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編集王子

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c0135618_23353251.jpg 先日、久しぶりに友人のK氏と、武蔵小山にある「立ち飲みの雄」、晩杯屋に参上し、2000円もかけないで大トラに変身、その後商店街をチンピラの如く闊歩して、最終的に街の、どうってことない中華屋(高田道場の近く。ツイッターで有名な、高岡某さんのサインがありましたぜ)にたどり着いたのですが、そこで五目やきそばなど待っている間、我々の視線は隣りのおじさんに集中してしまったのでした。

 なんとその、山下清風のおじさん、だいぶいい感じで酔っぱらって体が火照っているのか、白いTシャツを半分以上まくりあげ、乳首全開。「私はもう大人よ!」とでも言いたいのでしょうか、アラーキーが泣いて喜びそうなセクシーポーズを披露して、「うっふん」みたいな恍惚の表情を浮かべているのです。

 我々はもう笑いを堪えるのに必死です。もうちょっとでその乳首に爪楊枝でも刺してしまいそうでしたが(笑)、すぐにおじさんはお会計をして店を出て行ってくれたので、「中華屋でイケメン編集者が暴行!」というニュースは流れずに済んだのですが……。

 ……私が言いたいのはそういうことではなくて(笑)、おじさんがいなくなったテーブルにふと目をやると、おじさんは中華丼あるいは五目かたやきそばを召し上がっていたのでしょうが、なんと、「うずらのたまご」を残しておいでなのです。

c0135618_2335403.jpg「えーっ、うずらのたまご残してる」と、思わず声に出してしまった私。
 そうです。五目そばなどに必ず、宝石のように輝きながら佇んでいる「うずらのたまご」。人々は、およそ10分間の「食事ショー」の、どこで「うずらのたまご」を食してやろうかと悩みに悩み、人生のメインイベントの如く神妙な顔つきでその一瞬を待ち構え、箸でつまむもツルッと床に落としたりなどしたらもう切腹もの。一週間は立ち直れない日々を過ごさなくてはならない、という代物なのです。
 そう、最後の最後に「うずらのたまご」を食べようとニッコニコしながら残していたら、「あっ嫌いなのうずらのたまご」と、同席の妻にペロリと食べられ、それが離婚の原因、殺人事件にまで発展したという話もよく聞きます(ウソ)。

 それなのに、ああそれなのにおじさんは。
 「ヨッチー食っちゃえば」とK氏に言われ、思わず手が出そうにもなりましたが、寸前のところで「はっ、私は王子だった」と我慢したのでした(笑)。
 しかし考えてみたら、中華料理における「不滅のアイドル」であるはずなのに、「うずらのたまご丼」とか、「うずらのたまごオイスター炒め」とか、「うずらのたまごチリソース」なんてメニュー、ないですよね。
 そういえば私も、うずらのたまごってスーパーで購入したこともなかったな、あれ、何分ぐらい茹でるんだろ、ああ、あれってカンヅメで買うものなのかな……よくわかりません。日常生活で「うずらのたまご、食いたい〜」って思うことも、あんまりないですしね。

 まあ、つまり、あれはいろいろな具材の中に「箸休め」として採用されているからおいしくいただけるのであって、メインのおかずにはならないものなのですね。毎日毎日、お弁当の中に「うずらのたまご」がずらーっと並んでいたら、そのうちノイローゼになってしまうでしょうね(笑)。

 ……なんて考えていたら、なんだか自分が「うずらのたまご」みたいに思えて来てしまいました。ふうっ。

 ちなみに我々がシェアして食べた五目やきそばの「うずらのたまご」は、私がおいしくいただきました。でへへ。
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by yochy-1962 | 2012-06-29 23:42 | グルメ | Trackback | Comments(4)
c0135618_20593994.jpg 私が住んでいるところの京王井の頭線沿いは、ご覧のように、現在紫陽花が満開状態です。
 電車に乗っているときは気づきませんが、こうして上から眺めていると、なかなか壮観な紫陽花ロードとして見応えがあり、どこからどこまで続いているのか探索してみたい衝動に駆られます。しかし残念ながら梅雨時は、なかなかそんなことはできませんね。だからといって梅雨が明ければ紫陽花の花も枯れてしまい、確認することはできませんね〜。
 まあ、心の底から知りたいと思えば、雨なんか関係なく探索するんでしょうけど。花より団子、なんですね私は。きょうも食べ物がおいしいと感じられる、幸せな私でございます。

