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編集王子

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 相変わらず、吉田類に負けずとも劣らない「酒場探訪」の日々を続けている私でありますが、そして、毎回オーダーした料理の写真を撮って、ニヤニヤして店員さんに不審がられている私でありますが、根性が足りないのか加齢のせいなのか(苦笑)、それをすぐにブログにアップするエネルギーが失われ、その結果、写真ばかりがたまりにたまるという、体たらくの日々を続けているのであります。
 そこで、ここで一挙大放出。たまりにたまったものをデトックスして(毒なんかい)、また明日から新たに「酒場道」を探求していくつもりなのでございます。

c0135618_2256167.jpg まず一軒目は、世田谷の経堂にあるもつ焼き屋「優貴」。以前ウォーキング途中に見つけ、大衆酒場でございますよ〜的なたたずまいがちょっと気になり、近くに用事があったついでに寄ってみたのでした。


c0135618_2256228.jpg もつ煮込みは、(たぶん)新しい店だけあって、熟練度はいまひとつ。もっとくったくたになったもつの切れ端なんかが入っていると、身悶えして喜ぶのですがね、私。
 でも従業員の方々は適度に威勢がよく(そう、威勢がよすぎて店員だけが大騒ぎしているところもちらほらありますもんね)、好感が持てる店ではありました。
 ちなみに、カウンター席に鎮座する私を、店員さんたちは「クマさん、煮込み入りましたあ」とか「クマさん、ホッピーナカいただきましたあ」などと言っているので、えっ、どうして? オレ、「ブタ」とはよく言われるけれど(苦笑)クマとは言われたことはいまだかつてないよなあ、と思って、帰りがけに、「オレ、クマなんですか?」と聞いたところ、私が座った席の前に熊手があり、そこで、このお店ではその席の客をクマさん、と呼んでいるのだそうです。
 ブタの貯金箱でも置いていたら「ブタさん」になっちゃうのかな。まあ、置かないかそんなもの。
 いい雰囲気のお店でしたが、値段は、ちょい大衆酒場的ではなかったのが残念。


c0135618_22564936.jpg こちらは、明大前にある「うみのものやまのもの」という、その名の通りの、海の幸、山の幸、どっちもいけまっせ〜という、両刀遣いのための(?)酒場です。
 たまにはオープンカフェ状態にするのか、ビニールで外観を覆い、キッチュ感満載で、期待度満点だったのですが、中はいたって普通の居酒屋。それも、AKBにいそうな可愛い女の子をあしらい、客のご機嫌を伺う算段のようにお見受けしましたが、こちらは、お通しでこんな手の込んだものを出され(さけとばとか小魚を自分で焼いておくんなまし、というもの。美味しかったですが)、意外とひとつひとつの料理の値段が高いことに驚き、緊張感いっぱいで、サッと飲んですぐに店を後にしました。
 帰りがけに「寒いからどうぞ」などと使い捨てカイロなど渡され、オヤジのハートわしづかみ作戦も決行されていましたが、こちとら悪魔でございます、そんなものには引っかかりません(笑)。
 まあ、料理はとてもおいしかったですし、デートなどに利用するにはいいかもしれませんね、他人事ですが(苦笑)。


c0135618_22573251.jpg こちらも明大前にある串焼き屋、「串善」というお店です。
 ここは目下のところちょっとしたお気に入りのお店で、カウンター席がテーブル席から死角になる位置に配置され、私のようなお忍びの(誰のつもり?)おひとりさまにとっては、他人の目を気にせず、ゆったりとお酒を楽しむことができて、グーです。
 写真のように、バジルやコチジャンと一緒に食べる焼き鳥、焼きトンは斬新です。またこのお店、毎月のサービス品として、旬のお刺身を300円で提供してくれるので、これまた、ちょこちょこっと小さいものをいろいろとオーダーしたい私にとってはうってつけのお店です。


c0135618_22565960.jpg 最後は浅草。この日は女子を連れて煮込みロードを闊歩し、その後いつもの串揚げ屋「あげまん」に行く予定だったのが、なんとあげまんは休み。だめだねー休日前なのに……とぶつぶつ言いながら見つけたのが、このビアホールです。


c0135618_22574020.jpg いろいろな種類のビールをいただけて、雰囲気は適度に昭和風(浅草ですものね)。とんでもない酒豪の女子たち(しかし全然酔ったそぶりも見せず。惚れちゃうね)と飲むビールは、雪が溶け切れない真冬の夜をもホットにしてくれる、最高のお味でした。

 さてさて、春になったら恒例の「煮込みマラソン」略して「にこまら」が控えています。それまで体調を整え、しっかり仕事をしていきましょう。お酒が一番!

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by yochy-1962 | 2014-02-20 23:54 | | Trackback | Comments(2)
 冬季オリンピックかあ →真央ちゃん、どうかな。意地悪そうなキムなんとか、転ばないかな →まあ、なんだかんだいっても、スケートの最強は伊藤みどりだと、いまでも思うね、マツコじゃないけど →みどりは長野の最終聖火ランナー(っていうのかな冬季も)だったんだよね →そうそう、日本は2回やってるんだよね冬季オリンピック、長野と札幌 →ジャネット・リンっていっても、もう若い子は知らんだろうな →札幌のときの主題歌は「トア・エ・モア」だったんだよな →紅白では「トア・エ・モア」は紅組、「ヒデとロザンナ」は白組だったんだよね、どういう決まり事だったんだろね →そうそう「ヒデとロザンナ」、結構いい歌歌ってたんだよね……

