普通なら、変化に対して取り入れる、取り入れない関係なく、常にアンテナを張りめぐらし、時代の波というものに対応していくのが、これからも第一線で生きていこうとする者の務めだと思うのです。

この先はずっと山籠りでもして、誰にも会わずに生きていこうとするのなら話は別ですが。


いや、覚える、覚えないの取捨選択はともかく、新しいものに限らず、自分が生きていく環境を変えたのなら、まずその環境に順応していくことが、自身に訪れた最初の、最低限の課題だと思うのです。


しかし、昔取った杵柄が忘れられず、新しい環境でも頑なにどしん、と佇んでいるだけの姿は、愚かだなあ、憐れだなあと思わざるを得ません。


そればかりか、変なプライドが邪魔をして、知らない、できないと言うことができず、そのためにどんどん深みにはまって、「愚か」どころか、「役立たず」などというレッテルまで貼られてしまう始末なのです。


最近、身近にそのような方を拝見して、気の毒だなあ、憐れだなあと思っていたところでした。

まあ、私も「不器用界」の片隅で、常にハアハアゼイゼイしている身ですから、こういう案件こそ、反面教師としていかなくてはならないのですがね。


ただ、結構長く生きてきちゃった自身の人生において、私が処世術として身につけたのは、「知らない、分からないことについて、絶対に分かったふりはしない」ということです。

これだけは自信を持って言えます(自信満々で言うことではないですが)。


そりゃ、えっ、そんなことも知らないの? と思われ、馬鹿にされてしまったりもあるでしょう。

しかし、私が詳しく知っていて相手が不案内ということもあるのです(昔話とか70年代アイドルとか大衆酒場事情ぐらいですが)。なんでも知ってるのは林先生クラスにもならない限りあり得ないのですから(それでも初耳があるのですから)、知らないことは恥ずかしいことではないのです。


恥ずかしいのは、知らないことを知っている振りをすること、そして、知らないままに時間を過ごし、後に引けない状態になってしまうことなのです。


そんなこと、当の本人に言うこともできず、言ったところで憮然とされるだけでしょうから、ここでこっそり、書かせていただきました。

頑張ってほしいものです。


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まあ、不器用な人も、そうでない人も、これからの人生に幸あれ!です。

いろんなことを勉強し、身につけて、心豊かな人生を送っていきたいものです

写真の内容については相変わらずで、あまり成長はありませんが(苦笑)。





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by yochy-1962 | 2018-06-23 12:00 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
人の命なんてちっぽけなもので、どんなに高邁な理想に燃え、歴史に名を刻むような人生を歩みたいと思ってみたところで、それを見事実現できる人はほんの一握り。ただただ必死に毎日を生きて、目先のことに一喜一憂して、泣いて、笑って、そうしてひっそりと人生の幕を下ろすのがほとんど、なのだと思います。
いや、自分も含めてですが。

もちろん、そうした人生をつまらないと言っているのではありません。
自分の生きた証を残せなかったとしても、人様に迷惑をかけず、清く、正しく生を全うできるのは素晴らしいことです。

そして、どんなにひっそりとしたように見える人生でも、それぞれにそれぞれの、無限なる「宇宙」があり、その中に暮らす、その人のエネルギーになる「思い」や「願い」が、必死にその人を動かしているものなのです。

人に優しく、決して声を荒げず、いつも穏やかに笑っていた印象しかない私の親友が、先日心不全で突然旅立ってしまい、なんだかまだ現実を受け入れられず、とりとめもなく「人生」だとか「命」だとかに思いを馳せているところです。

しょっちゅう会って話したり、面白そうな酒場を巡ったり、SNSで笑い合ったりけなし合ったりした仲だというのに、私は彼の、どれだけの「宇宙」を知っているつもりになっていたのか、今になって知らなかったことが多すぎて、愕然とするのです。

亡くなってから、彼のごく近しい方から聞いたのですが、彼はおよそ30年もの間、実家の人達とずっと連絡を絶っていたのだそうです。
そういえば、「こないだ故郷に帰ったんだ」なんて話は聞いたことはあったと思うのですが、親は今こんな状態で、兄妹はどこに暮らしているなどの話は聞いたことがありませんでした。

お母様からは、何度も連絡はあったのだそうです。しかしそれを一切拒否していたとのこと。
どういうことだったのでしょう。あの穏やかな、いつも優しい表情からは、その頑なな行為はあまりにも意外で、驚きでした。

