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編集王子

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 私は日頃、物書きになりたいとか歌手になりたいとか役者になりたいとかアイドルになりたいとか(笑)政治家になりたいとか(小学校2年の頃は堂々と「総理大臣になりたい」などと作文に書いていた事実)ツバメになりたいとか(いや、これは言ってないぞ)、ことあるごとに言っているのですが、ホントのところ、一番なりたい夢は「居酒屋のオヤジ」になることだったりします。

 あっ、居酒屋じゃなくてもいいんです。バーでもクラブでも構いません。とりあえずお酒を出して、お客様に楽しい会話と、この美貌(笑。どの美貌だよ)を提供し、ひとときの癒しと安らぎを感じてもらえる店を作ること。これこそ私の「終着点」と定め、日夜奮闘しているわけです。

 いや、わかっています。わかっていますよ。居酒屋を作るなんて、そんなに簡単じゃないってことぐらい、わかっています。最近は「居酒屋を経営するための本」なんてのがたくさん出ていますからね。そんな本を立ち読みしてみましたが(買ったりはしていませんが)、結構なお金がかかるってことぐらい、わかりきっています。
 それだけでなく、仕入れから仕込み、おいしい肴を出す腕、そして衛生管理、その他諸々、手にしなくてはいけないことや維持しなくてはいけないこと、数え上げればキリがないってことも熟知しているつもりです。

 そして、店はお客を選ぶことができません。お酒を出す店ですからなおのこと、酒を飲んだ途端に人が変わったり、セクハラまがいのことをする客がしょっちゅう来るような店だったら、店主としては悩みは尽きませんからね。もうお店やめちゃおっかなあ、なんてヘタレの私はすぐに思ってしまうことでしょう。

 ですから、とりあえず私の店は「会員制」とさせていただこうと思っています(経済的その他の懸案事項はすでに飛び越えてしまっていますが)。気心の知れた客、そしてその客が信頼している友人のみに門戸を広げ、何の心配もなく、心から楽しい夜を提供しようと思っています。
 その代わり、一度会員になった方には、申し訳ございませんが、月に10回は必ず来店し、お金を落としていっていただくというノルマを果たしていただこうかと思っています。仕方がありません。都会に生まれた「オアシス」存続のためには、お客様の協力が必要不可欠、というものです。

 料理は当然、私が自ら担当することになるでしょう。その日に備えて私、自慢料理を開発中です。冷や奴とか枝豆とかチーズ盛り合わせとかナッツ盛り合わせとか、自慢できる料理はぞくぞく誕生しています。そのうちご紹介しようと思っていますが、まあ、とりあえずは静岡おでんともつ煮込みは定番メニューです。はい、夏でも定番です。

 居酒屋運営において、見落とされがちなのが「バックミュージック」の大切さです。
 うっかり演歌の有線でも流したりしたら、やはり店の雰囲気もそんな感じになり、お酒はぬるめの燗になり、男は無口な人ばかりになります。
 ですから、決してそんなことのないように、音楽も店主がチョイスにチョイスを重ねます。日によってテーマを変え、お客様のご機嫌を伺うのも悪くないでしょう。
 基本は70年代歌謡曲です。月曜日は女性アイドル、火曜日は男性アイドル、水曜日はニューミュージック、木曜日は桜田淳子ナイト、金曜日は70年代洋楽、土曜日はなぜかアルゼンチンタンゴでゴージャス感(場末感、と言った方がいいのかな)を演出、そして日曜日はマイナーアイドル特集でお客様のハートをがっしりわしづかみ、を目論んでいます。
 あれ、年中無休なの? というより、ある意味このチョイスは拷問?

