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編集王子

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カテゴリ:ひとりごと( 116 )

 ときどきランチとして使う、夜は居酒屋として営業しています的なお店があるのですが、これが、いつも行くたびに「トホホ」な気持ちになり、あーこりゃダメだ、もう行くのは止めよう、と決心してしまうくらいの凄いお店なのです。

 とか言いながら、つい、心に余裕があるときなど、なんだかニヤニヤした気持ちになって足を運んでしまい、そしてやっぱり、あーダメだ、他の店にすればよかったともれなく思わせてくれるのですから、そのトホホぶりは盤石なのです。
 ダメだと思いながら入ってしまう私の精神が、そうとう病んでいるとかそうとう荒んでいるとかの話は、また別にしておきますが(苦笑)。

 いや、そのお店のランチは「本日の定食」が750円で、まあ、このあたりのランチの価格としては良心的です。しかも、ご飯おかわり自由、サラダ大盛り可と、なかなかな太っ腹。
 そして、味噌汁は多少味は薄めですが、人参やら大根やらを入れた豚汁風で、野菜不足を解消するのにうってつけ。さらに、定食には必ずミニサイズの「おそば」がついていて、動脈硬化に怯える中高年サラリーマンにとっては、涙が出るほどうれしいことこの上もなし、なのでございます。
 まあ、別にそばが食いたけりゃ立ち食いそば屋にでも行けばいいし、第一、だいぶ前に茹で上げられて、すっかりのび切ってしまったそばなんか食いたくないがね、という本音は封印して、ありがたくその「まごころ」をいただいているのでありますが……。

 しかし問題は、そこで働く、平均年齢65歳以上はあろうかという3人ほどの「お運びシスターズ」なのです。
 いや、オバちゃんたちは、昼時の殺人的な忙しさに決して屈することなく、てきぱき、てきぱき、「◯◯さん、あちらにお茶を」「こちらにご飯をお願い!」「ああお会計! 少々お待ちくださ〜い」などの大きな声が飛び交い、常に動き回っています。とてもアクティブなのです。

 でも、威勢がいいのはかけ声だけで、よくよく見ると、オバちゃんたちはただ動き回っているだけで、そこを通り過ぎる間に、この食器片付けていけばいいのにとか、何回オーダーを言わせれば気が済むんだよプレイかよ、オーダー聞いたらすぐに伝票に書けばいいだろが……的なことが多過ぎるのです。
 そして、結局頼んだものと違うものが出て来るのは日常茶飯事です。先日は、私の前に「はい、チキンカツ定食、ご飯少なめ、おまたせしました」と、ドドーンと頼みもしない料理が運ばれ、「いえ、頼んでいませんが(特にご飯少なめなんて、口が裂けたって言いませんが)」と言ったところ、オバちゃんはフリーズ。「あっ、失礼しました」とすぐに下げればいいのに、「もう出しちゃったんだから、これでお願い。和子のお・ね・が・い」というような目で懇願してきます。
 結局、そのチキンカツ定食は隣りの席の方のものだったのですが、「ご飯少なめ」はずっと私のテーブルに置かれたままで、仕方がないからご飯少なめという屈辱(?)をいただくことになってしまったのでした。

 それだけでなく、おや、消費税増税とともに、おそばを出すのをやめちゃったのかなあと思いながら食事を終えそうになった頃、「おそば、来てます?」と後ろからいきなり抱きつくようにタッチされ、「いえ、まだ」と言ったとたん、「ちょっと◯◯さん、しっかりしてよ、おそば出してないじゃない!」とまるで私が叱られているような感じで他のオバちゃんを恫喝。まあ、なければないでいいんだけどなあおそば、と思いながら、すでに満腹になったお腹に押し込めるようにして食べたこともありました。

 この「お運びシスターズ」の「センター」であろう女性は、推定年齢60歳、クレオパトラ風の髪型(茶髪)と大阪のオバちゃん風のファッションセンス、浅丘ルリ子的な化粧で、通り過ぎるたびにちょっときつい香水の香りを(定食屋なのに)振りまいているのが特徴です。
 どう見ても70歳は越えているだろう、ミヤコ蝶々似のオバちゃんは、あまり自分でせっせせっせとものを運んだりするようなことはなく、突然姿が見えなくなったと思うと調理場から姿を現したり、レジに待機していたり、神出鬼没(背が低いんで、すぐに見失ってしまうのだと思います)。イリュージョンの世界に我々を誘ってくださいます。
 あとの1人ないし2人(このシスターズが何人構成なのかよく分からないのです)は、はっきりいって「オミソ」。AKBでいうと誰に相当するかは分かりませんが、ミスばかりしても「泣いちゃダメ、笑うのよ!」とばかりに、彼女達の心の中では「キャンディ・キャンディ」の主題歌がリフレインされているに違いありません。

 客席は40席ほどの店で、ランチ時はそれほど面倒なオーダーをする客もいないと思われるので、お運びさんは3〜4人いれば十分だと思われるのですが、とにかくそんな調子ですから、なかなか手際よく客を回転させることができません。「いらっしゃいませ」とかけ声ばかりは威勢がよくても、まだ片付けられていない食器だらけのテーブルに案内され、いつまでたってもその食器を片付けてくれないお店では、いくら無抵抗主義の、ガンジーのような客でも「だめだこりゃ」の捨て台詞を吐いてしまうこと、必至なのです。

 で、こうして、この店に入ったら「長期戦」になることを覚悟して、スマホをいじっている振りをしながら、少しずつ少しずつ「オバちゃんたちのショー」のレポートを書き溜めている私こそ、時間を無駄にしない、有意義なランチタイムの過ごし方の模範、なのかもしれません、って違うか(笑)。

 まあ、頑張って欲しいものです、オバちゃんたちには。
 「おそば」は、やめてもいいと思いますがね。
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by yochy-1962 | 2014-04-27 21:03 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)
 ずっと昔、テレビドラマで、沢口靖子が「あたしがキレイだから好きになったの?」というような台詞を、堂々と仰られるシーンがあって、「おお、すげー」と思いっきりのけぞったことがありました。