 ……ということで、さっそくひとりYouTubeナイトの始まりです。雪も降っていることですし、こんな夜はしみじみドリンキングしながら、昭和歌謡を聴くに限り
 この曲は、ヒデとロザンナのブーム(というほどのものではなかったが)も一段落したあたりに出た曲なので、いまいち知っている人は少ないと思われますが、それでもカラオケにはちゃんと入っていますし(最近はすっかりご無沙汰している友人の十八番)、のちに「サーカス」もカバーしている、とてもいい曲です。
 最近まで、この曲は「ヒデ」こと出門英さんが作曲されているのだと思っていましたが、どうも違う方が作曲したもののようでした。
 出門さんといえば、小柳ルミ子「星の砂」、森昌子「彼岸花」など、とてもきれいなメロディの作曲家としても有名ですが、もう、亡くなって24年。この方、47歳で亡くなっているんだそうです。オレよりすでに年下じゃーん(汗)。
 お会いしたことがある、という人に聞いたことがありましたが、とても素敵な、いい方だったみたいでしたよ。
 いい人はみんな、すぐに亡くなっちゃうんですかね。

 オレももうじき、だと思います(もうそんだけ長く生きてるじゃん、ってか)。
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by yochy-1962 | 2014-02-14 22:48 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
 仕事で、インターネットでとある中学校のことを調べているとき、ついでに、という感じで私の出身中学校、静岡市立大里中学校のサイトをちょろっと覗いてみた、けだるい午後のひととき(有閑マダムかっ)。
 昨今は、たとえ公立だとしても、小学校、中学校はサイトを作ってるんですね。これはいわゆる宣伝活動に値するのか、公立学校でそんなことをする必要があるのかどうかはわかりませんが、まあ、そうではなく、ちょっとした連絡帳的な役割、緊急時のために設置しているのかもしれませんがね。
 でも、せっかくだから、その学校を卒業した何千、何万のOBたちが見て楽しめるような企画、例えば歴代の名物先生の消息、近所のパン屋さんの現在の状況、あの人ウォンテッド! とかのコンテンツなんかもあれば、閲覧者はもっと増え、面白いサイトになるんじゃないかな、と思ってしまいました。
 まあ、個人情報の問題とか、誰が書くんじゃ、とかいう問題はあるかとは思いますが。

 そんなことを思いながら我が母校のサイトを見ていたところ、トップページのトピックスとして、吹奏楽部が東海大会まで進出したという記事が出ていて、なんだかジーンとしてしまったのでした。
 そう、私はこの学校の吹奏楽部に所属していたのです。しかも部長職(笑。職、じゃねえな)。
 ジーンとした、というか、とても感慨深くこのトピックスを見たわけは、当時の吹奏楽部ときたら、とんでもなく下手っくそな、へっぽこ楽団だったから、なのです。

 なんでも、私の一世代前の吹奏楽部は、なかなかな腕前を誇っていたらしいのですが、火事があったとかで(このへんの情報は人から聞いて定かではないのですが)楽器類は焼失、それからしばらくは吹奏楽部も休部状態、やっと私が在学時になんとか楽器も揃い、とりあえずバンドとしての形になりかけた、という時代だったのです。
 楽器を教えてくれる専門の先生もいなかったと思います。年に一度の連合音楽会、それと運動会の行進、文化祭での発表会が、主な活動だったように思います。

 とにかく、楽器が上手くなりたい、しかし誰も教えてくれないからどうすればいいのかがわからない、見本というものが存在しない、すべての楽器が揃っているわけでもない、という三重苦、無政府状態。聴くに耐えないアンサンブルを、恥ずかしい、なんとかしなくちゃと思いつつなんともならない、という苦しみを、我々世代の吹奏楽部の連中は感じていたに違いありません。

 しかし、これではいけない、どんなに下手でも、どんなに恥をかいても、発表の場を作っていかなくては、正確に自分達がどんなに下手か、どのレベルにいるのかすらも分からないのではと、私は思ったのでした。
 そこで顧問の先生に直訴。できうる限りの大会に参加させていただき、そのための練習を徹底的に行ったのでした。
 いや、だからといって急に腕前がよくなることはなかったのですが、というより、大会に出るたびに、他校とのあまりにものレベルの差に打ちひしがれて、石ころを蹴りながらとぼとぼ帰る、ということを繰り返し、私は中学校を卒業したのでした。

 しかし、きっと、その「チャレンジ精神」は受けつがれたのだと思います。後輩達も次第に本気になり、先生方も少しずつ本腰を入れて吹奏楽部を指導。次の年にコンクールに復帰(しかし銅賞)。そして、少しずつ、少しずつ腕を上げて、いまや吹奏楽部の「強豪」といわれる学校にまでなったのですから、これは感動しないわけにはいきません。私たち世代の「努力」が、やっと実を結んだのだと、すべての後輩達にスタンディングオベーション、ブラボー! と言ってあげたい気分なのです。

 まあ、私が中学生の頃なんてはるか昔。30年以上経っているのですから、現役中学生にしてみたら、誰やおっさん、おっさんなんか関係ねーや、と言われるのがオチなんでしょうけどもね(苦笑)。

 時代はどんどん変わっていくのですね。どんなに時代が変わっていっても、変えたくないものを守ることはとても素敵なことだと思いますし、その努力も大切なことだと思います。
 しかし、変わりたいと思っても、すぐに変えられるものでもありません。日々努力、一途な思い、そんなものの積み重ねが、いつか大きなエネルギーになって、時代をも変えてしまう大きな力になるのだと、おじさんは思うのでした。

 そんなことを考えていたら、じゃあ今、お前は何かを変えたくて、達成したくて、日々こつこつと努力を重ねているのか自問してみたのですが、……まあ寝ましょ。雪降ってるし(苦笑)。
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by yochy-1962 | 2014-02-08 11:21 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

by yochy-1962