 お店を楽しく存続させるためには、ときどき「キャンペーン」なるものを打たないといけません。
 私のお店では、毎月「誕生日キャンペーン」を企画し、該当する方に思いっきり楽しんでいただこうと考えています。
 誕生月の方には、もれなく「毎日来てもいいぞパスポート」を発行し、毎日来店しても決して「また来やがったこの酔っぱらい」というような目で見ないことをお約束しようかと思っています。
 もちろん、店主の機嫌が悪いとき、そして店主が「ああ今夜はウラちゃんの店で思いっきり歌いたいなあ(笑)」などと思ったときは即閉店です。仕方がありません。ここは私の店ですから。人のことなど構っちゃいられません。

 ……と、ここまで書いていくうちに、自分でこういう店を作り、長く続けていくにはちょっと無理があることに気がつきました。というより、ああ、やっぱりめんどくさいなあ店経営って、と思うようになりました。
 で、現在馴染みの店を、そんな店にしてしまうのが手っ取り早いのではと、虎視眈々と物件を探しているところであります。
 さて、覚悟しいや(笑)。
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by yochy-1962 | 2008-09-11 01:00 | ひとりごと | Trackback | Comments(10)
c0135618_258290.jpg ああでもない、こうでもない、あれがああだからこうしなくちゃいけない、でもああされたらこうなるだろう、でもでもやっぱりああしなくちゃいけないよな、反省。でもでもでも……と、なにかと悩み多き昨今の私です。ってなんのこっちゃわかりませんね。失敬です。

 そんな私にとって、ウォーキングは唯一の「癒し」です。とりあえず悩みを封印して、ただひたすら歩く、歩く、歩く。汗をびっしょりかいて、知らない土地を旅人の目線で眺め、空想の世界に浸ることができる時間があるからこそ、なんとかなるだろう、いや、なんとかなるはずだ、いや、なんとかなってるじゃないか……とマイナス思考にまみれた「ヘタレ」の気持ちをリセットすることができるわけです。
 もしかしたら、歩き続けていくうちに、なにか「答え」が出てくるような気もするのです。自分が生きていくことの意味、どんな思いをバトンに込めて次世代につなげていけばいいのか、そんな答えも出てくるような気がするのです。

 座頭ころがし坂は、砧公園の西にある大蔵運動公園の、端っこにある短い坂です。
 このあたり一帯が「山」ですから、坂道はいたるところにあったりするのですが、どうしてこの坂だけが「座頭ころがし坂」という名称で呼ばれているのか、それはわかりません。ふだん注意深く歩いているはずの座頭=盲目の人までもが転がってしまうような急な坂、ということなのかと思ったら、実際に座頭が転げ落ちた坂だったようで、それが名前の由来になっているようです。

 とても変わった名前の坂なのですが、同じ名前の坂が、全国に多数存在しているようです。そんなに多くの座頭が坂を転げ落ちたかと思うと、とても気の毒な気持ちになってしまったりもするのですが、この坂をああでもない、こうでもないと思案に暮れながら歩いたのも私だけではない、と思い、気を取り直して歩いていこうと思ったりもするのでした。
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by yochy-1962 | 2008-09-09 01:03 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_21361277.jpg 映画「病院坂の首縊りの家」といったら、金田一耕助シリーズの最終章であり、当時アイドルだった桜田淳子が堂々「演技派女優」として好演した映画としても知られていますが(ちょっとひいき目、かな)、先日「青春の坂道」を探すために、坂道マップなるものをチラチラと眺めていたら、実際に「病院坂」という名の坂があることを発見し、こちらも行くしかないと思い、「裸の大将」スタイル(笑)で、セレブな街「成城」へと向かったのでした。

 病院坂はゆるやかで、くねくねっとした坂道です。車で常に混雑していて、物思いにふけりながら歩いていたら、たちまちクラクションに脅かされそうな雰囲気の坂でもありますが、このあたりはなにげに緑が多く、とても気持ちよく歩くことができる坂です。
 坂の上に「どうぶつ病院」があり、もしやこの病院が名前の由来? なんて思いましたが、あとで調べてみたら、昔、このあたりに野戦病院があり、それが名前の由来になったという説があるのだそうです。