 皆様お元気ですか。私は相変わらず、元気なお酒ライフを楽しんでおります。先日、とあるカラオケスナックで、超有名なシンガーが同席していたというのに、すっかり目のすわった私は気がつかず、彼が歌おうとする歌に物言いをして(違う、その歌手の歌ならこっちを歌えと強制曲目変更)、勝手にキーを変え、ハモりに参入し、その歌声を聴いて、本人だと気づくという、全く冷や汗ものの一日を過ごしたりもしましたが(苦笑)、……とりあえず元気です。

 しばらく、自己嫌悪で立ち直れませんでした。
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by yochy-1962 | 2012-06-19 21:03 | | Trackback | Comments(2)
 いよいよ消費税が上がるようですねえ。
 ……まあ、仕方がないって言ったら仕方がない、ってことなんでしょうけれど。

 時を同じくして、生活保護を受けている人が何百万人いて、そのうちどのくらいかは不正受給の疑いがある、っていうニュースが流れましたよね。

 その、不正受給を止めたら、消費税を上げなくてもいい、ってことにはなりませんか。……ってことはないか。そういうレベルじゃないか(苦笑)。

 ある人気タレントさんの母親が生活保護を受けていたっていうニュースが流れて、話はいつの間にか、それを告発した国会議員さんをバッシングするような話になっていってしまったけれども。

 私、決してその国会議員さんって好きではないけれど、生活保護というものにスポットライトを当てて、関心を集めた、という点においては、よくやったと思うわけです。

 申し訳ないけれど、そのタレントさんたち、不正と言われた時期の受給金額は全額返納してくださるんですよねえ。
 親のためにマンションを購入して、そこに住む親は生活保護を受けていた? 普通、生活できないんならマンション手放すでしょ。当たり前でしょ、それ。

 どういう理由があって、どういう申請をしたら生活保護を受理(ゲット)できたのか、教えていただきたい、……いや、ホントに生活保護を受けなくてはならない人が審査に落ちて、端から見たら全然お金に困っているように見えない人が幾許かのお金を、のうのうと手にしているとしたら、それで消費税を上げる、というのは我慢ができないわけですよ。

 それと同じで、「障害年金」ってのがありますね。
 病気などが原因で、収入の途が閉ざされた人達のための、いわゆる「生活保護」。

 大切なことだと思いますよ。国を挙げて守っていかなくてはならないと思いますよ。

 しかし、障害年金は、それを受ける理由がなくなったら、もちろん支給されることはなくなる、はずですよね。
 うつ病で障害年金をいただき、それを糧に生活をしている方達、大変だと思います。でも、その方達、病気が治ったら、もちろん社会復帰して、年金をいただかなくてもOKになるように、日夜奮闘していらっしゃるんですよね。まさか、このままずっと受け続けようなんて、思ってはいないんですよね。

 ごく一部の人達のことをちくちく言って、その他ほとんどの方には申し訳ないと思うのですが、障害年金で旅行に行っちゃったり、あちこち遊びまくったり、おいしいものを食べてらっしゃるという情報を耳にすると、つい、これはおかしいんじゃないかと、思ってしまうわけです。

 私は昨年、大震災を境に、レギュラーの仕事が「面白いように」なくなり、どうしようかと、真っ青な顔をして駆けずり回っていました。そう、(負けず嫌いなので)ブログにはいっさい書きませんでしたが、本当に困った状態でした。
 しかし、「幸か不幸か」精神だけは丈夫で、周りの人にも助けられ、うつになることもなく、生活保護に頼ることもなく、なんとか乗り切ってきました。
 そして、やっとの思いでレギュラーの仕事をかち取り、今日に至っています。

 しかし、これがもし「乗り切れなかった」とした場合、困り果てて役所の窓をたたいたとしても、「あなたまだ若いんだし、病気じゃないんだから、あなたに差し上げる年金など、ありません」と門前払い状態だったでしょうね。
 「うつ」にさえなっていたら、ほんの少しでも年金をいただくことができたでしょう。それで、ときどきバイトでもすれば、贅沢さえしなければ十分生きていけます。このまま、病気のままでずっと生きていってもいいんじゃないかと、思ってしまったかもしれません。元来怠け者の私ですから、きっとそうしていたでしょう。
 まさか、現在そういう年金をうけていらっしゃる方々は、そんな気持ちでいらっしゃることは、ないですよねえ。

 ……いろいろとぶちぶち書きましたが、じゃあどうしたらいいのか、ってのは私にもわかりません。しかし、不況のあおりを受けて仕事がなくなり、うつにも「なれなくて」、家族を守るために本意ではない仕事をして、過労が祟って亡くなってしまったという知り合いもいました。
 なんか、違うんじゃないの? なんか、おかしいんじゃないの?

