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カテゴリ:東京坂道百景( 30 )

 あるときふと、「東京 坂道」で画像検索してみたところ、自分が撮った「のぞき坂」(目白の当たりにある、とんでもない急勾配の坂)の写真がトップに登場して、なんだか天下を取ったようないい気持ちになって、久しぶりに坂道探索です。
 あいかわらずの単純なヤツでございます。友人からは「そんな検索するのはお前ぐらいだ」とも言われましたが(苦笑)。
c0135618_2251454.jpg こちらは港区高輪近辺にある、「魚藍坂」という坂です。
 前々から行ってみなくては、と思っていた坂です。というのも、この坂は金田一耕助シリーズ「病院坂の首縊りの家」の舞台になった坂と言われるところなのです。
 魚藍寺というお寺があるところからつけられた名前だそうですが、このお寺のほか、近くにある高松宮邸の様子まで「病院坂〜」の原作通りの風景が広がっています。
 といっても、昔のまま、はそのくらいなんでしょうけれどね。しかし高級そうなマンションが建ち並ぶ中でも、昭和初期と思われるような家々がところどころに残り、お寺が多く、何となく終戦直後の、ちょっと淋し気な雰囲気が容易に想像できるような気がしました。
 ちなみに本物の「病院坂」は、原作者の横溝正史さんのご自宅近くの、成城近辺にある坂の名前。この坂については、こちらに詳しく書かれています。
 c0135618_22511087.jpg このあたりはちょっとした「坂銀座」状態でして、せっかくだからとほかの坂も探索。こちらは「伊皿子坂」という、ちょっと変わった名前の坂。明国人(中国人)の伊皿子(いんべいす)という人が住んでいたところからつけられた名前、とのことですが、そのほかにも説があるそうな。明国人とあえて書くあたり、いつ頃の時代のことなのでしょうかね。
 この坂と魚藍坂が突き当たる十字路あたりに、高松宮邸があります。
 c0135618_22511724.jpg こちらは幽霊坂。いったい全国に幽霊坂はいくつあるのでしょうか、坂道界(そんなものがあるんかい)の「鈴木さん」「佐藤さん」状態といったところでしょうか。
 その名の通り、この坂沿いにはいくつものお寺、墓地があります。夜歩くのは、ちょっと恐いかな。すぐ前を歩いているお年寄りが突然消えたりして……などと思いながら通りぬけました。
c0135618_22512012.jpg こちらも坂の名前としてはポピュラーな「蛇坂」。
「鼠坂」とか「狸坂」とか、動物の名前がついた坂が、東京にはたくさんあります。東京も、ほんのちょっと前は自然豊かな田舎だったんだなあと容易に想像できますね。

c0135618_22512450.jpg 蛇坂を上り切り、左にお墓群を見下ろし、右に普連土学園という学校(なんという脱力、もとい素敵なネーミング)を見ながら歩いていくと、「安全寺坂」という小さな坂があります。
 江戸の昔に、そういう名前のお寺があったのだそうです。お坊さんの袈裟が黄色かったんじゃないかと、勝手に妄想は膨らみます。

c0135618_22513569.jpg 普連土学園を囲むように、もうひとつの坂「潮見坂」があります。
 この坂の上から、芝浦辺りの潮の満ち引きが見えたというところからつけられた名前なんだそうです。ちょっと今では考えられませんが、そんなに見晴らしがよければ、きっと富士も望むことは出来たんでしょうね。

c0135618_22514080.jpg そして魚藍坂方面に戻る途中にあったのが「聖坂」です。
 昔からの通行路で、その昔、高野山の僧(高野聖)が商人を兼ねて、その宿屋があったところからつけられた名前なのだそうです。
 国道一号線(東海道)に沿った坂。昔から、いろいろな人が、いろいろな思いでこの坂を通っていたのでしょうね。想像するだけで楽しいものです。
c0135618_22515180.jpg 一通りの坂道探索を終え、さて歩いて渋谷まで……と国道方面に向かったのですが、これまで歩いていたところと、桜田通りとの段差は、なんと建物5階分!
 東京は坂の街。つくづく思いました。

