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カテゴリ:東京坂道百景( 30 )

c0135618_21183870.jpg ウォーキング中、あまりにも見事な夕焼けが見えてきて、こりゃいかん写真を撮らねば、ベストポジションはどこだと焦って走り回っているうちにすっかり日が暮れてしまったり。
 トランペットのケースを持った女子高生とすれ違って、ああ、ブラスバンドはそろそろ大会の季節だなあと昔を思い出したり。
 鎖を外されたワンちゃんが、いきなり私めがけて走ってきて足に抱きついてきたり。
 と、歩いているとなにかと「事件」が起こるのがこの坂、井の頭線池ノ上駅近く、線路に沿って伸びる「郷愁坂」です。

 あっ、坂の名前は私がつけた名前です。どの文献を探してもこの坂の名前が見つからず、そういえば、この坂道を歩いていると、どういうわけか昔のことを思い出したり、ノスタルジックな気分になるなあと思い、こんな名前を勝手につけてみたのでした。

 で、この日もこの道を歩きながらボロボロと涙なんか流していたところ(うそぴょん)、ブルブルブルッと携帯電話が鳴って、昔の友人がなんと10年ぶりに電話をかけてきたのでした。
 さすが、郷愁坂です。

 友人は、携帯電話のメモリが増え過ぎて、整理しなくてはと思い、まだつながるかなと思って電話をしてきたらしいのですが、なんだか懐かしいなあ、元気? なんて話しているうちに、久しぶりに飲みに行こうよと話がまとまってしまったのでした。
 10年ぶりだから、お互い会ってもわからないかもな、なんて言いながら(笑)。

 それにしても、10年ぶりで話したというのにブランクを感じさせない、よどみない話の流れに、我ながら驚いてしまいました。
 というより、どうしてお互いフェードアウトして、付き合わなくなっちゃったんだろう、ということがどうしても思い出せず、えーと、えーと、と考えているうちに、だんだん昔のことが蘇ってきたのでした。
 まあ、その話は割愛しますが、お互いちょっとは大人になって(いや、ちょっとどころじゃないぞ)、いい意味で「枯れて」、落ち着いた大人の会話ができるのではと期待しているところなのです。

 あっ、でもアイツとんでもない「お天気屋」だったなあ。
 まあいいか。お天気屋には私、イヤって言うほど慣らされていますから(笑)。
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by yochy-1962 | 2008-08-18 22:18 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_2253988.jpg 最近の若い人の間では、夏目漱石の小説はあまり読まれないのだそうです。
 横書きの「ケータイ小説」全盛の昨今ですから、漱石の文章などすでに「古典」、あるいは「教科書に載っている面白くない話」なのかもしれませんね。
 私が高校生の頃は、誰もが「我が輩は猫である」「坊ちゃん」「三四郎」「それから」など珠玉の小説を、それこそ一心不乱になって読んだものでした。
 特に「こころ」。自分の中に眠る、とてつもなく醜い「エゴ」の心を露呈させてしまったがゆえ、終生悩む主人公の気持ちには大いに考えさせられたものでした。

 欲しくて欲しくてたまらないものがあったとしても、強奪してしまうほどの「情熱」を見せつける前に、最初から諦めてしまう。別にそれほど欲しくないよという素振りをしてしまうという、自分でも驚くほどの「かっこつけ」、「武士は食わねど高楊枝」を地でいっている私なのですが(あくまでも自称、ですがね。あっ、食い物に関しては、かっこつけもなにも関係なくなっちゃいますが)、なんとなくですが、この小説の影響が少なからずあるのかなあと思ったりもします。
 そうやって朽ち果てていくのも人生。孤高の詩人として文学に人生を捧げていくために、どんな不幸せも受け入れていく覚悟なのであります(きっぱり)。
 腹いっぱいの孤高の詩人というのがあるものか、という感じもしますがね(笑)。

 この「夏目坂」は、早稲田大学、そして「加賀屋早稲田店」すぐ近くから、東京女子医科大学病院方面へと伸びる坂です。
 この「夏目」とは、漱石の父で、この辺りの名主であった夏目小兵衛直克という人がいるのですが、人々がこの姓を坂につけて呼んでいたものが、一般的になったもののようです。夏目漱石の随筆『硝子戸の中』という作品にも、この坂のことが詳しく書かれているそうです。