彼と親御さんの間に何があったのか。細かいことまで追求するつもりはありませんが、多分、彼がその先、誇り高く生きていくための、苦渋の決断だったのかもしれません。
清く、潔癖な人柄だからこそのことかもしれません。そう思えば理解できるような気がしました。

どうしても許せないこと、受け入れないこと、誰にもあると思います。
しかし、楽に生きていくために、ある程度のことは見ないふり、そして無理やり呑み込んでいくしかない、ということは、年齢を重ねていけば「処世術」として嫌でも身についてしまうものです。
しかしそれは、彼には許せなかったのでしょう。
決して打ち明けられたことはありませんでしたが、今になって、ただ優しいだけでない、彼の太い「核」を知ったような気がしました。

社会人としては、もしかしたらあまり恵まれなかった人生だったかもしれません。

大学を卒業してから、しばらく定職につかず、肉体労働みたいなことをしていた、なんて話を聞いたことがありました。
それから就職した会社もいろいろ大変だったようで、精神的にずいぶん参っていた時期もありました。
最後は、大変な激務の会社でした。徹夜業務が続き、ここ数年は飲みに誘っても、疲労困ぱいといった様子でした。それでも、いつもの柔らかい笑顔を見せてくれたものでした。

私が最後に彼に会ったのは、今年のお正月、一月一日でした。
友人宅で行われた新年会。いつもの柔和な、くつろいだ表情で彼は座っていました。
顔を合わせた瞬間、「なに、その目の下のクマ」「なに、その、くっきりとしたほうれい線」と、同時にけなし合ったのが、最後の二人のおちゃらけトークになりました。
最後だと分かっていたら、もっと気の利いた話をしていたのに……。今思うと、悲しすぎて言葉になりません。
でも、いつもの会話でくつろげて、それはそれでよかったのかもしれません。そう思うようにしたいです。

いま、こうして彼との思い出を辿っていても、彼が怒っていたり、人を悪く言ったりという場には一度も遭遇しませんでした。ホントに優しい人でした。
でも、もしかしたら、それは彼の宇宙の、私からは片側しか見えない一面だったのかもしれません。
本来ならあと30年は続いたであろう人生を、どのようにイメージしていたのか、いつか、絶縁していた肉親と、どのような折り合いをつけようと思っていたのか、永遠の謎となってしまいました。

でも、これだけは言えると思います。
どんなことがあろうとも決してくさらず、潔癖で、ささやかな喜びを大切にして、友を大切にして、柔らかな微笑みの印象だけ残して終えた人生。
これほど素晴らしいことはないのではないでしょうか。
そんな友人を持てたことに、私は心から誇りたいと思っているのです。

いま、いろいろな怒りやら、無念やら、悲しみやらから解放され、自分が描いた宇宙を自由に、思い切り泳いでいる彼が、私には見えています。

そして、その宇宙をさらに覗こうとしている私に向かって、「ヨッチーはまだまだ早いよ。もうちょっと頑張って、この世のことをオレに報告してくれよ」なんて言っているような、そんな風に解釈しようと思っています。

彼の清く、名もなく、美しい人生に乾杯。
再会する日を楽しみにしています。

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by yochy-1962 | 2018-01-18 20:00 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
朝の新宿南口付近、会社へと向かう人の波に向かって、「ギャグありますよう、ギャグありますよう」と連呼している若き(と思う)男性の姿を見かけることがあります。

多分、ストレス社会に生きる人達に、ほんの少しでも癒しを感じていただけたらと、「笑い」を販売している方、なんだと思います。

「んー、仕事仕事で、最近ちょっと笑ってないなあ、あっ、あそこにギャグを売ってる若者がいるぞ。よし、ちょっと試してみるか!」
そんな、疲れ気味のサラリーマンにうってつけの、ナイスな企画とお見受けします。
こうした、ちょっとした「スキマの」発想こそ、これからのビッグチャンスに繋がるのです。なかなかクレバーな若者なのでしょう。期待したいところです。

……な訳ないよなあ。

朝の通勤時は、ほとんどのみなさん、遅刻するかもしれないと半ば焦りながら、最寄駅を出て、小走りに会社へと向かっているものなのです。
そんなとき、「ギャグありますよう」と、ウ◯コの被り物をした、人の神経を逆撫でするような男の姿など、まず、一瞥もしないで通り過ぎるでしょう。
ホントにギャグを見たいのなら、前の夜にyoutubeでサンドイッチマンあたりのコントを見た方がよっぽど面白いし、第一、ウ◯コの被り物を「面白い」と思っている(だから被っているんだと思いますが)時点で、彼の放つ「ギャグ」なんて大したことない、と言うことが丸わかりなのであります。

