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編集王子

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Thank you !!!

c0135618_1342690.gif 映画も公開され、20世紀の大歌手、エディット・ピアフの人生があらためて脚光を浴びています。
 「愛の讃歌」「バラ色の人生」ほか、ピアフが遺した名曲はたくさんありますし、その奔放かつ波乱に満ちた人生も、いまや伝説となって人々に語り継がれています。
 とかいいながら私、そこらへんの情報は「知ってるつもり」などのテレビから得た情報のみで(苦笑)、「愛の讃歌」という曲は、日本では結婚式などで歌う曲なのだが(うのちゃんの結婚式でケンちゃんが歌うとかいってたな)、原曲は飛行機事故で死んだ恋人のことを歌った曲なのだ、ということぐらいしか知らなかったりします。

 で、映画は必ず観ようと思っているのですが、まず最初にT.P.T.(シアタープロジェクト・東京)の舞台版「PIAF」を観てきました。
 主演は安奈淳さん。長い間ご病気と闘っていたとのことですが、そんなこと微塵も感じさせないパワー溢れる演技と歌。さすが元宝塚の女優さんです。彼女の見事な歌を聴いているだけで、この舞台の価値は十分あると思います。
 他の役者さんは、ベテランを除いて、みなさんワークショップから選ばれた役者さんとのことで、どなたもエネルギッシュで堂々と演じていたのが好感が持てました。うん、これからがもっと期待、です。

 娼婦のような生活から、天性の歌の上手さを見出され、国民的な歌手へと成長していくピアフ。しかし、殺人嫌疑をかけられ、愛した人を事故で失い、モルヒネに溺れ、多額の借金を作り、というジェットコースターのような人生。もうお腹一杯(笑)。オレにはそんな人生、耐えられないなあと思うばかりです。
 「わたしの幸せは10分とつづかない
  わたしは求めて歌いつづける」
 この言葉はピアフが本当に言ったのかどうなのかわかりませんが、天は二物を与えずといいますが、あまりにもの歌の才能があったばかりに、人生そのものは不器用で、愚かなこともたくさんしてしまったのかなあと思ったりもします。
 それでも、天に与えられたものを、自身の努力で見事に開花させたわけですからあっぱれ、ですね。私にも天性の歌の力があるのですが、まだ開花させていません。紅白にも出ていないし。早くしないと「孫」みたいな歌で紅白初出場になっちゃうよ、って感じです(笑)。
(真面目なこと書いてても、結局最後はおちゃらけるのねこの人)
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# by yochy-1962 | 2007-09-29 14:29 | 映画・舞台・テレビ | Trackback | Comments(0)
c0135618_042277.jpg 秋でございますね。なかなか酷暑の面影は消えてくれず、きょう(28日)も暑かったですけどもね。
 しかし、ちょっと道ばたを眺めてご乱、いやご卵、いやご覧なさい(バカか)。草花はすっかり秋の景色。すっかり満開になった私を見て! とばかりに、秋の花が誇らし気に、見事に咲き誇っています。
 えっ、その花はホントは夏の花? 単なる狂い咲き? あっちゃーっ。

 新しくできた、国立新美術館に初参上、の私です。目的は17世紀のオランダの画家、フェルメールの有名な「牛乳を注ぐ女」です。
 生涯でたった34作品しか残さなかった寡作の画家、ヨハネス・フェルメール。死後だいぶ経ってから評論家たちの間で評価が高まったという彼の絵は、光と影、色遣いの鮮やかさ、そして遠近法を駆使した緻密なデッサンなど、後世の画家たちに大きな影響を与えたといわれています。
 なんちゃって、私、昔からこの画家を知っているような物言いですね(苦笑)。

 c0135618_05265.jpg これが「牛乳を注ぐ女」です。オレが女装したのではありません(笑)。
 鮮やかな青色が美しく(名前は忘れちゃったけどなんとかという青い石を削って亜麻仁油で溶かしたものを絵の具として使ったらしい)、右の明と左の暗がくっきりと、そして右手上の一点から窓の格子ひとつひとつに向けて見事な遠近法を駆使しています。
 絵にX線をあてて調べてみると、足温器の後ろに洗濯籠が、女性の背後の壁には地図のようなものが描かれていた跡があるのだそうです。そういったものをいっさい排除したことで、明と暗がくっきりとして、暖かい日差しのもとで、ゆったりと牛乳を注ぐ女性の心も、ほんわかと浮き出て来たのかもしれません。
(せっかくわからんように消したのに、そんな勝手なことすんなよとフェルメールさんは空の上から苦笑いしているのかもしれませんが)