 コントで清水ミチコ演じる「伊集院みどり」が言うのなら納得はいきます。しかし、こんな台詞、ギャグでない限り、いくら仕事とはいえ真面目な顔をして言うのは、女優としてかなりハードルの高い作業なのではないかと思ったわけなのです。
 いや、「本物の美人」でもなかなか言えない台詞でしょう。というより、そんなこと言った途端、「なによあの女、いい気になっちゃって」と、女子から総スカンを喰らうこと、必至です。これは時代を代表する美女、吉永小百合でも、後藤久美子でも、綾瀬はるかでもダメでしょう。

 しかし、のけぞってはみたものの、沢口靖子に関しては、その辺のハードルは、だいぶ低いような気がするのです。
 どういうわけか、沢口に関しては、伊集院みどりが言った感覚に近いものとして、つまりギャグだとか、半笑い的な解釈で、女子達は受け流すことができているのではないかと思うのです。
 あっ、これは、沢口靖子が「美人ではない」と言っているのではありません。彼女は堂々たる、揺るぎのない「美人」です。しかし、美人だからといって、かぐや姫までなんのためらいもなく演じてしまうワキの甘さが原因なのか、何年経っても「ぬいぐるみ演技」(ナンシー関命名)から抜け出せない演技力が原因なのかわかりませんが、とにかく、沢口靖子に関しては、なにを言ってもツイッターが炎上する(笑)恐れはない物件であると思うのです。

 ちなみに、件のドラマは、確か内館牧子さんが脚本を書かれていたと覚えています。だからこれは、もしかしたら自分が言いたくても言えない台詞を沢口に託したのか、あるいは単なる美人女優への嫌がらせ、イジメに近いものだったのかもしれませんがね(笑)。

 このように、自分のことを「美人」と言い切ることについてはハードルが高いのに、他人を美人と称することに関しては、わりとカジュアルに使われているような気がします。
 よく、事件などに巻き込まれた女性について「美人CA」とか「美人ホステス」とか、週刊誌の見出しは躍るのですが、いざその方の写真を拝見すると、「えっ、この人が美人……?」と、首をひねりたくなるようなものが多いのに驚きます(なにを勝手に驚いているんだか)。
 で、そんな記事を読みながら、昔、同僚の女性に「貴女でも、もし殺人事件に巻き込まれたら、美人編集者殺される! とか書かれるんだろうね、けっけっ」と失礼極まりない発言をしてきた私ですが(まあ、私が身元不明で海に浮かんだりもしたら、「40〜60歳の、小太りの中年男性」とか形容されちゃうんでしょうけど)、まあ、そのくらい「美人」に対してハードルが低くなってしまうわけです。
 まあこれは、「美人」と冠をつければ、ヒヒオヤジたちがウハウハ言いながら(なんだか昭和)週刊誌等を買い漁り、部数も伸びるのではという目論みなどもあったりするのだと思うのですがね。

 そういうことを考えていたら、「イケメン」という言葉も、他人が評することに関しては、とてつもなくハードルが低いということに、再び私は驚くことになるのです(だから勝手に驚くなって)。
 よくテレビで、「◯◯で働く、イケメンさんです、どうぞー」とか言われながら、恥ずかし気もなくにやにやとした顔で全国民にその姿をさらけ出す若い兄ちゃんとかがおりますが、私から言わせれば、その95%は、ただ若くて細いだけで、全然イケメンではありません。
 もうひとつ、昨今「美魔女」とかいうカテゴリーが増設され、これまた恥ずかし気もなくタイトなミニスカートなどはいて、引っ張り切った痛々しいお顔をご披露されている場面に遭遇したりもしますが、「美魔女」とは、結局「魔女」のほうに重きを置くことなのだ、くわばらくわばら、と財布の紐をぎゅっと締めることしか(なぜ?)、私にはできそうもないのであります。

 で、これだけ毒を吐き散らして、結局何が言いたいのかというと、……別になにもありません(笑。ごめんちゃい。もうちょっと考えればオチを作ることも可能かもしれないのですが、もう眠いっす)。
 「美」という冠も、「イケメン」というカテゴリーも、遠の昔に外されて、ただただ「ビンテージ枠」をひた走る私の「年忘れデトックス」と思っていただければ幸いなことでございます。

 今年もこうして、自分的には平和に、何事もなく暮れていくことができそうです。しかし、来年あたりは、私にお会いするときには白い手袋をご用意ください。うっかりすると、鼻とかもげたりする恐れもありますので、丁寧に扱ってくださいね、ではでは。
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by yochy-1962 | 2013-12-30 01:25 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
 ある日、ボーッと「ハンカチ落とし」について考えていたのですが(どういう思考の果てにそんな話になったのか、全然思い出せないのですが)、あの遊びの「結末」というか、「最終形」とはどんなんだろう? とふと思ったわけなのです。

 ハンカチ落としとは、ハンカチを持った「鬼」が、円を作って座っている人達の背後をぐるぐる周り、ターゲットとする人の後ろにこっそりとハンカチを落とし、そのまま素知らぬ顔をして円を一周し、落とした人に気がつかれる前にその人の背中にタッチなどすれば「アウト!」となって鬼は交替、というゲームだったかと思います。

 しかし、鬼が誰かの後ろにハンカチを落とした時点で、落とされた人が次の鬼になることは決定なわけで、それは鬼にタッチされてもされなくても同じのはず(だったと思います)。
 ならば、ハンカチを落とされてすぐにそれに気づいたとしても、悠然と構えていて煙草でもスパーッとふかしていて(あっ、子どもの遊びでした)ハンカチを落とされたことに気づかず、鬼にタッチされようとも、ハンカチを落とされた時点でその人は鬼、というのは決定なのですよね。

