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編集王子

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カテゴリ:東京坂道百景( 30 )

c0135618_1354020.jpg 「ギロッポン」から「モンノトラ」あたりは、まるで「坂で構成された街」と言ってさしつかえないくらいの、坂道のバーゲンセール状態なのです。
 あっ、モンノトラって「虎ノ門」のことね。さすがにそれは言わないか(笑)。

 だから、六本木辺りの坂道を探索して、ひとつひとつ丁寧に写真を撮った私なのですが、いざ紹介するときになって、たくさんの写真を目の前にして「えっとこれはなんという坂だっけ」とわからなくなってしまったのでした。どうしようもないっすねー。
 ということで、「六本木の坂大集合、名前を間違えているかもしれんぞ、でもそんなの関係ねぇー」という心持ちで、一気にこれらの坂を紹介して、我がパソコンのデスクトップをスッキリさせたいと思います。失敬です。

 まず最初の坂は「芋洗坂」。これは印象的な名前の坂なので、さすがに忘れることはありませんでした。
 六本木の交差点、有名な「アマンド」の横にある短い坂なのですが、情緒もなし、勾配もなしの、全然刺激的な坂ではありませんでした。
 昔、このあたりに芋問屋があったのが、この名前の由来だそうです。ちなみに、でっぷりした男が踊りながら歩いている姿は、見えませんでした。

c0135618_1732095.jpg 芋洗坂と交差するようにある坂が「饂飩(うどん)坂」です。やはり、その昔にうどん屋があったからついた名前なのだそうです。

c0135618_1739166.jpg こちらは「道源寺坂」。昔このあたりに道源寺というお寺があったことでつけられた名前……あっ、いまでもありますね。ちょっと急勾配で、都会のわりには緑豊かで、すがすかしい思いで駆け上がることができます。

c0135618_1743956.jpg こちらは「スペイン坂」。昔このあたりにスペインがあったことで……ってことはありません(笑)。スペイン大使館が近くにあることでつけられた名前のようです。
 この横には「アークヒルズ」があり、このあたりの再開発でできた坂なのか、なんとなく新しい、アーバンでしゃらくさい(笑)雰囲気を醸し出しています。

c0135618_17552857.jpg 「なだれ坂」。六本木アネックスの横にある坂ですが、昔はよく土砂崩れがあったからつけられた名前なのだとか。
 関係ない話ですが、三軒茶屋近辺に「蛇崩」という地名があるのですが、昔このあたりに蛇が崩れるように流れていたのでしょうか。わくわくどきどき、です。

c0135618_1820434.jpg ホテルオークラの横にある急勾配の坂が「江戸見坂」です。
 昔は、この坂の上から、江戸の街の大半が見下ろせたのだとか。いまでは考えられないことですが。

c0135618_18231029.jpg 「三谷坂」。高野山に登るまでに同じ名前の坂があるようですが、そことはなんの縁もゆかりもないようです。
 ちなみにこの坂は、昔このあたりに南谷、北谷、中谷という三つの谷間があったところからつけられた名前のようですが、どの谷が南谷なのか、北谷なのか、現在でははっきりしないそうです。

 と、ざっと六本木近辺の坂を紹介しましたが、地図で確認すると、これらはほんの一部。まだまだたくさんの坂が、このあたりに点在しています。全部制覇しようなんて思ったらノイローゼになってしまいそうなので(笑)このへんで。

 しかしまだまだ、坂道探索の旅は続いていくのです。今度はゴウホン、ヤーイリに進出する予定。
 ああ、「本郷」と「入谷」ね。しつこい?