 昨夜から、そんなことを寝しなに考え、考え、つい書いてしまいました。全然まとまった文章じゃなくて、ごめんなさい。
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by yochy-1962 | 2012-06-14 00:25 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
 みなさんお元気ですか。
 久しぶりにお会いした方が太っていたり、痩せていたり、はたまた「太った?」と言われたり、しわがすっかりなくなっていたり(恐るべしプラセンタ)、しわだらけになっていたり、似合わない若作りの恰好をしていたり(笑)、いまだに自分の家の電話番号とか郵便番号とか覚えられなかったり、一度目覚めてしまうともう眠れなくなってしまったり、すっかり酒に弱くなっていたり、「更年期かもしれない」というメールをいただいたり(笑)ホント人生いろいろですが、どうも「老い」に一直線であることは間違いない、という私、および私の周りの面々であります。

 まあ、ひとりだけ時間を止めることなど不可能な話。これはもう老いと上手に付き合って、豪快に笑い飛ばしていくしかなさそうですね。
 そしてひとりお部屋に戻ったら、こんなYouTubeなど観ながら、画面の中の、時間の止まった美しい人の軌跡を鑑賞するに限るのです。



 どれも熱演。すっぱらしー作品のラインナップです。改めて観ると、やはりこの方は芸能界の宝だったなあ、とつくづく思うばかりです。
 あなたはどの淳子ちゃんがお好きですか? 私は「病院坂の首縊りの家」、そして「お引越し」がおすすめです。

(追記 「ニューヨーク恋物語」における桜田淳子と岸本加世子は、「ふたりの王女」における北島マヤと姫川亜弓が、お互いのイメージを替えて演じた例に通じるものがあると、ひとり勝手に納得している私。)
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by yochy-1962 | 2012-06-11 23:11 | 桜田淳子 | Trackback | Comments(0)
 「私は全面的にあなたを信頼してますからね、あなたの思う通りでいいですよ」
 ……長年編集者という仕事をしてきて、誤字・脱字の見落としは日常茶飯事、カバーの寸法間違いで青くなったり、大事な原稿を変なところに置いたがためにゴミ箱行きになってしまったり、ちゃんと連絡をしなくてカミナリを落とされたりなど、さまざまな失敗ばかりしてきた私ですが、これほどの賛辞を言われたことはただ一度だけでした。
 そう、これ以上の褒め言葉をいただいたことはまだありません。

 「あなたはホントに素晴らしい! その一言に尽きます」
 その方は、こうも言ってくださいました。
 いや、私はその方の書いた原稿を、ちょっと読みやすくなるようにリライトしただけなのですが、その方は、多少通りのよくなった原稿を見て、そう言ってくださいました。
 自分の書いた原稿を勝手に直されたりすると、ムッとされたりするのが普通なのかもしれませんが、その方はきっと、大きな、大きな心の持ち主だったのでしょうね。
 できあがった本を見て、とても喜んでくれて、「これは一家に一冊、絶対に置いておくべし」と、ご自分の生徒さん達に大々的に宣伝してくださり、私のほうが嬉しい気持ちになったことを、つい昨日のことのように思い出されます。

 そんな、「編集者の醍醐味」を大いに味わわせてくださった、町田コダーイ合唱団代表でわらべうたの研究家、大熊進子先生が、5月19日に天に召されました。
 一緒に仕事をさせていただいたのは、もう10年ほど前なのですが、大熊先生とは、その後もちょくちょく連絡をさせていただき、町田の発表会には何度もおじゃまさせていただき、打ち上げの乾杯音頭もとらせていただいたこともありました。