新橋あたりで道行く人をホメ殺ししたり、悩みを聞いたり、なんてのが商売になっているなんてのをテレビで見たりしたことがありますが、それは夜の、酔っ払い相手にする商売だからこそ成り立つのであって、朝の忙しい時間に、まず立ち止まるなんてことはないでしょう。これは無理だろうと、なんで気がつかないのかなあと思います。

やりたいこと、目指したいこと、そのために何か動いてみる、と言うのは、何もしないよりはずっと素晴らしいことだとは思うのですがね。なんだか痛々しくて、そんな彼の姿を見るたびに、頑張れよ、と思うよりも、もっと頭使えよと、失礼ながら思ってしまう私なのでありました。

もうひとつ、ランチタイムに会社近くを歩いているとき、店の前で「いかがですかあ。限定◯食、もうじき終わりますよ〜」などと絶叫している女性店員の姿を最近お見かけします。

このお店、最近出来たばかりのお店で、夜は鹿児島の焼酎などを振舞ってくれる居酒屋さん、と言う佇まいです。
新しい店ですし、宣伝は必要です。だから、ああこのお店、ランチもやるのね〜なんて知ることはできたのですが、じゃあ入ってみようか、と思うより前に、その女性の絶叫具合が凄まじく、ちょっと怖くてその前を通り過ぎることさえためらってしまいます。

ただでさえランチ激戦区の地帯。それこそ星の数ほどあるお店の中で、客が知りたいのは、その店では何を、どのくらいの価格で食べさせてくれるかの情報です。
だから本当なら、店の前に、本日のメニューはどんなもので、お値段はいくらなのかをしっかり提示することが、まずするべきことだと思うのです。

しかしそのお店、絶叫具合はすごいのですが、何を食べさせてくれるのかは店の外側からはいっさいわかりません。
ただでさえ、関わりたくないと思わせるようなパフォーマンスだというのに、メニュー、値段がわからないんじゃ、客が入るわけないだろ、ということに気がつかないのかなあと、これまた私は心を痛めることになるのです。

両者とも、「客観性」の欠如、なんでしょうね。
誰か言ってあげればいいのに、とも思いますが、まあ、自分の頭の上の蝿すら追っ払えない身の上でございますので、そそくさと師走の街を通り過ぎるだけの私、なのでありました。
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師走でございますねえ。
年末年始は風邪ひいたらおしまい、と思って用心に用心を重ねているのですが、ここ二、三日、奥歯が痛くてたまらなくなってきてしまいました。
年末までにあと三回の忘年会が控えている身。ああ、なんとかならないかなあ。

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by yochy-1962 | 2017-12-20 11:15 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
「日本の海では泳がない」「篠山(紀信)先生にしか水着姿は撮らせない」(^_^)。
泳ぎの誘いがあるたびに、こう豪語して友人をけむに巻いていた(つもりの)私。
しかし最近、駅の反対側徒歩10分ほどのところに区民プールがあることを知り、これまで頑なに守っていたその決意をあっさりと捨て、いそいそと水着を抱えて潜入したのでありました。

……いや、天井知らずに増加する体重をなんとかせねば、とは常々思っていたのであります。
健康診断の結果、「あなたは完全にメタボリックシンドロームです。なんとかしないと死にまっせ」と脅迫めいた、ありがたいお言葉もいただいたのでした。

さらに最近、一緒に働く先輩編集者に大きな病気が見つかり、治療に専念するために退職。
健康には気を遣って、最低週一回のウォーキングを欠かさず、きのこ、スプラウト系の野菜など積極的に摂取している私なのですが、これだけでは足りないようです。やはり、歳を重ねたら重ねたなりに健康法も変えていかなければならないようなのです。

代謝はどんどん衰え、ちょっと食べ過ぎたらてきめんに太る、あるいは胃がストライキを起こして一晩中痛む……。
やはり、プラスαの運動をして代謝を促すことは必須。
これからも美味しいお酒をガハガハ笑って飲めるためにも、脱メタボリック!宣言なのです。

