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編集王子

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c0135618_2324588.jpg 会社近くに、新しく「大衆酒場」の看板を掲げた店がオープンし、心穏やかでない日々を過ごしている私です。
 というのも、そのお店、ちょっと「?」が多すぎて、なかなか店内に足を踏み入れてみようと思わせないのです。

 大衆酒場と聞いたからには、どんな食べ物を、お酒を、それこそ「大衆的に」出してくださるのか、「お手並み拝見」とばかりにチェックしてみたいと思うのですが、このお店、まず、店名からして大衆酒場っぽくなく、というか中央アジア料理でも出されるような店名で(どんな料理だ)、果たして煮込みがあるのかポテトフライがあるのかもつ焼きがあるのか、全く分かりません。
 というか、この店はなにが「ウリ」なのか、外観からはいっさい分からないのです。

 いや、店の前に、なにやらいろいろとメニューらしきものが書かれた紙が貼られてはいます。しかし、パステルカラーなど駆使したデザインっぽい色鉛筆で書かれたその文字は、近くで凝視しないと何が書かれているのかいっさい分かりません。
 意を決して店の前で立ち止まり、じっくりメニューを見ればいいのですが、このお店、大きなガラス戸から店内がまる見え状態。中には客が誰もおらず、外の様子を呆然と眺めている店員さんともれなく目が合ってしまいます。

 んー、会社から最寄りの駅まで歩く途中ですし、ここでひとり酒でも飲んでいたら、同じシマの女子どもに指をさされ、「またひとりで飲んでる〜」と笑われること必至でしょう。
 というより、まず、ウチはこれが自慢! 生ビールはいくら、チューハイはいくら、ハッピーアワーに限り190円でっせ! などと大きく、太いマジックインキで主張するべきです。そして、中がまる見えのガラス戸は、すぐにくもりガラスにする必要があるといえるでしょう。
 ただでさえ居酒屋激戦区の新宿御苑前、下手をしたらワンクールで終わってしまうぞーっと、他人事ですが心配です。とか言いながらきょうも店の前をチラチラと覗きながらも、入店せずに帰ってきてしまいましたが。

 そう、東京には、それこそ星の数ほど飲食店があります。だからそうとう立地条件がいい店でない限り、美味しくなかったり、法外な金額を請求したり、清潔でなかったり、店員の態度が悪かったり接客が悪かったり、ミュージカル仕立ての接客などするような店は長持ちしません。いや、ミュージカル仕立ての接客などしてくれたら、ちょっとハマってしまうかもせれませんが(笑)。

 だから、生き残ろうとするお店側も必死です。下手なことしたら昨今の客はすぐにツイッター等の武器を駆使し、とことんその店を叩いたりするのですからたまったものではありません。まあ、私の場合は、素敵なお店はこの場を借りて徹底的にリスペクトを捧げ、ダメダメな店についてはその名を晒すことなく、ただ、もう二度と行かないだけです。

 で、最近はお店側もいろいろと考え、ぐるなびで紹介したり、クーポン券を発行したり、LINEやメール会員を募ったり、あの手この手で己の存在感を主張しています。
 お得なのもあり、たいしたこともないものもありますが、最近、あるチェーン店の居酒屋のメール会員になったところ、それから毎日のように(それもきっかり午前10時)きょうのお得はこれ! とニコニコ顔でメールをくださるようになりました。
 ただでさえ「きょうこそ酒は抜くぞ!」という決意が、ここでもれなく崩れ去る、あるいは二日酔いで頭が痛い時にコノヤローと、気持ちを逆撫でしてくださることもあります。
 しかし、肝心のその「サービス」とやらが、「きょうは家族連れに限り唐揚げ一皿サービス」とか、「カップルで来店の方に限り、2時間980円飲み放題」のような、まるで遠くの国の女優さんが髪を切りましたあ、ぐらい私には関係ない情報ばかりでして……。

