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c0135618_14162549.jpg 友人のKくん、無事大台(って、いくつだよ)に乗ったぞ記念、として訪れたのが、西麻布にあるベトナム料理の店、「THAI TAM(タイタム)」です。
 この店は何度も訪れていて、以前のブログでも紹介しているのですが、今回も懲りずにご紹介。いや、何度紹介しても価値があると思う、とてもおいしいベトナム料理を出してくれるお店なのです。
 ビールは「333(バーバーバー)」。軽くてくせがなく、飲みやすいビールです。

c0135618_14394426.jpg まずは青パパイヤと海老のサラダ。シャキシャキとして、とてもおいしいサラダです。
 ベトナム料理に欠かせないのが「ニョクマム」という調味料です。小魚を発酵させて塩漬けしたものから出た液体で、独特の「匂い」が大きな特徴です。
 実は私、私が憎むべき(笑)納豆にも通ずる、この「匂い」が苦手だったのですが、ニョクマムをつけることによって味が数段もアップすることを知り、少しずつこの匂いにも慣れ、現在は大好きな調味料になりました。
 だったら納豆もそのようにして慣れろ、って感じなのですがね(苦笑)。

c0135618_14512262.jpg 海老の揚げ春巻きです。プリプリッとした海老が、思わず微笑みを誘います。きっとこれを食べたときの私の顔は「ポコちゃん」そっくりだったと思います。
 ベトナム料理の、もうひとつの大きな特徴は、ふんだんに野菜を使うことです。だから、食って食って食いまくって、お腹がパンパンに膨れたと心配しても、あっという間に元通り、がとても魅力なのですね。
 しかし、オレはみんなから「痩せた? 痩せたよねえ」というコメントが飛び交うかと、自信満々で出かけたというのに、「その程度じゃ、まだまだ」という答えしか返ってこなかったのは、ちょっとしゅーん、って感じでした(苦笑)。

c0135618_14583872.jpg 定番の「生春巻き」です。しかし本場ベトナムでは揚げ春巻きのほうがポピュラーで、生春巻き自体も、戦時中(いつの戦争かは失念)に兵士が食べやすいようにと考案されたのが最初だったとか。
 ここの生春巻きは天下一品! です。食べていくうちにボロボロと崩れていってしまう生春巻きをたまに見かけますが、もちろんこれはそんなことはありません。香菜がさっぱりとした味にアクセントをつけてくれて、グー、です。

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 その他、牛肉のつくね、ベトナム風お好み焼き、牛肉のフォー、焼きビーフンなどをいただきましたが(つくねは写真撮り忘れ)、すべてマイルドな味だからなのか(ただし、料理の中にポチリポチリと入っている唐辛子を食べたら、たちまち炎上します)、そして野菜をふんだんに使った料理だからなのか、もうお腹がいっぱい、と思っていても、するするっとお腹の中に入ってしまうのが不思議です。ベトナム料理、万歳です。

 西麻布のお店というと、なんだか敷居が高いような感じがするかもしれませんが、全然そんなことはありません。とてもリーズナブルで、本場のベトナム料理を楽しむことができる店、「THAI TAM」、ぜひ一度お試しあれ。
 とってもキュートなベトナム人のおばちゃん、スーザンが笑顔でお出迎えしてくれます(酔っぱらうと、キュート過ぎて目を背けたくなることもあるが。笑)。

THAI TAM(タイタム)
東京都港区西麻布1-11-13 ひろしまビル1F
TEL 03-3479-0658
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by yochy-1962 | 2008-05-31 15:36 | グルメ | Trackback | Comments(6)
c0135618_2243238.jpg もう数年前に、アマゾンでひっそり(笑)購入した「高見知佳ベスト」です。
 私と同い年、いわゆる元祖「バラドル」ともいえる高見知佳なのですが、歌手としては唯一のヒット曲「くちびるヌード」くらいしか、一般の方には印象はないかもしれません。
 しかし、こうしてベスト盤を一曲一曲、噛み締めるようにして聴いていると(大成しなかったアイドルの曲は、なにかを噛み締めるようにして聴かないと、とんでもなく深い闇に誘われる恐れがあるのです。あっ、彼女は芸能人としては大成しましたから、それほど噛み締める必要はないのかもしれませんがね)、この人、とんでもなくいい曲ばかりを歌っているということに気がつくのです。