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by yochy-1962 | 2016-05-05 00:19 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(0)
 先日、久しぶりになべころ坂あたりを歩いてみるかと、てくてく中目黒近辺を徘徊していたところ、いつも詣でる(?)この坂の様子がちょっと変わっていて、思わず写真に収めたのでした。

 ……ああそう、「なべころ坂」とは、祐天寺近く、中目黒の静かな住宅街に、ひっそりと佇んでいるといった形容がふさわしい、しかし読んで字の如く、鍋ぶたがころがってしまうほどの急勾配の、私好みの坂道。実は「日本坂道学会副会長」である(会員は2名だそうですが)タモリさんがこよなく愛する坂としても有名、なのであります。

c0135618_2055394.jpg で、どんな風に坂道が変貌していったのかを紹介しようと思うのですが、まず、これは「東京人」という雑誌に掲載された、タモリさん撮影の「なべころ坂」。
 いつごろに撮影されたのかは不明ですが、Y字路(タモリさんはY字路好きでもあるそうな)の中央に中華料理店があって、「あの中華屋さん、いまでもやってるのかなあ」というコメントを残しています。
 あっ、なべころ坂は、左の方の坂道。愛宕坂やのぞき坂、岡本3丁目の坂ほどの急勾配ではありませんが、閑静な住宅地の坂道は、いろいろ思案しながら歩くのに最適です。


c0135618_2055016.jpg つぎは、2007年、私がはじめてこの坂を訪れたときの写真です。こちらにも詳しく書いていますが、中華屋さんは閉店し、「売物件」みたいな看板が掲げられています。
 「味はまあまあだけど、やる気がないのか、夜8時ぐらいには閉まっちゃう」お店だったようです。一度入ってみたかったな。


c0135618_20545655.jpg で、今度は2009年。建物が壊され目印がなくなってしまったため、地図を持たずに歩く私は、すっかりこの坂の場所がわからなくなり、何度も通り過ぎて、やっと「ああここがなべころ坂」だと気がついたというお粗末さでした。
 ここにその様子が書かれています。


c0135618_20545281.jpg そして2011年。これがなべころ坂の最新画像です。
 どなたかがこの土地を購入し、モダンな家を建てられたようです。
 中華屋さんがあったときは、閑静でありながら、どこか昭和の匂いを感じさせてくれる一帯だったのに、すっかり平成の、アーバンな雰囲気の坂道になってしまいまったようです。
 まあ、時代は変わり、人も変わっていくのですから、仕方がないことかもしれませんね。それよりも、変わっていくものに迎合しない程度に付き合う術を手に入れる、そちらの方が大切なのかもしれません。


 ……などと書きつらねてきましたが、変わっていったのは坂道じゃなくて、坂道にある家、でしたね。
 なべころ坂は永遠に不滅です、たぶん。
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by yochy-1962 | 2011-11-03 00:00 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(2)
c0135618_22354570.jpg 岸田劉生というと「麗子像」が真っ先に思い出されると思いますが(クラスに1人はそういうあだ名の女子がいた、ってことはありませんか。笑)、それと同じくらい有名なのがこの絵、「道路と土手と塀(切通之写生)」です。
 岸田劉生の代表作のひとつであり、重要文化財に指定されている絵なのだとか。荒々しい斜面と青い空が印象的な、なかなか上り甲斐のある坂道のように見受けられます。

c0135618_223506.jpg 大正の一時期、岸田劉生は代々木近辺に住んでいたため、そのあたりを描いた絵がたくさん残されているのだそうです。ボーッと北参道あたりをウォーキングしていたとき、こんな標識を見つけ、ああ、あれはこの坂のことを描いたのだな、とあらためて知ったのですが…。

c0135618_2235177.jpg 実際は、絵とは似ても似つかない、こんな平和な、のんびりとした坂だったのでした。
 もし、この絵に魅せられて、モデルになった坂がぜひ見たいと出かけてみたとしたら、そうとうがっかりすることでしょう。
 区画整理とか、長い間に雨やら風やらで、だんだんと崖が平坦な道になっていったのだろうと思いますが、……これって、なんだか人が大人になっていく過程によく似ているような気がします。