で、いざ区民プールに潜入。
ハイソな区だけに(杉並区民でありながら世田谷区民プールを利用)、とてもキレイな温水プール。なんでもゴミ焼却で発生した熱で温水にしているとかで、1時間240円と安価です。

仕事が終わってから、夜8時ぐらいにプールに到着するので、閉館までの1時間のみの利用ですが、この時間になるとキャーキャー騒ぐ子供はおらず、ただひたすら泳ぐ大人の利用者ばかりなので、あまり気をつかうこともなく、快適です。

で、およそ10年ぶりのスイミング〜、となったわけですが……。
さて泳ぐぞーっと、平泳ぎの体勢でスーッと、かっちょよくアーバンに(どんなんだ)泳ぎ出します。
そう、短距離走は苦手ですが、泳ぎのほうは昔から得意で、中でも平泳ぎは校内水泳大会でもいい結果を出していた私。
イメージとしては、そこからスイスイスイッと北島康介ばりのナイスな平泳ぎを披露……のはずが。

ブクブクブク……。
まず、沈むのです。

自分が抱いていたイメージでは、手を前に伸ばし水に乗れば、そのままスーッと前に進んでくれるはずでしたが、それは体重が50キロ台の、スリムなイケメン(?)時代の私でして、もうそれは遠い昔の話。
浮くことも、ちょっと前に進むことも、結構な体力が必要だということを思い知らされたのでありました。

次第に昔を思い出し、ゆっくりながらでも泳ぐことができたのですが、昔は、平泳ぎならいくらでも泳げたはずが、たった25メートルほどでハアハア、ゼイゼイ。
そして腕、肩、背中、腰、普段使わない筋肉がいっせいに悲鳴を上げています。

それでもなんとか頑張って、25メートルでハアハア、しばらく休んで25メートルでゼイゼイ、を数回繰り返し、およそ30分で水泳再デビューは終了。
疲れました。ああ疲れました。
歩くのもやっと、という感じで、転がるようにしてお疲れ様タイム。
ビールの美味かったこと!
(なんのための水泳なのか分かりませんが)
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まあしかし、心地よい疲れではありました。
その日はいつもよりぐっすり眠れたような気がしました。そして、身体中の痛みは次の日には大方消え、あまり肉体的にもダメージはなく、よし、これなら続けられそうな感じです。

何回か通ううちに、やはり昼間や休日は子供も多く、なかなか自由に泳ぐことができないので、仕事帰りの午後8時くらいが狙い目ということが分かりました。
ただ、黙々と泳いでいる皆さん、揃って優雅に、慣れた様子で泳ぎを楽しんでいて、ちょっと自分がみっともないなあとも思ってしまいます。
しかしめげずに泳ぎを続け、その仲間に入れる頃には、きっと私の贅肉もすっきりして、クロールなどでかっちょよく泳げているに、違いありません。
いまはクロールは時期尚早。ふざけているか、溺れているかと勘違いされ、監視員に救助されてしまいかねませんもんね(^_^)。
まあ、頑張ります(^_^)。


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by yochy-1962 | 2017-10-15 19:49 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
大きな声で恫喝したり、威嚇したり、とにかく迫力だけで同じ方向に導こうとしても、それは逆効果ってものなのです。

しかし、いくら上品に振る舞っているつもりでも、「排除」などという恐ろしい言葉を使われたら、その方がその後どんなに素晴らしいことをおっしゃったとしても、申し訳ございません、もうシャットアウトです。

「誠に遺憾ではありますが、この度はご期待に添えず」「悪いけど、来月からは他の人に」などの「排除」を痛いほど経験して来た者にとっては、この言葉を簡単に言える人は、人の心の痛みなど感じることのできない人にしか思えないのです。

やらかしたな、と思います。
失敗から何も学んでいない人、あるいはそれに気づくこともできない人だということでしょう。

この一言でメッキが剥がれました。
一瞬のうちに、大きな支持に守られているという幻想は崩れ去りましたよ。
さようなら。
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ヤケ酒にはつきあいましょう。
この街にはイカす大衆酒場がたくさんたくさん。
そうそう、もうすぐこんな催し物があるんだそうですょ。
支離滅裂でしたね。


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by yochy-1962 | 2017-10-03 17:01 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
c0135618_2235073.jpg 事件は、我々友人同士で定期的に行っている「東京煮込みマラソン」(略称にこまら)のゴール地点である赤羽で起きたのでした(写真は特に意味はありません。年賀状用にあちこちで撮った写真の、ボツの一枚です)。