 まず、天下の筒美京平先生作曲の「シルエット」。
 初期の岩崎宏美が歌っていたら、間違いなくオリコン初登場第一位、というくらいの名曲。そういえば当時の「明星」ヤンソンで、近田晴夫が絶賛していたっけなあ。

 そして「池上線」で有名な西島三重子が作曲した佳曲「少しはわたしを好きでしたか」「セザンヌの絵」。17歳ほどのアイドルに歌わせるにはもったいない、名曲です。

 「しのび逢い」という、アルフィーの高見沢俊彦が作った曲は、その後柏原芳恵がカバーし、ヒットしました。

 「ミスティー・ブルー」は、私が思う、彼女の名曲中の名曲。当時流行った「ドリフのヒゲダンス」のベースラインを、いち早く採用しています。

 安井かずみ、加藤和彦というゴールデン・コンビで作られた「ジャングル・ラブ」は、彼女のはちきれんばかりの躍動感を上手く曲に乗せた、これまた名曲です。この曲で「夜ヒット」とか、出ていたなあ。「きょうは歌手です!」とか言いながら。

 そして彼女最大のヒット曲、NHKで放送禁止にもなったという(想像力たくまし過ぎるんだよな、NHK)「くちびるヌード」。しかし、実はその後の「上海エトランゼ」のほうが、曲としては充実感たっぷりだったりします。ああ、どちらもEPOの作詞・作曲です。

 「深夜劇場」という曲は、なんと長渕剛作曲です。しかし、長渕らしからぬしっとりとしたメロディーラインで、とても美しい曲に仕上がっています。

 ラストシングルになった「怒濤の恋愛」は、なんと戸川純作詞、矢野顕子作曲の「ものすごい」曲です。一度この歌をカラオケで歌ってみたいものですが、恋人といっしょだっりしたら、それが原因で別れてしまう可能性すらあるので、自重しています(っていうか、どこのカラオケにもないんですけどね、この歌)。
 ちなみにこの曲のB面は、作詞山本きみ子(銀色夏生、ですね)・作曲太田裕美による「満月の夜君んちへ行ったよ」です。高見知佳のキャラクターにぴったりの名曲です。

 ホントに、どうしてこんなにいい歌ばかり歌っていたのに、売れなかったんだろう、って感じの曲揃いです。まあ、オレもタイムリーに買っていたわけではないんですけどね。
 確かに、1979年デビューの彼女は、次の年に「松田聖子」というお化けアイドルが登場してしまったり、ちょっと間が悪かったのかもしれません。それに、かわいい女の子ではありましたが、ちょっとアクが強く、好き嫌いがはっきりするタイプであったということ、レコード会社がコロムビアであったこと(翌年河合奈保子がデビューして、ブレーンは全部そっちに行ってしまったんだろうな)など、いろいろ原因はあるかと思いますが。

 しかし、私が思うには、高見知佳の声はいわゆる「キンキン声」で、「憂い」とか「センチメンタル」に欠けていたことが、売れなかった最大の原因だったような気がするのです。
 聖子ちゃんが河合奈保子より断然売れたのは、あの「声」が最大の理由だったと思います。いくら抜群に歌が上手くても心に残らなかった大橋純子も、「声」に原因があると思います。声は最大の「楽器」。こればっかりは、整形するわけにはいかないし、どうしようもない宿命なのかもしれませんね。