 いつものように地図も持たずに、うろ覚えでこの坂を探し、汗びっしょりになりながら、ゆるやかなこの坂を上りきり、下りきった先にはなにがあるのかなあなんて思いながら歩いていたのですが、えーと、この金物屋って見たことないなあと思いながら交差点に出たところ、いつものウォーキングコースにたどり着いたことに気がつきました。
 いつも歩いている道なのに、別の角度から見ると、まったく違う道に見えたりするものですね。驚きです。

 まあ、人間も同じだったりするものですね。第一印象だけでは人間、わからないものです。くわばらくわばら。
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by yochy-1962 | 2008-08-13 23:36 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(8)
c0135618_1132533.jpg 中国の「道教」の伝説に基づく「庚申待」。これは、人間の頭と腹と足には三尸(さんし)の虫がいて、庚申の日(60日ごと)の夜、人々が眠っている間に天に登り、その人の悪事を天帝に報告するというので、庚申の日の夜は三尸の虫が天に登れないようにするため、村中の人達が集まって神々を祀り、寝ずに酒盛りなどをして夜を明かしたことを言うのだそうです。
 全国各地にある「庚申塚」はその名残りなのでしょう。庚申坂もいろいろなところにあるようですが、この坂は文京区小石川近辺にある、急勾配の、私好みの坂となっております。
 本当は、この坂の反対側、丸ノ内線のガードをくぐったところにある「切支丹坂」という坂のネーミングに興味があり、探索してみたのですが、だらだらとした、あまりオモローな坂ではなかったため、こちらの坂の写真を採用、とすることにしました。
 はるか昔、このあたりで、悪事を天に知らせたくないと思う人々が、冷や冷やしながら夜を徹して酒盛りをしていたのだと思うと、ちょっと楽しい気持ちになってきます。
 あっ、私も庚申信仰をしているひとりです。だから毎日、日が昇るまで酒盛りをしているわけですね(笑)。
 あっ、別に庚申の日限定、ってわけじゃないか。撃沈。

 しかし、この辺り、昔は木々がうっそうと茂っていて、そうとう気味の悪い坂道だったようです。しかも、文豪たちはこの坂を「切支丹坂」と勘違いしていたようで、木下順二「本郷」、夏目漱石「琴のそら音」、志賀直哉「自転車」にも、この切支丹坂(ホントは庚申坂)が登場してくるようです。読んだことはありませんが(苦笑)。
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by yochy-1962 | 2008-08-07 01:40 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(2)
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 先日、目黒川沿いをウォーキングしている途中、「ああ、そういえばこないだ、みさっちが言ってた銭湯ってこのあたりじゃないのかなあ」と思い出し、探してみたのですが見つからず、あれ、あれ、あれ、私はいまどこにと迷っているうちに、なんと代官山に出てきてしまったのでした。
 汗だらだら、「裸の大将」状態の私(お腹は出てないぞ)はなんとも恥ずかしく、早くこのおしゃれな街並から姿を消さないとと、慌ててエジプト大使館があるところの横道に逸れたところ、それがなんとも素敵な坂道で、思わずそれから坂道探索、二つの坂道の写真を撮ってきました。
 このあたりは坂道が多いですね。考えてみたら代官「山」という地名からして、坂道が多そうですもんね。

 エジプト大使館の横にある坂道(写真左)は「上村坂」といって、明治時代、この坂の上に海軍大将の上村彦之丞邸があったところから名付けられたのだそうです。
 って、この方のことは存じなかったのですが、なんでも日露戦争時代、撃沈させた敵軍の艦隊に乗船していた兵隊を助け、「日本武士道の華」として世界中に知られた人なのだとか。
 そして、写真ではちょっとわかりにくいのですが、結構急勾配の、男っぽい右側の坂は「相ノ坂」というのですが、大坂(玉川通り)と新道坂(駒沢通り)の間にある坂なので、「あいの坂」、そこから「相ノ坂」となったのだとか。
 あとで知ったのですが、この坂は「坂道評論家」タモリさんも大好きな坂なのだそうで、なるほど、異国情緒たっぷりの、ギリシャ辺りにある坂道といっても差し支えない感じの素敵な坂でした。もうちょっと引きで写真を撮ったらよかったかな。

