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カテゴリ:音楽( 119 )

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今年のクリスマスはちょいとオシャレに、渋谷オーチャードホールで行われた「来生たかおコンサート」に参戦してまいりました。

アーティストというよりは、ソングライターとしての活躍が有名な来生氏ですが、他歌手に提供した曲をセルフカバーしたりすると、そのオリジナル曲よりもずっと素晴らしく歌ってしまうという、「歌手殺し」あるいは「逆泥棒歌手」としても有名です(ウソ)。
もちろん大橋純子「シルエットロマンス」、中森明菜「セカンドラブ」、薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃(夢の途中)」など、オリジナルも素晴らしいものはたくさんありますがね。

しかも、私はときどきこのブログでも大騒ぎしていますが、この方、齢を重ねるごとにその声の質は甘みを増し、より深く、ビロードのような高級感。素晴らしいことこの上なし、なのです。
これは、歳を取るとどうしても声が低くなってしまう女性歌手には到底真似のできないことで、今年で67歳とご本人はおっしゃっていましたが、まだまだまだ。あと10年くらいは、健康でありさえすれば、その歌声をステージで堪能させていただけるのでは思った次第です。
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それと、来生氏の一番の魅力は、そのメロディーラインの美しさ。
けっして奇をてらうわけではなく、スタンダードでありながら、それでいて綺麗な、心洗われるようなメロディー。
私の個人的な見解ですが、この方と玉置浩二氏、三木たかし氏が、美しいメロディー界(そんなものがあるのか)における代表的作曲家なのではないかと思います。
まあ、三木さんはともかく(亡くなったわけですし)、玉置さんに関しては、曲とか声とかの前に、その佇まいにうろたえて、ライブとかに足を運ぼうとかは思わないのですがね(苦笑)。

しかし、仕方ないことではありますが、曲調、アレンジ、客層(まあ、我々も御多分に漏れずですがね)、すべてにおいて昭和、あるいは80年代を感じずにはいられませんでした。
まあそれは残念なことではなく、かえって望んでいた空間だったりするのですがね。
来生氏曰く、「いま、レコードが売れなくなったのは、ネット配信などの影響もあるけれど、メロディーラインのパターンが出尽くされて、もう新しいものが出なくなっているからなのではないか」
確かにそうかもしれませんね。自分がそうだから言っているわけではありませんが、やはり、昭和(それも後期)の音楽こそが、最後の「新しい」音楽だったのかもしれません。
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それでも、来生氏が歌っている歌の、詞の内容を噛みしめるように聴いていて、はて、もうすっかり現役から遠ざかった自分は(情けない)、どのへんのスタンスでこれらの歌を聴けばいいのかと、しばらく悩んだりもしました。

でもそれは、さくらももこさんとのコラボで生まれた新しい曲(CD買ってしもうた)を聴きながら、そしてアンコールでの「夢の途中」を聴きながら、思いました。

あの頃(どの頃なのかは自分でもよく分からないんですけれど)、よく遊んだ友達、そして大好きだった君。
今でもお元気ですか?
そして、これからもずっとお元気でいてください。
そして、たまに昔を思い出すことがあったら、ついでにでも、僕のことを思い出してくださいね。

僕は元気です。
いろいろ大変なことはあるけれど、
それでも、きょうは元気です。
一日一日、噛み締めながら、足を踏みしめながら、元気で生きています。

こんなことを思いながら、美しいメロディーに心を預けておりました。
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さて、そんなことを思いながらも、コンサート後の宴会も楽しみであります。
ここは同行の友人が馴染みにしている、渋谷区神泉にある「二代目葵」という、ちょいと良さげな居酒屋さんです。

雰囲気よく、ひとつひとつの料理も素晴らしく、クリスマスに相応しい、とてもいいお店でありました。
普段行く大衆酒場3回分、といったお値段ではありましたがね(^_^)。まあワイン3本も飲めばそのくらいにはなりますかね(^_^)。
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で、「神泉といったら東電OL事件じゃん? あれってどこなの?」
「ああ、ここですよ」
なんと、お店の目の前だったのでした。

……メリークリスマス!

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by yochy-1962 | 2017-12-27 19:38 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
なんでも昨今、若者の間で「昭和歌謡」がブーム、なんだそうです。

70年代後半の歌謡曲など、今聴いても全然色褪せてない、そして、昔は感じられなかった歌詞の「深み」など、今頃になってしみじみ心に沁みたりするのですから、日本人である限り、年齢を超えてその良さは分かる、ってものでしょう。

いや、というより、昨今のJ-POPの歌詞が、あんまりにも不甲斐なく、「半径1メートル」の中の出来事しか描いておらず、さすがにつまらないと青少年達は気がついたのではないでしょうか。

まあ、この間、昭和歌謡が流れる大衆酒場にひとり佇んでいたところ、流れる山本達彦の歌声を「これ、稲垣潤一だよ」と言い張っていた若者がいたりしましたからね、君達もまだまだだねと訳のわからない余裕の笑みをたたえながら、このブームとやらをお高いところから眺めている私なのであります。