 そう、若い頃は尖ったり強がったりしていたものが、あっちこっちにぶつかって、叩かれて、少しずつ丸くなっていくのが「人生」なのですね。
 まあ私の場合は、尖った上に丸い「化けの皮」をかぶっていますので、いまでも肉をそぎ落とせば、「ジャックナイフ」と呼ばれた往年の「悪魔」が復活するのですがね。
 ただ、肝心の肉のそぎ落とし方が、わからなくなっちゃってまして(苦笑)。


c0135618_2236912.jpg で、これは本文とは関係ないのですが、ここが「春の小川」なんだそうです。言い張っちゃってます。川が流れている素振りはありませんでしたが。
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by yochy-1962 | 2009-06-02 23:17 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(6)
c0135618_22445953.jpg この写真は、志村坂上で仕事をしていて、昼飯ついでにこの辺りをぶらぶらしていたところすっかり迷子になってしまい、汗だくになって坂道を駆け下りたときの一枚です。
 どんな状態でも坂道があれば写真を撮る、このプロ根性。さすがです私(って、なんのプロなのかはさておき)。

 この坂の名前「見次坂」というのは、近くに「見次公園」という公園があったのでとりあえずつけた名前で、正式な名称ではありません。
 「志村坂」という坂は、さすがに「志村坂上」という駅名があるくらいですからもちろん存在していて、駅を出たところにある大きな通りがそれ、のようです。車がびゅんびゅん通り、とても写真を撮ろうという気持ちにはさせてくれませんが、このあたりは一歩住宅地に入ると、こういった「イカす」坂道の宝庫だったりするのです。うん、探索しがいのある街なのです。

 で、話はいきなり変わるのですが、最近いろいろな雑誌の校正を見せていただく機会が多く、それぞれの雑誌編集者が入れる「アカ」(赤字で間違いや訂正を書いたもの)を見て、なかなか勉強になるなあと思う毎日なのです。
 いや、どちらかといったら「反面教師」的な勉強、です(笑)。
 というのも、校正には初校、再校、以下三校、四校……、最後には念校があり、いよいよ印刷、出版、となるのですが、時間の節約、経費の節約、そしてもちろん紙の節約のことを考えたら、初校だけで校正を終わらせるのが優秀な編集者といえるのでしょう。しかし、三校、四校まで出して、嬉々としてまだ赤字を入れている物件を見ていると、うーん、こんなものを出しているのは、はっきり言ってア◯な編集者と言わざるを得ないなどと思ってしまうのです。

 もちろん、写真が命、のグラビア雑誌なのに、なかなかオペレーターが思うような色を出してくれなくてやむを得ず再校、三校、となる場合もあるでしょうが、写真の色具合を見たいからといって、レイアウトもなにもしない状態で「写真だけの」色校正を出したりするのはなんだかなあ、なんて思ってしまいます。まあ、いろいろな事情があると思うので(例えば著者がものすごーくうるさいとか)十把一絡げにしてはいけないのですがね。

 あと、ミミズがのたうちまくったような赤字とか、校正なのかひとりごとなのか解らないような赤字、「絶体ダメ」とか書かれた、子ども向け教育雑誌の赤字(百恵ちゃんかよ)、「地球にやさしい」を謳った雑誌の三校(紙をバンバン使ってどこが地球にやさしいんじゃい)など、矛盾だらけ、なかなか考えさせられる物件もよく拝見します(だいたい大きな出版社の編集者に、こういうお方が多いのですよっ)。
 政治家がとーしたこーしたとご立派なことばかり言う前に(実際に言っている場に遭遇したことはありませんが)、まずご自分のやってらっしゃることをよーく考えて……………、