坂の地図はこちらです。

ソレタ大文化祭は11月20日からです。ぜひお越し下さい。
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by yochy-1962 | 2008-10-19 18:35 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_025568.jpg 昔から言われ、伝わってきた坂の名前は、ほとんどその場所にあったものや、形状などに由来しているものだと思うのですが、そうなってくると、都会の一等地「麻布台」というところは、今でこそおしゃれな、汗だくのウォーカー(オレのこと)など入店拒否されてしまいそうな、しゃらくさい店がたくさんある街なのですが、昔はうっそうと草木が茂り、野生の動物が目を爛々と輝かせて、獲物を虎視眈々と狙っているような地帯であったことがわかります。
 まあ、いまだってこの街は、人間の顔をした狼やら狸やらが行き交うところではありますがね(と、ちょっとうまいことを言ったつもりのイノブタ野郎っす)。

 この坂は「狸穴(まみあな)坂」。ロシア大使館の横にある長い坂で、昔この坂の下に狸の棲む穴があったから、なのだそうで、決して狸そっくりの人がいた、ということではなさそうです(笑)。

c0135618_0252623.jpg こちらは「鼬(いたち)坂」。さすがに現在はイタチの姿を見ることはできませんでしたが、妙に人懐っこいネコちゃんがおりまして、いっしょにハイ、チーズ。
 この坂下に、島崎藤村の旧居住地跡という石柱がありました。お墓みたいだったんで写真は撮らなかったのですが。

c0135618_026481.jpg そしてこちらは「鼠坂」。文京区にも同じ名前の坂がありますが、昔、「細くて長い坂」を鼠坂と言う風習(?)があったそうで、案外ほかにも同じ名前の坂が点在しているのかもしれません。

 意外とこのあたり、緑が多く、爽やかな風はキンモクセイの香りを含み、とてもすがすがしい気持ちで歩くことができました。
 iPodからは槇原敬之の「GREEN DAYS」という曲が。ちょっと出来過ぎですが、いまの心境にぴったりの曲です。


これらの坂道の地図はこちらです。

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by yochy-1962 | 2008-10-13 01:34 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(0)
c0135618_21365775.jpg だいぶ涼しくなり、「裸の大将」状態でなくてもウォーキングできる季節がやってきました。
 ということで、私の坂道探索はついに「都心編」に突入です。そう、山手線内こそ、歴史を感じさせる坂道の宝庫なのです。しかし、半ズボンによれよれのTシャツ姿で、嫌がらせのように街を闊歩して、アーバンでファッショナブルな街の風景を汚してはいけない(下北沢ではパジャマみたいな格好で徘徊しているのですがね)と思い、秋になるのをずっと待ち続けていたのです。
 で、いまはもう秋。♪セプテンバーレインレイン ♪セプテンバー そしてあなたは〜。
 いよいよ解禁です。あっ、もうオクトーバーか。

 真っ先に向かったのは、虎ノ門近くの、都心で一番高い「山」(標高25.7メートル)、愛宕山にある「愛宕坂」です。
 坂といっても、これは愛宕神社の境内に向かう「石段」で、険しい坂を「男坂(石坂)」、ゆるやかな坂を「女坂」というのだそうです。
 この石段は別名「出世の石段」とも呼ばれていて、その昔、愛宕山に咲いている梅を欲しがった駄々っ子徳川家光さんのために、勇敢にも馬に乗ってこの石段を駆け上り、見事梅を持ち帰ってきた曲垣平九郎という四国丸亀藩の家臣がいて、その後「日本一の馬術の名人」として讃えられたことに由来しているそうです。

