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編集王子

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人の命なんてちっぽけなもので、どんなに高邁な理想に燃え、歴史に名を刻むような人生を歩みたいと思ってみたところで、それを見事実現できる人はほんの一握り。ただただ必死に毎日を生きて、目先のことに一喜一憂して、泣いて、笑って、そうしてひっそりと人生の幕を下ろすのがほとんど、なのだと思います。
いや、自分も含めてですが。

もちろん、そうした人生をつまらないと言っているのではありません。
自分の生きた証を残せなかったとしても、人様に迷惑をかけず、清く、正しく生を全うできるのは素晴らしいことです。

そして、どんなにひっそりとしたように見える人生でも、それぞれにそれぞれの、無限なる「宇宙」があり、その中に暮らす、その人のエネルギーになる「思い」や「願い」が、必死にその人を動かしているものなのです。

人に優しく、決して声を荒げず、いつも穏やかに笑っていた印象しかない私の親友が、先日心不全で突然旅立ってしまい、なんだかまだ現実を受け入れられず、とりとめもなく「人生」だとか「命」だとかに思いを馳せているところです。

しょっちゅう会って話したり、面白そうな酒場を巡ったり、SNSで笑い合ったりけなし合ったりした仲だというのに、私は彼の、どれだけの「宇宙」を知っているつもりになっていたのか、今になって知らなかったことが多すぎて、愕然とするのです。

亡くなってから、彼のごく近しい方から聞いたのですが、彼はおよそ30年もの間、実家の人達とずっと連絡を絶っていたのだそうです。
そういえば、「こないだ故郷に帰ったんだ」なんて話は聞いたことはあったと思うのですが、親は今こんな状態で、兄妹はどこに暮らしているなどの話は聞いたことがありませんでした。

お母様からは、何度も連絡はあったのだそうです。しかしそれを一切拒否していたとのこと。
どういうことだったのでしょう。あの穏やかな、いつも優しい表情からは、その頑なな行為はあまりにも意外で、驚きでした。

彼と親御さんの間に何があったのか。細かいことまで追求するつもりはありませんが、多分、彼がその先、誇り高く生きていくための、苦渋の決断だったのかもしれません。
清く、潔癖な人柄だからこそのことかもしれません。とても分かるような気がしました。

どうしても許せないこと、受け入れないこと、誰にもあると思います。
しかし、楽に生きていくために、ある程度のことは見ないふり、そして無理やり呑み込んでいくしかない、ということは、年齢を重ねていけば「処世術」として嫌でも身についてしまうものです。
しかしそれは、彼には許せなかったのでしょう。
決して打ち明けられたことはありませんでしたが、今になって、ただ優しいだけでない、彼の太い「核」を知ったような気がしました。

社会人としては、もしかしたらあまりに恵まれなかった人生だったかもしれません。

大学を卒業してから、しばらく定職につかず、肉体労働みたいなことをしていた、なんて話を聞いたことがありました。
それから就職した会社もいろいろ大変だったようで、精神的にずいぶん参っていた時期もありました。
最後は、大変な激務の会社でした。徹夜業務が続き、ここ数年は飲みに誘っても、疲労困ぱいといった様子でした。それでも、いつもの柔らかい笑顔を見せてくれたものでした。

私が最後に彼に会ったのは、今年のお正月、一月一日でした。
友人宅で行われた新年会。いつもの柔和な、くつろいだ表情で彼は座っていました。
顔を合わせた瞬間、「なに、その目の下のクマ」「なに、その、くっきりとしたほうれい線」と、同時にけなし合ったのが、最後の二人のおちゃらけトークになりました。
最後だと分かっていたら、もっと気の利いた話をしていたのに……。今思うと、悲しすぎて言葉になりません。
でも、いつもの会話でくつろげて、それはそれでよかったのかもしれません。そう思うようにしたいです。

いま、こうして彼との思い出を辿っていても、彼が怒っていたり、人を悪く言ったりという場には一度も遭遇しませんでした。ホントに優しい人でした。
でも、もしかしたら、それは彼の宇宙の、私からは片側しか見えない一面だったのかもしれません。
本来ならあと30年は続いたであろう人生を、どのようにイメージしていたのか、いつか、絶縁していた肉親と、どのような折り合いをつけようと思っていたのか、永遠の謎となってしまいました。

でも、これだけは言えると思います。
どんなことがあろうとも決してくさらず、潔癖で、ささやかな喜びを大切にして、友を大切にして、柔らかな微笑みの印象だけ残して終えた人生。
これほど素晴らしいことはないのではないでしょうか。
そんな友人を持てたことに、私は心から誇りたいと思っているのです。

いま、いろいろな怒りやら、無念やら、悲しみやらから解放され、自分が描いた宇宙を自由に、思い切り泳いでいる彼が、私には見えています。

そして、その宇宙をさらに覗こうとしている私に向かって、「ヨッチーはまだまだ早いよ。もうちょっと頑張って、この世のことをオレに報告してくれよ」なんて言っているような、そんな風に解釈しようと思っています。

彼の清く、名もなく、美しい人生に乾杯。
再会する日を楽しみにしています。

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by yochy-1962 | 2018-01-18 20:00 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
今年の初詣は、ちょいと趣を変えて、下谷にある神社仏閣を巡る「下谷七福神巡り」を楽しんでまいりました。