 とか書いているうちになんだか旗色が悪くなってきたようです………、実は、これらは私にもそのまま言えることだったりするので(校正なのかひとりごとなのかわからない赤字をよく書くことで有名)、まあみなさん、頑張りましょう、ということでここはドロンさせていただこうと思っています。さいなら〜。
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by yochy-1962 | 2009-05-25 23:30 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_23344465.jpg 最近は土、日とも仕事をしているため、友人たちと夜通し昭和歌謡を研究する機会もなく、いささか欲求不満の日々が続いています。
 そんな私を癒してくれるのは「マッサージチェアー」。ゆったりとした重厚な椅子に座り、機械の動きに体をゆだねる15分間。貴族になったかのような気分で、ウォーキングで疲れきった足から腰、背中、肩のこりをほぐしてもらい、つかの間の快楽時間を得ているのです。
 最近の、こうした器具の性能はたいしたものです。「うーん、そこそこそこ、そこのこり〜」と、思わず小林幸子張りの声も出てしまうくらい気持ちがよく、うーん、生きててよかった。明日も頑張ろうと思わせてくれるのです。
 そんな私の喘ぎ声を聞きたい方は、夕方以降の新宿ビックカメラにいらしていただければ、もれなく聞かせてあげますよ(笑)。そうそう、そんな20ン万もするような高価な器具、買えるわけないっしょーっ。

 さて、私の坂道探索は相変わらず続いているのですが、ここのところの昭和歌謡ブーム(オレだけの話ですが)でなかなかブログにアップする機会がなく、写真だけがどんどんたまってしまい、なんだか便秘状態だなあと、ここで一気に紹介させていただくことにしました。この写真は、以前カメラの調子が悪くて撮影できなかった、江戸川橋近辺にある「胸突坂」。
 横に関口芭蕉庵があり、とても険しい坂で、胸を突くようにして上らなければならないところからつけられた名付けられた坂なのだとか。

c0135618_2335748.jpg こちらは、先頃日本郵便のCMでも登場した富士見坂(右)と日無坂(左)。遠くに見える新宿高層ビルがなかなかいいアクセントになっています。ああ、こういう景色を毎日見ながら暮らしてみたいものですねー。

c0135618_23354077.jpg こちらは高田馬場近辺の神田川とも早稲田通りを結ぶところにある坂。しかし、いろいろ調べてみてもこの坂の名前は見つかりませんでした。こんなリスのオブジェがありましたので、仮称「栗鼠坂」とでも名付けておきましょう。高田馬場近辺も、一歩入ればこうした昔ながらの住宅地が広がっているのですね。

c0135618_23342745.jpg 最後は渋谷区西原近辺にある「名もなき坂」。このあたりは実は坂のメッカでもあるのですが、歴史のない住宅地だからなのか、ひとつひとつに名称がない坂が多いのです。街おこしの一環として、こういう坂の名称を一般公募でもしたらおもしろいのになあ、なんて思ってしまいましたがね。おこす必要などない、と言われたらそれまでですが。