 高見知佳さんは外国の方と結婚して、現在沖縄に在住、地元のラジオに出演したり、子どもたちに絵本の読み聞かせをしたりする毎日を過ごしているようです。
 幸せならいいんじゃないかなあと思いますが、また、子育ても一段落したら、ちょくちょく東京のテレビにも出演して、健在ぶりをアピールしてもらいたいものだな、と、同い年のオッサン(はっ、なんてこと。王子だよ王子)は思ったりしています。
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by yochy-1962 | 2008-05-30 03:04 | 音楽 | Trackback | Comments(4)
c0135618_2327392.jpg 毎日「スガシカオベスト2枚分」の時間ウォーキング、という目標で頑張って来たおかげで、すっかり小顔、ウエストもだいぶ絞ることができた昨今のオレ、です。人様から見たら、いや、ゴールはまだまだだぞ、という声が容易に聞こえてきそうな感じではありますが(笑)。
 いままで履くことができなかったスボンがするするっと履けるようになり(その代わり最近買ったGパンがユルユルで、ベルトをしないとズレてきてしまい、まるでパンツを出した頭の悪い高校生みたいなありさま)、昨年買ってピチピチだったボタンダウンのシャツも着れるようになりました。うふっ。

 そして……もしやと思ってタンスの奥深くに眠っていたポロシャツを出したのですが……、そう、Poloのポロシャツ、サーモンピンクのポロシャツ! 以前のお気に入りだったのですが、どういうわけかぶくぶく太ってしまい、ピチピチで、こりゃもうブタそのもの(ピンクだしね)だと思い、着るのを断念していたのです。
 それを今夜、試しに着てみたのです。すると……ちょっとまだお腹辺りが気になるものの、こりゃ大丈夫です。これなら、ぴったりサイズを着て乳首を強調するセクシーおじさん、といった感じで済みそう(笑。変態かよ)です。やりーっ。

 やっぱり、ウォーキングはいいですね。もちろん、ウォーキングのあとにウハウハ言いながら食ったり飲んだりしていたら同じことなのですが、体に負担がかからず、誰でもできて、お金もかからない、こんなにいいダイエット法はありません。
 それに、私が思うには、ウォーキングには「ヒップアップ」効果があるのでは、と思っているのです。歳を取ると誰でも、だらーんとしたお尻になってしまいがちなのですが、ウォーキングを続けることにより、はりのある、キュン、としたお尻を保つことができるのです。これは私が実証済み。見て、触って、お確かめください(いや、やっぱりタッチは勘弁)。

 「はなまるマーケット」ご出演の黒田恵美子先生に言わせると、ウォーキングのような「有酸素運動」と筋トレのような「無酸素運動」を交互に行うと、よりダイエット効果が得られるらしく、さっそく私、腕立て伏せなど行ったりもしたのですが……うわっ、これはキツイ。20回がやっと。
 こういうものは毎日行わないとダメですね。
 昔はもっと簡単に、30回でも40回でもできたんだけどなあ。
 まだまだ修業が必要です。
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by yochy-1962 | 2008-05-29 00:04 | Tokyo迷子ウォーキング | Trackback | Comments(0)
c0135618_0582727.jpg 私のブログをずっと見てくださっている人は、私については、だいぶ深〜いところまでご存知だと思いますが(キャッ、恥ずかしい)、先日行われた「第二回絵本講座」にて、自分の「偏愛しているもの」を書き出し、発表し、ほかの方との共通点を探し、話題にすることで、あらためて自分という人間を知り、そして、新たなコミュニケーションづくりができるということを実践してまいりました。
 それを踏まえて自分がいま書きたいもの、描きたいものが浮き彫りになってくるというものです。とても有意義な講座になったかと思います。
(偏愛マップについてはこちらをご参考に。)

 で、私が「偏愛」しているものを、せっかくなのでここにご紹介させていただきます(書き方はいろいろあるのだが、私は最初に7つのカテゴリーを作り、そこから細かく書いていく、という手法を採用しました。)

1.食べること
大衆酒場で煮込み、ホッピー
たまには豪華にフルコース。でもフランス料理よりは懐石料理かな
ふだん食べるようなものは自分でもできるようにしておきたい
酒はなんでも好き

2.音楽
アース・ウインド&ファイヤー/スティービー・ワンダー/ジョージ・マイケル/谷山浩子/太田裕美/(昔の)サザンオールスターズ/徳永英明/スガシカオ/平井堅/中島美嘉/アルゼンチン・タンゴ(ピアソラ)

3.映画
尾道三部作/新・尾道三部作/カラーパープル/遠い夜明け/Wの悲劇

4.ウォーキング
徹底的に迷子になって歩くことがエクスタシー!