 結局、「おひとり様は来てくれるな」というメッセージにも受け取れます(苦笑)。

 まあ、そうならそうで、あえて行ってやるのがワタクシ、なのですがね(恐ろしい子!)。
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by yochy-1962 | 2016-02-25 22:23 | | Trackback | Comments(0)
c0135618_23123617.jpg アース・ウインド&ファイアーというと、40代前半以下の人は「セプテンバー」「宇宙のファンタジー」、それに「レッツ・グルーヴ」ぐらいしか知らないのが、とても残念な気がします。
 そこで、私こと小林“ヨッチー”克也あるいはヨッチー・バラカンが、「これだけは知っておきたいEW&F」と銘打って、あふれんばかりの名曲のごく一部をここに紹介したいと思います。誰からもお願いされていませんが。
 
 アースの全米No.1ヒットとなったのは「Shining Star」という曲ですが、同じ時期の曲ならば、私はこちら、「ゲッタウェイ」のほうが好きです。CMや「タモリ倶楽部」の空耳アワーでもお馴染みなので、結構ご存知な方も多いかと思います。
 ファンキーでダイナミック。途中訪れるシンセサイザーの早回し(? 当時シンセなんてあったのかな)が「絶頂」へと誘ってくれます。

 次は、アルバム「太陽神」の中から、「宇宙のファンタジー」と同じくらい好きな「Jupiter」という曲です。
 ブラスセクション「フェニックス・ホーン」が大暴れするこの曲。ブラスバンド小僧なら好きにならずにいられない、コピーしたくてもそうそう出来るものではない高度な一曲です。

 こちらは、結構有名な一曲、「After The Love Has Gone」です。アルバム「創世紀」の中に入っています。
 アースのバラードの中でも名曲中の名曲ですが、当時は「After The Love Is Gone」というタイトルでした。
 しかしいつの間にか「Is」が「Has」に変わっていて、んー、これは最初が誤植だったのか、あとが間違っているのか、英語については幼稚園児レベルの私なので、果たしてどっちが正しいのかは分かりません。
 意外と、曲は同じで詩の内容は全く違う……ってことはないか、とにかく、これは私における「After The Love Is Goneの謎」として、いまもくすぶっている問題なのです。

 80年代に入って最初に出されたアルバム「フェイセス」のトップにエントリーされている「LET ME TALK」も、とてもかっちょいい一曲です。
 しばらく続いていた、長岡秀星氏が描くレコードジャケットから離れて、いろいろな国の人の顔が描かれたジャケットが印象的です。中に日本人らしき女性の顔もあり、「えっ、EW&Fって日本人がいるの?」と、真顔で当時の友人が聞いて来たことが思い出されます。

 東京に出て来て、「ディスコ」などに通うようになり、歌舞伎町のカンタベリーハウス(だったかな)で「ディスコ王子」として君臨していた頃(はい、うそです)、よくかかっていたのが「Fall In Love With Me」という曲です。
 ちょっと抑え気味のダンスミュージックですが、「ブギー・ワンダー・ランド」や「レッツ・グルーヴ」と同じく、とにかく音が「厚い」のです。
「オレっちがディスコ演るんだからさあ、ちょっとやそっとの音じゃあ終わらせないぜ」という、モーリス・ホワイトの鼻息が聞こえてきそうです。

 しかし、次のアルバム「エレクトリック ユニバース」には驚かされました。「マグネティック」が代表曲なのですが、このアルバムでは、アースの大きな特徴である「ブラスセクション」が一切使われていないのです(いや、もしかしたらバックのバックで使われていたかもしれませんが、ほとんど聞こえて来ないのです)。
 当時はテクノ・サウンドが隆盛を極めていて、時代の波に乗ることを面白がってやっていたアースにとっては「想定内」のことだったかもしれませんが、これからアースはどこに行っちゃうんだろうと、少々不安になったものでした。とてもいい曲ではありますが。

 ちょっと番外編。これは、「創世紀」の中に入っているインストルメンタル曲、「Rock That!」です。いまでもよくTVで流れているので、ご存知の方も多いと思います。
 とにかく爽快! ジョギングしながらこの曲でも聴いたら、きっと自分がオリンピック選手にでもなったかのような気分になること、確実です。
 高校のブラスバンド部で、定期演奏会用にこの曲を演ろうなどと言っていたのですが、楽譜もない、コピーする能力もない、もちろん腕もない、ということで、早々に諦めたという思い出があります(苦笑)。
 