 しかしまあ、この石段、写真ではあんまりその「男っぽさ」がわからないのですが、とにかくものすごい急勾配。男の中の男、といった感じなのです。
 せっかくここまで来たのだから上ってみよう、そう、出世の石段というくらいだから、きっとオレにもいいことがあるはずだと、一段、二段、えっちらこっちらと頑張ってみたのですが、二十段あたりで、「あー、来なきゃよかった」と後悔してしまいました。
 階段が急過ぎて、上を見るにはのけぞるような体勢にならなくてはならず、だからといってのけぞったりすると、そのまままっさかさまに転がり落ちてしまいそうな感じなのです。
 だから、だだひたすら目の前の石段を見つめながら、なにも考えず、「あっ、オレって高所恐怖症だったっけ」などと思い出すこともせず、一段、一段踏ん張るように上っていく、あるいは四つ足の動物のような姿勢で上っていくしかないのです。
 まだかな、まだかな、と無心で上っていくうちに、やっとてっぺんにたどり着いたときは冷や汗でびっしょり。「自分で自分を誉めてあげたい」心境でした。ふうっ、疲れたあ。生きててよかった。
 ちなみに、愛宕神社のすぐ横にはNHKの放送博物館があり(もともとはここにNHKがあったのですね)、反対側には田崎真也さんのワインサロンなどもあるようです。

c0135618_21371585.jpg さすがに男坂はもう結構だと(しかし勇敢なおばちゃんが、手すりにつかまりながらも男坂を下っていました。おばちゃん、そんなに地獄に、いや天国に行きたいのか〜い)、そのすぐ横にある「女坂」の方を下っていったのですが、こちら「女」といっても決して油断のならない、結構急な坂なのです。一歩一歩踏みしめるようにして、慎重に下っていって、無事に下りられたときにふうっと深いため息。
 どーっと疲れた坂探索でした。なんだか、鬼嫁と呼ばれる奥さんがいる家に遊びに行って、手荒な歓迎を受け、ぐったり疲れ果てて帰ったみたいな、そんな心境です(笑)。


愛宕坂の地図はこちらです。

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by yochy-1962 | 2008-10-05 23:04 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(8)
c0135618_18475757.jpg はたらけど

 はたらけど猶わが生活(くらし)
 楽にならざり

 ぢっと手を見る



 ……キャーッ、結婚線がないっっ!



 冗談はこのくらいにして(ホントに冗談かよ)……いや、あるんですよ、結婚線。太〜いヤツがね、2本も(笑)。
 それがね、両方とも二股になってるんですよ。すごいでしょ? これって2回結婚して、2回とも別れるってことなのかな?
 ……まあいいや、手相なんかあてにならないってことですよね。それにオレ、ある意味結婚しているようなものだし(……ってどういうことでしょう。どういう妄想をしているのでしょう、コイツは)。

 ホントに冗談はこのくらいにして、どうしていきなり石川啄木「一握の砂」の詩からはじまったのかと言えば、小石川図書館目の前にある「団平坂」のすぐ近くに、啄木終焉の地があり、現在はマンションになってしまったその地の前で「はたらけど〜」と自然に口が動いていたというわけです。
 そんなこと書いたりして、ちょっとした文人気取りですね〜。まあ、すぐにお腹がすいていることに気づき、定食屋で飯かっ食らったんですけど(笑)。

 それにしても、薄幸の詩人というイメージの石川啄木ですが、実は、常に貧乏だったのは横恋慕したり、遊郭などの遊びが激しかったからなのだとか。そんな話を聞くと、こんな詩を読んでもシラーッと「当ったり前だろそんな遊んでばかりいたら」なんて思ってしまいます。
 啄木だけでなく、例えば野口英世は大酒飲み、それも酒乱の傾向があったそうで、彼が酒場に顔を出すと、それまでいた客は、みんな顔をしかめて退散してしまったのだそうです。
 また、宮沢賢治も「貧乏人の代表」みたいなイメージがありますが、彼が荒れた田畑に立ちつくしている有名な写真、あの写真で着ているコートはビロードの結構な代物で、そして実は相当な美食家だったのだとか。

 まあ、実生活がいくら荒れていても、またイメージと違っていても、珠玉の作品を残したり、後世に残る発見をしているのですから、なにも責めるつもりはないのですがね。だから私が思いっきりファンタジックな名作を残したとしても、「なんだよアイツ、酔っぱらうとエロ話ばかりして思いっきり引かれてるくせに」などと言われる筋合いはない、ってことなのですね。
 ……名作を書き上げてから心配せよ、って話なのですが(苦笑)。