 ああ、すっきりしました。お付き合いいただき、ありがとうございます。また明日から「昭和歌謡」、徹底的に追及したいと思います(まだやるのか、ってか)。
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by yochy-1962 | 2009-04-19 00:03 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_10234669.jpg
 こちらは茗荷谷にある、小石川植物園あたりと春日通りを結ぶ「播磨坂」の桜です。
 有名な桜のスポットでもあるのですが、お上品な場所柄、酒を飲んで暴れるようなヤツなどおりません。あくまでもつつましく、たおやかに、楚々とした感じで桜を楽しんでおられます。いいですねえ、これぞ花見の醍醐味。ただ飲んで騒いでいるだけのヤツらは、桜のかわりにトイレットペーパーをちぎった花吹雪でもきっと気がつかないでしょう(笑)。

c0135618_1024023.jpg この日は仕事の関係者と夜桜を見よう、ということで訪れたのでした。ですからこれらの写真は先週の金曜日の昼間、満開が宣言された日に撮影したものなのです。一応この日、夜桜も撮影したのですが、我が後期高齢者カメラは「む、無理ですこんな暗いところでは」と撮影を拒否してしまいました。もう、お前、見限るぞ!

c0135618_10242166.jpg 我々は「楚々とした感じ」を保ちつつ(手には缶ビールが握られていたのですが)、有名なケーキ屋さん「パティスリーマリアージュ」に直行。
 そうです。この日の本題は桜ではなく、「チューボーですよ」に街の巨匠として何度も登場している、カリスマパティシエのケーキ屋さんに行くことだったのでした(花より団子の典型例、です。酔っぱらいをバカにする資格はありませんね。撃沈)。
 ベルギーで修業したパティシエというだけあって、チョコレートのケーキやワッフルが絶品だということですが、夕方ということもあって、もうほとんどが売り切れ、が残念でした。しかし、この甘さを抑え、スポンジがちょっと特徴的なロールケーキといい、ほかの方が食べたケーキといい、やはり絶品絶品こりゃ絶品、のケーキでした。
 ホントは写真撮影禁止、なのだそうです。店員さんの目を盗んで撮っちゃいました。すまぬすまぬすまぬ。許してい。

c0135618_10243362.jpg ケーキ屋さんを出た我々は、生ホッピーを飲ませてくれるというお店に直行(まったくもう、結局花見はどうしたんだ、って感じ。それもケーキ→居酒屋とはどういう流れなんだ)。
 しかしどの店も満員御礼で、すっかり「居酒屋難民」状態となった我々は、半ば呆然としながら茗荷谷駅近くにある「林泉寺」の「しばられ地蔵」を鑑賞。
 このお地蔵さんは、願いごとのあるとき、このお地蔵さまを荒縄でぐるぐると縛り、願いごとがかなったら縄をほどく、というものらしいです。決してそのケがあるお地蔵さんではなさそうです(笑)。
 しかし、ほどけていない縄がたくさんあるというところを見ると、なかなか願いは叶っていないのかもしれませんね。煩悩とは限りないものです。

 で、居酒屋はどうしたんだ! 続く。
うそぴょん。続きません。詳しくはにこけんブログで。
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by yochy-1962 | 2009-04-07 10:55 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_1263210.jpg 久しぶりに坂道探索、でございます。
 というか、相変わらずいろいろなところに出没し、迷子ウォーキングを堪能している私なのですが、「後期高齢者」の仲間入りをした我がカメラが、ときどきストライキを起こし、まったく動かなくなってしまうときがあるのです。
 それが不思議なことに、食いものを目の前にしたときだけはしゃきーんと、ビタミンCを飲んだあとの速水もこみちの如く、精悍な顔つきになってバシバシと働いてくれるのです。食い物の前だけなんて、これはいわゆる「ペットは飼い主に似る」と同じようなものなのでしょうか(苦笑)。

 この日も、本当は目白台にある椿山荘あたりの坂(胸突坂)を探索しようと意気込んで出かけたのですが、やはりカメラが全然機能してくれず、夕刻になって、もう帰ろうと思ったときに、多分ダメだろうなあと思いながら撮ったこの坂の写真だけがかろうじて残り、こうして紹介しているわけなのです。