 どちらにしても、早く涼しくなりませんかねえ。近場だけでなく、もうちょっと「文学的」な坂道、すなわち下町の坂を探索してみたいのですが、さすがに「裸の大将」の格好では電車は乗れないよなあ、なんて思っているのです。まあこの格好で代官山、歩いちゃいましたけど(苦笑)。
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by yochy-1962 | 2008-08-04 01:25 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(12)
c0135618_1554263.jpg ホントにこれが坂なのかい、ただの階段じゃないんか〜い? と思うほどのミニチュアな坂が、牛込神楽坂駅近くにある袖摺坂です。
 もしかしたら、階段を上りきった先にある、ゆるやかで少々広い坂も込みで「袖摺坂」と言っているのかもしれませんが、「袖が擦り合うほどの狭い坂」というところから名付けられたネーミングを考えると、やはり、この短くて細くて「坂っぽい」階段のみを差して「袖摺坂」と言うのでしょう。

 このあたりは、かつての私のウォーキングコースでしたが、最近も仕事の都合でちょくちょく歩いています。しかし、以前はただ新宿までひたすら歩き、カロリーを消費するだけのコースだったのですが、地図などをよくよく見ると、ここらあたりから市ヶ谷に抜けるコースには「逢坂」「歌坂」「鰻坂」「浄瑠璃坂」、牛込柳町から早稲田方面に向かう途中には「焼餅坂」「夏目坂」など、ネーミングだけでグッとくる坂がたくさんあることに気づかされ、汗ぐっしょりになりながら徘徊を繰り返している昨今なのです。
 とにかく坂が多いエリアですが、それもそのはず、この近くの「神楽坂」の一番高いところ、赤城神社があるあたり(神楽坂「加賀屋」があるあたり、ですね)の標高は22メートル、ちょっと市ヶ谷寄りにある日仏学院あたりの標高は28メートル、すなわちこのあたりは立派な山、あるいは台地、ということなのですね。

 このあたり、小説「それから」「三四郎」などの舞台にもなっていて、漱石好きにはたまらないエリアとなっています。そのうち、私がどこかの坂を「汗だく坂」などと名付けて、小説の舞台にでもしようかと思っているところです(どんな小説だよ。メタボ小説か!)。
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by yochy-1962 | 2008-07-29 02:37 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_03735.jpg 最近は「坂」という字を見ると、赤い色を見たときの闘牛のごとく興奮しまくってしまう私です(笑。ってほどでもないか)。
 で、どこの坂を探索しよっかなあと地図をペラペラめくっていたら、「中野坂上」という文字が飛び込んできたのでした。
 丸ノ内線にある駅名なのですが、「坂上ってくらいだから坂があるんだろうな」とか、「坂上があるのなら坂下もあるんじゃないか」とか、たちまち私の頭の中は中野の坂のことでいっぱいになってしまったのでした。
 だったら行ってみるしかありません。猛暑、酷暑の中、汗でだらっだらになりながら「中野坂」にたどり着いたのでした。
 中野坂は、青梅街道と山手通りの交差点近くにある坂です。交差点あたりは坂を上りきったあたりが「中野坂上」、そして神田川と青梅街道が交差するあたりが「中野坂下」と言うのだそうです。
 それほど急勾配の坂ではなく、ご覧の通り車がびゅんびゅん通り過ぎる青梅街道の一角でもあるので、風情もなにもあったものではありません。
 しかしまあ、このあたりってこんなに都会でしたっけ? 大きなビルが建ち並び、西新宿の一部分ですといっても差し支えないような街並に、ちょっとびっくりしてしまいました。
 せっかくだから、このあたりにある喫茶店でお茶など……などと思っていた私ですが、「裸の大将」みたいな恰好をしていた私はなんとも恥ずかしく、なにも飲まずに家に逃げ帰りました(苦笑)。

c0135618_0371693.jpg ちなみに「中野」という地名は、武蔵野の中央にあることからつけられた名前なのだそうです。そして神田川から新宿寄りにある坂を「成子坂」、神田川を渡る橋を「淀橋」というのだそうな。ここには「カメラ屋」さんはなさそうでしたが(笑)。

