ブログトップ

編集王子

newyochy.exblog.jp

Thank you !!!

<   2013年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

c0135618_22505825.jpg 最近は仕事の関係で、日本一のペーパーエンジニア、S氏と呑む機会が多く、この日も目白で打ち合わせ後、「どうしましょ時間は夕方5時を過ぎておりますが」「そうでございますねもう酒など呑んでもよろしい時間ではございます」「高田馬場に、ちょっとよさげな店を知っているでございますが」「もろちん、もといもちろん行くでございます」的な会話のあと向かったのが、高田馬場にあるしぞーかおでんの店、「ガッツ」でした。
 そう、この店は確か春先にも伺ったことがある、静岡出身のガッツさんが営む、しぞーか人が泣いて喜ぶ食べ物がわんさかわんさか食べられ、なおかつ安価なのが魅力のお店。
 前回はさんざん呑んで、食ったあとの訪問だったため、あまりたくさん食べることが出来ませんでした。きょうはお腹を空かせて、いざ呑むぞ、食うぞ!

c0135618_2251424.jpg 乾杯はこれ、焼酎をお茶で割った「しぞーか割り」です。
 いわゆる普通の緑茶ではなく、抹茶に近い、濃いお茶味がグーです。何回ここで書いたか記憶にもないくらいですが、この焼酎、血液サラサラ効果が期待できて、血圧に優しい健康焼酎です。まあ、飲み過ぎじゃ元もこもないのですがね(^O^)。

c0135618_2251572.jpg 見よ!この黒々とした、味がたっぷり染み込んだしぞーかおでん。これぞ地元民がこよなく愛する、しぞーかおでんの正しい姿です。
 中までぐぐぐっと出汁が染み渡り、しかし決してしつこくなく、いくらでも食べられるのがこのおでんの魅力。夏なのにおでん〜? と眉をひそめる輩には、言わせておけばいいってものです。しぞーかおでんはスープを飲むものではありません。だから熱々、はふ〜っとしながら食べるものではありません。
 昔から駄菓子屋などで、子供相手に一本いくら、という感じで食べられてきたのがしぞーかおでんなのです。うずらのたまごやなるとなど、ふだんは「刺身のツマ」的な扱いを受けている食材も、しぞーかおでんでは堂々の主役になれるという懐の深さ。今回も堪能いたしました。

c0135618_2251947.jpg 珍味三点盛り。まぐろの角煮が特に美味。まあ、たぶんこれは自家製ではないと思いますが、まあいいでしょうおいしかったから。日本酒が思わず欲しくなります。

c0135618_22505264.jpg これは静岡風餃子、とでもいうのかな。中にシラスなどをあしらい、いくぶんさっぱりと食べることができる餃子です。思わず冷凍をテイクアウトしたいと思わせる美味。
 それにしても餃子というものは奥が深いものです。もともと中国から輸入した「水餃子」がアレンジされて、いまや堂々「日本食」として君臨している焼き餃子ですが、大きくしたり皮を厚くしたり薄くしたり、棒状にしたり羽をいっぱいつけちゃったり、チーズを入れちゃったりチョコレートを入れちゃったり(これはあんまりいただけませんが)、いろいろなバリエーションを編み出し、人々の生活にしっかりと根付いている餃子さん。一度「餃子研究会」を発足しかけましたが、んー、また活動しちゃおうっかなあと思っているところです。

c0135618_22511846.jpg 〆はやっぱり「富士宮焼きそば」です。
 もっちもち、コシのある麺と、油かすとだし粉、青のりが特徴の富士宮焼きそば。前回伺ったときは、まだ「富士宮焼きそば」と名乗ることができず、「富士宮風焼きそば」としか謳うことができなかったようですが(なんでもこの名前は登録商標だとかで、ちゃんと講習を受け、資格をとってからでないと、富士宮焼きそばと名乗ることはできないのだそうです)、今回はしっかり「富士宮焼きそば」と明記。
 資格をとっただけあって、堂々、風格のある富士宮焼きそば、堪能いたしました。