 しかし、「三丁目坂」とは、なんとも風情のない名前ですねえ。なんでも、旧音羽三丁目から、西の方目白台に上る坂ということで三丁目坂と呼ばれたらしいのですが、近辺に気の利いた人が住んでいたら、もうちょっと洒落たネーミングで呼んでいたのではないかなどと思ってしまいました。
 まあ、坂の名前などというものは、格好良いネーミングをみんなで命名するものではなく、坂上、坂下にあるものを由来として、人々から呼ばれ続けて定着していくものなのだとは思うのですがね。だから「芋洗坂」も「饂飩坂」もあるわけなのですね。

 それよりも、このあたり一帯の「音羽」という地名の由来の方が気になり、調べてみたところ、1697年(元禄10年)に護国寺領となり町屋にしたが人が入らず、奥女中の音羽という人物にこの地が与えられたために、この名を町名としたのだそうです。
 うーん、人が入らず、か。ウチの横にある賃貸マンションも、現在半分が空室という状態。壁が薄いとかいろいろ噂は聞いたことがありますが、いくら不況とはいえども、ここまで来るとねえ、人事ながら心配もしてしまいます。
 音羽のようにいろいろ発想を変えていかないといけないんじゃないか……って人のこと言えたものではないのですがね(苦笑)。
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by yochy-1962 | 2009-02-15 02:44 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)
c0135618_212277.jpg 東京一急勾配の坂といわれるのがここ、目白台にある「のぞき坂」です。
 坂上から坂下に向かう車が、一瞬のうちに消えていってしまうくらいの急勾配。運転する方にとってはちょっとした「ジェットコースター状態」でしょう。大きな勇気が必要のようです。
 この坂を制覇して、私の坂めぐりもひとつの「クライマックス」を迎えたような、そんな充実感でいっぱいだったりします。

 坂の下から女子高生のスカートの中が覗ける、ということでつけられた名前……なわけはないですが、実際に坂の上にミニスカートの女性が歩いていて、一生懸命中を覗こうとしたとしても、あまりの急勾配のため、のけぞり過ぎてすってんころり、になってしまうこと必至です。これを見てよし、オレものぞき坂に行こう、なんて思ったエロおじさま、注意が必要です(笑)。

c0135618_214371.jpg 目白台というところも坂の「宝庫」でして、ここで一気にご紹介。
 ここは「宿坂」(しゅくざか)。左にあるのは金乗院というお寺で、「目白不動尊」はこのお寺にが置かれているそうです。

c0135618_22623.jpg こちらは「稲荷坂」。坂の下に、どうしてこんなところに、という感じで「鐘」があったのですが、よくよく調べてみたら、ここが坂名の由来となった「高田稲荷大明神」という稲荷神社なのでした。昔は結構参拝していた人もいたようですが、現在は、ホントに気がつかないくらい地味な神社でした。

c0135618_222853.jpg 「富士見坂」。
 東京にいったいいくつあるの、という感じの坂名です。現在はさしずめ「高層ビル見坂」、って感じです。

c0135618_224392.jpg 豊島区と文京区の境にあるのが「日無坂」。名前の通り、日の当たらない、ひっそりとした坂道ですが、とてもいい雰囲気の坂です。雑誌「東京人」の坂特集で、翻訳家の青山南さんが歩いているのがこの坂ですね。

c0135618_23676.jpg 日本女子大の横に伸びるのが「幽霊坂」です。この坂名も東京にはたくさんありますが、幽霊さんにも、幽霊っぽい女子大生にも遭遇しませんでした(笑)。
 ここを歩いている私を見た人が、「幽霊坂に幽霊がいた!」と騒ぎ出している可能性は、あるかもしれません(こんなふくよかな幽霊がいるものか)。

c0135618_233837.jpg 「小布施坂」。手の行き届いていないような、古びた感じがなんともいえず「グー」な感じです。
 「マンション建設反対!」みたいな張り紙がいたるところにあって、みなさんいろいろ大変だなあなどと思いながら通り過ぎたのですがね。これも街歩きにはよく見る光景だったりします。

