「今、神戸の坂の上にあるケーキ屋さんでアルバイトをしています。マドレーヌがとてもおいしいケーキ屋です。そのうち送りますね。届いた頃に、ちょうどいい酸味が利いていると思います(笑)」なんて手紙をもらったのは、傷心の思いで予備校に通っていた、18歳の夏でした。
さすがにケーキは届きませんでしたが(笑)、何回か届いた手紙もそのうち来なくなり、いつの間にかその人は「思い出の人」となってしまいました。
しかし、30歳を過ぎた頃、出張でたまたまその街に行くことがあったのですが、ふと思い出して、仕事の合間にそれらしき坂道を探してみたところ、思いのほか簡単に坂道は見つかり、たぶんここだろう、というケーキ屋さんも見つけることができたのです。
もちろんその人はいるはずもないのですが、勇気を振り絞って店の中に入ってみました。意味もなく汗びっしょりになって、おすすめだと言っていたマドレーヌを、ひとつだけ買うのはなんだかなあと思い、なんと10個も買ってしまった私なのでした(苦笑。せめて5個ぐらいにしておけばよかったのですが)。
店を出たとき、坂の上から、きらきらと輝く美しい海がうそのように間近に臨めました。10年ほど前、この坂道をニコニコしながら自転車で駆け下りていく、その人の姿が一瞬見えたような気がしました。
「とうとう 来たねと 夢の中〜」。何度も何度も、同じフレーズが頭の中をよぎっていました。
長期の出張だったので、マドレーヌをおみやげに持って帰るわけにはいかず、その後3日間ほど、ホテルでぼそぼそと、ひとり頬張り続けたのはちょっと情けなかったのですが(笑)。
きらきら光る「硝子坂」の上から、愛しい人が手招きをしている姿が見えるのですが、近眼の私は、その人が本当に愛しい人なのか、愛しい人だったとしても、その人が本当に手招きをしているのか、それとも、さよならと手を振っているのか、わからないままに、いつもあたふたとしているところがあります。
本当は全速力で坂を駆け上がり、確かめればいいことなのですが、やっぱりさよならの手を振っていたんだということがわかったら、思い込みの激しい私には耐え切れず、強がって遠回りでも違う道を選択し、結局ラビリンスに迷い込んでしまうのです。
そんなことを繰り返し繰り返し、もう嫌というほど繰り返している、我が人生です。
まあ、迷路だと思っていたら、実はあるところに続く一本の道だったり、坂の下かと思ったら坂の上だったり、ということもあるのが人生です。はっと気がついたら、美しい海の景色が目の前に広がっているということも、きっとあるに違いありません。そのときそのときで、これだと思った道を、信じて歩いていくしかないのかもしれません。
……などと長々と書きましたが、写真の坂は神戸の坂でもなく「硝子坂」でもありません。目黒区東山にある「名もなき坂」なのです(笑)。
でも、せっかくだから、きょうから私ひとりで「硝子坂」と呼ぶことにします。今度この坂を上ったら、どこからかマドレーヌの甘い香りが漂って来るような気がするのです。
ソレタ大文化祭は11月20日からです。ぜひお越し下さい。