 値段も安く、ビールケースをひっくりかえして椅子にしたりの「キッチュさ」が最高のお店でした。
 高田馬場なので会社帰りに行く、ということがなかなか出来なかったりするのですが、また機会を作って伺いたいと思っております。ごちそうさまでした。
[PR]
by yochy-1962 | 2013-07-29 23:17 | | Trackback | Comments(0)
 どんな人生を歩もうか、はっきりと目標を定めて日々精進している、あるいは理想とする境地に到達せんとする方ならともかく、あっちこちふらふらとさまよい、ダメだ、今日も無駄な一日を過ごしてしまった、明日から新しい自分に生まれ変わろう、明日こそちゃんとしよう、などと反省ばかり、その繰り返しという、私のようなダメダメ人間が、もし、二年前の大震災のようなことが突然やってきたら、そして確実に自分の命が何分か先に強制終了するであろうことが分かってしまった場合、どんな行動をとったであろうかと、ときどき考えるのであります。

 震災のとき自分の命を顧みず、「津波がやってきます、早く逃げてください」と放送し続け、自分の命をも投げ出して人々の命を救った遠藤未希さん、預かる中国人実習生を無事なところまで誘導し、それを見届けるように、自分は妻と子を探しに津波の彼方へと消えて行った佐藤充さんの話を思い出すたびに、その思いはなおさらです。
 我々は悲しみとともに、はて、自分はこのようなことができただろうか、もしかしたら、真っ先に自分だけ安全なところに避難し、周りの人を見殺しにし、後々自分だけ生き残ってしまったことを後悔するのではないか、そんなことを思ってしまうのです。

 これは、ある方から教えていただいた、遠藤未希さんのことをニュースで知って、彼女の行動を讃え、彼女の冥福を祈って作られた、アメリカの歌手、Hazey Janeによる音楽です。
 哀し気に響くギターの音色と、二本のキャンドルが印象的なパフォーマンスです。


 訳詞をいただいたので、ここに紹介しましょう。

Now tell her story (be)cause the story must be told
(さあ彼女の話をしよう、語られなければならないから)
About a girl called Miki Endo twenty-five years old
(遠藤未希という娘について、年は25歳)
Miki had a job to do, a job she did so well.
(未希にはなすべき任務があった、それを立派に果たした)
This is why her story we must tell.
(だから語らなければならない、その娘の物語を)
Miki got the call on a Friday afternoon
( 未希は電話を受けた、金曜日の昼下がり)
Tsunami is coming and it’s arriving soon
(ツナミが来ると、すぐにも遣って来ると)
Miki had to warn the people, move to higher ground 
(未希は人々に警告しなければならなかった、高台へ避難するように)
People knew just what to do when they heard, when they heard her sound.
(人々は今何をすべきかを察知した、聞いたとき、その娘の声を聴いたとき)
Refrain ( 繰り返し)
Miki told them move to higher ground
(未希は人々に呼びかけた、高台へ避難するように)
From the tension in her voice
(彼女の緊迫した声で)
They knew there was no time as they ran.
(人々は逃げながら察知した、もはや時間がないことを)
Thousands fled the waterfront that day. 
(何千もの人たちが海岸から避難した、その日)
Thousands fled, Miki stayed.        
(何千もの人たちが避難した、だが未希は居残った)
Said she was a good girl, wouldn’t leave her post that day
(良い娘と評判の彼女、自分の持ち場を離れようとはしなかった、その日)
She kept calling out her warning till the water came her way
(彼女は警告を大声で叫び続けた、津波が彼女に押し寄せるまで)
Not a braver soul this world has ever known
(この世にこんな勇敢な娘がかっていただろうか)
To save so many lives she sacrificed her, she sacrificed her own.
(多くの人命を救うため、彼女は命を懸けた、自らを犠牲にして)
Refrain ( 繰り返し)
Miki told them move to higher ground
(未希は人々に呼びかけた、高台へ避難するように)
From the tension in her voice   
(彼女の緊迫した声で)
They knew there was no time as they ran.
(彼らは逃げながら察知した、もはや時間がないことを)
Thousands fled the waterfront that day.
(何千もの人たちが海岸から避難した、その日)
Thousands fled, Miki stayed.
(何千もの人たちが避難した、だが未希は居残った)
Her parents tried to find her there in amongst the debris. 
(両親は娘を探し求めた、がれきの中を)
Many lost their lives that day, many managed to flee (be)cause of Miki
(その日多くの命が奪われた、けれど多くの人たちが何とか避難できた、未希のお蔭で)
She was a good girl and stayed 
(彼女は奇特な娘だった、だから居残った)       
This is the sound of her voice I hear echoing and echoing in my head
(これはまさに彼女の声、聞こえてる、繰り返し、繰り返し、私の頭の中で)
Refrain ( 繰り返し)
Miki told them move to higher ground   
(未希は人々に呼びかけた、高台へ避難するように)
From the tension in her voice     
(彼女の緊迫した声で)
They knew there was no time as they ran. 
(人々は逃げながら察知した、もはや時間がないことを)
Thousands fled the waterfront that day.  
(何千もの人たちが海岸から避難した、その日)
Thousands fled, Miki stayed.      
(何千もの人たちが避難した、だが未希は居残った)
Thousands fled, Miki stayed.
(何千もの人たちが避難した、だが未希は居残った)