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by yochy-1962 | 2008-07-26 01:08 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(6)
c0135618_1352528.jpg 川には「一級河川」「二級河川」があるように、坂にも「一級坂」「二級坂」というものはあるのでしょうか。
 というのも、坂によって「ここは◯◯坂。名前の由来はどうたらこうたら」と、やたら詳しく紹介したボードがあるかと思えば、「えっ? いちいち坂に名前なんかつけてなんかいられねーんだよ。こちとら忙しいんでい」とでも言いたげな、なんの紹介もなく、素っ気ない坂も多く存在しているのです。

 この坂は、私が本気で迷子になった(笑)ときに見つけた、小田急線代々木上原駅の上あたりにある小さな坂なのですが、何という名前の坂なのか、いっさいどこにも説明がなく、ああこれは二級、いや三級の坂なのかもしれないな、と思ってしまったのでした。

 個人的には、生活に密着したような、それでいて落ち着きがあって、どことなく尾道を思わせる風情の、静かな、こういう坂は大好きです。車が通るのも一苦労といった感じで、災害が起きたらちょっと大変かもしれませんが、坂道をだらだらと上ったり下ったりしながら、あれこれ哲学的なことを考えたり(めったにそんなこと考えませんが)、小説のはじまりの一文を考えたり(肝心の中身は思いもつきませんが)、食料事情について思いを馳せたり(つまりは、きょう何食おっかなあ、ってことです)するのにうってつけの坂といえましょう。

 この坂の名前の由来は……と、詳しく掲示してある坂は、どちらかといったら歴史のある、下町に多いような気がします。終戦直前までただの山で、高度成長とともに無理矢理区画整理され、結果「坂道風」になった通りには、名前などつけられることはないのでしょう(この坂がそうだと言っているわけではないのですが)。
 まあ、もしかしたらこの近辺にずっと住みついている方々からは、「ほら、あそこの◯◯の坂」なんて呼ばれているのかもしれません。そして、いずれその名が定着し、未来の地図にも掲載されていくのかもしれませんがね。
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by yochy-1962 | 2008-07-23 02:05 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(6)
c0135618_2385411.jpg 山手通りと淡島通りの交差点にある、おい、ホントにここが坂なんかーい、と思わずグラスを鳴らしてしまいそうになる坂が松見坂です。
 まあ、このあたり、道の下に道があったり、住居が下にあったりと、やたらと「立体化」している場所なのです。きっと昔は急勾配だった坂が、いろいろな区画整理などの結果、ゆるやかな、ヘタレな坂に成り下がってしまったのかもしれません(はっ、ヘタレだなんて。失敬です)。

 事実、この「松見坂」というネーミングは、昔「道玄太郎」という山賊がいて、この付近にあった松の大木に登って旅人を狙っていた……そんなところからついた名前なのだとか。きっと見晴らしのいい、渋谷あたりが一望できる坂だったのですね、きっと。
 いつのころの話なのかわかりませんが、もしこの話が本当ならば、この坂を上り下りするときは、財布の紐はしっかり締めた方がいいのかもしれません。
 あっ、なにも入っていない財布なら、締めても開いても同じことか(笑)。

 この坂がある四つ角には、ちょっとおしゃれなフレンチだかイタリアンの店があるのですが、店員さんが外に出ているときに私が通りかかると、必ずにこやかに会釈してくれるのです。きっといい店なんだろうと思うのですが、その笑顔に騙されて入店でもしたら、いきなり身ぐるみはがされてしまうのではないか、きっとヤツは道玄太郎の生まれ変わりに違いないと、身を硬くしてウォーキングに勤しんでいる私です。
(ウソです。いつか入ってみたいなあと思っているのですが、いつも汗びっしょり、ボロボロの恰好じゃあ入店拒否されてしまいそうで遠慮しているのです。)
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by yochy-1962 | 2008-07-22 03:18 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(12)
c0135618_0235622.jpg 駒沢通り沿いをウォーキングしていると、オリンピック記念公園近くに「柿の木坂」という表示があって、「へぇー、柿の木坂ってこのあたりなんだあ(特別に思い入れがあるわけではないのですが、なんとなく)」と漠然に思っていたのですが、この「柿の木坂」とは1丁目、2丁目がある「地名」だと勝手に思っていて、はて、実際に「柿の木坂」ってあるんかい、と思ってウロウロし、汗びっしょり、熱中症寸前になって探した結果、撮影したのがこの「坂道っぽい」写真です。
 さて、私は何回「柿の木坂」と書いたでしょう(笑)。