 あっ、ハンカチを落とされた人がすぐにそれに気づき、鬼を追いかけ、追いついてタッチでもしたら、次の鬼にならなくて済む、という遊びでしたっけ? 
 まあ、いつか鬼にハンカチを落とされるのではとハラハラ、ドキドキして座っているよりも、さあて、誰の後ろにハンカチを落としてやろうか、ヒヒヒ……と半笑いでまぬけ顔したヤツらの後ろを悠然と歩いている方が、精神衛生上、そしてダイエットのためにもよろしいのではないかと思ってしまうのです(はっ、子どもの遊びでした)。
 子供の頃、ドキドキしながら、鬼が後ろを通り過ぎるたびにもしかしたらハンカチを落とされているんじゃないかと、後ろを振り返ったりしていたのはなんだったのだろう、なんて思ってしまうのです。

 いや、鬼にタッチされたり、反対にすぐに落としたハンカチに気づかれて追いつかれたりしたら、その人はドボン、ゲームから脱落、というのなら、なかなかスリルのある遊びになるのかも知れません。
 しかし、椅子取りゲームじゃあるまいし、一人減り、二人減り、最終的に二人で争うハンカチ落としというものは、いかがなものかと思ったりもします。っていうか、そんな遊びは成立しないのではないと思いますが。
 まあ、子どもの伝承されている遊びというものは、その地方によって独特だったりしますので、どこかの地方では、もしかしたら「完璧版ハンカチ落とし」なるものが、知的な子ども達の間で伝承されているのかもしれません(頭がよくなるハンカチ落としby公文みたいなイメージ)。

 そんなことをとりとめもなく考えていたら、これは遊び、というのかな、なにか2つ以上の選択肢があって、どれにしようか悩むとき、「どれにしようかな てんのかみさまのいうとおり……」という「わらべうた」みたいなこと、誰もが子どもの頃やったことがあるかと思いますが、その「てんのかみさまのいうとおり」の後に続く言葉、これが地方によっていろいろあるのですね。たまたま知り合いとそんな話をしていて、ああ、私が子どもの頃唱えていたものは自分の田舎独特のものだったと知ることになるのでした。

 私が唱えていたのは、「どれにしようかな てんのかみさまのいうとおり りつとんばつとんどつこいしょ あかまめしろまめ くろいまめ」というものでして……。
 たぶん「りつとんばつとんどつこいしょ」というのは、「りっとんばっとんどっこいしょ」のことだと思いますが、だからといって「りっとんばっとん」とはなんのことか、さっぱりわかりません(苦笑)。

 念のため「どちらにしようかな」でウィキってみたのですが、そんな唱え文句はどの地方にも存在しておらず、えーと、私及びその周辺の人達は、いったいどのあたりのルーツをもってしてそういう唱え文句を習得していたのか、まったくわからないところ、なのであります。

 ちなみに、汚いことをした子に対して「エンガチョ!」と囃し立てる遊び(?)がありますが(どうもこれに対しては、かなり古くから伝えられてきている子どもの遊びらしいです。こちらに詳しくありまっせ)、私の地方では、「エップき〜った、バリアは〜った」と囃し立てながら、自分の親指をかくしたりしておりました。
 これはどの文献を探してみても見当たらず、同じ静岡出身の方に尋ねてみたところ、「いや、おれっちはそんなこと言ってなかったら〜」(笑)という返答が来まして、どうもこれは、私の生まれ育った地域一帯限定の「囃し言葉」のようなのでした。
 いったいこのあたり、どういう人達の集まりだったんだろうか、などと不安になる今日この頃なのでありますが、まあ、秋篠宮紀子様が小学校2年までいらした地域ですので、間違いはないとは、思われます(笑。なにが?)。

 さて、「ハンカチ」といったら思い出すのは「ハンカチ王子」こと現在プロ野球で悪戦苦闘している彼、ですが、そして「王子」といったらゴルフ界でやはり悪戦苦闘している彼、ですが、編集界の「王子」こと私(何かご不満でも?)は、とりあえず悪戦苦闘することもなく(絶頂期、というものもありませんでしたが)、激しい雷雨に打たれながらも、なんとかこうしておいしい缶チューハイを飲む時間を許されている昨今であります。
 まあ、人生山あり谷あり、ですな。ついてないときはとことんついてない。しかし、きっと上り調子のときもやってくるものだから、とりあえずニコニコっとして歩いて行くしか、ないですねえ各界の王子様たち。
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by yochy-1962 | 2013-08-12 22:02 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
 どんな人生を歩もうか、はっきりと目標を定めて日々精進している、あるいは理想とする境地に到達せんとする方ならともかく、あっちこちふらふらとさまよい、ダメだ、今日も無駄な一日を過ごしてしまった、明日から新しい自分に生まれ変わろう、明日こそちゃんとしよう、などと反省ばかり、その繰り返しという、私のようなダメダメ人間が、もし、二年前の大震災のようなことが突然やってきたら、そして確実に自分の命が何分か先に強制終了するであろうことが分かってしまった場合、どんな行動をとったであろうかと、ときどき考えるのであります。

 震災のとき自分の命を顧みず、「津波がやってきます、早く逃げてください」と放送し続け、自分の命をも投げ出して人々の命を救った遠藤未希さん、預かる中国人実習生を無事なところまで誘導し、それを見届けるように、自分は妻と子を探しに津波の彼方へと消えて行った佐藤充さんの話を思い出すたびに、その思いはなおさらです。
 我々は悲しみとともに、はて、自分はこのようなことができただろうか、もしかしたら、真っ先に自分だけ安全なところに避難し、周りの人を見殺しにし、後々自分だけ生き残ってしまったことを後悔するのではないか、そんなことを思ってしまうのです。

 これは、ある方から教えていただいた、遠藤未希さんのことをニュースで知って、彼女の行動を讃え、彼女の冥福を祈って作られた、アメリカの歌手、Hazey Janeによる音楽です。
 哀し気に響くギターの音色と、二本のキャンドルが印象的なパフォーマンスです。