 いま、中国では「関東大震災のときに在日中国人が惨殺されたことを忘れないように」云々という運動が広がっているといいます。
 従軍慰安婦がどうだとか、南京大虐殺がどうだとか、歴史に疎い私は、とりあえず議論は他の方に任せますが、その、在日中国人を助けた日本人の話を、その首謀者はご存知なのか、そして命を助けられ、いま帰国しているであろう実習生は、そういう日本バッシングをどういう目で見ているだろうと、それがちょっと気がかりで、心が痛みました。

 30年に渡り、日本を訪れる外国人に対するボランティアを続けている方がおっしゃいました。「真の国際交流を目指すのなら、まず海外の家庭にホームステイするべきだ」。確かにそうです。真の国際交流とは、迎賓館みたいなところで乾杯をすることではなく、一般の人達の生活を感じ、理解することなんだと、痛烈に感じている昨今なのです。
 そして、我々日本人も、こうした「日本バッシング」を、バッシングでお返しするのではなく、とにかく小さな一歩でもいいから、隣りの人を理解し、手を差し伸べることだと、心から思っているのです。

 大きな声で、恫喝するように叫ぶ声だけが通る世の中には、なってほしくないと思います。
[PR]
by yochy-1962 | 2013-07-18 21:50 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
 確か美空ひばりは52歳で亡くなっていたと思います。そういう意味で、あくまで「正統派演歌歌手」、そう、八代亜紀さん、青江三奈さん、石川さゆりさんのような、「個性」で押し切る演歌歌手ではなく(ああ、小林幸子さん、あれはパフォーマー、ですね)、本当にめちゃくちゃ上手い演歌歌手という意味では、現在55歳にならんとする森昌子さんは、まさしく「けもの道」を突き進んでいるといっても過言ではないような気がするのです。
(なにをいきり立って言おうとしているんだろコイツ、と思われるかもしれませんが。)

 森昌子さんは、あまりにも歌が上手すぎて、そして器用すぎたのが災いとなったのか、そして、一番歌手として脂が乗りきっていたであろう頃を「進一の妻」として棒に振ってしまったために(たいへん失礼な物言いではございますが。ああ、淳子ちゃんにもそれが言えるなあと、遠い目)、世間はさゆりばかりに目が行って、あまり評価されていなかったような気がします。しかし、こうして当時の映像を見たりすると、とんでもなく歌が上手かったなあということが分かり、ああ、いままで大変失礼いたしました、中3トリオのドボンなどと言ったりして……などと頭を垂れるのでございます。
 これも私が歳をとったからなのでしょうか。ひとり深夜のYou tubeを鑑賞している昨今。ああ、酒が進む進む。

 これは、たぶん1977年の「夜のヒットスタジオ」からの映像です。後ろに「失恋蝙蝠男」を歌う山本リンダが控えている(笑)ということなどに目をとられてはいけません。すっばらしく歌の上手い、マコの熱唱をご堪能あそばせ。


 いやあ、この素晴らしさは、当時中学3年だった私に分かるはずはない、というものです。淳子は「気まぐれヴィーナス」を歌い、百恵は「イミテーション・ゴールド」を歌い、ピンク・レディーは「渚のシンドバット」を、そしてキャンディーズは「普通の女の子に戻りたい」とか言っていた時代ですからね。この頃に「んー昌子が一番」などとほざいていたら、きっと私は恰好のイジメの対象になっていたに違いありません(いや、口では絶対に負けなかったか。言い負かしていただろう自信はあります)。