 最後に、こちらも番外編。モーリス・ホワイトがソロとして出した唯一の(だったと思います)アルバム「スタンド・バイ・ミー」の中の代表曲、「I Need You」です。
 美しすぎるバラードは、当時ソニーのCMで流れていましたね。涙モノの一曲です。
 アースの曲は「カラオケ」で歌うともれなくドンビキものなのですが、この曲ならもしかしたら大丈夫と思ってチャレンジしたことがあるのですが、……やっぱりドンビキでした。
 ちゃんと練習して、リベンジしてみようかな、と思っています。とりあえず「ひとカラ」へGO!
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by yochy-1962 | 2016-02-13 00:20 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
 もう日付が変わってしまいましたが、2月10日は「0210」=LEFT、ってことで、「左利きの日」なんだそうです。
 だからといって、「母の日」みたいに左利きの人を愛でてプレゼントでもくれるんかい、と思いましたがそうではないようで、「メーデー」のように、普段虐げられた左利きの人が、国会議事堂前あたりでシュプレヒコールを上げる日でもないようで、単なるシャレ、経済効果も何もない、別に誰も喜ぶことのない一日に落ち着いてしまっているような、幸薄い左利きの日、なのでございます。

 左利き連合組合副会長として(誰が決めたんかい。で、会長は誰だよ。王貞治かよ、松本人志かよ、それともピンクレディーのケイかよ)君臨し、日々不遇な左利きの立場を向上するために活動する私としては、これは由々しき事態でありまして、ここでひとつ、左利きの人が、特にこんな場面で差別を受け、毎日枕を濡らしているかをここで訴えようと左手でペンをとった、というわけなのであります。ペンは使っていませんが。

 まあ、包丁やハサミなど、最初から右利きのことしか考えていないような、ゲスな野郎について、いまさら左利きはとやかく言うものではありません。もともと右脳の発達した左利き人は、とっくの昔に右利き用に作られたそれらを克服し、何の苦労もなく、微笑みすら浮かべて使いこなすことができているものなのです。

c0135618_23143890.jpg しかし、ビッフェスタイルのレストランの、スープコーナーでにやにやニヤニヤ笑いながら佇む「おたま」。
 特に注ぎ口、というんですか、鳥のくちばしみたいに細くなって、「ほら、便利でしょ、ここから注げばスープもカップからこぼすこともないでしょ、うっふんうっふん」とでも言っているかのような「おたま」、これが左利きにとっては永遠の宿敵、なのです。
 これは右利きのために作られたブツでして、左手でそれを上手に使うことはまず不可能です。左手でこれを持ってスープを注ぐには、おたまを外側に傾けて注がなくてはならず、さすがにその行為は無理があり、結局、左利きは反対側の丸い部分からスープを注ぐしかありません。もれなくスープはカップを持つ手を濡らし、「あちっ、あちっ」となってしまうわけなのです。

 バリアフリーだとかユニバーサルデザインだとか涼しい顔で言っておきながら、こんなおたまを使っているホテルのレストランなど、私は認めていません。職場近くにビッフェスタイルのランチを食べさせるホテルがあり、ときどきニヤニヤしながらがっつくときがあるのですが、スープだけは最初の一杯だけで断念し、店をあとにしている私です、って、他はすべておかわりしているみたいな言い方ですが。

c0135618_23144398.jpg もうひとつ、左利きにとっての天敵は「筆ペン」です。
 日本語は、というよりほとんどの言語は右利き用にできている、といっても過言ではありません。まあ、それについては仕方がないのですが、書道という、中国や日本独特の、文字を美しく書く「お作法」についても、左利きのことなどいっさい考えていないのです。左で文字を書くなど愚の骨頂、ああ、左手は「不浄」の手、ものを食べるときに使うことも許されない文化圏もありましたね。そんな国にはこちらからアデュー、いっさい行かなければいいだけの話ですが、結婚式などの芳名帳に名前を書くとき、そこに筆ペンしか置いていなかったりすると、左利きはもれなく「あちゃー」という気持ちになってしまうのです。