 一時期、気持ちがどうしようもなく沈んでしまったときも、さりげなくやさしい言葉をかけてくださったり、会社を辞めたときには「ウチにおいで! 缶詰がいっぱいあるから、持って行っていいよ」などと言ってくださったこともありました。
 なんとか缶詰はいただかずに済みましたが、さあこれから、もっともっと先生の活躍できる場を提供しなくちゃな、と思っていたときの訃報でした。それが、悔しくて悔しくてたまりません。

 大熊先生に最後にお会いしたのは約4年前、町田で行われたわらべうた教室の取材でした。
 先生は小さな体であいかわらずエネルギーいっぱいでした。わらべうたを「教える」というスタンスではなく、「伝える」という立場で、あくまでも楽しく遊びながら、日本古来の、日本語のイントネーションで作られた、楽譜も存在しないわらべうたを、まるでガキ大将のように子どもたちに「伝えて」いました。
 その1年後にガンが見つかり、一時は完治したと思われたようですが、最近になって状態が悪化、しかし最期は静かに、穏やかな優しい顔で旅立ったとのことでした。

 私は、ご病気をなさったこと自体知りませんでした。あまり多くの人に、ご自分の弱っていく姿を見せたくなかったのでしょうか。先生らしいと思いました。だから、いつまでも子どもたち相手に、決して上からの目線でなく、同じ目線で真剣に向き合っていた、「ガキ大将」みたいな「進子ちゃん」の姿のままで、私の中に残り続けていくのだと思います。

 小さいときには、生まれ育った国の言葉で育てるのが大切。そして昔から伝わったわらべうたを歌いながら遊ぶのが、言葉を覚え、手先の器用さをつくり、協調性を学び、社会性を育てるのです。子どものうちから英語を覚えさせたり、英才教育的なことをするよりも、なによりも大切なことが、子どもの遊びには詰まっているのです。
 その思いを、これからの時代こそ、もっともっと声を大にして言って欲しかった、残念でたまりません。そして、あんなに先生に誉めていただいたのに、それからちっとも成長しないで、いまだに隅っこのほうでいじいじし続けている私。大変申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 実は、大熊先生がご存命中に、一度言おうかなと思っていたことがありました。
 それは、わらべうたの本を出すことになって、実際にわらべうたを子どもたちに伝えている著者を探しているとき、あるひとりの先生にお会いしたのでした。
 その先生は、とても強力に大熊先生を推薦してくださって、そしてお願いすることになったのですが、「でも、私からの推薦ってことは内緒にしてね。きっと彼女、嫌がるから」と、決してその名は言わないようにと約束させられたのでした。
 しかし、もうだいぶ経ったからいいのではないか、それによって、大熊先生の、何かつっかえていたものがあったとしたら、下りることもあるのではないかと思っていたのですが、結局、それは果たせぬこととなってしまいました。

 でも、やはり伝えておきたいと思います。今度、お線香を上げに伺わせていただいたとき、残されたご主人、お子さんにでも報告しておこうかな、と思っているところです。

 そういえば、いま私が使っているベルトは、私が写真を撮って、本に載ったわらべうた教室の子どもたちの、お母さん達から「お礼に」といっていただいたものだということに、今朝気がつきました。

 ありがとうございました。大熊先生と出会えたこと、そして先生からいただいた素晴らしい言葉の数々は、私の生涯の宝です。
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by yochy-1962 | 2012-06-05 21:43 | 仕事 | Trackback | Comments(4)
 どんなに腹立たしい夜を迎えても、どんなに切ない深夜を過ごしても、朝は誰にでも、まだ失敗のない「新しい一日」の始まりです。
 だからにこやかに、背筋をピン、と伸ばし、さっそうと出かけたいものなのです。
 そう、電車の中で急にお腹が……という緊急事態に陥ったとしても、会社に着く途中に、泥のように酔っぱらって歩いている人(すごく近しい知り合い)とすれ違ったとしても(笑)、その「フレッシュ、フレッシュ、フレーッシュー」な気持ちに揺るぎはありません、いや、そのようにしようと心がけている私なのであります。

 しかし、そのささやかな意気込みをもぶち壊してしまうような厄介な問題を、今、私は抱えているわけなのであります。

 それは、私が「ルンルンルン」と駅までの約10分の道のりを歩いていると、必ずといっていいほど「スタスタスタ……」という震度1くらいの地響きを奏でながら、ある女性が私を追い抜かしていくのです。

