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編集王子

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蜻蛉物語

c0135618_215908.jpg「あれ? それならアシスタントさんにやってもらえばいいのに」
 本のカバーデザインの校正紙を、本の形に切っていたときに言われた言葉です。

 御存知の方も多いと思いますが、校正紙の四隅にある「トンボ」という、鍵の形になった二本の線。この内側に合わせてカッターを入れると、仕上がりと同じ寸法の校正紙が出来上がります。完成図を確認する意味でも大切な作業です。
 まあ、それほど大変な作業でもないので、編集部の多くのみなさんは大学院生のアシスタントさんにその作業をお願いしているのですが、私はいつも誰にもお願いせずに、しこしこと、カッターと定規を駆使してトンボとにらめっこしている毎日です。

 私が、それこそ「編集アシスタント」だった20代前半の頃は、毎日毎日、こういう作業ばかりしていたものでした。
 今でこそデジタル化が進み、クォークとかインデザインなどの編集ソフトが主流になって、印刷会社に入れる前に、出来上がりに近い形の校正紙を確認できるようになりました。ホント、写植とか、トレスコとか、もう「死語」ですもんね。
 しかし当時はそんなものありませんでしたから、原稿、あるいは写植の状態から印刷会社に入稿し、それからが校正作業、というパターンが主流でした(入稿してからやっと校正を始めるなんて、「下」の編集がすることだ! なんて力説する先輩編集者もいましたが。とりあえずそれはさておき)。

 まあ、文字だけの本を見るのなら、わざわざ校正紙を出来上がりの形に切る必要はないと思いますが、絵本とか写真集のように、出来上がったとき、思い通りの形に絵が入っているかどうか確認するためには、どうしても校正紙を綺麗に切って確認するしかありません。
 当時私は、絵本、写真集を多く手がける出版社に勤めていました。だから200ページほどの写真集の校正紙を、著者分と校正用その他諸々で全4部作って、という命令を仰せつかることは日常茶飯事。何時間もかけて、ちまちまとトンボとにらめっこ、なんてことをしょっちゅうやっていた毎日なのでした。

 特に、この作業をよく私に命じるひとりの先輩編集者は、自分の外見とは違う(失礼)とんでもない美意識の高い方でした。ちょっとでも汚い切り方をすると「ダメだよ〜こんなんじゃ著者に渡せないよ〜」なんておっしゃられるので、手を抜くことはできません。
 そして、写真集や絵本で使う紙はなかなか厚く、綺麗に仕上げるためには、カッターの刃はいつも鋭く尖っていなければなりません。左利き、そしてとんでもなく不器用な私は、しょっちゅうカッターで自分の指を切り、流血騒ぎを起こしたものでした。

 とにかく、目の前の仕事をしっかりこなすことだけ。なにかをしたい、という前に、なにをすればいいのか、自分にはなにができるのかを探すだけの毎日でした。
 一心不乱にトンボと格闘し、だいぶ慣れて、紙を切らせれば天下一品と自他ともに認められるようになった頃、私は「アシスタント業」から解放され、半分一人前(みんな言葉があるものか)の編集者へとステップアップしていくのでした。

 現在、なんの迷いもなく、というよりも「天命」の如く、編集者として人生の後半戦に突入している今日この頃ですが、ときどきこうした、昔の、「おいらはこれから先、どうやって生きていくのだろう」「どういうライフワークというものを見つけて生きていくことができるのだろうか」という、漠然とした不安を抱えながら生きてきた20代前半を思い出します。

 ただただ必死でした。一刻も早く仕事を覚えようと、前ばかりを見ていたあの頃。「お前、あの頃必死だったなあ」「頑張ってたなあ」と、あの頃の自分がなんだかとても愛おしくなることもあります。
 多分、自分の「核」の中に染み付いたそういう「必死さ」を、これからも忘れずにいるために、私はこれからも、トンボとにらめっこする作業を大切にしたいと考えているのです。

「オレね、こういう作業が好きなんだよね。アシスタントさんに頼むのはもったいなくて」
「えー、トンボ切り好きなの? じゃあ、私のもやってもらおうかなあ(笑)」
「いいよ、その代わりトンボの外側で切ってあげるけど(笑)」

 まあ、長く生きてきて身に付けた「悪魔ぶり」は、誰にも教えられることなく、勝手に絶好調。これはご愛嬌ってことで(苦笑)。

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by yochy-1962 | 2015-09-06 22:38 | 仕事 | Trackback | Comments(2)
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Commented by kurashiki-keiko at 2015-10-16 17:02
はぁ~、そんな修業時代もおありだったのですね。その延長線上に今があるという事なのでしょう。
私は独身時代に農家に下宿したり(鉄筋3階建ての立派な建物でした)その後独身寮に入ったりして、「女は三界に家なし」という言葉が身に沁み、いったいいつになったら自分はちゃんとした家持になれるんだろうか、などと思っておりました。結婚して貯金して家を持った時にはこれでやっとちゃんとした家持ちになれた、この身分を離れないように努力しようとばかりに「妻の座」とやらを死守?しています。
今の若い人が簡単に離婚などしてその末路は老後破産などになろうという話題がこのごろよく出てきますが、やっぱり自分の人生のことをよーく考えておく必要があると思います。欠点もたくさんある夫ではありますが、お互いに許し合ってここまでこれた人生をよかったなと思います・・・・・とまあ、平凡な一主婦の思いです。
話しが横にそれたみたい…毎度勝手なコメントばかりで失礼しました。
Commented by yochy-1962 at 2015-10-23 23:41
kurashikiさま そうですよ〜。若いときはみんなそんなもんでしょう。
ただ、それをいまにどう活かすか、それが、豊かな人生を送ることができる大きな鍵だと思っています。いくら財産があっても、びっくりするような物言いをする人生の「センパイ」を見ると、とても淋しいなあと思ってしまう今日この頃です。