 ちなみにこの「団平坂」、昔このあたりに団平という米つきを商売にしている人が住んでいたのが名前の由来だとか。
 そして手相の話ですが、私、昔は手首まで伸びる「生命線」が自慢だったのですが、歳を取るにつれて、それがだんだん短くなってきているのがちと気になるところです(苦笑。一応90まで生きるつもりだしな)。

団平坂の地図はこちらです。

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by yochy-1962 | 2008-09-30 20:01 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(2)
c0135618_1255620.jpg 文京区音羽あたり、「小日向」一帯はさしずめ「坂銀座」のようで、あっちこっちに風情のある坂道が点在して、よし、今日はこっちの坂、次の日はあっちの坂と、まるで尾道のごとく、マニアにはたまらない地域となっています。
 ただ、このあたりはちょっとしたお屋敷街で、なんだかツーンとお澄まししたような感じなのがしゃらくさいのですがね(笑)。

 この坂道は「八幡坂」といって、近くにある今宮神社の地が、昔は「田中八幡宮」という神社であったことからつけられたようです。
 普段、私たちは何気なく会話の中で「八幡がさぁ」とか「八幡宮行く?」などと使っていますが(それほど使わないか)、それもそのはず、全国で八幡宮とか八幡神社と呼ばれる場所は1万、あるいは2万もあるのだとか。
 八幡神社の総本社は、大分県宇佐市の宇佐神宮(宇佐八幡宮)なのだそうです。農耕神あるいは海の神とされているのですが(だから全国一帯にあるのでしょう)、鍛冶の神ではないかという考えもあるのだそうです。また、源氏の氏神だとする信仰が生まれ、それ以来は武家の守護神になりました。
 私の田舎では「八幡山(やわたやま、と読む)」「八幡神社(やわたじんじゃ)」があり、子どもの頃の遊び場だったり、お祭りの思い出にまつわる場所でした。だから「稲荷神社」よりは馴染みがあるのですが、生まれ育った場所によって、感覚は人それぞれかもしれませんね。

 さて、気候もだんだん涼しくなってきて、ウォーキングをしても、だらだらだらーっとメイクが落ちてしまうほどの汗をかくこともなくなりました、ってメイクなどしていませんが(笑。してたら一躍有名人だね)。
 そして、紫外線の量も減ってきたのか、それまで夜中にしか見られなかった「ウォーキングおばちゃん」軍団の姿を、昼間にも見られるようになりました、ってうれしいわけじゃありませんが。

 しかしおばちゃんたち、どの書物をよりどころにしてウォーキングスタイルを決定しているでしょう。あまりにも張り切り過ぎて、わっせ、わっせと大きく手を振り、鬼のような形相で(もともとそういう顔なのかもしれないけど)、思いっきり力を入れたスタイルで歩く方が多いのですが、実は、これはかえって体のどこかに無理がかかり、足が痛くなったり膝が痛くなったり肩が凝ったりで、長くは続けられないウォーキング法なのですね。
 なるべくなら力は抜いて、手は握らない。胸は張り過ぎない、そしていつもよりも大股で歩く……。これだけで十分ウォーキング効果はあり、なによりも無理がないので長く続けることができるはずです。これは、現在売れっ子の健康運動指導士から直接教わったことです。ぜひご参考に。

 あっ、そうそう、私が訪れた坂道の一覧を、地図付きで見られるようになりました。ご興味のある方は、ポチッと下を押してみてください。
 いや、決して変なサイトに誘われることなどありませんから(笑)。
詳しい地図はこちら。