 で、「首縊りの家」はどこなのだろうと一瞬思ったのですが、さすがにそういう家は見当たらず(笑。あっても恐くて撮影できないね)、というより、小説「病院坂の首縊りの家」の舞台になった坂は、実は高輪方面にある坂で、路地の様子や交番の位置までもが小説の記述通りなのだとか。
 原作者の横溝正史先生のお宅が、この坂の近くにあった縁で、小説のタイトルとして拝借されたのでしょう。しかし映画のロケではこの「病院坂」が使われたそうです。近くに「東宝スタジオ」がありますから、都合も良かったのでしょうね。

c0135618_22314811.jpg さて、もう一度映画を観たくなりました。
 ロードショーの頃は高校生だった私ですが、一緒に行った友人のひとりが「オレ、淳子恐い」とつぶやいたのが、なぜか印象に残っています(笑)。
 恐ろしいシーン連続の映画でしたからね。しかし「男の子」ですから、恐い「映画」だとは言えず、責任を淳子に転嫁したのでしょう、ってなんのこっちゃ。
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by yochy-1962 | 2008-09-07 22:43 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(2)
c0135618_18585295.jpg 先日グルメッチーさんたちと三軒茶屋「三茶氣」で飲んだのですが(カメラ忘れのため記事は省略。まあ、グルちゃんと飲むときは私、いつも腹がよじれるくらい笑い転げ、すっげーカロリー消費した気になって帰るのが常、です。でもオレ、いくら痩せたからってガンじゃありませんから。笑)、「そうそうヨッちゃん、俺たちの旅で使われた坂は行ったの?」と言われ、坂道評論家と名乗っておきながらその坂道の存在すら知らなかった私は、屈辱感で顔がカーッと赤くなり(ってほどじゃないか)、悔しくて次の日、さっそくその坂の探索に向かったのでした。

 「俺たちの旅」とはご存知、中村雅俊、田中健、秋野太作(当時は津坂まさあき、だったかな)主演のドラマです。デビュー当時の岡田奈々がなんとも初々しく、下駄履きの中村雅俊がなんとも暑苦しかった(笑)作品なのですが、私、残念ながらこのドラマはあんまり見ていないのですね。というより、当時田舎のテレビではタイムリーで放送されておらず、夕方の放送でチラッと見た程度なのです。
 ですからあまり思い入れもなかったりするのですが、それでも、オープニングで映る坂道はとても印象的で、ああ、大きくなったらオレもこんな風に、笑い転げながら朝の坂道を歩いたりするのだろうか、なんて漠然と思ったりもしたのでした(ホンマかいな)。

 で、大人になった今、たったひとりでこの坂道に佇む私……。ぽつーん。
 この坂は特別な名称がなく、通称「岡本3丁目の坂」などと呼ばれているようです。なんだか情緒がありませんねえ。でも、関東の「富士見」坂100選に選ばれている坂のようで、そんな標識もありました。なるほど、天気のいい冬の日などは、坂の上から多摩川越しに、富士山の頭がちょっとだけ見えてもよさそうな感じではあります。

 とてつもなく急勾配の坂なので、スリップなどの事故が懸念され、滑り止めが施されたり、コーンが置かれたりと、「情緒」という点ではいまひとつ、なのですが、危なっかしくて、尖っていて、それでいて美しくてなんとなく物悲しい、この坂こそ「青春の坂道」と命名するにふさわしいのでは、と思ったのでした。
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by yochy-1962 | 2008-09-05 19:36 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(8)
c0135618_1302655.jpg 先日、現在私が抱えている懸案事項について、ある人から「どうしてそんな方法で進めているの、直接こうしてこうやった方が、全然いいじゃないの?」と言われ(読んでいる方にはなんのことかさっぱり、でしょうが)、ハッとしてしまいました。
 確かにその通りのことでして、どうして私は、それまでなんの義理もないあるところに気を遣って、事を進めようとしていたのか、もっと簡略化して進めた方が全然楽だったのに、言われるまで全然気がつかず、気がつこうともせず、ちょっと愕然としてしまったのでした。
「オレって、モノを俯瞰に見る力がないよね……」
「……ときどきね(笑)」