 最初は「ああ、遅刻しそうなんだな、慌てているのだな」ぐらいに思って、さほど気にも止めませんでした。
 しかし、その女性、いつも私を追い抜かしたあたりで急にその走りを止め、私のすぐ前をまるで何事もなかったかのように歩き始めるのです。
 必ずです。そう、必ず、です。

 しかし私は申し訳ありませんが「Tokyo迷子ウォーカー」の名を欲しいままにしている(誰もほかに欲しがっていない名前だと思いますが)人間、早歩きの名手です。以前新宿でウォーキングしているところを友達に見られ、「一心不乱という言葉は君のためにある言葉だ」という賛辞(?)をいただいたこともありました。
 ですから、そんなすぐ前を歩く齢40手前といった、くたびれたOL(大変失敬)の歩きなんかに負けるはずはありません。あっという間に、さりげなく、そして優雅に彼女を追い抜かします。

 するとその女、もとい女性は、またアクセルをふかしたかの如く、鬼のような形相で(顔は見ていないけど、そんな感じでしょう)ダダダダダッと走り始め、私を追い抜かしていきます。
 そしてまた私を追い抜いたあたりで走るのをやめ、歩き始めるのです。

 しかししかし、私も「Tokyo迷子ウォーカー」の名を……(以下略)、こんな女、またすぐに追い抜いてやります……というところで、その女性は私が抜き去る寸前でまたアクセル全開、それからは一気に駅までゴール一直線。
 私は負けてしまうのです。

 なんだか不愉快、気持ちのいい朝が台無しです。

 というか、その女性はいったいどういうつもりで私に戦いを挑んで来るのでしょうか。まったくもって理由がわかりません。
 「早く行かなきゃ電車に遅れちゃう〜。あっ、とりあえずあそこを歩いてるブタみたいなおっさんを抜かして……。よし、抜かした。……えっ、なにこのおっさん、追い抜いて来たわ。ちきしょー。走るわよ。……へへへっ、どんなもんよ、アタシの勝ちよ。ブタはブタらしくブーブー言いながら端っこでも歩いてなさい!」っていう感じなのでしょうか。

 いや、別に私はその女性と競走する気などこれっぽっちもないのですがね。でも、何度も同じことが続くと、さすがにこちらも疲れて、もうやめよう、オレが駅までの道順を変えればいいんだとひとり勝手に戦線離脱することに決めるのです。

 そう、自宅から駅までは、まるであみだくじの如くいろいろなルートがあり、その女性が出没する道を避ければ、平和な、いつものフレッシュ感を保ちながら駅に着くことができるわけなのです。

 そういうことで、ちょっと道を変えることにして、私に再び平和が訪れたのもつかの間、スタスタスタッと今度は忍者のように足音を立てずに私を追い抜いていく新たな刺客、違う女性が現れたのでした。

 なんだよこのあたり、「走る女」揃いの街かよ〜。さすがに私も唖然としてしまいました。
 やはりその女性(やはり40手前といったくたびれたOL風。重ね重ね失敬)も、私を追い越したあたりで走るのを止め、私のすぐ前を歩き、当然の如く私は女性を抜き去り、すると意地になって女性がまた抜き返す、という構図はそのままなのです。
 腹立たしいというかなんというか、これって私だけが受ける罰ケームのようなものなのでしょうか。

 まあ、走られようと抜かされようと、気にしなければいいだけの話なのですがね。
 しかしこちらも毎日万歩計を持って、きょう何歩歩いたな、しかしそのうち「しっかり歩き」は何歩だぞ、お前もっと早く歩けなどと万歩計さんに言われている毎日なので、ぐうたら歩きなどもってのほか、という事情もあるのです。

 ……という毎日を過ごしているうちに、私も疲れ果ててしまいました。さすがに駅を変えることはできないので、私は、この二人の女性に会わないルートを必死に考え、いつもきょうはこのルート、きょうはこっちのルートと、それこそあみだくじのように駅までのラビリンスを必死にさまよっている、という毎日を選択することにしたのでした。うん、それが精神衛生上一番、のようです。

 しかし、ちょっと油断すると、「走る女出没地帯」という危険なルートを彷徨っていることに気がつくことがあります。すると、やはり後ろからスタスタスタ……という不気味な足音が! 助けて!

 今度抜かされたら、駅まで全速力で走ってやろうかと、本気で思っている私なのでした。
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by yochy-1962 | 2012-06-02 00:12 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)

by yochy-1962