ソレタ大文化祭は11月20日からです! ぜひご覧ください。
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by yochy-1962 | 2008-09-21 01:26 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(2)
c0135618_0504328.jpg ウォーキング中のお供、私の愛するiPodさんが、先日のゲリラ豪雨によってお亡くなりになってしまいました。くすん。
 いや、死んだなんて言わせません。購入してまだ1年、そんな夭折などさせてたまるか、修理してもらおうと鼻息を荒くして購入した店に行ったのですが、どうもiPodに関してはお店では対応してくれず、アップルストア等でなんとかしてくれということで、明日、実は水に濡らしたということは口が裂けても言わないで(水没の場合は保証が利かないって言うし)コールセンターに電話し、なんとかしてもらおうと思っています。
 実物を見たらバレバレかもしれんけどさ。

 で、ここ数日は、音楽なしのウォーキングを強いられているのですが、音楽というものは、特に威勢のいいアップテンポの曲などは、なんだかうきうきとした気分にさせてくれて、足取りも軽く、長丁場のウォーキングを実に楽しい時間に変換させてくれるものです。
 いつもウォーキングのときは、アース・ウィンド&ファイヤーとかスティービー・ワンダーとか、EPO、スガシカオ、70年代ディスコミュージック、ピンクレディーなどをよく聴いていたのですが(笑。難しい顔をして坂道を駆け上がっているのだが、実はiPodではピンクレディーが流れているってことを誰も知らない……こんな楽しいことはありません)、無音でただひたすら歩くのが久しぶりで、なんだか物足りないなあなんて思ってしまったのでした。慣れとは恐いものです。

 しかし、耳を済ましてみると、昼間の公園ではツクツクボウシが鳴き、夜は秋祭りの提灯とともに笛、太鼓の効果音(実物でないのが、なんとも都会的なのですが)が聞こえ、うん、これもいいんじゃないかと思うようになるものです。
 何の音もないときは、自作の即興音楽(笑)が思わず口からこぼれます。意外と、脳活性化のためにはiPodをしないで歩くのがいいのでは、とも思ってしまったのでした。

 畳屋坂は、成城の東宝スタジオのすぐ近くにある、木々に囲まれたゆるやかな坂です。その名の通り、この近くに畳屋さんがあったということで名付けられた坂のようですが、現在では畳屋はおろか、店らしきものもなく、静かな静かな坂になっています。
 畳のない部屋に住んでもう10年になるのですが、畳の匂いは大好きで、畳屋さんの前を通ると、いつも思いっきり深呼吸をする私です。
 しかしそういう風に思うようになったのはここ最近で、以前は畳がないアーバンな部屋に憧れて、どうしても和風にせざるを得ない畳の部屋を嫌っていたのですが、新しいイグサの匂い、そこで思い切り昼寝をして、思い切り畳の跡を顔につけて……なんてことが、なんとも贅沢だと思うようになりました。

 ないものねだりというのでしょうか、失ってみて初めてわかる幸せある、ということなのでしょうか。しかし、ないのならないで、それなりに新しいものを見つけて生きていくのが人間なのでしょうか。
 後戻りはできませんから、とりあえず歩いていくしかないのでしょう。前を向いて、明日もウォーキングー、です。
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by yochy-1962 | 2008-09-13 01:46 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_258290.jpg ああでもない、こうでもない、あれがああだからこうしなくちゃいけない、でもああされたらこうなるだろう、でもでもやっぱりああしなくちゃいけないよな、反省。でもでもでも……と、なにかと悩み多き昨今の私です。ってなんのこっちゃわかりませんね。失敬です。

 そんな私にとって、ウォーキングは唯一の「癒し」です。とりあえず悩みを封印して、ただひたすら歩く、歩く、歩く。汗をびっしょりかいて、知らない土地を旅人の目線で眺め、空想の世界に浸ることができる時間があるからこそ、なんとかなるだろう、いや、なんとかなるはずだ、いや、なんとかなってるじゃないか……とマイナス思考にまみれた「ヘタレ」の気持ちをリセットすることができるわけです。
 もしかしたら、歩き続けていくうちに、なにか「答え」が出てくるような気もするのです。自分が生きていくことの意味、どんな思いをバトンに込めて次世代につなげていけばいいのか、そんな答えも出てくるような気がするのです。