「作詞と作曲、それぞれが分業制で、それぞれのプロが書くべきだ」
先日紫綬褒章を受章し、調子に乗っちゃってる、もとい、「いま旬」の作詞家、松本隆先生がいろいろなメディアに登場しておっしゃっている言葉です。
確かにそうです。今のアーティストが、「しみじみ呑めば」「ぽつぽつ呑めば」とか、「プピルピププピル」、「男のワイシャツ着てくるりと回って髪の毛かきあげてる私は18」(笑)みたいな、はっきりはよくわからないけど、なんとなくそのシチュエーションはわかるような歌詞を書くことができるでしょうか。

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で、こちらの本です。
昭和歌謡を彩ってきた作詞家といったら、この2人の他にも、なかにし礼、千家和也、阿木耀子など錚々たる方々がいらっしゃいますが、作詞した数、レコードの売り上げ、そして何と言っても、時代を映す鏡としての、または時代を変えていこうとする鼻息の荒さを持った作詞家となると、やはりこのお二方なのかなあという気がします。

この本は、歌謡曲が華やかだった昭和40年代から、阿久悠、松本隆がどのようにして世の中に出てきたのか、どんな曲を作って、それがどのくらいの売れ行きだったのか、その頃の世相はどんな感じで、歌謡曲はどんな役割を果たしていたのかなど、客観的な数字を示しつつ紹介していて、それはそれは有意義な、とても楽しい一冊ではありました。

昭和歌謡マニアから言わせて貰えば、かなり語り尽くされたことも鼻高々で書かれていてちょっと苦笑、でしたが、まあ、私の昭和歌謡情報は、淳子、百恵、宏美、裕美、ピンクあたりが中心のものだったりするので、五木ひろしとか都はるみとか、いまいち詳しくないアーティストのリアルなレコード売り上げなども知ることができ、昭和歌謡に対してちょっとだけ視野が広がったような気がします。

楽しい本でした。
ここのところ仕事以外で活字を追うのはヤホーニュースか週刊文春、というやさぐれた私にとって、久しぶりに夜を徹して熱中した本に出会えたような気がします。

で、やっぱり思うのは、淳子さん、復帰してください、ということです。
舞台ならなんとかなるんじゃないでしょうか?
大◯し◯ぶ独壇場の、汚らしい(失敬)舞台事情に、一石を投じていただきたい、ただそれだけなのであります。
って、お題とはかなり外れてしまいましたね、失敬失敬これまた失敬。


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by yochy-1962 | 2017-11-22 11:23 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
先日、友人がカラオケで「ウイスキーがお好きでしょ」を、上手に、かっちょよく歌ってくださったのでした。

ジャジーで、雰囲気がよくて、酒場によく似合う歌。難しそうですがわりとすんなり歌えて、どんな人でも上手に聴こえるおトクな歌と言えましょう(なんて失敬な)。

いえいえ、この歌は鼻を垂らしたガキンチョには似合いません。
ある程度年齢を重ねて熟成を繰り返し、いや通り越し、枯れれば枯れるほど、情感たっぷりに、見事に歌い上げることができる、ってものなのです(やっぱり失敬です)。

それにしてもこの歌、いろんな方がカバーして、いまやスタンダード曲として誰もが知っている歌となりました。
そこで今日はこの歌の聴き比べ。さて、どの方の歌いっぷりがお好き、でしょうか。
まずは本家、SAYURI(ここは横文字でいきたいね)の歌唱です。
さすがオリジナル、艶やかで、ゆったりと、安心して耳を傾けることができますね。
銀座あたりの、ヒヒオヤジ、もといシャチョーさんが通う高級クラブで、「ママ、いつもの歌ってよ〜いつもの」「ええ?いいんですか?じゃあ一曲」とかいうやり取りでさりげなく歌う図が目に浮かびます。


次はオリジナルラブの田島さんが歌う「ウイスキー〜」。
大人の男の色気がムンムンといった歌唱。最初、あれ?憂歌団とも思わせる枯れっぷりも魅力的です。
60年代あたりのロックが流れるライブハウスで、ちょいと一息、といった感じで歌っている図が目に浮かびます。

次は竹内まりやさんの「ウイスキー〜」。
優等生的な歌い方ですが、もともと伊東ゆかり的な深い声の持ち主ですから、こういう歌もさらりとこなせるってものでしょう。
老若男女が集まる地元のバーで、こんな歌唱を披露するママがいたら、きっと繁盛するだろうな、って感じです。
調子乗って「じゃ、つぎはシングルアゲイン」とかどんどん歌い続けて、挙げ句の果てに嫌われないことを祈ります(^_^)。

あと、有名どころではゴスペラーズなんかもこの歌を歌っていますが、残念ながらYouTubeにはエントリーされておりませんでした。
渋谷のおしゃれなカフェバーあたりで聴きたい歌唱、て感じですかね。
カフェバーってのが今でもあるのかどうかは知りませんが(^_^)。

こんな方も「ウイスキー」を歌っておりました。
いつの頃の映像なのか、ちょっと不明ですが、始めたばかりのバーの新人ママが、ちょっと緊張気味に歌ってみました、って感じで素敵です(^_^)。

🎵あなたは忘れたでしょ 愛し合ったことも〜

愛した数と別れた数が違う〜(トーキョー・バビロン。由紀さおり先生の名曲)と同じくらい、心に沁みます(^_^)。

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by yochy-1962 | 2017-09-26 21:00 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
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先月は久しぶりの桜田淳子ライブ(正確にはゲスト、なんですけど)、そしてゴールデンウィーク最終日の7日は、ポプコン出身アーティストらによるコンサート、僕らのポプコンエイジと、「ああ、昔はよかった」月間が続いています。