 よく歩きました。その後で飲んだビールのうまかったこと!!(新宿「豚◯商店」へと話は続くのだった……)。


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by yochy-1962 | 2008-11-06 02:51 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(6)
c0135618_16381.jpg 上京してからもう25年以上が過ぎ、ふるさとで過ごした期間よりも、ずっと長い時間を東京で過ごしているというのに、いまだにふるさとで過ごした時間の方が長く、濃密な時間を過ごしてきたような気がしてしまったりもします。

 それは、ふるさとで過ごしたのは脳が飛躍的に発達する期間だとか、感受性が強い時期に過ごしていた場所だからなのかもしれませんが、そのためなのか、いまだに東京を「仮の住まい」と思っているようなところがあるのです。
 どこか腰を浮かせて暮らしているような感じが、いまだにあったりするのです。

 東京で「ちゃんとした」、根を張ったような生活をしている方なら、そんなことなど思うことはないのかもしれませんが、私はご存知のように「根無し草」状態(苦笑)ですから、こんなことを思うのかもしれません。一生「モラトリアム」状態。そんな人生、幸せなのか不幸せなのか。
 たぶん不幸せですね(またまた苦笑)。

c0135618_17033.jpg だから、たとえぱ私が余命3か月と宣言されたとしたら、真っ先にすることは、ふるさとに帰ることなのでしょう。
 幼い頃に遊んだ場所や、海でぼんやりとした時間を過ごし、昔の友達に会ったりして、静かな静かなひとときを過ごすと思います。いや、別に、今の友達を軽んじているつもりはありません。それよりも、今の友達には、ぜひ私のふるさとに来ていただいて、私の「ふるさと自慢」を聞いていただきたいなあと思います(笑)。あっ、いまでもしょっちゅう聞いていますね。失敬でした。

 だったら余命3か月とは言わず、いますぐにでもふるさとに帰ればいいじゃないかと思うかもしれませんがね。まあ、これからもずっと東京で暮らしていく決心は、とうにしている上で言っていることですからね。「ふるさとは 遠きにありて 思うもの」って感じですかねぇ。

c0135618_18266.jpg ところで、東京に出てきて真っ先に私が感じたことは、「水がまずい」こと、「食べ物がまずい」こと、そして「緑が少ない」ことで、こんなところで暮らしていけるかなあと、当時19歳の私は思ったものでした。

 知り合いもほとんどいないし、すれ違う人がみんな冷たい人に見えたものでした。すぐに田舎に帰ろう……そういえばこないだ偶然会った小学校時代の同級生は、東京は私の暮らすところじゃないと、たった半年で大学を中退し、田舎に帰ってきたもんなあ。そして東京の大学に行った高校の同級生は、田舎に帰ってきて、すぐに自殺してしまった……。やっぱり東京で暮らすことは気の小さい私には無理なのかなあ、なんて自問する日が続いていたのでした。

 しかし人間、時間がかかってもなんとか慣れるもので、また水事情もだいぶ改善されたようで、そしてなにより、案外私、順応性があったようで(つまりは図々しい性格だったということですね)、最近はそんなことを思うこともなくなりました。そして、いろいろな街を歩いていくうちに「東京も意外と緑が多いのではないか」ということに気がついたのでした。

 六本木から麻布十番方面に歩いていくときに見つけた、上から「堀田坂」(厳密に言うと、写真よりも手前が坂道です。写真に失敗しました)「北条坂」「仙台坂」の写真なのですが、ここらあたりは緑豊かで、都心とは思えないほどの閑静な住宅地です。
 もちろん、春先の、レンゲの花で一面紫色に染まった田んぼのような、素朴な緑ではないのですが、緑は、とりあえず心が安らぐものです。