 大衆酒場という安普請の造りだけあって(失敬)、友人が不安定なテーブルに手をついた途端、ガクンとテーブルが傾き、思いっきりビールをぶちまけてしまったのです。

 ビールは、ちょうどテーブルに置いていた私のデジカメめがけて一直線。慌てて水気を拭き取ってみたものの、それから電源を入れてみても、デジカメはうんともすんとも言わず。
 ちょっとビールをかぶっただけなのに、あっという間に御臨終です。

 友人は申し訳なさそうに「ゴメンゴメン」を繰り返すのですが、まあ、これは事故みたいなもので、誰のせいでもありません。友人を責めるわけにはいきません。
 もしかしたら、水分が飛んだら復活してくれるかもしれないと、そのときは「いいよいいよ」と、悠長に構えていたのですが……。

 一週間経っても、二週間経っても、デジカメさんは動く素振りすら見せてくれません。これは本格的に、黄泉の国へと旅立ってしまったようです。

 まあ、もともと貰い物のデジカメだしなあ、それに昨今はスマホのカメラも結構素晴らしい写真が撮れるし、それでいいか……と思っていたのですが……。

 ビールをぶちまけてしまった友人が心配して、「デジカメ復活した? もしダメなら、自分が持ってる古いデジカメがあるんだけど、それ、あげようか?」と言ってくれたのです。

「んー、いい人だ」と、喜んでその御心をいただくことにしたのでした。
 新しい、お古の(ややこしい)デジカメは、画質等、ややグレードは劣るものの、まあ、ブログにアップする程度なら文句言えず使うことはできます。
 これで田舎の同級会やら年賀状用の写真を撮って、うん、まあ使えるだろう、と普段の生活に戻った私でしたが。

 ある日、壊れたデジカメが、もしかしたらいまごろになって動くかも、というか動いちゃったりしてね〜、という軽い気持ちで、また電源を入れてみたところ。
 なんと、黄泉の国から復活して、デジカメさんは正常に動いたのです。
 さすがに日付等のセッティングは初期化されていましたが、以前撮った友人の還暦祝いの(笑)はっちゃけた写真、それから事件当日、赤羽の大衆酒場で撮った美味しい煮込みの写真、全て再びその御尊顔を拝むことができたのでした。

 とりあえずよかった。
 しかし、こうしてデジカメが復活したのですから、友人にちゃんとそれを告白しなくては、私は「壊れた壊れた」と騒いで、まんまと新しいお古の(ややこしい)デジカメをせしめた詐欺男になりかねません。

 まあ、友人もその話を聞いて安堵し、「ああよかった、まあ、あげたのは古いデジカメだし、そのまま使っていいよ〜」と言ってくれるに、違いないと思ったのですが……。

「あっ、そう? じゃあ上げたデジカメ、返してくれる?」
 友人はあっさりと、そう宣ったのでありました。

 まあ、そうだよな。それが普通だよな、とは思ったのですが、もう、その新しいお古の(ややこしい)デジカメさんとも友好関係を結び、使いこなせるようになった矢先でしたから、いいじゃん、一度くださったものなんだから返せなんて言わなくっても……という気持ちもなかったわけではありませんでした。

 でも、仕方ありません。いただいた新しいお古の(ややこしい)デジカメを再び初期化して、友人に返却しようと準備をしていたところ……。

 なんと、また、水をかぶったデジカメさんが再びうんともすんとも言わなくなってしまったのでした。

 いったいどういうことなのでしょう。
 これは、新しいお古の(ややこしい)デジカメさんが、友人の元に帰ることを拒否しているかのように受け取れました。
 って、考え過ぎなのですがね。

 どうしたらいいものか、悩む年の瀬です。
「壊れた詐欺」と「あげるあげる詐欺」の攻防は、年を越しそうな様相を呈しているのであります。

 っていうか、アンタ、もう新しいデジカメを買いなさい、って話なのですがね。
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by yochy-1962 | 2016-12-28 22:09 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
 朝の出勤時、いつものコンビニに寄って、いつもの「タリーズ無糖カフェラテ缶コーヒー」を持ってレジに並んでいたのですが、ああそういえば今シーズン、まだ肉まんというものを食べていないことに気がついたのでした。