 で、時は流れ、マコは紆余曲折の果てに芸能界復帰。およそ35年ぶりの「なみだの桟橋」を歌うことになるのですが、……んー、これはこれで、完成されたパフォーマンスではありますが、同じ曲を親子が歌っているような感じで、ああ、時の流れよ、と思わざるを得ないのは、年齢を重ねるごとに声が低くなっていってしまう、女性の宿命かもしれません。
 同じような感覚は、ずっと現役を続けてきた石川さゆり「天城越え」についても感じるところであります。
 さゆりの場合、声量の衰えを「味」に変換しているために、毎年毎年、我々は12月31日、「さゆりっ! お見事!」とテレビの前で叫んでいるのですが(笑)、やはり、昔のパフォーマンスと比べると、声の張り、伸びが全然違うことに気づき、愕然とするのです。

 まあ、仕方がないですかね。
 ひばりさんがいまも生きていたら、どんなパフォーマンスを我々に見せていただろう、ちあきなおみがいまでも「夜へ急ぐ人」を歌っていたら、どんな感想をもっただろう、……淳子ちゃんがずっと現役を続けていたら、どんな女優になっていただろうと思うのと同じくらい、遠い目をして、我々は歳を取っていくものなのですね。

 そういう意味では、由紀さおりという物件は、つくづく、恐いものなのですねー。おしまい。

[PR]
by yochy-1962 | 2013-07-12 00:10 | 音楽 | Trackback | Comments(4)
c0135618_21233067.jpg 会社有志たちとの飲み会in四谷三丁目にある島根料理の店「善丸」です。
 島根料理とはなんぞや、石見銀山だけに銀でも食わせるんかい、出雲大社だけに神様でも食わせるんかい(なわけないか)と思いましたが、「とにかく魚がおいしいの!」という幹事さんの言葉に胸踊らせて、入店です。

c0135618_21241937.jpg まずはこの刺身盛り合わせ。
 キャー、ジュリー! と叫びたくなる(なぜ?)ほどの、見事な盛り合わせに悶絶です。いつもの大衆酒場では決して味わえない逸品。いや、もつ焼き屋さんで刺身を振る舞ってくれるところはたくさんありますが、これだけ豪華な刺身盛り合わせは、やはり大勢で呑んだときに限ります。
 で、お店側も島根の恥、と言われてはいけない、とでも思うのでしょうか。鮮度、歯ごたえ、お味、全てに渡って合格点を差し上げたい盛り合わせでございました。
 それにしても、東京など違う土地で郷土料理店を開く場合、その土地出身の方は最初は狂喜乱舞して来るものの、自分が田舎にいるころに食べた味と、寸分でも違いがあったら「チェッ、なんだよ、ダメだねこの店は」、と思うでしょうし、違う地方出の方にとっても、あんまりにも気が抜けた料理を出されたら、ダメだね島根料理は。出雲大社と石見銀山だけだね、と多くの方に吹聴されてしまう可能性もあるわけですから、結構責任重大なプロジェクトだと思ってしまったりもします。
 まあ、その点我が故郷、静岡市の郷土料理は、おでんとか、じゃがいもフライとか、キッチュなものばかりで(あっいや、生しらすとか桜海老とかは、東京ではなかなかの高級料理、ですね)、お口に合わなくても「ああそう、で、それがなにか?」という、なんの責任感もないスタンスでいるので気は楽なのですが。

c0135618_21242323.jpg 刺身の骨は、こうして揚げていただくのが流儀、です。
 とってもおいしい骨せんべいは、それはそれはお酒に合いましたぜ。

c0135618_21242592.jpg 島根のさつま揚げ。あっ、薩摩、じゃないな、天ぷらです。
 ごぼう、しいたけなどの野菜の存在感がしっかりしていて、さすが自家製、天ぷらの店、と銘打っているだけの味、ワイルドさです。

c0135618_2124413.jpg で、これが島根料理の、とくに浜田市あたりでよく食されているという「赤天」です。
 魚のすり身に唐辛子を練り込んでいるのがこの色の秘密、のようですが、ぴりっとして、とても美味しかったです。
 こんな風にかしこまって登場してきましたが、たぶん「しぞーか」でいうところの黒はんぺんみたいな立場、そう、ご飯やお弁当のおかずの定番、「えーまた赤天なの〜」と子どもが駄々をこねてしまうような立場なのだと推測されます。
 それと多分、受験生のお弁当にはエントリーされないだろうな、とは思いましたが(笑)。

c0135618_21243374.jpg 最後のご飯に至るまで、この充実ぶりです。満足満足。
 なんでもこの店は、幹事さんがランチでよく使う店らしく、だからだいぶ便宜を図っていただいたみたいで、2時間飲み放題とかいいながら3時間ほど粘らせていただき、お値段もずいぶん安くしていただいたようです。
 ありがとう! ごちそうさま! 今度は友人を連れて、伺いたいと思っています。