 実際、この坂道は「柿の木坂通り」にある坂道で、きっとこれが正真正銘の柿の木坂だろうと満足して帰ったのですが、家に帰って調べてみると、なんと、ホントの「柿の木坂」とは、東横線・都立大学駅と目黒通りが交差するあたりにある、ゆるやかな坂だそうで(詳しくはこっち)、がっかりでした。
 しかし、閑静ではありながら、ちゃんと勾配があって「坂道っぽい」たたずまいを醸し出している、こちらの「名もなき坂道」のほうが、ずっと「柿の木坂」っぽいのではないかと、勝手に私の中の「柿の木坂」として認定させていただこうと思っています。いいだろ、勝手だろ。

 柿の木坂とは、その名の通り近くに柿の木があったからつけられた名前だと思うのですが、そのほかに、柿を運ぶ車から、子どもが柿を抜き盗んだ「柿抜き坂」から来ているという説、また、人家が少なく、暗くなると人々が駆け抜けて通った「駆け抜け坂」が語源だとする説があるようです。
 しかし私は、肝心の「坂」よりも、このあたりを流れる「呑川」という、桜新町あたりを水源にするなんともチープな川(柿の木坂あたりは緑道になっているが)が、とても気に入ってしまいました。その川を辿って延々と歩くというウォーキングコースもオモローなのではと、いまから計画し、わくわくしているところです。
 早く涼しくなってくれませんかねえ。こう暑いと、ウォーキング帰りのビールが美味過ぎて、せっかくカロリー消費しても、痩せる暇がありません(苦笑)。
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by yochy-1962 | 2008-07-21 00:57 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(0)
c0135618_12175067.jpg 「東京は坂の街」ということは、「坂道評論家」であるタモリさんをはじめ、多くの媒体で力説されているところではありますが、東京に住んでいる人間からしたら、この起伏に富んだ道々にあまりにも馴染み過ぎて、いまひとつピンと来なかったりします。

 私の住む街も坂道だらけの街で、決して例外ではないのですが、ときどき上京する母親が「下北沢は坂道だらけだねえ」と言ってみたり、若いくせに坂道がめっぽう苦手な友人が(しっかりせい!)「ここらへん歩くと息切れがしちゃって」などというコメントを聞いたりすると、ああ、東京って坂道が多いんだなと再認識したりするのです。

 で、使い古された企画ではありますが、ウォーキング中などに見つけた東京の「ちょっとイカした坂道」を紹介して、みなさんのご機嫌を伺おうと思っているのです。私も東京中全部歩きつくしたわけではないので、「ここにこんなカッチョいい坂道があるぞ」という情報、大歓迎です。どうぞよろしくお願いします。

 第1回は、文京区音羽あたりにある「鼠坂」
 「ネズミでないと上り切れないような急な坂」ということでつけられた名前だそうです。その名の通り、階段がなければ、なかなか上り切れないような急勾配がなんとも男っぽく、惚れ惚れしてしまう坂道です。
 ああ、この名の由来は森鴎外の「鼠坂」という小説中に出て来るもので、もしかしたら鴎外が作った由来かもしれません。「御府内備考」という史料では、鼠ぐらいしか通れないような細い坂、というところからこの名がつけられた、としているようです。
 静かな、情緒感たっぷりの住宅地にある坂道をとことこと下ると、高速道路が伸びる騒がしい通りに出てきます。過去から現代に、つかの間の「タイムスリップ」をしているような錯覚に陥いるような、そんな坂道です。

 「Tokyo迷子ウォーキング」でも、たくさんの坂道を紹介しています。よかったらご覧ください。
 団子坂 なべころ坂 見晴坂 幽霊坂 坂だらけ麻布十番 富士見坂、桜坂
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by yochy-1962 | 2008-07-19 13:12 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)

by yochy-1962