5.レジャー
パチンコ(最近すっかりごぶさた)/旅行(最近すっかりごぶさた)

6.70's アイドル
桜田淳子/薬師丸ひろ子/大場久美子(ちょっと若気の至り)

7.マニア系
新宿小田急デパート地下で売っているジューシーフライドチキン。美味。
カラオケで誰も知らないB級アイドルの歌を歌ってドンビキされるのが快感。
ガラスの仮面/シーズー/くまのぬいぐるみ……(汗)

 なんてことを書き綴ったのですが、後で見直してみると、最初にいくつかカテゴリーを作ってしまったため、忘れてしまっていた「偏愛」がたくさんあったことに気がつきました。思いついたままにどんどん書いていったほうがよかったかもしれません。

 それに、現在一番偏愛している「君」のことを書くのを忘れてしまいました(←誰だよ。オレ自身も知らねーよ)。
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by yochy-1962 | 2008-05-26 01:36 | 仕事 | Trackback | Comments(4)
c0135618_18445237.jpg 「ああ、きょうも仕事頑張っちゃった。家に帰ってキューッと1杯……」なんて考えながら家のドアを開けたら、いきなり妻がダダダーッと走ってきてガッチリ、といった感じで拘束され、「お腹周りチェック〜! アウト!」なんて言われたら、オレだったらカチン、と来て、そのまま家を飛び出して飲みに行っちゃうけどなあ、なんて思いますが、いかがでしょうか。

 エアコンの設置に行ったところが、ちょっと疲れ気味のOLの家で、それも学生時代の同級生だった。それだけでも嫌だなあなんて思ってしまうのに、設置をしているすぐ横にベタリと張り付かれ、「ねえ、ヒロシって独身?」なんて、立場を利用してセクハラされちゃったりして、オレだったらチェッ、なに妄想してんだよ、ついてねえなあと帰りに飲みに行っちゃうけどなあ、なんて思いますが、いかがでしょうか。


 ……と、なにかにつけてすぐに飲みに行っちゃいたくなる私ですが(笑)、なんとか「あと2センチ」にまでなりました。
 なにが? ってあれ、ですよ(笑)。無事目標達成したら、思いっきりオレに抱きついて来ても可、です。あっ、別にいいですか(笑)。
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by yochy-1962 | 2008-05-24 19:50 | 映画・舞台・テレビ | Trackback | Comments(12)
c0135618_18335211.jpg 「世界三大料理」とは、中華料理、フランス料理、そしてトルコ料理なんだそうです。
 しかし、トルコ料理といったら「ケバブ」ぐらいしか思い浮かびません。ああ、ヨーグルトがたくさん使われているとか、ビヨーンと伸びるトルコアイスなんてのは見聞きしたことがありますが、辛いのか、甘いのかも見当がつかず、トルコ料理の神髄を調査せねば「グルメ王子」と名乗る資格はないぞ(名乗るだけなら勝手だろ)と向かった店が、新宿3丁目にあるトルコ料理の店「イスタンブール」なのでした。
 いや、「激辛会」を名乗る連中の食事会に私も仲間入りさせていただき、楽しい時間を過ごさせていただいたのでした(まあ、今回は激辛料理、ってわけじゃなかったけどね)。みなさま、どうもありがとうございます。

c0135618_1834295.jpg まずは前菜盛り合わせ。ヨーグルトと人参、ヨーグルトと揚げナス、豆とごま、野菜とハーブなどをそれぞれ練り上げたディップを、ごまの風味が香ばしいパンにつけていただきます。
 どれもやさしく、食べやすい味になっています。野菜とハーブのディップがちょっとピリッとした感じで、特にグー、だったかな。