って、ポプコンコンサートに登場したみなさんは今でもバリバリの現役ですし、淳子ちゃんも本格的復帰を模索しているという噂ですから、「昔の人」と括ってしまうことは大変失礼な話ではあるのですがね。

すっかり歳をとって、新しいものを果敢に取り入れようとする気力がなくなり、……いや、何かいいものはないかと、ぼんやりしながらも探してみてはいるのですが、アナログ化したマイアンテナではそれにひっかかるアイテムは見つからず、結局、ああ昔はよかったと懐かしみながら現代を生きるという、ちょっと情けない毎日を過ごしているわけなのであります。

まあ、昔でも今でも、にこやかに過ごす時間を持っている、記憶しているということは、幸せな人生だとは思うのですがね。
いや、思うようにしましょう。

今回のポプコンエイジは、昨年に引き続いてのアーティストのほか、八神純子、世良公則、庄野真代という、大ヒット曲を持つ「ザ・ベストテン」アーティストも満を持して参加。
みなさん現在でも第一線で活躍されているだけあって、当時と同じ、あるいは当時とは全く趣を変えたパフォーマンスで我々を楽しませてくれました。

「みずいろの雨」を、当時と同じパワフルなハイトーンボイスで聴かせてくれた八神純子さん。彼女の年齢はおぼろげながらに知ってはいますが、それにしてもこの声は奇跡です。これこそ鍛錬の賜物。どんなにドヤ顔で歌われても、もう納得するしかありません(笑。まあ、最後の全員登場の場面で、彼女が出てこなかったのはどういうことだろうと、その後の飲み会ではいろんな推測で盛り上がりましたが)。

庄野真代さんは名曲「飛んでイスタンブール」を披露。そしてポプコン時代のいろいろな苦労話、音楽への熱き思いを語って下さいました。
それにしても飛んでイスタンブール、当時はあまりピンと来なかったのですが、いま聴くと、その奥深い内容の詩にドキリとさせられます。
まあ、当時はまだ高校1年だったもんなあ、韻を踏んだ詩とか、この恋愛のシチュエーションなど理解できなかったのも仕方ないでしょう。

で、圧巻は世良公則さん。
ピアノとバイオリンをしたがえて、ギターで歌うアコースティックバージョンの「あんたのバラード」。
渋くて、パワフルで、ジャジーでカッコよく、素晴らしいことこの上もなし、でした。
当時はアイドル的存在のツイストでしたが、現在は男性ファンが多いのか、太い声の声援が飛び交っていたのもうなずけます。
「やっと最近になって、この歌に似合う年齢になった気がする(やっとこの歌のホントの意味が分かった、だったかな)」とかおっしゃっていましたが、まあ、当時22、3歳でしたもんね〜酔いどれ男と〜泣き虫女〜は、流石に背伸びし過ぎてましたかね(^_^)。

今回も小坂明子さんの「あなた」を聴いて、かつての、そして現在の、自分の「夢」を再認識する時間を持ち、CHAGEさんの「ひとり咲き」を感慨深い思いで聴き(多くの女性ファンはハンカチで涙を拭っているようでした)、気力十分。エネルギー満タンになりました。
しばらくはニコニコして、頑張れそうです。

来年もぜひ行きたいと思います。
そろそろ大橋純子さん、あみん、中島みゆきさんの登場もお待ちしていますよ!



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by yochy-1962 | 2017-05-08 12:49 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
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「時の流れ」というものに必死で抗ってみても、それは所詮無理な話であって、どんなに頑張って新しい流れを作ってみても、結局、最終的には大河に押し戻され、海に還っていくのが、自分を含めたほとんどの方の「人生」というものなのかもしれません。

 少年少女の頃の夢や憧れを大切にし、ずっと心に持ち続けることは素敵なことだと思いますが、だからと言ってなにもせずにただそれに固執し続けるのは、そういう方は、申し訳ないのですが痛々しい、あるいはホントに真剣に夢に対峙していないのでは、などと思ってしまいます。

 そう、夢は進化するもの。夢に向かって真剣に歩いていたのなら、きっとその夢は、上を向いたり後ろを振り返ったり、転んだり雨に打たれたりしていくうちに少しずつ姿を変え、新しい夢へと導いてくれるはずなのです。
 それが「夢の進化」だと思うのです。決して堕落ではありません。だから、大河に押し戻される人生も、きっと幸せな、実り豊かな人生。そう思って残りの時間を過ごしていこうと思うのです。

 少女の淡い、儚い夢を歌った、昭和を代表するヒット曲の「あなた」。「僕らのポプコンエイジコンサート」で、還暦前の小坂明子さんが登場し、この歌をピアノの弾き語りで披露してくださいました。
 あの、透き通るような美しい少女の熱唱はさすがに望めませんでしたが、ちょっと力を抜いたような、しみじみとした感じで歌う姿に、いろいろな思いが押し寄せてきました。
 まるで、昔見ていて、いまはくちゃくちゃになってどこに行ったのかも分からなくなった自分の夢を久しぶりに見つけ、懐かしい思いで手に取っているかのようでした。多くの観客も、自分が大切にしていた夢とだぶらせ、さまざまな思いを持って時間を共有しているかのようでした。とても素晴らしかったです。
 私ももちろん同じ。そして、そういう心持ちでいられることを幸せに感じるべきだと、つくづく思ったのでした。