 書道は右で書くからこそ美しい文字が書けるのです。聡明な左利きの私どもは、小さい頃から右手で筆を持たされ、学習し、少しずつそれを克服しつつはあります。しかし、それは「太い筆」であるからできるのであって、これが細い筆となると、どんなに練習しても手は震え、もれなくガタガタな文字しか書くことはできません。筆ペンで達者な文字を書けるという左利きの人は、すでに左利きではなく、もう「両利き」という称号を与えられるべき人なのであります。

 私は、自分で言うのもなんですが(言っちゃってますが)字は下手な方ではないと思います。「よく左手でそこまで上手に書けるねえ」と言われたりもして、鼻高々で道のど真ん中を歩いたりしています。
 しかし、芳名帳の横に筆ペンしかない現場に身を置いた途端、それまでの鼻高々はいきなりぺちゃんこになり、涙目で筆ペンを左手で使い、下手っくそな文字を残しそそくさとその場を去るしか術はないのです。
 そうなのです。芳名帳にはサインペン。筆ペンなど置くことはないのです。というよりも、筆ペンなどなくても、誰も困ることはないのです。なくなればいいのです(きっぱり)。

 右利き用に作られたものが、左利きでもなんとか頑張れば使いこなせるというものはありますが、これらのように、右利きでしか上手に使うことのできないものについては、公共の場では提示するものではないのです。地球に優しくだとか、女性のためだとか、体の不自由な人のためだとか考えてくださるのなら、ぜひ「左利きのため」ということも、ぜひ考えて欲しいのであります。
 というわけで、左利きにとっての天敵、ごく一部を紹介させていただき、これをもって「左利きの日」の主張、とさせていただこうと思います。

「マツコ・有吉の怒り心党」を横目で観ながら書いたので、なんだか「三大◯◯」みたいな物言いになってしまいましたが(苦笑)。
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by yochy-1962 | 2016-02-11 00:05 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
c0135618_22122036.jpg 人類の起源はアフリカにあるといわれています。
 そこから何万年、いや何十万、何百万年かな、途方もない長い時間をかけて人類は世界各地に散らばり、その土地の気候に合わせて、食べ物に合わせて、肌の色は変わり、骨格は変わり、顔の特徴も変わり、現在に至っているわけです。
 だからきっと、人々が口ずさみ、ときに高揚し、ときに心の慰みになっている「音楽」も、その起源はアフリカにあるのかなあと、アース・ウインド&ファイアーのリーダー、モーリス・ホワイト氏の訃報を聞き、いろいろな思い出が洪水のように押し寄せながら思ったことでした。

 初めて彼らの音楽を聴いたのは、まだ私がいたいけな、なんの毒も身にまとっていない(苦笑)中学生の頃。
 ラジオから流れる「宇宙のファンタジー」を耳にしたとき、爽快なシャワーをいきなり全身に浴びたかのような衝撃が走ったものでした。
 いままで聴いたことのなかった複雑なリズム、我が所属のへっぽこ楽団(ブラスバンド部)には到底真似のできない、迫力いっぱいのブラスセクション、パワフルで美しいフィリップ・ベイリーのファルセット。
 突然世界のど真ん中に連れ出されたかのような、360度パノラマの世界を目の当たりにさせられたかのような感じ。
 そう、まさしくそのときが、私の音楽における「開眼期」「第二次性徴」の瞬間だったのでした。

 その後、「セプテンバー」「ブギー・ワンダーランド」「レッツ・グルーヴ」と、次々に世界的ヒットを飛ばし、アースの音楽は私の毎日に欠かせないものとなっていました。
 どうして私が、これだけ彼らの音楽に惹かれていったのか、それはもちろん、私がブラスバンド部に所属していたこともあったと思いますが、ブラックミュージックにとどまらず、ジャズ、ロック、ディスコ、ファンク、カリビアン、エレクトリック、そしてラップにいたるまで、とにかく、いいと思われる音楽を果敢に取り入れ、自身のものにしていった「鼻息の荒さ」という魅力があったからだと思います。
 いまでこそ私も、食べず嫌いなく音楽を楽しみ、まるで無国籍状態のiTunesを抱えて生きていますが、それを導いてくれたのは、アース・ウインド&ファイアーであることは間違いないでしょう。
 