 訳詞をいただいたので、ここに紹介しましょう。

Now tell her story (be)cause the story must be told
(さあ彼女の話をしよう、語られなければならないから)
About a girl called Miki Endo twenty-five years old
(遠藤未希という娘について、年は25歳)
Miki had a job to do, a job she did so well.
(未希にはなすべき任務があった、それを立派に果たした)
This is why her story we must tell.
(だから語らなければならない、その娘の物語を)
Miki got the call on a Friday afternoon
( 未希は電話を受けた、金曜日の昼下がり)
Tsunami is coming and it’s arriving soon
(ツナミが来ると、すぐにも遣って来ると)
Miki had to warn the people, move to higher ground 
(未希は人々に警告しなければならなかった、高台へ避難するように)
People knew just what to do when they heard, when they heard her sound.
(人々は今何をすべきかを察知した、聞いたとき、その娘の声を聴いたとき)
Refrain ( 繰り返し)
Miki told them move to higher ground
(未希は人々に呼びかけた、高台へ避難するように)
From the tension in her voice
(彼女の緊迫した声で)
They knew there was no time as they ran.
(人々は逃げながら察知した、もはや時間がないことを)
Thousands fled the waterfront that day. 
(何千もの人たちが海岸から避難した、その日)
Thousands fled, Miki stayed.        
(何千もの人たちが避難した、だが未希は居残った)
Said she was a good girl, wouldn’t leave her post that day
(良い娘と評判の彼女、自分の持ち場を離れようとはしなかった、その日)
She kept calling out her warning till the water came her way
(彼女は警告を大声で叫び続けた、津波が彼女に押し寄せるまで)
Not a braver soul this world has ever known
(この世にこんな勇敢な娘がかっていただろうか)
To save so many lives she sacrificed her, she sacrificed her own.
(多くの人命を救うため、彼女は命を懸けた、自らを犠牲にして)
Refrain ( 繰り返し)
Miki told them move to higher ground
(未希は人々に呼びかけた、高台へ避難するように)
From the tension in her voice   
(彼女の緊迫した声で)
They knew there was no time as they ran.
(彼らは逃げながら察知した、もはや時間がないことを)
Thousands fled the waterfront that day.
(何千もの人たちが海岸から避難した、その日)
Thousands fled, Miki stayed.
(何千もの人たちが避難した、だが未希は居残った)
Her parents tried to find her there in amongst the debris. 
(両親は娘を探し求めた、がれきの中を)
Many lost their lives that day, many managed to flee (be)cause of Miki
(その日多くの命が奪われた、けれど多くの人たちが何とか避難できた、未希のお蔭で)
She was a good girl and stayed 
(彼女は奇特な娘だった、だから居残った)       
This is the sound of her voice I hear echoing and echoing in my head
(これはまさに彼女の声、聞こえてる、繰り返し、繰り返し、私の頭の中で)
Refrain ( 繰り返し)
Miki told them move to higher ground   
(未希は人々に呼びかけた、高台へ避難するように)
From the tension in her voice     
(彼女の緊迫した声で)
They knew there was no time as they ran. 
(人々は逃げながら察知した、もはや時間がないことを)
Thousands fled the waterfront that day.  
(何千もの人たちが海岸から避難した、その日)
Thousands fled, Miki stayed.      
(何千もの人たちが避難した、だが未希は居残った)
Thousands fled, Miki stayed.
(何千もの人たちが避難した、だが未希は居残った)

 いま、中国では「関東大震災のときに在日中国人が惨殺されたことを忘れないように」云々という運動が広がっているといいます。
 従軍慰安婦がどうだとか、南京大虐殺がどうだとか、歴史に疎い私は、とりあえず議論は他の方に任せますが、その、在日中国人を助けた日本人の話を、その首謀者はご存知なのか、そして命を助けられ、いま帰国しているであろう実習生は、そういう日本バッシングをどういう目で見ているだろうと、それがちょっと気がかりで、心が痛みました。

 30年に渡り、日本を訪れる外国人に対するボランティアを続けている方がおっしゃいました。「真の国際交流を目指すのなら、まず海外の家庭にホームステイするべきだ」。確かにそうです。真の国際交流とは、迎賓館みたいなところで乾杯をすることではなく、一般の人達の生活を感じ、理解することなんだと、痛烈に感じている昨今なのです。
 そして、我々日本人も、こうした「日本バッシング」を、バッシングでお返しするのではなく、とにかく小さな一歩でもいいから、隣りの人を理解し、手を差し伸べることだと、心から思っているのです。

 大きな声で、恫喝するように叫ぶ声だけが通る世の中には、なってほしくないと思います。
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by yochy-1962 | 2013-07-18 21:50 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
 ブログを始めておよそ10年。よくもまあ、飽きもせず続けてきたものだと我ながら感心したりもしています。
 まあ「編集王子」などと、編集者であることを明らかにしたことが、自分で自分にプレッシャーを与えることになったりもしていますが(だってとりあえず文章上手いとか、最先端のこと書いてるとか思われがちじゃん)、ありがたいことを書く頭もなく、技術もなく、結局飲んだり食ったり歩いたり昔のアイドルの話をしたりと、どこが編集王子やねん! というツッコミがいたるところで聞こえてきそうなブログに落ち着いてしまっています(いや、なにこのブログ、「編集なんとか」っていうから見たのに、ただの日常風景じゃん、というお言葉を賜ったことがありました。まあ、そんな輩にはうるせえ、お前なんか見なくて結構。アデュー! と切り捨ててやりましたが)。

 で、なにが言いたいのかというと、このようにいろいろと気を遣って、文章にも気を遣って、馬鹿編集者と思われないように(十分思われてるか)いろんなネタを提供しているつもりの我がブログなのですが、記事別アクセス数とかいう、別に頼んだわけでもない解析によると、ずっと不動の一位として君臨するのが、私の場合、なんと「もしも自分が天地真理だったら」という記事なのです。