 人間もいろいろと反省すべきところは反省し、なんとか緑を残していこう、増やしていこうと頑張っているようです。以前はゴミゴミしてなかなか通り抜けることができなかった駅近辺の道も、自転車整理のおじさんたちのご尽力で、だいぶ改善されてきたようでもあります。
 人工的ではあるけれど、東京の緑もいいものだねえ、なんて思いましたが、えーとその前に、とりあえず我が家の緑、すっかり枯れてしまったプランターの植物をなんとかしなくてはいけないようですが。

 ……なんだか着地点失敗な感じ(苦笑)。でもいいや。忙しいの、こちとらは(なにを逆ギレっぽくなっているのだ)。いまから、また坂道探索です。

これらの坂の地図はこちらです

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by yochy-1962 | 2008-11-01 11:43 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(6)
c0135618_1125263.jpg 「今、神戸の坂の上にあるケーキ屋さんでアルバイトをしています。マドレーヌがとてもおいしいケーキ屋です。そのうち送りますね。届いた頃に、ちょうどいい酸味が利いていると思います(笑)」なんて手紙をもらったのは、傷心の思いで予備校に通っていた、18歳の夏でした。

 さすがにケーキは届きませんでしたが(笑)、何回か届いた手紙もそのうち来なくなり、いつの間にかその人は「思い出の人」となってしまいました。
 しかし、30歳を過ぎた頃、出張でたまたまその街に行くことがあったのですが、ふと思い出して、仕事の合間にそれらしき坂道を探してみたところ、思いのほか簡単に坂道は見つかり、たぶんここだろう、というケーキ屋さんも見つけることができたのです。

 もちろんその人はいるはずもないのですが、勇気を振り絞って店の中に入ってみました。意味もなく汗びっしょりになって、おすすめだと言っていたマドレーヌを、ひとつだけ買うのはなんだかなあと思い、なんと10個も買ってしまった私なのでした(苦笑。せめて5個ぐらいにしておけばよかったのですが)。
 店を出たとき、坂の上から、きらきらと輝く美しい海がうそのように間近に臨めました。10年ほど前、この坂道をニコニコしながら自転車で駆け下りていく、その人の姿が一瞬見えたような気がしました。
 「とうとう 来たねと 夢の中〜」。何度も何度も、同じフレーズが頭の中をよぎっていました。

 長期の出張だったので、マドレーヌをおみやげに持って帰るわけにはいかず、その後3日間ほど、ホテルでぼそぼそと、ひとり頬張り続けたのはちょっと情けなかったのですが(笑)。

 きらきら光る「硝子坂」の上から、愛しい人が手招きをしている姿が見えるのですが、近眼の私は、その人が本当に愛しい人なのか、愛しい人だったとしても、その人が本当に手招きをしているのか、それとも、さよならと手を振っているのか、わからないままに、いつもあたふたとしているところがあります。
 本当は全速力で坂を駆け上がり、確かめればいいことなのですが、やっぱりさよならの手を振っていたんだということがわかったら、思い込みの激しい私には耐え切れず、強がって遠回りでも違う道を選択し、結局ラビリンスに迷い込んでしまうのです。
 そんなことを繰り返し繰り返し、もう嫌というほど繰り返している、我が人生です。

 まあ、迷路だと思っていたら、実はあるところに続く一本の道だったり、坂の下かと思ったら坂の上だったり、ということもあるのが人生です。はっと気がついたら、美しい海の景色が目の前に広がっているということも、きっとあるに違いありません。そのときそのときで、これだと思った道を、信じて歩いていくしかないのかもしれません。

 ……などと長々と書きましたが、写真の坂は神戸の坂でもなく「硝子坂」でもありません。目黒区東山にある「名もなき坂」なのです(笑)。
 でも、せっかくだから、きょうから私ひとりで「硝子坂」と呼ぶことにします。今度この坂を上ったら、どこからかマドレーヌの甘い香りが漂って来るような気がするのです。

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by yochy-1962 | 2008-10-22 02:06 | 東京坂道百景 | Trackback | Comments(4)

by yochy-1962