 この曲を歌った小坂明子さんにとって、歌の中に出てくる少女のどのくらいが自分自身なのかは知りませんが、その後の小坂さんの夢はいかがだったのでしょうか。
「あなた」を超える曲を作りたい、と思いながら歌い続けてきたのだが、なかなかそれは実現できなかった、とご本人はおっしゃいました。
 その後の作曲家としての活躍は有名ですが、数年前に、インストゥルメンタルのアルバムを発表したところ、それがヨーロッパの国のiTunesチャート、イージーリスリング部門で1位になったのだとか。
「でも、その中でも一番売れたのは『あなた』だったの」
 そんなエピソードを聞かせてくれましたが、それだけ「あなた」は偉大なる曲なのでしょう。
 もしかしたら、小坂さんにとっては、これ以上のものを作らなくてはというプレッシャーが常に付きまとう曲になってしまったのかもしれません。しかし、いまこうして、還暦前になってこの歌を情感たっぷりに歌う彼女はとても素敵だと思いました。

 それにしても、今回登場した谷山浩子さんも、渡辺真知子さんも、揃って今年還暦。ああ、時の流れよ、て感じです。しかしそれは私も同じ。すでにカウントダウンが始まっています(苦笑)。まあ、とにかく健康で迎えられることが目標ですね、飲み過ぎ厳禁。

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by yochy-1962 | 2016-05-22 12:24 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
c0135618_2063910.jpg 中島みゆき、世良公則&ツイスト、チャゲ&飛鳥、あみん、八神純子……と聞いて、「ああ、ポプコン出身?」とすぐに答えられる方は、たぶんアラフィフ世代でしょう。同世代の方々、お元気でいらっしゃいますでしょうか。
 そんなアラフィフが、身悶えて喜ぶであろうコンサートに行ってまいりました。
 そう、東京、府中市で行われた「僕らのポプコンエイジ」というコンサートです。

 昭和時代、ヤマハ主催で毎年行われてきたポプコン、すなわちポピュラーソングコンテストからは、先に挙げたビッグアーティストから、ちょっと「しょっぱい」物件(笑)まで、じつにたくさんのアーティストが輩出されました。
 そして毎晩、深夜のラジオでは「こんばんは、大石吾朗です」という声とともに始まる「コッキーポップ」がオンエア。テスト勉強の傍ら、というより、この番組と、その次の「オールナイトニッポン」を聞くために、机の前で勉強する「ふり」をしていたのが、我々世代のほとんど、といっても過言ではないかと思います。

 この日は相曽晴日、下成佐登子、三浦和人(元・雅夢)、元ふきのとう、元NSPで結成されたスリーハンサムズ、そして渡辺真知子、石川優子、そしてそして、あのChageが登場。当時の代表曲を中心に、いまでも素敵な歌声を聞かせてくれました。
「コーヒーハウスにて」という曲、というより「♪あなたの好きな優しさなんて〜」というフレーズを聞かせたら、多分、「ああその歌知ってる」と言われる方が多いであろう、相曽晴日さんはいまでも現役で歌っているそうで、綺麗な歌声は健在で嬉しくなりました。
「秋の一日」という曲を、お嬢様っぽく上品に歌っていた下成佐登子さんは、家庭に入られていましたが最近少しずつステージに立つようになったのだとか。少々あがり気味でハラハラしましたが、清純なイメージはあいかわらず。ああ、幸せな人生を送っているんだろうなあと、こちらも嬉しくなりました。
 渡辺真知子さんについては何も言うことはなし。相変わらずのパワフルな歌声、圧倒的な存在感はさすがでした。
 っていうよりこの人、「迷い道」でデビューしたときはすでにヤマハから卒業していたので、今回のライブでは一連のヒット曲は歌わないかな、と思っていましたが、いきなり「ハーバーライトが〜」と歌い出し、会場もオオーッと歓声が沸き起こりました。
 Chageさんは諸般の事情でソロで登場。んー、もうネタにしてもいい頃かと思いますが、一切何もございませんの体で、かえって緊張してしまいました。
 でも、バックバンドの方や元・雅夢の三浦さんのお手伝いもあり、チャゲアスの初期の名曲を披露。さすがに芸達者な方、楽しいステージパフォーマンスを見せてくれました。
 そしてそして石川優子さん。20数年ぶりの復帰で、この方目当てのお客さんが一番多かったのではないでしょうか。我々は二階席から見ていたのですが、Chageさんとのデュエット曲「ふたりの愛ランド」を歌ったときに、総立ちになった男性ファンの多くの頭頂部が「日の丸状態」だったのはちょっと苦笑、でした。