 そう、いくら新しい飲み屋を発見しましたよ〜とみなさんのご機嫌を伺っても、こんな昭和歌謡知ってる〜? と腰をくねくねさせても、結局天地に負けてしまうのです。
 ちょっと脱力、です。なにをみなさん、天地に期待しているのでしょうか。みなさん、昨今の天地に恐れおののき、学校でも、職場でも、家庭でも天地の話題には触れないようにしているというのに、ふと気が抜けた風呂上がりの午後11時、つい「あまち」とパソコンのキーを叩いてしまって、それで私のブログが引っ掛かってしまったのでしょうか。

 現在、ファンの夢を破ったという罪で実刑判決を受け、服役中の真理ちゃん(ウソ。ああ大場久美子さんは執行猶予だそうです。百恵ちゃんは現在高裁で控訴中。淳子ちゃんも危ない、危ない〜)の、現在の姿を見たいとでも思ったのでしょうか?
 それにしても、こんなにいつも頑張って淳子ネタを書いているというのに、たった一度の天地に負けてしまうとは……おそるべし天地、ビッグマックス(笑)、という感じです。

 で、こうしてアクセス数アップという、さもしい考えで天地の冠をつけてしまったがために、天地の話題に触れないわけにはいかないのですが……、いや、最近の天地の様子を紹介した衝撃映像が、YouTubeにあることはあるのです(しかし山城新伍が出てるくらいだから、それでも結構前の映像。ああ、もしご覧になりたかったらこちらをどうぞ。しかしなにか体調に変化があったとしても、当方はいっさい責任をもちませぬ)。

 で、考えなくてはならないのは、あんな風に、笑われる以前に、口をあんぐり開けて呆然と事の成り行きを見守られるしかならない状態になってしまった場合、それも徐々に坂道を転げ落ちていく姿を逐一報告するのではなく、いきなり奈落の底で傷だらけになっている姿を見せなくてはならない状況に遭遇したとき、その姿を晒せるか、あるいは隠れるか、どちらがいいだろうかと思ったわけなのです。
 まあ、これは人それぞれのスタンスというものがあるかと思います。しかし真理ちゃんのように、一時は蝶よ花よともてはやされた人間が、一転、憧れの眼差しではなく、嘲笑の対象になってしまうだろう場合、いろいろなハードルを越えない限り、その姿を晒すのは、なかなか難しいことだと思ったりもするのです。
 しかし真理ちゃんは。……もしかしたら真理ちゃんは、きっとなにかの「復讐」のために、こうして、ある意味あっぱれなパフォーマンスを見せているのかもしれませんが(笑。しかし何に対する復讐? ルミ子? アグネス?)。

 で、どうしようこの話の「オチ」をどこに持っていったらいいのか思いあぐね、とりあえずウォーキングでもして、いま帰ってきたところなのですが、神田川沿いを、汗水垂らして「絶対に太らない、アタシ、絶対にいまの体型を保ってやる!」といった、鬼の形相でジョギングしている女性たちを尻目に、ゆったりとした体型でのんびり散歩したり、腰を曲げつつも、花などを愛でながらちょこちょこ歩くお年寄りたちを眺めたりすると、ああ、これでいいのだな、「時」に逆らうのではなく、身をゆだねてニコニコしながら時間を過ごす方が、どんなにか幸せだろうと思うに至ったのでした。

 ということで、真理ちゃんはきっといま幸せなのでしょう。とやかく言う筋のものではありません。だから私も、最近鼻毛まで真っ白になり、五十肩に悩んだりもしていますが、よしよしよし、それでいいのだ、ありがとうと言ってあげようと思っているところなのです。
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by yochy-1962 | 2013-06-08 13:08 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
 寸分違わぬ思い通りの人生を歩いている人なんて、そうめったにいるものじゃないと思うし、そう言い切れる人というのは、そうとうのお人好しか、案外想像力に欠けている人、だったりするのかもしれません。
 だからといって、おっかない顔をして嘆いてばかりいてもなんの解決にもならないということは、早かれ遅かれ誰でも気づくもので(あっ、いや、文句ばかり言って自分自身はなんの成長もせず、反省もせず、その必要性も感じていないような人が、ごくたまにいます)、だからとりあえずニカッと笑い、せめてきょう一日を楽しく生きていこう、という毎日を積み重ねていくのが人生、なのかもしれません。
 そう、ちりも積もれば山となる。毎日笑って過ごせば、きっといい人生だったと脳味噌も納得してくれるはずなのです。

 それでも、ごくたまに、「ああ、あのときああすればよかったかな」とか「こうしていたら、ちょっと自分の人生が変わっていたかもしれないな」などと思いはじめて、遠い遠い水平線の彼方を見つめたくなるようなときがやってくるものです。
 それが、自分の短気で、頑固で、やたらプライドばかり高いような性格が原因だったりすると、なおさらです。
 いや、短気は損気だと、あえて鈍感でおおらかな性格のように振る舞っていたことが後悔の原因だったこともあるので、結局は同じなのかもしれませんが。

 まあ、自分の性格が災いして、自分だけがバカを見るのならいいですが、それが他人をも巻き込んでしまうとなると、反省、だけでは済まないことです。ああ、もう一度あの時間に戻してほしい! と思うことが、なんと多いことか……です。

 新年早々、そんなことばかり考えて眠れない夜を過ごしたりもしていましたが(昼寝はたっぷりしましたが)、もしそのときに違う行動をしていたとしても、結局は違う場面での選択肢の結果、同じような着地にとどまっていたのでは、と考えるようにしました。
 そればかりは神のみぞ知る話。どういう選択が自分にとってベストだったのかを考えるのではなく、ベストを続けて来た結果が、私の現在であり、周りの現在でもあると思うことにしました。
 少年老いやすく、学一向に成り難し。これ以上眠れない夜を続けていても、ただお肌の劣化を招くだけなのであります。