 座頭ころがし坂は、砧公園の西にある大蔵運動公園の、端っこにある短い坂です。
 このあたり一帯が「山」ですから、坂道はいたるところにあったりするのですが、どうしてこの坂だけが「座頭ころがし坂」という名称で呼ばれているのか、それはわかりません。ふだん注意深く歩いているはずの座頭=盲目の人までもが転がってしまうような急な坂、ということなのかと思ったら、実際に座頭が転げ落ちた坂だったようで、それが名前の由来になっているようです。

 とても変わった名前の坂なのですが、同じ名前の坂が、全国に多数存在しているようです。そんなに多くの座頭が坂を転げ落ちたかと思うと、とても気の毒な気持ちになってしまったりもするのですが、この坂をああでもない、こうでもないと思案に暮れながら歩いたのも私だけではない、と思い、気を取り直して歩いていこうと思ったりもするのでした。
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by yochy-1962 | 2008-09-09 01:03 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_21361277.jpg 映画「病院坂の首縊りの家」といったら、金田一耕助シリーズの最終章であり、当時アイドルだった桜田淳子が堂々「演技派女優」として好演した映画としても知られていますが(ちょっとひいき目、かな)、先日「青春の坂道」を探すために、坂道マップなるものをチラチラと眺めていたら、実際に「病院坂」という名の坂があることを発見し、こちらも行くしかないと思い、「裸の大将」スタイル(笑)で、セレブな街「成城」へと向かったのでした。

 病院坂はゆるやかで、くねくねっとした坂道です。車で常に混雑していて、物思いにふけりながら歩いていたら、たちまちクラクションに脅かされそうな雰囲気の坂でもありますが、このあたりはなにげに緑が多く、とても気持ちよく歩くことができる坂です。
 坂の上に「どうぶつ病院」があり、もしやこの病院が名前の由来? なんて思いましたが、あとで調べてみたら、昔、このあたりに野戦病院があり、それが名前の由来になったという説があるのだそうです。

 で、「首縊りの家」はどこなのだろうと一瞬思ったのですが、さすがにそういう家は見当たらず(笑。あっても恐くて撮影できないね)、というより、小説「病院坂の首縊りの家」の舞台になった坂は、実は高輪方面にある坂で、路地の様子や交番の位置までもが小説の記述通りなのだとか。
 原作者の横溝正史先生のお宅が、この坂の近くにあった縁で、小説のタイトルとして拝借されたのでしょう。しかし映画のロケではこの「病院坂」が使われたそうです。近くに「東宝スタジオ」がありますから、都合も良かったのでしょうね。

c0135618_22314811.jpg さて、もう一度映画を観たくなりました。
 ロードショーの頃は高校生だった私ですが、一緒に行った友人のひとりが「オレ、淳子恐い」とつぶやいたのが、なぜか印象に残っています(笑)。
 恐ろしいシーン連続の映画でしたからね。しかし「男の子」ですから、恐い「映画」だとは言えず、責任を淳子に転嫁したのでしょう、ってなんのこっちゃ。
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by yochy-1962 | 2008-09-07 22:43 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(2)
c0135618_18585295.jpg 先日グルメッチーさんたちと三軒茶屋「三茶氣」で飲んだのですが(カメラ忘れのため記事は省略。まあ、グルちゃんと飲むときは私、いつも腹がよじれるくらい笑い転げ、すっげーカロリー消費した気になって帰るのが常、です。でもオレ、いくら痩せたからってガンじゃありませんから。笑)、「そうそうヨッちゃん、俺たちの旅で使われた坂は行ったの?」と言われ、坂道評論家と名乗っておきながらその坂道の存在すら知らなかった私は、屈辱感で顔がカーッと赤くなり(ってほどじゃないか)、悔しくて次の日、さっそくその坂の探索に向かったのでした。