c0135618_18341416.jpg トルコのビールはあっという間に飲み干され、こんな酒をオーダーしてみました。
 「ラク」という、ぶどうと「アニス」の実から作った、トルコ独特のリキュールです。無色透明の液体が、水で割ると、たちまちこんなカルピスみたいな色になってしまうのが不思議。そして、「薬草酒」のような、くせのある味にびっくり! 最初はムムッ、なんじゃこれ、と思ってしまうのですが、慣れて来るととてもおいしく感じるのが不思議です。

c0135618_183425100.jpg さて、お待ちかね、ケバブの盛り合わせです。トルコはイスラム圏なので豚肉は食べません。牛肉、ラム肉、チキンは食べるのですが、下味をしっかりつけ、香ばしく焼き上げたり、つくね状にしたこの料理は絶品でした。

c0135618_18343637.jpg こちらはマントゥという(饅頭の語源か?)、いわゆるトルコ風の水餃子です。
 トマトソースとヨーグルトソースの海に浮いている水餃子で、一瞬ゲゲッとしますが、これがとてもおいしい。イタリア料理をも思わせる味で、もしかしたらどちらかが影響を与えているのかもしれませんね。

c0135618_18344685.jpg オーダーする順番がメチャクチャですが(そんなの関係ねえ!)、カリデスサラダという、海老が乗っかったサラダです。
 やはりヨーグルトを加えているのか、甘酸っぱくておいしいサラダでした。

 その他、トルコ風のピザやブドウの葉っぱを巻いたピラフ(ちまきみたいなものですが、こちらは冷やしてあるのが特徴)もオーダーしたのですが、最近お顔も胃もすっかり小さくなった(自称)私はここらへんでギブアップ。牛のようにがっつがっつと食いまくる(し、失敬)みなさんの姿を、ぼーっとしながら拝見しておりました。
 みんな、そんなに食べて、よく太らないねえ。車でいったら、とんでもなく燃費が悪いと思うんだけど。オレなんかさしずめ、ものすごく燃費のいい「エコ・カー」だよね(苦笑)。

 「激辛会」、今度はチュニジア料理に挑戦、なのだそうです。ぜひ今度も会に混ぜてもらおっと。
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by yochy-1962 | 2008-05-21 19:25 | グルメ | Trackback | Comments(4)
c0135618_2152898.jpg ウチの父親の葬式のとき、ただ呆然、といった感じで佇んでいた母親だったのですが、いざ火葬場で最後のお別れ、というときになって大声を上げ、腰を抜かしてその場から動けなくなってしまい、とても驚いてしまったものでした。
 両親はお見合い結婚で、いつも子どもの前で、「もう結構」というくらいに喧嘩ばかりしていたし、なにかにつけて、すぐに母は実家に帰ってしまったりという繰り返しだったので(身内の恥をさらすようでなんですが。気の強い人なのです、母は)、その様子はちょっと意外な気がしたのでした。ああ、母は父を愛していたのだなと、改めて思ったものでした。
 だったら喧嘩ばかりしていないで、もっと仲がいいところを子どもにも見せてくれればよかったのに、なんて思いましたがね。

 まあ、父が入院して、母を中心に兄、姉が交替で一生懸命に看病をしていたのですから、母だけでなく、兄も、姉も、悲しみはそうとう深いものだったのでしょう。東京にいてなにもすることができず、週末にちょっとだけ顔を出していただけの私とは、わけが違う、ってものなのです。

 そんな母親の、若い頃の写真を見せてもらったことがあるのですが、これが、肉親が言うのもなんですが、とても「美人」だったのでした。そういうことを口にすると、「当ったり前よ。静岡の山本富士子って言われてたんだから」なんて答えが返ってきてしまうので黙っていたのですが(笑)、「私、どうも浅田美代子に似ているみたい」と宣言していた(笑。しかし周りからは岩崎宏美に似ていると言われ憮然としていた)姉の若い頃より、断然美しい女性、あながち「静岡の山本〜」も嘘ではないと思ったものでした。