 一曲一曲を噛みしめるように聴いていると、あっという間に甘く、切なく、幼気な自分の青春時代にタイムスリップすることができて、本当にリフレッシュしたような気持ちになりました。
 あの頃経験したことや、感じたこと全てが、現在の自分を形成している大切な要素であることは間違いありません。それを懐かしく、しみじみとした思いで振り返ることができているということは、結構私は幸せなのかなあと思ったりしています。
c0135618_207375.jpg じつは私、最終日の埼玉公演にも伺うのですが、その回は谷山浩子嬢(写真は奇跡の一枚。なんて失礼な)、小坂明子関(なんて失礼な)も登場。楽しみです。
「そして私は 坊やを編むのよ〜」(怖っ)。

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by yochy-1962 | 2016-05-01 20:14 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
c0135618_23123617.jpg アース・ウインド&ファイアーというと、40代前半以下の人は「セプテンバー」「宇宙のファンタジー」、それに「レッツ・グルーヴ」ぐらいしか知らないのが、とても残念な気がします。
 そこで、私こと小林“ヨッチー”克也あるいはヨッチー・バラカンが、「これだけは知っておきたいEW&F」と銘打って、あふれんばかりの名曲のごく一部をここに紹介したいと思います。誰からもお願いされていませんが。
 
 アースの全米No.1ヒットとなったのは「Shining Star」という曲ですが、同じ時期の曲ならば、私はこちら、「ゲッタウェイ」のほうが好きです。CMや「タモリ倶楽部」の空耳アワーでもお馴染みなので、結構ご存知な方も多いかと思います。
 ファンキーでダイナミック。途中訪れるシンセサイザーの早回し(? 当時シンセなんてあったのかな)が「絶頂」へと誘ってくれます。

 次は、アルバム「太陽神」の中から、「宇宙のファンタジー」と同じくらい好きな「Jupiter」という曲です。
 ブラスセクション「フェニックス・ホーン」が大暴れするこの曲。ブラスバンド小僧なら好きにならずにいられない、コピーしたくてもそうそう出来るものではない高度な一曲です。

 こちらは、結構有名な一曲、「After The Love Has Gone」です。アルバム「創世紀」の中に入っています。
 アースのバラードの中でも名曲中の名曲ですが、当時は「After The Love Is Gone」というタイトルでした。
 しかしいつの間にか「Is」が「Has」に変わっていて、んー、これは最初が誤植だったのか、あとが間違っているのか、英語については幼稚園児レベルの私なので、果たしてどっちが正しいのかは分かりません。
 意外と、曲は同じで詩の内容は全く違う……ってことはないか、とにかく、これは私における「After The Love Is Goneの謎」として、いまもくすぶっている問題なのです。

 80年代に入って最初に出されたアルバム「フェイセス」のトップにエントリーされている「LET ME TALK」も、とてもかっちょいい一曲です。
 しばらく続いていた、長岡秀星氏が描くレコードジャケットから離れて、いろいろな国の人の顔が描かれたジャケットが印象的です。中に日本人らしき女性の顔もあり、「えっ、EW&Fって日本人がいるの?」と、真顔で当時の友人が聞いて来たことが思い出されます。

 東京に出て来て、「ディスコ」などに通うようになり、歌舞伎町のカンタベリーハウス(だったかな)で「ディスコ王子」として君臨していた頃(はい、うそです)、よくかかっていたのが「Fall In Love With Me」という曲です。
 ちょっと抑え気味のダンスミュージックですが、「ブギー・ワンダー・ランド」や「レッツ・グルーヴ」と同じく、とにかく音が「厚い」のです。
「オレっちがディスコ演るんだからさあ、ちょっとやそっとの音じゃあ終わらせないぜ」という、モーリス・ホワイトの鼻息が聞こえてきそうです。

 しかし、次のアルバム「エレクトリック ユニバース」には驚かされました。「マグネティック」が代表曲なのですが、このアルバムでは、アースの大きな特徴である「ブラスセクション」が一切使われていないのです(いや、もしかしたらバックのバックで使われていたかもしれませんが、ほとんど聞こえて来ないのです)。
 当時はテクノ・サウンドが隆盛を極めていて、時代の波に乗ることを面白がってやっていたアースにとっては「想定内」のことだったかもしれませんが、これからアースはどこに行っちゃうんだろうと、少々不安になったものでした。とてもいい曲ではありますが。

 ちょっと番外編。これは、「創世紀」の中に入っているインストルメンタル曲、「Rock That!」です。いまでもよくTVで流れているので、ご存知の方も多いと思います。
 とにかく爽快! ジョギングしながらこの曲でも聴いたら、きっと自分がオリンピック選手にでもなったかのような気分になること、確実です。
 高校のブラスバンド部で、定期演奏会用にこの曲を演ろうなどと言っていたのですが、楽譜もない、コピーする能力もない、もちろん腕もない、ということで、早々に諦めたという思い出があります(苦笑)。
 