 これはいけない、肉まんを食べないと年を越せません(ってほどのことじゃないか)。自分の順番が来て、早速レジのおっちゃんに缶コーヒーを渡し、「あと、肉まんをひとつ」と、かっちょよく、ニヒルに決めてみせたところ……。

「すみません、肉まんはただいま準備中でして、あと3分ほどお待ちいただきたいのですが……」
 おっちゃんは申し訳なさそうにおっしゃったのでした。

 えー、3分も待つのお〜?
 私の躍る心はしゅーんと音を立てて萎んでいくのが分かりました。
 たかが3分、ですが、朝の慌ただしい時間。さらに、レジ横でひたすら手持ち無沙汰で、間抜けな顔で肉まんを待つ己の図、が浮かんできました。
 端から見たら、「肉まんを待ってウキウキしているブタみたいなおっさん」のように見えるに違いありません。これはいけません。

「じゃあ、ピザまんはありますか?」
「ああ、そちらもあと3分ほどお時間がかかります」
「カレーまんは?」
「申し訳ございません、そちらも……」
 万事休す、です。

「はあ……」
 気落ちした私に、恐る恐る、という感じで、おっちゃんはおっしゃいました。
「極上肉まん、ならありますが……」

 ご、極上?
 思わず私はその値段を確認しました。
 普通の肉まん100円に対して、極上肉まんは150円です。
 そんなあ。薄給の私に、50円の上乗せなど、なかなか勇気のいることです。

 どうしよっかなあ〜。正直悩みます。
 しかし、ちょっと躊躇している私の背後に、レジの順番を待っている善良な会社員さんたちの視線が集中しています。
 これはいけません。この方達から見たら、今の私は「たった50円の上乗せに駄々をこねてるブタみたいなおっさん」に見えるに違いありません。

「はい、じゃあそれで」
 軽やかに、爽やかに、精一杯の笑みと共に私は宣言したのでした。
 まあ、極上というだけに、きっと身悶えするほど美味な肉まんに違いない。これぞハイソな、シャイニーな人間にこそ味わえる特権!  思う存分楽しませていただこう。そう思って颯爽と、その「極上肉まん」を抱えてコンビニを後にしたのでした。

 しかし。
 その「極上肉まん」とやらですが、ちっとも美味しくない、というより、全然その極上感を味わうことができない一品だったのでした。

 さらに、肉まんの4分の1が蒸し途中なのかなんなのか分かりませんが、ぐっちゃぐちゃで、泣きたくなるほどがっかり感満載。50円返せ〜っ、と私は会社でメールチェックしながら叫んだのでありました。

 本当は、この「極上肉まん」も、あと1、2分ほど蒸したほうがよかったのかもしれませんがね。肉まんに固執するブタみたいなおっさんをどうにかしなくてはというお店側の、やっつけ的な対応だったのかもしれません。ふうっ。

 で、その日のランチはリベンジとばかり、とあるラーメン屋で「とんこつラーメン、全部乗っけで」と、ニヒルに、かっちょよく叫んだ私なのでした。

 チャーシュー、卵など、とにかくその店のトッピングを全て乗せました〜、って感じの、ゴージャスな、セレブにだけ許されるラーメン。

 そうとう期待してそのラーメンを待っていたのですが、到着したのは「えっ、これ?」てくらいの普通のラーメンだったのでした。
 薄っぺらいチャーシューと煮卵が、「ごめんなさいごめんなさい、こんなんでごめんなさい」と言ってるような質素なラーメンだったのです。
 おまけに、なんだかこのラーメン、スープが劇「ヌル」で、どうしてこんなにヌルいラーメンを平気で客の前に提示するのか、厨房の中に入って説教でもしてやりたくなる気分になってしまいました。

 990円という価格が税別価格で、結局1000円以上したのも腹立たしくて、ああ、今日は食べ物運勢50点の日だったなと、肩を落として会社に戻った2016年年の瀬のワタクシ、でございました。
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by yochy-1962 | 2016-12-23 23:16 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)
 新宿駅近辺で、なにやらシュプレヒコールの波か起こり、ハチマキなど締めた軍団が拳を上げながら「立ち上がりなさ〜い、立ち上がったら座りなさ〜い」(©️きんどーちゃん)などと叫んでいます。