 ま、とりあえず歩いていきましょう。無事2012年12月23日も過ぎていきましたから(大笑。このことでちょっとひとこと言ってやりたい人がいるのだけれど、まあいいか)、きっと今年はいいことがあるでしょう。きっと。
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by yochy-1962 | 2013-01-11 23:48 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
c0135618_2113373.jpg 今年一年、新しい仕事を通じて、実に多くの方と知り合うことができ、その都度たくさんの勉強をさせていただき、とても実りある一年だったような気がします。

 ここのところ人様のブログにいっさい顔を出さず、そのためたくさんの「ネット友達」や「フォロワー」を失い、「ブログ引きこもり」状態の私ではありましたが、正直、現在はリアルな付き合いだけでアップアップ。申し訳ありませんが、私の好きなようにさせていただいています。
 まあ、この先どのような心の変化があるのか自分でもわかりませんが、とりあえず健康で、おいしいものをわっせわっせと食べることができて、あっちこっち彷徨って迷子になる日々が続く限りは、このブログも続けていこうかな、と思っているところです。

 仕事でも、プライベートでも、今年一年、ああ素敵だな、こういう人みたいになりたいな、と思った方は、みなさん例外なく「明るい人」でした。
 笑顔が魅力的な人。人の心を気遣いながらも、先頭を切って笑いを提供し、その渦の中心にいる人。心の中ではとても大きな、重い問題を抱えていても、それを笑いで吹き飛ばそうと、あえて楽しく毎日を過ごそうとしている人。いろいろな「明るさの名人」に出会うことができました。
 私もその方達を見習って、負けないように、笑いのプロになるべく、来年一年を過ごしていこう、そう思っているところです。

 まだまだ自分の中に残っている多くの問題があります。しかしその「試練」を「チャレンジ」と読み、どっしりと地に足をつけて、歩いていこうと思っています。
 もちろん、足がつらないように、「栄養」はしっかり摂取しながら……ですね。

 今年一年、大変お世話になり、ありがとうございました。
 来年もどうぞよろしくお願いいたします。
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by yochy-1962 | 2012-12-30 21:47 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
 ずっと以前、学生時代のクリスマスのことを前ブログ「編集者の毎日」に書いたことがあったのですが、その話を現在親しい人に話したら、「なんだかせつなーい」うるうるとされてしまいました。
 そこで、たくさんの方が幸せに過ごしているであろうクリスマスのイブの夜に、嫌がらせのように、私のせつない思い出を、もう一度披露させていただこうかと思ったのでした。でっへっへ。
 クリスマスは、ケーキを食べてチキンをむさぼる日ではありません。この世のすべての人に幸が訪れることを祈る日、なのですよ。
 みなさま、よいクリスマスの夜を〜。
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 学生時代、クリスマスまで限定という約束で、池袋にある書店で短期バイトをしたことがあります。
 当時は私、本当に貧乏で(いまも同じですが)、そのうえ計画的にお金を使うという頭がなく(いまも同じですが)、もちろん貯金もなく、仕送りのお金も底をつき、というようなどん底の毎日を送っていました。クリスマスが近いからといってプレゼントをあげるような相手もなく、もらう予定もなく、ただただ、クリスマスプレゼントを買い求める幸せそうな客の相手をしている毎日でした。

 デパートの中にあるその書店では、私は誰とも仲良くすることなく、いつもひとりで黙々と仕事をしていました。
 店員たちはみんな、遠巻きに私を見ているようでした。私はその書店の社長さんのちょっとした知り合いで、今回のアルバイトもその社長さんの紹介だったということ、その前に私は新宿の書店でずっとバイトをしていたので、誰にも教えてもらわなくても、とりあえず接客業務はこなせたということで、なんとなくみなさん、面白くないという気持ちがあったのかもしれません。

 昼飯時も、休憩時も、ずっと私はひとりでした。同年代の男の人でもいたら、まだ少しはよかったのかもしれませんが、そこはいわゆる「女の職場」でした。まあ、陰でこそこそ言われている中に入っていくのは私も御免でしたから、バイト代をもらうまでの我慢我慢、と心に言い聞かせて仕事をこなしていました。
 特に、同じ売り場にいる同い年の女性社員は大の苦手でした。最初から怒り口調で私にああしろこうしろと責め立て、何も教えてもらっていないことをできていないと怒り、休憩室まで追いかけてきて私を睨みつけるのです。
 ちょっとヒステリーが入っている女性のようで、ついに私もキレて「教えてもらってないのにそういう言い方はないんじゃないか」と大声で彼女を威嚇してしまったことがありました。その後、彼女が客とトラブルを起こし、クレームをつけられてさんざん怒られているのを目撃したときは、「当たり前だ、ざまあみろ」と心から思ってしまいました。
 ふだんは温厚で、明るくて、が取り柄のはずだったのに、こんな気持ちになる自分がとても嫌でした。嫌な職場だ、早く辞めたいと思いながら過ごす年の瀬でした。

 それにしても金欠はどうしようもなく、食費を切り詰めても、食べ盛りでしたから(いまもそうですが)どんどん財布の中は寂しくなっていきました。そしてバイト最終日の12月24日、ついにお金は小銭だけになり、ご飯も食べることができなくなってしまったのです。
 その日の昼休みは、デパートの中をうろうろして過ごしました。大きなプレゼントを抱えている人、なにを買おうとにこにこしながらウインドウを覗く人たちがたくさん目の前を通り過ぎていきました。
 しかし、バイトが終われば私にも給料が入ります。嫌な人たちともおさらばして、給料をもらったら、どこかでおいしいものを食べて帰ろう、とだけ思って時間を過ごしていました。