 来日公演には、何度行ったことでしょう。ひとつひとつのライブが、いまでも鮮明に思い出されます。
 彼らのパフォーマンスは大マジックショーさながらの大掛かりなもので、突然ステージに現れるなんてのは序の口、あるときは、メンバー全員が大きな地球儀の中に入り、それが一瞬のうちに消えたかと思うと、客席に瞬間移動。そしてまたあるときはでっかいスクリーンの中で歌っているかと思ったら、これまた瞬間で実物に変わる……まさに、「見せる」ステージづくりの先駆けは、アース・ウインド&ファイアーだったのではと思います。

 そうした「マジック」だけでなく、ギターやトランペットをくるくる回しながらのパフォーマンスは、デビューしたてのサザンオールスターズがいち早く取り入れていました。
 ああ、スペクトラムという、まったくのアースのコピーバンドもありましたね。一流のスタジオミュージシャンを集めて作った、音楽的には素晴らしいバンドでしたが、日本人にはファルセット、そしてあの奇抜な衣装はちょっと無理がありましたね。

 それだけでなく、その後のマイケル・ジャクソン、プリンスなどにも影響を与え、そして日本のドリームズ・カム・トゥルー、つんくなども、明らかにアースの影響を受けている音楽がたくさんあります。とにかく、後にも先にもない、偉大な「音楽の神様」が、アース・ウインド&ファイアー、そしてそのリーダーのモーリス・ホワイトだったのです。

 ここ数年、パーキンソン病と闘っているという話を聞いていましたし、もう70歳を越えた年齢を考えると、いつかその「Xデー」が来るのではないかと思ってはおりました。
 しかしこうしてその日を迎えた今日、仕事も手につかず、心の中でアースの名曲が次々にリフレインされ、学生時代のいろいろな思い出、大人になってからの思い出がごちゃまぜになって、いま、パソコンの前に佇んでいます。

 それにしても、若い頃はその音楽性ばかりに気を取られ、アースがどういう思いで音楽を奏でていたか、そこまで考えたことはありませんでした。
 というか、歌詞カードを読んでみても、「神」「祈り」みたいな、わりと宗教色の強い言葉が並んでいて、中学生の子供にとってはちょっと受け入れ難いというか、自分にはとりあえずあんまり関係ないや、ぐらいにスルーしていたのでした。
 しかし、1990年に発表した「ヘリテッジ」という曲を聴いて、アースの、そしてモーリスの「思い」を、ひしひしと感じることができました。
 ヘリテッジ=遺産、財産、という意味なのですが、モーリスはこの曲で、未来を背負って立つ子どもたち、とくにそれまで差別されてきた有色人種の子どもたちに向けて、先人たちが必死で築き上げてきた音楽を愛し、継承し、誇りを持った人生を送れと訴えているように思えました。
 音楽には国境も、差別もありません。そこにあるのは愛と、平和だけです。モーリス・ホワイトは、音楽を通して、そして心から音楽を楽しむ姿を表現して、世界中の人々に「音楽のある人生」「歌をうたえる人生」を目指して欲しいと思っていたに違いありません。
 前を向いて。高らかに。

 モーリス・ホワイトは、アフリカの楽器「カリンバ」を奏で、アルバムでもライブでも我々に聴かせてくれました。
 人類の起源であるアフリカで生まれた、オルゴールの元祖ともいわれるその楽器の音色は美しく、心が洗われます。
 アース・ウインド&ファイアー、そしてモーリス・ホワイトこそ、私にとっての「This is “the” music.」。心からの感謝と、そしてご冥福をお祈りしたいと思います。

 さて、これから、「太陽神」からのアルバムを、一枚一枚噛み締めながら聴こうと思います。
 焼酎を一本買い込みまして(笑)。徹夜は必至だな。

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by yochy-1962 | 2016-02-05 23:10 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

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