以前、浅草の七福神巡りに挑戦したことはありましたが、浅草の七福神は割と広範囲に点在していらっしゃって、寒風吹き荒ぶ時期はちょいとつらいものがあります。
下手をすれば、詣でているのは神なのかトイレなのかも分からなくなる恐れがあるのですが、下谷の七福神様はこじんまりと、道さえ迷わなければおよそ1時間半という短時間で制覇できるのです。
七福神巡り「ウォーキング」という、歩いたぁという醍醐味はありませんが、のんびり、ゆったりとしたお正月にはもってこいのコースと言えましょう。
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まず訪れたのは、有名な入谷鬼子母神。ここには福禄寿がいらっしゃいます。
昨今、浅草など有名どころの寺は中国人観光客で溢れかえり、浅草寺で柏手を打つトホホな行為を平気でしてくださる光景を見たりもしますが、さすがこのくらいのこじんまりとしたお寺には中国人らしき姿は見当たらず……。
いやいや、いらっしゃいました。中国人、ではなく、明らかに日本人の佇まいの方が、堂々とお賽銭箱の前で柏手を打っていらっしゃいました。
おまけに、社務所の方に「ここは神社ですか? お寺ですか?」と尋ねる妙齢以上(失敬)の女性もいらっしゃって、なんだかなあとちょっと脱力、でした。
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次は鶯谷駅近くにある元三島神社という、寿老神がいるスポットです。
ちょっとした小高い丘の上にある、といった風情、とてもフォトジェニックです。周りはラブホテルだらけでしたが(苦笑)。
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お次は英信寺。
ここには写真の通り、三面大黒天様という三つの顔を持つ大黒様がいらっしゃいます。
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こちらは勝利の神様、毘沙門天がいらっしゃる法昌寺というお寺です。
七福神巡りは、別にただ思いのままに巡っても構いませんが、その足跡を残したい場合は、最初に行った神社仏閣で500円の色紙を購入し、それからはスタンプを押していただくたびに100円を支払う、というシステムに乗っからないとなりません。
ですから、500円プラス、スタンプ代700円が必要となります。しかもお賽銭箱にいくばくかの小銭も投げ込まなくてはならないので(投げ込むなんて罰当たりな)、割と出費はかさむということを肝に銘じなくてはなりません。
お賽銭箱にお金を放り込む(放り込むなんて罰当たりな)とき、一般的にはどのくらいが相場なのか、平均金額はどのくらいなのでしょうね、
私には一切分からず、同行の友人に「ねえ、いくら入れてるの?」と聞いてみたところ、「ああ、自分は◯◯円」という返答(リアルな金額は伏せます。あんまりにもあんまり、のような気もしましたので)。
ああそんなもんねと、そのコインを切らした私は、慌ててスーパーに駆け込み、コインを調達したのでした。
まあ、こういうものは気持ちの問題ですからね、しかしお賽銭箱にコインではなく、紙幣を気前よく入れるほど器の大きな人間ではないことは確かのようです。大変申し訳ないことではありますが。
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ちょっと歩いて、芸事の神様、弁財天が棲まう弁天院です。
毎年、この七福神巡りをしている同行の友人に言わせると、今年はいつもより人の出が多いのだそうです。
景気がよくなっている証なのか、よくないから神頼みなのか、あるいは今年は富岡八幡宮を止めて、という人がいろいろなところに分散したのか、は分かりませんがね。
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いわゆる昔の「吉原」にほど近く、恵比寿様がシンボルの飛不動尊正宝院があります。
「飛」という字から、ここは飛行機関係の守り神、あるいはゴルフの飛距離を伸ばす神としても知られているようです。
飛行機関係はともかく、ゴルフの飛距離を伸ばすには、神様ではなくて筋トレ、のような気もしないでもありませんがね。
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最後はこちら、こんな福々しいお姿の布袋尊がいらっしゃる、寿永寺です。
体型はともかく、今年一年、ずっとこんな笑顔でいられるようにお祈りをしてきました。
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下谷七福神制覇!の図です。二宮金次郎さんの銅像と共に。
今年一年、平和で穏やかでいられるよう、お願いしてきました。
そう、自分がどうなりたいとかの願掛けの前に、真っ先に周りの人たち、そして世の中のことを願ってしまう昨今の私です。
なんて書くと偽善者っぽいですがね。自分のことは、自分という「神」が全てを決めること。つまりは日々研鑽が一番のお賽銭なのだと、さすがに年齢を重ね、身に染みてわかっているからなのかもしれません。

これは1月2日の出来事でして、まだ飲食店などのお店もお休みが多く、ましてや昼間ということで、我々がその後なだれ込んだのは「ガスト」。
そこでプチ新年会が繰り広げられ、ガハハ笑いと共に焼酎のミニボトルが並んだのはご愛嬌、でした。
神聖な気持ちになった後も、結局は酔っ払いです。
お正月だから見逃してくださいね、七福神さま。

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by yochy-1962 | 2018-01-07 20:15 | Tokyo迷子ウォーキング | Trackback | Comments(0)

by yochy-1962