 そんな母が、どうしてお見合い結婚で、それも「あんな」父と……なんて考えてしまいます。母が結婚したのは23歳で、当時でも別に焦るような歳でもないのですが……なんて考えていたら、そういえば、母親の若い頃の「恋の話」って、聞いたことがなかったなあ、なんてことに気がついたのです。

 新・尾道三部作の第三弾「あの、夏の日〜とんでろじいちゃん〜」は、子どもの目を通して、祖父が少年の頃に体験した不思議なこと、そして「恋」を再現している映画です。時代がどんなに変わっても、人を愛するという気持ちは変わらないはずだという、大林監督、そして原作者の山中恒先生の強い思いが伝わってきて、ジーンと来る映画です。
 特に、おじいちゃん(小林桂樹)の少年時代を演じる子役の男の子と、彼が憧れる病弱の少女(子役時代の宮崎あおい)が、「永遠の初恋の少年・少女」という感じを好演していて、なんともいえず輝いていたのが印象的でした。このコたちを観ているだけで、涙が出てきてしまいます。もちろん小林桂樹も、主役の男の子もよかったのですがね。

 で、母親に話を戻すのですが、別に恋の話でなくてもいいのですが、いままで聞いてなかったような母の話を、元気なうちに聞いておかなくてはと思っているのです。
 父が死んだとき、伯父や伯母がこぞって、いかに父親が働き者であったか、若い頃どんな武勇伝を残したかなどを、たくさんたくさん私に話してくれたのですが、できたら、直接父から聞きたかったなあなんて思ったのでした。まあ、どんなに働いたとかは話しにくいのでしょうが、父の子ども時代、青春時代の話を、もっと聞いておきたかったのが悔やまれることでした。
 だから、母親にはいろいろ聞いておきたいと思うのです。母とはいままで、いろいろな話はしているとは思うのですが、恋の話はもちろん、人生の哲学的な話まで、まだ知らないことがたくさんあるのです。この映画を観て、そういうこともぜひ知っておきたいと思ったのでした。

 ちょうど、今週母が上京してくるのです。いつも頼んでもいないのに煮物とか米だとか重いものをたくさん持ってきて、「あー、疲れた。もうあたしゃ東京には来れないよぅ」とか言って感謝の押し売り(笑)をしてくださる彼女ですが、今度はちょっと取材先を母親に向けようか、なんて思っているところです。
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by yochy-1962 | 2008-05-19 01:28 | 映画・舞台・テレビ | Trackback | Comments(14)
c0135618_22321443.jpg 新・尾道三部作は、甘く切ない初恋の時代を綴った旧三部作とは違って、もう亡くなってしまった人たちへの郷愁を大きなテーマにしているような気がします。
 単なる偶然かもしれませんが、この三部作の制作途中に、大林監督の「片腕」ともいえる方が亡くなり、それも大きな影響を与えているのかもしれません。
 フェリーの事故で亡くなった人たちが、残された「愛する」人たちに、数時間だけの再会を果たすという、新・尾道三部作の第二弾「あした」を観ていると、ああ、大林監督は、そのフェリーの乗客に、一緒に映画を愛したその「相棒」をこっそり心の中で混ぜ、思いっきり再会を楽しんだのかもしれないなあと思ったりもします。

 私の大親友、白血病で亡くなったH君の話を再びさせていただきます。
 彼が亡くなる直前、クリスマスパーティーのお誘いの電話のとき、彼は私に「ねえ、好きなコいる? 好きなコできた?」と、執拗な感じで私に聞いてきたことを思い出しました。
 当時、まだまだ「お子ちゃん」だった私は、なんだかその話はピンと来なくて、期待(?)するような返答ができずにスルーしてしまったのですが、いま思うと、小学校の頃からどこか大人びていた彼は、もしかしたら「恋」をしていたのかもしれないなあ、私に「好きなコいる?」と聞いておきながら、本当は自分の「好きなコ」を、恋の悩みを、私に言いたかったのかもしれないなあ、なんて思ったりもしているのです。