 この絵のほかにも、16世紀から19世紀あたりまでのオランダ風俗画などが豊富に展示されてあり、見応え十分の絵画展です。T新聞のSさんに成り代わりましてオススメします(笑)。
 解説によると、風俗画だけあって、当時の民衆の痛烈に社会を皮肉った作品があったり、じっくり観るとそれなりに楽しみがあるようです。ちょっとオレはぼんやり観ちゃったかな、反省。
 まあ、絵画で一番好きなのは、実は風景画なんですけれども私(苦笑)。
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# by yochy-1962 | 2007-09-29 00:43 | 文学・芸術 | Trackback | Comments(10)
 美貌を誇る女性タレントにとって、「資生堂のCMに出る」ということは、ある意味ステイタスであり、頂点を極めたといっても過言ではないかと思われます。
 商品の「質」については私、よく知りませんが(原価はものすごーく安いとか、価格のほとんどがパッケージとCMに使われているなんて話も聞きますが。まあこれは資生堂に限ったことではないとも思われますがね)、同じCMに出るのなら、カネボウよりも、コーセーよりも、ずっとセンスがよく、お金がかかっていると思われる資生堂のCMに出たほうが、タレントとしてのランクが上がるのではないかと、私は思っています。
 ただ、私はあくまでもマックスファクター、いいえ私はイオナ、いいえシャンソン化粧品、いいえソノコがおすすめよ! と胸を張るタレントさんも、大手に媚びない潔さ、爽やかさを感じることができますし、私は美しい、カメラワークやキャッチコピーに金をかける必要なんかないわ、私を見てくれればこの化粧品のよさはわかるでしょ! と言っているようにも感じられ、とても好感がもてる物件ではあります。
(「私が証明なの」と臆面もなく言い張っている女社長については、また別の感情が生まれてしまうのですがね、笑)

 しかし、資生堂のCMに出るということは、とても大きな「リスク」を背負う、ということも、肝に銘じていただきたいと思っているわけなのです(って誰に言っているつもりなのか、って感じですが)。
 CM界のトップに君臨する資生堂のCMに出てしまったのなら、いくら契約が切れたからといって、もう他の化粧品のCMに出ることはできない、あるいは出るべきではないのです。
 いくら「もう数年前の話だし、誰も覚えてないでしょアタシが資生堂のCMに出てたなんて」なんて思うかもしれませんが、いいえ、民衆はしっかり覚えています。そして、化粧品の質はともかく、あきらかにお金をかけてませーん、ギャラもちょっと安くなりましたーって感じのCMに出ることは、ある意味「都落ち」であり、タレントのランクを自ら下げることになってしまうわけなのです。うん、中古品につき手に入りやすくなりましたーって感じ。
 同じように、ずっと前にビールのCMに出ていたのに、しばらくしたら発泡酒のCMキャラになっていた、というタレントさんもいらっしゃいますが、これも自ら値を下げてしまったようで、涙なしではいられない物件です。せめて缶コーヒーくらいにしておけばいいのに、って思ってしまいます。

 そりゃあ、いくら他会社の化粧品とはいえ、発泡酒とはいえ、CM契約などしたらン千万円ものお金が入ってくると聞きます。タレントイメージなど関係なし、儲けるときに儲けておきましょ、と思うのが当たり前かもしれません。それに、どんなCMに出たって私の高値感は揺るがないわよ! と、ケロッとしているのも、それはそれであっぱれ、なことなのかもしれません(まあ、これはお笑いさんとか、一度スキャンダルの洗礼を受けたタレントさんに限ったことだと思いますが)。

 正統派タレントさんにとっての「命」は、「高値感」だと思います。だから、いくらお金になるからといって、自分のランクを下げるような仕事はすべきではないと思っています。一度資生堂のCMに出てしまったら、もう二度と他化粧品のCMには出るべきではありません。ほら、武士は食わねど高楊枝、って言葉もあるでしょ? プライドを持っていただきたいと思うばかりなのです。

 まあ、そんなふうにツンツンしていたらすっかり歳とっちゃって、今では誰も声かけてくれない、というのも不幸ではありますがね。

 と、別にどうでもいいことについてぐだぐたと書き連ねている私の値段はおいくらでしょう(自爆)。
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# by yochy-1962 | 2007-09-26 14:25 | 映画・舞台・テレビ | Trackback | Comments(10)

by yochy-1962