 最後に、こちらも番外編。モーリス・ホワイトがソロとして出した唯一の(だったと思います)アルバム「スタンド・バイ・ミー」の中の代表曲、「I Need You」です。
 美しすぎるバラードは、当時ソニーのCMで流れていましたね。涙モノの一曲です。
 アースの曲は「カラオケ」で歌うともれなくドンビキものなのですが、この曲ならもしかしたら大丈夫と思ってチャレンジしたことがあるのですが、……やっぱりドンビキでした。
 ちゃんと練習して、リベンジしてみようかな、と思っています。とりあえず「ひとカラ」へGO!
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by yochy-1962 | 2016-02-13 00:20 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
c0135618_22122036.jpg 人類の起源はアフリカにあるといわれています。
 そこから何万年、いや何十万、何百万年かな、途方もない長い時間をかけて人類は世界各地に散らばり、その土地の気候に合わせて、食べ物に合わせて、肌の色は変わり、骨格は変わり、顔の特徴も変わり、現在に至っているわけです。
 だからきっと、人々が口ずさみ、ときに高揚し、ときに心の慰みになっている「音楽」も、その起源はアフリカにあるのかなあと、アース・ウインド&ファイアーのリーダー、モーリス・ホワイト氏の訃報を聞き、いろいろな思い出が洪水のように押し寄せながら思ったことでした。

 初めて彼らの音楽を聴いたのは、まだ私がいたいけな、なんの毒も身にまとっていない(苦笑)中学生の頃。
 ラジオから流れる「宇宙のファンタジー」を耳にしたとき、爽快なシャワーをいきなり全身に浴びたかのような衝撃が走ったものでした。
 いままで聴いたことのなかった複雑なリズム、我が所属のへっぽこ楽団(ブラスバンド部)には到底真似のできない、迫力いっぱいのブラスセクション、パワフルで美しいフィリップ・ベイリーのファルセット。
 突然世界のど真ん中に連れ出されたかのような、360度パノラマの世界を目の当たりにさせられたかのような感じ。
 そう、まさしくそのときが、私の音楽における「開眼期」「第二次性徴」の瞬間だったのでした。

 その後、「セプテンバー」「ブギー・ワンダーランド」「レッツ・グルーヴ」と、次々に世界的ヒットを飛ばし、アースの音楽は私の毎日に欠かせないものとなっていました。
 どうして私が、これだけ彼らの音楽に惹かれていったのか、それはもちろん、私がブラスバンド部に所属していたこともあったと思いますが、ブラックミュージックにとどまらず、ジャズ、ロック、ディスコ、ファンク、カリビアン、エレクトリック、そしてラップにいたるまで、とにかく、いいと思われる音楽を果敢に取り入れ、自身のものにしていった「鼻息の荒さ」という魅力があったからだと思います。
 いまでこそ私も、食べず嫌いなく音楽を楽しみ、まるで無国籍状態のiTunesを抱えて生きていますが、それを導いてくれたのは、アース・ウインド&ファイアーであることは間違いないでしょう。
 
 来日公演には、何度行ったことでしょう。ひとつひとつのライブが、いまでも鮮明に思い出されます。
 彼らのパフォーマンスは大マジックショーさながらの大掛かりなもので、突然ステージに現れるなんてのは序の口、あるときは、メンバー全員が大きな地球儀の中に入り、それが一瞬のうちに消えたかと思うと、客席に瞬間移動。そしてまたあるときはでっかいスクリーンの中で歌っているかと思ったら、これまた瞬間で実物に変わる……まさに、「見せる」ステージづくりの先駆けは、アース・ウインド&ファイアーだったのではと思います。

 そうした「マジック」だけでなく、ギターやトランペットをくるくる回しながらのパフォーマンスは、デビューしたてのサザンオールスターズがいち早く取り入れていました。
 ああ、スペクトラムという、まったくのアースのコピーバンドもありましたね。一流のスタジオミュージシャンを集めて作った、音楽的には素晴らしいバンドでしたが、日本人にはファルセット、そしてあの奇抜な衣装はちょっと無理がありましたね。

 それだけでなく、その後のマイケル・ジャクソン、プリンスなどにも影響を与え、そして日本のドリームズ・カム・トゥルー、つんくなども、明らかにアースの影響を受けている音楽がたくさんあります。とにかく、後にも先にもない、偉大な「音楽の神様」が、アース・ウインド&ファイアー、そしてそのリーダーのモーリス・ホワイトだったのです。

 ここ数年、パーキンソン病と闘っているという話を聞いていましたし、もう70歳を越えた年齢を考えると、いつかその「Xデー」が来るのではないかと思ってはおりました。
 しかしこうしてその日を迎えた今日、仕事も手につかず、心の中でアースの名曲が次々にリフレインされ、学生時代のいろいろな思い出、大人になってからの思い出がごちゃまぜになって、いま、パソコンの前に佇んでいます。

 それにしても、若い頃はその音楽性ばかりに気を取られ、アースがどういう思いで音楽を奏でていたか、そこまで考えたことはありませんでした。
 というか、歌詞カードを読んでみても、「神」「祈り」みたいな、わりと宗教色の強い言葉が並んでいて、中学生の子供にとってはちょっと受け入れ難いというか、自分にはとりあえずあんまり関係ないや、ぐらいにスルーしていたのでした。
 しかし、1990年に発表した「ヘリテッジ」という曲を聴いて、アースの、そしてモーリスの「思い」を、ひしひしと感じることができました。
 ヘリテッジ=遺産、財産、という意味なのですが、モーリスはこの曲で、未来を背負って立つ子どもたち、とくにそれまで差別されてきた有色人種の子どもたちに向けて、先人たちが必死で築き上げてきた音楽を愛し、継承し、誇りを持った人生を送れと訴えているように思えました。
 音楽には国境も、差別もありません。そこにあるのは愛と、平和だけです。モーリス・ホワイトは、音楽を通して、そして心から音楽を楽しむ姿を表現して、世界中の人々に「音楽のある人生」「歌をうたえる人生」を目指して欲しいと思っていたに違いありません。
 前を向いて。高らかに。