 そしてやっと仕事が終わり、とりあえず売り場の主任に挨拶をして職場を去りました。主任は「来年はいつから来てくれる?」とおめでたいことを言っていましたが笑って辞退し、ヒステリーの女性にも「さようなら」と挨拶しました。女性は私が一度キレてからは私が怖くなったらしく、おどおどしながら「お疲れさまです」とだけ言ってどこかに逃げていきました。

 しかし事件はここから始まるのです。
 やっと給料……のはずが、経理のおばちゃんは「えっ、給料は明日よ。明日いらっしゃい」とさらりと言うのです。がーん! 目の前が真っ暗になってしまいました。
 どうしよう。きょうはおいしいものをどころか、なにも食べられない。それどころか家にも帰れない……。池袋駅でお財布の中を引っ掻き回してみたところ、わずか180円。
 私のアパートは亀戸にありました。えーと、池袋から180円で行けるところは……と運賃表を調べたら、なんとか錦糸町までは行けることがわかりました。
 錦糸町で電車を下り、そこからは歩いて家に帰るしかありませんでした。自分で自分を盛り上げるため、車がびゅんびゅん通り過ぎる街道を、大きな声で歌いながら帰りました。
 当時はもっと冬が寒かったような気がします。ブルブル震えながら、お腹は空いたを通り越し、もう活動することもなくなっていたようでした。しかし、疲れきってはいましたが、なんだかすがすがしいような、開放感たっぷりな気分の帰り道でした。

 なんとか家までたどり着き、小さな電気ストーブをつけ、やっと一息できる時間がやってきました。
 どたんと座り込み、ふーっと大きなため息をついて、カセットレコーダーをONにしました。ちょうど山下達郎のニューアルバムを友人から借りていたところでした。

 きっと 君は 来ない〜 ひとりきりのクリスマス・イブ〜

 のちのJRのCMでブレイクする前の、正真正銘の新曲、でした。繰り返し繰り返しこの曲ばかりを聞きながら、私のイブは過ぎていきました。
 静かな夜でした。

 そして次の日、銀行に行って残高を調べてみたら、わずか1000円ほどの残高がありました。それを下ろし、池袋に行って給料をいただき、すぐにハンバーガーショップに駆け込みました。
 なにかおいしいものを……と思っていながらハンバーガーとは、ですが、学生でしたからこんなものです。しかしその店で、いきなり外国人に英語で道を尋ねられ、あわあわしながら片言の英語で教えてあげたら、その様子を見ていた子ども連れの人が私のことをたいそう気に入ったみたいで(しどろもどろが一生懸命に見えたのでしょう)、いろいろと話をしてくださり、私が来年就職活動をするんだなんて話をしたら、よかったらウチに来てみませんか、なんて言ってくださったのです。
 銀座にある紳士服会社の重役さんということでした。とりあえず、ぜひ一度遊びに来てくださいなんておっしゃっていただきました。
 ちょっと自分が目指す分野とは違ったので、ありがとうございますとだけ言って、実際には行きませんでしたが、そのときは、とても救われたような気持ちになりました。もしかしたら、それが私のクリスマスプレゼントだったのかもしれません。

 クリスマスは楽しかった思い出もたくさん持っているはずなのに、一番深く印象に残っているクリスマスの思い出はと聞かれると、このことが真っ先によみがえってきます。
 そしてクリスマスソングはたくさんあれど、山下達郎の「クリスマスイブ」を聞くと、あっちこっちつまずきながらも必死に生きていたあの頃の自分がとても愛しく思い出されて、どこでなにをしていても、つい立ち止まって、じっと聞き込んでしまう私なのです。


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by yochy-1962 | 2012-12-24 01:00 | ひとりごと | Trackback | Comments(5)
 ある日、スーパーでのこと。
 きょうは冷たいうどんにかき揚げなんかトッピングしちゃおっと思い、ルンルンルン(古い?)と惣菜コーナーに赴き、トングで「海老かき揚げ」をつまんだ瞬間、背後から、「なんでアナタはそういう意味のない買い物ばかりするの!」と荒げた女性の声に、一瞬私の手はフリーズしてしまったのでした。

 思わず振り向くと、どうもそれは私に対して放ったセリフではなく、ほぼ同時にかき揚げに手を伸ばした、隣の男性に向けられたもののようでした。
「なんでそんなつまらない買い物ばかりするの!」
 これぞ般若、という顔をした40代前半、といった感じの女性と、もっさり、天然、空気読めません、という形容がぴったりな感じの、同じく40代前半の男性は、どうも夫婦のようでした。
 女性は化粧っ気はないものの、びっちりと決めたスーツ姿、男性も同じくスーツ姿というところを見ると、ふたりは共稼ぎ、子供はいるのかいないのかわかりませんが、まあその会話で、だいたい家庭内の位置関係は察することができそうな感じでした。

「だって美味しそうじゃん、これ」
 気弱に、おどおどとした口調で男性が言いかけた言葉に、
「そんなもの、家に帰ればあるでしょ」
と、彼女はくい気味に言葉をかぶせ、彼が手にしたかき揚げを戻すように、きっぱりと命令しています。
「えっ、あるの〜? 知らないよオレ」
「っていうか、材料があるからアタシが作るわよ」
 たぶんこの人、売り言葉に買い言葉的に言っているけど、絶対にかき揚げなんか作らないだろうなと思いながら、私は自分用のかき揚げを袋に詰め、買い物カゴに入れ、夫婦の話に、耳が「当社比3倍」状態になっています。

 どうも彼女は、彼のする行動そのものが気に入らないらしく、仁王立ちになって彼を威嚇し、どんな行動も全否定、周りの目も気にせずに、怒りまくっています。
 そんなに嫌ならいっしょに買い物なんかに来なければいいのになあ、と思いましたが、私は素知らぬ振りをしながら、一度乳製品コーナーに移動する「フェイント」をしつつ、すぐにニヤニヤしながら夫婦の後ろにびったりと張り付くことを決心します。