[PR]
by yochy-1962 | 2013-07-09 21:35 | | Trackback | Comments(0)
 誰でも、昼の顔と夜の顔は持ち合わせているものなのです。
 ……なんて書くと、ずいぶん色っぽい展開が待ち受けていると思ってしまうかもしれませんが……。まあ、このブログを常日頃から読んでくださる方なら、ちっとも私の日常に「色」などないことはご承知でしょう(苦笑)。
c0135618_23551876.jpg そう、昼間は私、毎日毎日、「きょうは酒呑まないぞ。こんなに体の調子が悪いのも、ゆうべ大衆酒場でホッピーたんまり呑んで、家に帰ってからニヤニヤ笑いながらYouTubeの能瀬慶子見て、高見知佳見て、氷結二本も呑んだからだぞ」と反省ばかりしているのですが、一転、夜になると「ウヒョヒョヒョヒョヒョ、今夜はどこで呑みましょか」と、ジギルとハイドの如く人格を変えている毎日なのです。で、この日も「きょうは絶対に呑まない。笹塚の惣菜屋でおかずを買って、家で慎ましく夕飯を食うのだぞ」と肝に命じたつもりが、気づいたら午後8時、ニヤニヤしながら笹塚のこんな店に佇んでいたのでした。


c0135618_23551554.jpg 店の暖簾をくぐった瞬間、店員さんが着ている揃いのTシャツに目が釘付け。
「欲しい〜!」と心は悶え続けましたが(店の看板と同じ、豚さんキャラのTシャツ! さすがに写真撮らせてえ、とは言えませんでした。一見さんだし)、そんなことおくびも見せず、ニヒルにホッピーをゴクリ。もつ焼きをガブリ。うまいっす。

 このお店は、たぶんチェーン店ではなく、ご家族で商っている的な、アットホームな雰囲気がグー、です。雑居ビルの2階にあり、ちょっと見つけにくい立地でありながら、ちゃんと常連さんをつかんでいるようで、この、イケメンの一見さん(あっ、オレのことね)の一挙手一投足をこっそり見守ってる感が、結構心地好かったりします。ここで例えばいきなり鼻ほじったり、靴の臭い嗅いだりしたら、相手はどういう反応を見せるだろうなんて想像するのも一興です。
 あっ、実際には、決してそんなことはいたしませんよ、念のため。


c0135618_23552747.jpg 餃子なんてメニューがありまして、どうもこの店のご自慢のようでしたので、すかさずオーダー。
 それにしても、居酒屋で食べる餃子というものは、どうしてこんなに美味しいのか、と思います。あっ、あくまでもこれはチェーン店ではなく、自家製の一品をふるまってくれる店限定なのですが。
 この店の餃子も、パリッとした皮と、具だくさんな中身という、基本に則った餃子がグーッ、です。餃子って簡単に作れるのかな、と思いましたが、町のラーメン屋、というようなところで、自殺したくなるくらいまずい餃子を食わされたことがありましたから、やはり、それなりにテクニックの必要な料理なのでしょう。

 そのほかにも何品かオーダーしたような気がしますが、すみませんこれはかなり前のことでして、我がスポンジ状になった脳では記憶することもできないのです。また次回、しっかり脳裏に焼き付けることにいたしましょう。
 路面店でないため、なかなか認知されるのは難しいだろう店だとは思いましたが、その分、知ったら知ったで、自分だけの隠れ家的な使い方をしたくなるだろう、ナイスなお店でした。カウンター5席ほど、テーブル席2席、お座敷1席と、家族で商うにはちょうどいいくらいの店の規模、定番メニューだけ、別に若いヤツに迎合するわけでなく、お一人様のお客さんは安い酒と、ただ一、二品のおつまみを楽しみながらテレビに見入ってる……、これぞパラダイス、私が目指す居酒屋スタイルなのです。

 ああ、これは自分が楽しむ店、という意味もありますが、あくまでも自分が営業するには、という意味もあるのですがね。
[PR]
by yochy-1962 | 2013-07-08 00:05 | | Trackback | Comments(4)

by yochy-1962