 モーリス・ホワイトは、アフリカの楽器「カリンバ」を奏で、アルバムでもライブでも我々に聴かせてくれました。
 人類の起源であるアフリカで生まれた、オルゴールの元祖ともいわれるその楽器の音色は美しく、心が洗われます。
 アース・ウインド&ファイアー、そしてモーリス・ホワイトこそ、私にとっての「This is “the” music.」。心からの感謝と、そしてご冥福をお祈りしたいと思います。

 さて、これから、「太陽神」からのアルバムを、一枚一枚噛み締めながら聴こうと思います。
 焼酎を一本買い込みまして(笑)。徹夜は必至だな。

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by yochy-1962 | 2016-02-05 23:10 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
c0135618_11382728.jpg 年末、年始に計画していた楽しいことがすべて終了し、現在私、ぬけがらのようになってパソコンの前に佇んでおります。

 一年で一番楽しみにして、これがないと生きている意味がない、ってくらいに思いを寄せている紅白歌合戦ですが、今回の視聴率はあまり芳しくなかったようです。
 まあ、2015年はこれぞ、というヒット曲はありませんでしたし、出演者も、「幸子復活!」以外はサプライズ感にも欠けていましたから、まあそんなもんかなあ、という気はします。
 しかし、人々の好みが多様化し、それに応じたコンテンツが豊富にある昨今、40%近い視聴率を叩き出す番組はほかにはありません。これからも、あまり「てこ入れ」だとか「見直し」だとか考えず、時代を代表するアーティストたちの晴れ姿を見せてほしいと、「昭和世代」を代表してお願いしたいところ、なのでございます。

c0135618_113938.jpg 今回、私にとって注目アイテムのひとつは、「黒柳徹子観察」です。
「徹子の部屋」を観ていない者にとっては、徹子の健在ぶり(衰えぶり?)を確認するに絶好の機会。みんなで手に汗握りながら観ていましたが、さすが大ベテラン、番組を急遽中止せざるを得ない状況までには至らなかったのはなによりです。
 しかしまあ、徹子も80代。滑舌は悪くなりました。ふんわりとしたドレスの下に機械でも仕込んであるのかと思うような覚束なさを見ると、徹子と同年代の、ウチの母親のほうがずっと元気だなあ、徹子、頑張ってよと思わずにはいられませんでした。

c0135618_11391210.jpg 若手のアーティストはほとんどスルーして(とりあえずは観てましたけど、おぢさんの琴線に触れたものはなし)、やはりこの人、石川さゆりです。
 今年は「津軽海峡冬景色」の年なので、「天城越え」のときのような「鎌持って佇んでいる」ような表情は拝めませんでしたが、津軽三味線から歌へのバトンタッチという演出はとてもよかったです。「津軽」史上、最高だったのではないでしょうか。

c0135618_11391659.jpg 幸子、復活です。「メガ幸子」は数年前にも登場していたのでそれほど新鮮味はありませんでしたが、「ラスボス」という新たな称号を得て、よりバージョンアップ、バックの映像も綺麗で、とてもよかったと思います。
 できたら、ワイプで水森かおり嬢の顔でも抜いたら、なお感慨深かったかもしれません(笑)。
 いや、今回の水森嬢はよかったですよ。やはり、ただ大きくなってドレスを広げていればいいってものじゃないと気づいたのか、同じことをやったって幸子の存在感には到底叶わないという危機感をもって臨んだからなのか、火の鳥に乗った衣装(セット?)はとてもカッコよかったです。

c0135618_11391867.jpg 個人的には、Misiaのパフォーマンスはとても感動しました。
 長崎の平和祈念像前からの中継というのも感動的でしたし、歌声も健在。ネット上では「いつも同じ印象」「砂漠で歌ったときのほうがよかった」などと言う声が多かったですが、私はとてもよかったと思いました。
 こういう「熱唱型」の女性歌手の「寿命」はあまり長くはありません。いまのうちに思う存分Misiaを味わっておかなくてはならないのですよ。

c0135618_11392590.jpg この方も50を越え、「時」というものの残酷さを感じずにはいられません。まあ、自分も同じだけ歳とっちゃってるんですけれど。
 それでも、まだまだ現役感を感じさせる歌声はあっぱれでした。当時、この人と同じような髪型をして、立派な「ゲジゲジまゆ毛」をあつらえ、マハラジャあたりでブイブイ言わせていたみなさん、どういう思いでテレビの前に座っていらっしゃるのでしょうかと、思いを馳せておりました(ウソ)。

c0135618_11392871.jpg 森進一先生の、顔面の進化(退化?)を定点観測で観られるのも最後となりました。
 これからは「年忘れにっぽんの歌」「思い出のメロディー」あたりで観測を続けていくのが、我々昭和世代の責務なのです。しっかりしなくてはなりません。
 最後の紅白でのパフォーマンスは「おふくろさん」。いろいろな思いがあってチョイスしたのだと思いますが、個人的には「襟裳岬」のほうがよかったかな。作詞家がこの年に亡くなったし、絶対こちらを歌うと思っていたのですがね。