 猪突猛進と言えばかっこいいのですが(いや、それほどかっこ良くないか)、自分がこうだと決めたら、なにふり構わずに突き進んでしまい、後戻りができなくなってしまうという経験が、これまでも何度か私にはありました。仕事についても、……恋愛についても、そうだったかもしれません。
 自分を客観的に見て、ときどき立ち止まって、違う角度から見つめてみる。物事を俯瞰に見る力が、決定的に私には欠けているのですね。
 空を飛ぶ夢は見ることはできても、どのくらいの高さを飛んでいるのか、果たしてそれは本当に空なのか、飛んでいるのか落ちているのか……。
 地上に突き落とされてから、初めて気がつくのです。

 しかし、誰にも相談せず、途中で失敗だったと気がついても、自分ひとりで泣けばいいや、と思うところもあったりしました。うん、それでもいいや。いや、よくないけれど、それでもいいや……。

 そんなことを思いながらの帰り道、唐突に坂道がありました。
 山手通りを代々木八幡駅近くで上原方面に折れたところにある坂道です。このあたり、やたらと坂が多いのですが、ちゃんとした名称がある坂道は皆無です。
 坂道を一気に駆け上がり、振り返って汗を拭きました。
「そういえば坂が好きだとか言いながら、上った坂道を振り返ったこと、なかったなあ。別の角度から、俯瞰の視線で坂道を見てなかったなあ」
 ということで、この名無しの坂を「俯瞰坂」と名付けたのでした。
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by yochy-1962 | 2008-09-04 02:10 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(6)

c0135618_1394543.jpg こちらは仕事で訪れた、「最高気温の街(?)」埼玉県熊谷市の空です。
 カメラを違う方向に向ければ、ゲリラ豪雨の元になった入道雲がもくもくもくと、まるでミシュランタイヤのキャラクター(あるいはマシュマロマン)のような姿になって我々を威嚇していたりするのですが、その向こう、高い高い空にはこのような、秋を感じさせる鱗雲がお目見えしているのです。
 確実に時は流れ、季節は変わろうとしているのですね。

 「どうして時間は過ぎてしまうの?」
 「時間は過ぎるものじゃないんだ。やって来るものなんだよ」
 尾道三部作「時をかける少女」のクライマックスで、主人公二人が言う台詞です。
 「過ぎるもの」でも「やって来る」ものでも、どうも時間は、時は「〜しまう」もののようです。私たちは、過ぎて「しまう」もの、やって来て「しまう」ものを恐れ、そこから逃れようと戦々恐々としたりするものです。
 そりゃあ、いつまでも若くありたいものですし、「別れ」とは無縁の人生を送りたいと思うのは当たり前のことでしょう。しかし、「時」は残酷に、生き続けていくことの悲しみを目の前につきつけ、人生を学習せよと鬼教官のように私たちの前に立ちふさがるのです。

 しかし最近、もしかしたら「時」って優しいものじゃないのかな、と思ったりもしているのです。
 先日、実に10年ぶりの友人と会う機会があったのですが、50歳になったその友人は、以前私が彼に感じていた、ギラギラとした雄のフェロモンと言ったらいいのか、少々暑苦しくて目を背けたくなるようなイメージ(笑。ちょっと失礼だなオレ)をすっかり変え、いい感じで「枯れた」大人(初老?)の男性になっていたのでした。
 会わなくなった10年の間に、どんなことが彼にあったのか、あまり詳しくは聞きませんでした。とても強気な人でしたから、自ら弱みをさらけ出すことなどしないということは分かっていましたからね。でも、風呂上がりのようなさっぱりとした顔つきや、言葉のところどころで感じられる大人の雰囲気は、見ようによっては「疲れた」「老けた」「ステージから下りた」と思ってしまうような変化かもしれませんが、私には憑き物が取れたような印象を彼から感じたのでした。
 彼には、「時」は優しく流れたのではないか、と思ったのでした。

 もちろん、「時」に対してどういう受け止め方をしたのか、それによって歩く道は全然変わってきてしまったのかもしれない、とも思いましたがね。

 だから、きっと私にも「時」は優しく流れていってくれるものだと信じているのです。
 どんなに悲しく、どんなに絶望的な出来事が訪れたとしても、きっとそれらもすべて、「時」が解決してくれるのだと信じて、笑って歩いていこうと思っているのです。
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by yochy-1962 | 2008-09-01 02:34 | ひとりごと | Trackback | Comments(11)

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