 でも、もしそうであったら、入退院を繰り返し、なんともならなかった自分の体と、やるせない恋の悩みを、どのようにして抱えていたのだろうなんて思い、またまた締め付けられるような悲しみが沸き上がってきてしまいます。
 いや、その恋が「悲恋」だったと最初から決めつけるのも彼に失礼な話です。幼いながらも思いは通じ合い、彼は彼なりに「大人への階段」を駆け上ろうとしていたのかもしれません。

 もう昔の話です。昔の話をあれこれ思い出して、泣いてみたり、悔やんでみたりするのは意味のない行動だと思うのですがね。「あした」がある私たちは、精一杯その「あした」を夢見て生きていくべきなのだと思うのですがね。

 もし、少しだけの再会を許されるフェリーが港に近づいてきて、その招待状を私が手にしていたとしたら、真っ先に会いたいと思う人は誰でしょうか。
 亡くなった父親にもう一度会って、少しの間だけでも酒を酌み交わしたいとも思いますし、大好きだった我が家のイヌたちとももう一度会って遊びたいと思いますが、H君も、どうしてももう一度会いたい人のひとりです。

 しかし、そのフェリーの乗客に彼がいたとしても、彼が会いたいと思う人はきっと、家族であり、他の友達かもしれないし、その「好きなコ」だったりして、私ではないのかもしれませんがね。
 それでも私は彼に駆け寄って、あれからの私を報告したい、これからの私を相談したい、なんて思ってしまいます。
 「知ってるよ、全部見てきたから」なんて、彼は言ってくれるでしょうか。

 今思うと、H君は最初から若くして亡くなる「運命」の人だったような気がしてならないのです。
 なんだか、みんなして幻を見ていたような、現実感がない子どもだったのでした。鮮やかな印象だけを残し、まるで魔法のマントでも使って、一瞬のうちにパッと消えて行ったような感じさえするのです。

 あんなに光り輝いていたのは「神」に近い存在だったからなのでしょう。ドタドタという足音さえ記憶にないのは、彼はほんの数ミリ、空に浮かんでいたからなのかもしれません。
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by yochy-1962 | 2008-05-17 00:22 | 映画・舞台・テレビ | Trackback | Comments(10)
c0135618_23185017.jpg 小学校時代、私には、H君という大親友がいました。
 同じクラスになったことはなかったのですが、お互い鼓笛隊でトランペットを担当したのがきっかけで、毎週いっしょのトランペットスクールに通い、いつも行動を共にしていた仲間でした。
 私は小さい頃ピアノを習い、H君はエレクトーンを習っていました。しかし「嫌々」習って全然上達しない私に比べて、彼はぐんぐんと実力をつけ、将来は音楽系の学校に進もうなんて夢を持つまでになりました。

 考えてみたら、万事がそんな感じでした。トランペットの腕前も、誰より抜きん出ていたのはH君でしたし、勉強も、スポーツもトップクラスの人気者でした。いつも「あと一歩なんだよねぇ」と先生から言われていた私にとって、彼は親友でありながらとても「まぶしい」存在でもありました。

 H君は物知りで、ちょっと大人びた子どもでした。私は彼からいろいろなことを教えてもらったものでした。
 「悪」もちょっとだけ教えてもらいました。まあ、当時の小学生の「悪」なんてかわいいものなのですが、それが大人に見つかり、いっしょにお説教をくらったりしたこともありました。

 H君は毎週日曜日に「教会」に通うという、真面目な一面も持っていました。クリスチャンだったのかどうかはわからないのですが、ある日私も誘われ、一時期教会通いなんてこともしていました。まあ、私はあくまでも「遊びの延長」という気分だったのですが。

 しかし、学区が違い、それぞれ別の中学校に通うようになり、私たちはだんだん付き合うことがなくなってきました。同じ学校の友達と付き合い、ブラスバンド部の友達と付き合い、学習塾にも通い、慌ただしく過ぎていく中学時代、それはそれで仕方がなかったことなのでしょう。しだいに私はH君のことも忘れがちになっていたのでした。