c0135618_11393159.jpg さて、大トリが聖子さん、というのが定番になりつつあり、それこそ時の流れを感じている我々昭和世代です。「マッチがトリを歌うなんて」夢みたいだか、ウソみたいだか忘れましたが、徹子が思わず漏らすのもうなずけます。
 前回が「あなたに逢いたくて」、今回が「赤いスイートピー」。しかし彼女には「Sweet Memories」「瞳はダイヤモンド」「ボーイの季節」などなど、トリにふさわしい名曲がたくさんたくさんありますから、ここ数年は盤石でしょう。頑張っていただきたいものです。
 しかし時々、通販番組で熊谷真実が出ていると「えっ、聖子?」と思ってしまうことがあります。これはいけません。再び(?)お顔をなんとかするか、熊谷さんになんとかしていただくしかありくせん。「大スター」と「通販番組」は両極端の位置にあるのですからね。

 あいかわらず、昨今のアイドルさんには目もくれず、こうして、ベテラン勢の安定した歌いっぷりにだけ焦点を合わせ、我々の紅白視聴は過ぎていくのでした。まあ、昭和世代はみなさん、こんな感じでしたでしょう。また楽しみにしています。
 早く来い来い、大晦日。
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by yochy-1962 | 2016-01-04 13:38 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
c0135618_2148396.jpg いままで、こんなところがあるなんて知りませんでした「阿久悠記念館」。
 御茶ノ水の明治大学地下に、2011年に開設されたとのことでしたが、震災だったり、個人的にも大変なときでしたので、そういう情報が入ってきたとしても、行ってみようなどという心の余裕はなかったかもしれません。
 で、無事、心に余裕ができた2015年夏、満を持して参上です。

 思ったより狭いスペースではありながら、それこそ「所狭し」という感じで、阿久悠先生の業績を紹介していました。
 故郷の淡路島から、大学進学という「合法的な家出」をして上京。うん、わかるわかる、オレもそんなもんだもんなあ(笑)。
 その後、広告代理店時代に作詞家としてデビュー。それからの活躍は、昭和を生きて来た方々には説明するまでもなし、この方がいなかったら、「歌謡曲」の進化、特に「女性像」の進化はきっと10年は遅れていたに違いない、と思います。
 耐え忍び、男から「選ばれる」存在でしかなかった昭和歌謡曲の中の女性像。それが、「私があなたを選ぶ」「自分自身が生き方を決める」という、新しい女性像を作り上げた作詞家は、阿久悠先生その人であったと思うのです。それは淳子ちゃんピンクレディーの歌の中に、如実に表れています。 まあ、それについては何度もここで書いて来たので、省略です(鼻息が荒くなってしもうた)。

 ここには、作詞家として受賞したレコード大賞や歌謡大賞の盾やトロフィー、数え切れないほどの流行歌と著書の紹介があり、そして代表曲を集めたCDの試聴もでき、とても充実した内容だったと思います。
 欲を言わせていただければ、TV「スター誕生」での、先生の、愛がありながらの辛辣な、出場者に対するコメント(ホント、あの番組は、いかにしてスターを夢見る子たちに現実を諭し、夢をあきらめさせる番組だったような気がします。その中で唯一、手放しで「いいですね、すぐに出したいですね」と絶賛したのは淳子ちゃん、そう桜田淳子さんだけでした)満載のシーンとか、その他、対談として出演したようなTV番組のビデオとか、先生が作詞して大ヒットした流行歌のビデオとかが見られればなおよかったなんて思ってしまいました。

 なにせ、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を皮切りに、その後、都はるみ「北の宿から」、沢田研二「勝手にしやがれ」、ピンクレディー「UFO」と、作詞した曲が3年連続レコード大賞受賞。その間に桜田淳子岩崎宏美西城秀樹郷ひろみ八代亜紀石川さゆりなどのヒット曲もコンスタントに作っているのですから、あのころの阿久先生は、超人としか言えないような活躍をしていたのです。
 しかし時は流れ、平成生まれのへなちょこ野郎たちは、「桜田淳子って誰?」というような、阿久先生の活躍も知りません。そして「半径1メートル以内の恋の歌」しか聞く機会がないのは、とても気の毒な限りです。ぜひここに来て、噛みしめるように阿久悠先生の詞を読んでほしいと思うばかりなのであります(また鼻息が荒くなって来た。はあはあ)。

「あの頃は、淳子より百恵の歌の方が好きだったけど、いま改めて聴いてみると、なんて淳子は意味深な、いい歌を歌ってきたんだって、唖然とするね」
 つい最近、このように知人は言いました。それだけでなく、ちょっと聞いただけでは童謡のように聞こえるピンクレディーの詞に隠された、阿久先生の思いを想像してみると、なんてこの人は偉大だったんだろうと気付かされるのです。

 えーと、興奮してどんどん突っ走ってしまいましたが(苦笑)、入場無料ですし、お近くにお寄りの際は、ぜひ訪れていただきたいと思います。そして、お金をとってもいいから、再び訪れたいと思わせるような企画を立ち上げていただいて、阿久悠フォーエバーの先陣を切っていただきたい、そう思うばかりなのであります。はあはあ。
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by yochy-1962 | 2015-08-29 22:07 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

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