 「俺たちの旅」とはご存知、中村雅俊、田中健、秋野太作(当時は津坂まさあき、だったかな)主演のドラマです。デビュー当時の岡田奈々がなんとも初々しく、下駄履きの中村雅俊がなんとも暑苦しかった(笑)作品なのですが、私、残念ながらこのドラマはあんまり見ていないのですね。というより、当時田舎のテレビではタイムリーで放送されておらず、夕方の放送でチラッと見た程度なのです。
 ですからあまり思い入れもなかったりするのですが、それでも、オープニングで映る坂道はとても印象的で、ああ、大きくなったらオレもこんな風に、笑い転げながら朝の坂道を歩いたりするのだろうか、なんて漠然と思ったりもしたのでした(ホンマかいな)。

 で、大人になった今、たったひとりでこの坂道に佇む私……。ぽつーん。
 この坂は特別な名称がなく、通称「岡本3丁目の坂」などと呼ばれているようです。なんだか情緒がありませんねえ。でも、関東の「富士見」坂100選に選ばれている坂のようで、そんな標識もありました。なるほど、天気のいい冬の日などは、坂の上から多摩川越しに、富士山の頭がちょっとだけ見えてもよさそうな感じではあります。

 とてつもなく急勾配の坂なので、スリップなどの事故が懸念され、滑り止めが施されたり、コーンが置かれたりと、「情緒」という点ではいまひとつ、なのですが、危なっかしくて、尖っていて、それでいて美しくてなんとなく物悲しい、この坂こそ「青春の坂道」と命名するにふさわしいのでは、と思ったのでした。
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by yochy-1962 | 2008-09-05 19:36 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(8)
c0135618_1302655.jpg 先日、現在私が抱えている懸案事項について、ある人から「どうしてそんな方法で進めているの、直接こうしてこうやった方が、全然いいじゃないの?」と言われ(読んでいる方にはなんのことかさっぱり、でしょうが)、ハッとしてしまいました。
 確かにその通りのことでして、どうして私は、それまでなんの義理もないあるところに気を遣って、事を進めようとしていたのか、もっと簡略化して進めた方が全然楽だったのに、言われるまで全然気がつかず、気がつこうともせず、ちょっと愕然としてしまったのでした。
「オレって、モノを俯瞰に見る力がないよね……」
「……ときどきね(笑)」

 猪突猛進と言えばかっこいいのですが(いや、それほどかっこ良くないか)、自分がこうだと決めたら、なにふり構わずに突き進んでしまい、後戻りができなくなってしまうという経験が、これまでも何度か私にはありました。仕事についても、……恋愛についても、そうだったかもしれません。
 自分を客観的に見て、ときどき立ち止まって、違う角度から見つめてみる。物事を俯瞰に見る力が、決定的に私には欠けているのですね。
 空を飛ぶ夢は見ることはできても、どのくらいの高さを飛んでいるのか、果たしてそれは本当に空なのか、飛んでいるのか落ちているのか……。
 地上に突き落とされてから、初めて気がつくのです。

 しかし、誰にも相談せず、途中で失敗だったと気がついても、自分ひとりで泣けばいいや、と思うところもあったりしました。うん、それでもいいや。いや、よくないけれど、それでもいいや……。

 そんなことを思いながらの帰り道、唐突に坂道がありました。
 山手通りを代々木八幡駅近くで上原方面に折れたところにある坂道です。このあたり、やたらと坂が多いのですが、ちゃんとした名称がある坂道は皆無です。
 坂道を一気に駆け上がり、振り返って汗を拭きました。
「そういえば坂が好きだとか言いながら、上った坂道を振り返ったこと、なかったなあ。別の角度から、俯瞰の視線で坂道を見てなかったなあ」
 ということで、この名無しの坂を「俯瞰坂」と名付けたのでした。
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by yochy-1962 | 2008-09-04 02:10 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(6)

by yochy-1962