 H君が白血病で亡くなったのは、中学1年の冬でした。
 私は、彼がそんな重い病気だったなんて、全然知りませんでした。
 確かに小学校卒業間近にちょっと入院したりしていたのですが、まさか亡くなるなんてこと、想像もしていませんでした。

 実は、彼が亡くなる直前、以前通っていた教会でクリスマスパーティーをするから来ない? と電話で彼から誘われていたのですが、私は他の友達との約束を優先してしまい、断ってしまったのでした。
 H君はちょっとがっかりしたようでしたが、それでもお互いの近況報告などして電話は切れました。彼の声は元気そうで、まさかその1か月後に亡くなるなんて、思ってもいないことでした。

 彼はどんな気持ちだったでしょうか。私から拒絶されたと思ったでしょうか。それが、いま思い出しても、悔やんでも悔やみ切れないことです。

 突然の事故で姉を亡くし、その「ユーレイ」が妹の成長を助けていくという、大林宣彦監督「新・尾道三部作」の第一弾、映画「ふたり」を観ると、いつもH君のことが思い出され、その思い出と一緒になって涙が止まらなくなってしまいます。
 彼は亡くなる直前、「死にたくない、ボクにはやりたいことがたくさんあるんだ。ずっと生きていたいんだ」と叫び続けていたのだそうです。生きるのが当たり前だと思っている私たちにとって、これほどせつない叫びはありません。自ら命を絶とうとする人に、H君のことを言ってやりたくなる気分です。

 ただ、この映画を観ると、H君は死んではいない、どこかで絶対、残された家族のことを、友達のことを、そして私のことを見ているに違いない、と思うことができるのです。

 「どこか」とは、心の中。心の中で彼を呼び出せば、彼はきっと答えてくれるはずなのです。
 「へぇー、まだそんなこともできないの?」とか、「もうちょっと粘ってみたら?」とか、あの頃の少年のままで、あの頃の口調で、すっかりオジサンになった私に、兄貴ぶって言ってくれるのです。

 もう30年以上も前のことなので、もしかしたら彼は、もう別の人物に生まれ変わって、前世で体験できなかったさまざまなことを、思う存分味わっているのかもしれません。
 しかし、私は彼を、もう一度世に出そうと思っています。どういう形かはわからないけれど、そうすることで、あの、クリスマスパーティーを断ってしまった「つぐない」が、少しでもできるのではないかと、思っているところです。
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by yochy-1962 | 2008-05-15 00:41 | 映画・舞台・テレビ | Trackback | Comments(8)
c0135618_11231810.jpg 先日は、「日本一一升瓶が似合う編集者」K氏のご自宅に乱入し、日本酒、珍味を味わい尽くし、写真を撮りまくり(しかし、ことごとく写真に失敗し、ブログアップできないありさま)、あげくの果てに高いびきをして眠ってしまうという、とても王子とは思えないご乱心ぶりを披露してきてしまった私。そして、酔っぱらった勢いで、こんなK氏のコレクションを強奪、もとい拝借してきてしまったのでした。
 「オレ、まだそれ観てないからダメダヨー」という言葉を振り切って(ゴメンチャイ)。

 大林宣彦監督の新・尾道三部作DVDコレクションです。石田ひかり主演の「ふたり」、高橋かおり主演の「あした」、小林桂樹主演の「あの、夏の日」が新・尾道三部作ということなのですが、まだ観たことがない作品もあり、現在夜を徹して号泣中の私。いや、号泣どころか嗚咽中です。ぽりぽり。

 いま、泣きつかれて(笑)とてもじゃないけど感想をこの場で書くことができないのですが、そのうち、ひとつひとつの感想を書かせていただこうと思っています。
 あと、失恋太郎(仮称)による「哀しい恋の行方」の新しいネタも仕入れました。乞うご期待(←って誰も期待してないか)。
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by yochy-1962 | 2008-05-13 11:40 | 映画・舞台・テレビ | Trackback | Comments(8)

by yochy-1962