 彼はかき揚げをあきらめ、その横にある寿司、弁当コーナーに移動しました。
「まったく、ホントにアナタは」というような独り言をつぶやきながら、彼女はカートを押しながら、彼のあとをついていきます。
 ニコニコしてれば結構美人なのになあこの人。しかし今は顔全体が「へ」という字のようになってる……と思いながら、私も寿司でも物色するポーズで、この夫婦の成り行きを見守ります。

 とにかくその男性、プチ買い物依存症なのか、なにか自分の意志で買い物をしたくてたまらない様子。寿司コーナーのいなり寿司、ネギトロ寿司、海鮮巻き等に熱視線を送っています。
 で、それらを手に取ろうとするたび、奥さんはヒステリックな声で「いらない!」とか「やめて!」とそのチョイスを却下しています。彼はその声に「うるさい! オレは買うんだ」と一言ガツンと言ってやればいいのに、んー、そうかなあ、にやにやにや、じゃあこっち、と、わざと火のついた彼女に油を注いでいるようにも見えます。
 まあ、なんだか憎めない、という感じだけど、私にこういう男友達がいたら、その鈍臭さに、同じように「アホ」「バカ」「マヌケ」「デブ」などと彼をいじめていたかもしれないなあと、ちょっと思いましたが……いいや、友達にはなっていなかったでしょうね。でもこのふたりは夫婦なんだよなあ、たぶん。意外とこういうプレイなのかしらん?(笑)

 結構ざわついた店内でありながら、彼女の声はまるで最新のヒットソングのように響き渡り、ちらちらと他の客もこの夫婦を意識しているようです。
 ん〜普段女房の作る料理が少ないのか、そうとうまずいのか、どちらかなんだろうなと、ちょっと旦那さんのことが気の毒になりながらも、でもそんなに欲しいんだったら自分の金で買えばいいのに、財布も握られちゃってるのかなあ、なんて思いましたが。

 それにしても、ある意味子供みたいな旦那さんと、顔全体でへの字を表現している奥さんは、どんな恋愛時代を経て現在に至っているのだろうかと、思わずにいられませんでした。
 きっと、彼女にしてみたら、昔はその「少年っぽいところ」に惹かれたのだが、いつまでたってもガキのままで、体型だけはどんどん大人になって、しかも姑の肩ばかりもって全然頼りにならないし、ホント結婚なんかするんじゃなかったわ……なんて調子で愛は醒めていったのでしょうか。

 しかし、言われ放題言われ、なんの反論もせず、というより「馬の耳に念仏」状態の旦那さんでしたが、なにも言わないだけで、心の中では「なんだこいつ、昔は黒髪が綺麗な美少女だったのに、どんどんおっかない顔になっちゃって。料理だってろくにできないし、ウチの親戚の悪口ばかり言うし。あーもう我慢ができない。よし、もう家出よう。経理のサオリちゃんちに泊めてもらおう。んーいっそのことこんなヤツとは離婚して、サオリちゃんと結婚しちゃおっかな。彼女もそろそろはっきりして、なんて言ってたし……」なんて思っているかも、しれませんよー。気をつけて。

 その後二人がどうなったのか、レジあたりでもうひとつバトルが繰り広げられるのか、といろいろ想像していた私なのですが、「トマトジュース900mlが128円!」に心を奪われ、うっかりしているうちに夫婦の姿は消えてしまいました。んー探偵失格、です。
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by yochy-1962 | 2012-10-17 21:10 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
 ……って、もう十分に「オジさん」界のど真ん中を堂々歩いている、ってことは重々承知しているんですけれど(苦笑)。
 というよりも、私が二十歳のときに兄、姉それぞれに子どもが生まれたので、すでに30年前から戸籍上もしっかり「叔父」でありましたし、現在はその甥っ子達にも子どもが生まれていますから、オジさんどころか、「大オジさん」という部類に入る、ということも分かっているんですけれどね。

 時の流れに身をまかせ「過ぎて」、気がついたら、地図にも載っていない、まるでどぶ川のような支流まで流され、やっとの思いで這い上がったらそこは荒れ果てた山林。そして引っ掻き傷だらけになりながら「けものみち」を歩いているというような私の人生(そこまで卑下しなくても)ですから、現在、客観的に自分がどのような位置にいるのか、どのような状態でいることが「普通」であるのか、まったく分からなくなってしまったのであります。

 だから、会社女子から「オジさん代表としては、こっちとこっち、どっちのデザインがいいと思います〜?」などと聞かれ、半分笑いながらも「えっ、オジさん? し、失礼な!」とムキになってしまったりもするのですね。

 別に隠していたわけではありませんが、私、先日とうとう50歳になっちまいまして(苦笑)、やや呆然としているところであります。
 10年前でも、20年前でも、自分がこんな落ち着きのない、アホ丸出しの50歳になっているなどとと、ほんの少しでも想像していたでしょうか。
 まったく、少年老い易く学成り難し、とはこのことです。

 しかし、幸いなことに「健康」だけは昔から気をつけ、とりあえず大きな病気になることなく(寸前まで行きかけましたが)、いまでも若者に負けないだけの食欲は持ち合わせているのですから(バカなだけかもしれない)、これから残り半分の人生を有意義に、「太く長く」生きる準備だけは万端、といってもいいのかもしれません。
 100歳まで生きるつもりなのか、って話ですが。

 先日、とある市民吹奏楽団のコンサートを聴きに行き、元ブラスバンド部員としては、懐かしさと、いまでも情熱を傾けるものがあることへの羨望で一杯、という気持ちになって帰ってきました。
 オレももう一度楽器でもやろうかな……とも思いましたが、あと人生が50年もあるのだから、せっかくだからいままでとは180度違った趣味を見つけ、新しい人生を歩いていくのも面白いな、と思い直し、新しい趣味探しの旅に出ようかと思っているところなのであります。

 やっぱり100歳まで生きるつもりみたいです、私(笑)。
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by yochy-1962 | 2012-09-24 21:29 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)

by yochy-1962