 いや、具体的なデモの内容は省略です。別にそれについて言及しよう、というわけではありませんからね。

 私が言いたいのは、そのデモを牛耳るべく、中心になって拳を振り上げ、演説をしていらっしゃる方の声が、とんでもなく「舌っ足らず」だった、ということなのです。

「……ということなんでしゅ。これは黙っていられましゅでしょうきゃ!」
 って感じで、演説しているご本人には申し訳ないのですが、なんだかふざけているみたいな、ウッチャンあたりのコントを見ているような感じで、なかなか、肝心の話の内容まで頭の中に入ってきません。

 その舌ったらずさんがデモの中心的人物で、もしかしたらすっごいカリスマ性を帯びた方だったのかもしれませんが、知らない方からしたら、なんだか立派なことをおっしゃっていたとしても、その内容は決して心に響かないのではと心配になりました。

 でも、んー、まあ人ごとです。ハチマキ軍団の中に、もっと声の通る美声の持ち主がいたんじゃないかと思いながら、そそくさと私は大衆酒場方面へと向かったのでありますが。

 声といえばもうひとつ、毎日乗る電車に、ときどきとんでもなく悪声の車掌さんに遭遇します。
 あれは男性なのか女性なのか、男性だとしたら結構なハイトーンボイスなのですが、いわゆる「ダミ声」というんでしょうか、バケツの水をひっくり返しながらヒャヒャヒャヒャと笑っているような声なのです。
申し訳ないのですが、それはちょっと不快になるような声で、この方が乗っている電車に当たると、爽やかな、よし、今日も頑張るぞと意欲満々の朝の気持ちが、シューッと萎えてしまうのです。

 私が引っ越して、新しくこの路線を利用するようになった4年前にはもう聞いていて、だからもっと前からいらっしゃった方かもしれません。しかしそのときは、んーアナウンスに向かない声だなあ、きっと苦情が殺到してすぐに配置換えだろうと踏んでいたのですが、4年を過ぎた今もご健在。相変わらず「えー、づぎばじんじゅぐ、じんじゅぐでござびばす」(←あくまでもそう聞こえる、っていう意味)というアナウンスを聞かされています。

 まあ、私がこの電車に乗っている時間はほんの10分ほどで、この方の声を聞くとしてもほんの二言、三言です。もう我慢できない、不愉快だ、暴れるぞ、というほどのものではないのですがね。それに聞きたくなければ迂回してでも違う電車に乗ればいい、って話なのですがね。

 しかし、いろいろな場面での向き、不向きな声というものは存在すると思います。好き嫌いというものも人それぞれだと思いますが、演説をするのなら強い、はっきりとした口調の声、アナウンスなら分かりやすい、耳障りでない落ち着いた声だよなあ、それと対極にある声は、やっぱりその部門においては才能がない、不適合なのでは、と思ってしまうのでした。

 で、声の才能、とはちょっと違うのですが、これまた朝、新宿の地下街を通過するときによく聞くパン屋さんの呼び込みが、私はいつも気になるのです。
「◯◯はいかがですかあ⤴︎」と、ゆっくりと、人の神経を逆撫でするように語尾を上げていらっしゃって、なんだか嫌だなあ、なんでそんなしゃべり方するんだろうと思ってしまいます。いつもそこを通り過ぎるたびに「うるさい、語尾を上げるな!」と心の中でつぶやいてしまいます。

 どうしたもんでしょう、こうした呼び込みでは「語尾を上げて耳を傾けさせ、お客様のご機嫌を伺いましょう」とかいう教科書でもあるのでしょうか?
 なんだか癇に障り、かえって逆効果のような気がするのですが、どうしたもんでしょうかね。

 同じように、会社近くの定食屋でも、定年過ぎと思われるおっちゃんが、おどおどした口調で「ランチいかがですかあ⤴︎」と人が通り過ぎるたびに連呼しています。
 この物件に関しては、その語尾だけでなく、力なく、なんだかただ時給のために仕方なく言わされてる感バシバシで、おまけに店の入り口を通せんぼしているような配置で連呼していて、これは呼び込みをしているのか、客が来ないように店に対して嫌がらせをしているのかわからない、と思ったりもしています。

 まあ、これらは声の才能、とはちょっと違いますけどね。

 声にはそれぞれ、その場面での的確なものがあると思います。声に迫力がなく、いわゆるドスの利いた声が出せず、なにか咄嗟に不愉快なことがあっても、相手を威嚇しながらきっちり言い返すことができずに、ただストレスをためるだけの私は、喧嘩する才能がない声、ということは自覚しているのですがね〜。

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by yochy-1962 | 2016-10-22 23:49 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)