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編集王子

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カテゴリ:ひとりごと( 116 )

「日本の海では泳がない」「篠山(紀信)先生にしか水着姿は撮らせない」(^_^)。
泳ぎの誘いがあるたびに、こう豪語して友人をけむに巻いていた(つもりの)私。
しかし最近、駅の反対側徒歩10分ほどのところに区民プールがあることを知り、これまで頑なに守っていたその決意をあっさりと捨て、いそいそと水着を抱えて潜入したのでありました。

……いや、天井知らずに増加する体重をなんとかせねば、とは常々思っていたのであります。
健康診断の結果、「あなたは完全にメタボリックシンドロームです。なんとかしないと死にまっせ」と脅迫めいた、ありがたいお言葉もいただいたのでした。

さらに最近、一緒に働く先輩編集者に大きな病気が見つかり、治療に専念するために退職。
健康には気を遣って、最低週一回のウォーキングを欠かさず、きのこ、スプラウト系の野菜など積極的に摂取している私なのですが、これだけでは足りないようです。やはり、歳を重ねたら重ねたなりに健康法も変えていかなければならないようなのです。

代謝はどんどん衰え、ちょっと食べ過ぎたらてきめんに太る、あるいは胃がストライキを起こして一晩中痛む……。
やはり、プラスαの運動をして代謝を促すことは必須。
これからも美味しいお酒をガハガハ笑って飲めるためにも、脱メタボリック!宣言なのです。

で、いざ区民プールに潜入。
ハイソな区だけに(杉並区民でありながら世田谷区民プールを利用)、とてもキレイな温水プール。なんでもゴミ焼却で発生した熱で温水にしているとかで、1時間240円と安価です。

仕事が終わってから、夜8時ぐらいにプールに到着するので、閉館までの1時間のみの利用ですが、この時間になるとキャーキャー騒ぐ子供はおらず、ただひたすら泳ぐ大人の利用者ばかりなので、あまり気をつかうこともなく、快適です。

で、およそ10年ぶりのスイミング〜、となったわけですが……。
さて泳ぐぞーっと、平泳ぎの体勢でスーッと、かっちょよくアーバンに(どんなんだ)泳ぎ出します。
そう、短距離走は苦手ですが、泳ぎのほうは昔から得意で、中でも平泳ぎは校内水泳大会でもいい結果を出していた私。
イメージとしては、そこからスイスイスイッと北島康介ばりのナイスな平泳ぎを披露……のはずが。

ブクブクブク……。
まず、沈むのです。

自分が抱いていたイメージでは、手を前に伸ばし水に乗れば、そのままスーッと前に進んでくれるはずでしたが、それは体重が50キロ台の、スリムなイケメン(?)時代の私でして、もうそれは遠い昔の話。
浮くことも、ちょっと前に進むことも、結構な体力が必要だということを思い知らされたのでありました。

次第に昔を思い出し、ゆっくりながらでも泳ぐことができたのですが、昔は、平泳ぎならいくらでも泳げたはずが、たった25メートルほどでハアハア、ゼイゼイ。
そして腕、肩、背中、腰、普段使わない筋肉がいっせいに悲鳴を上げています。

それでもなんとか頑張って、25メートルでハアハア、しばらく休んで25メートルでゼイゼイ、を数回繰り返し、およそ30分で水泳再デビューは終了。
疲れました。ああ疲れました。
歩くのもやっと、という感じで、転がるようにしてお疲れ様タイム。
ビールの美味かったこと!
(なんのための水泳なのか分かりませんが)
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まあしかし、心地よい疲れではありました。
その日はいつもよりぐっすり眠れたような気がしました。そして、身体中の痛みは次の日には大方消え、あまり肉体的にもダメージはなく、よし、これなら続けられそうな感じです。

何回か通ううちに、やはり昼間や休日は子供も多く、なかなか自由に泳ぐことができないので、仕事帰りの午後8時くらいが狙い目ということが分かりました。
ただ、黙々と泳いでいる皆さん、揃って優雅に、慣れた様子で泳ぎを楽しんでいて、ちょっと自分がみっともないなあとも思ってしまいます。
しかしめげずに泳ぎを続け、その仲間に入れる頃には、きっと私の贅肉もすっきりして、クロールなどでかっちょよく泳げているに、違いありません。
いまはクロールは時期尚早。ふざけているか、溺れているかと勘違いされ、監視員に救助されてしまいかねませんもんね(^_^)。
まあ、頑張ります(^_^)。


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by yochy-1962 | 2017-10-15 19:49 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
大きな声で恫喝したり、威嚇したり、とにかく迫力だけで同じ方向に導こうとしても、それは逆効果ってものなのです。

しかし、いくら上品に振る舞っているつもりでも、「排除」などという恐ろしい言葉を使われたら、その方がその後どんなに素晴らしいことをおっしゃったとしても、申し訳ございません、もうシャットアウトです。

「誠に遺憾ではありますが、この度はご期待に添えず」「悪いけど、来月からは他の人に」などの「排除」を痛いほど経験して来た者にとっては、この言葉を簡単に言える人は、人の心の痛みなど感じることのできない人にしか思えないのです。

やらかしたな、と思います。
失敗から何も学んでいない人、あるいはそれに気づくこともできない人だということでしょう。

この一言でメッキが剥がれました。
一瞬のうちに、大きな支持に守られているという幻想は崩れ去りましたよ。
さようなら。
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ヤケ酒にはつきあいましょう。
この街にはイカす大衆酒場がたくさんたくさん。
そうそう、もうすぐこんな催し物があるんだそうですょ。
支離滅裂でしたね。


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by yochy-1962 | 2017-10-03 17:01 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)
c0135618_2235073.jpg 事件は、我々友人同士で定期的に行っている「東京煮込みマラソン」(略称にこまら)のゴール地点である赤羽で起きたのでした(写真は特に意味はありません。年賀状用にあちこちで撮った写真の、ボツの一枚です)。

 大衆酒場という安普請の造りだけあって(失敬)、友人が不安定なテーブルに手をついた途端、ガクンとテーブルが傾き、思いっきりビールをぶちまけてしまったのです。

 ビールは、ちょうどテーブルに置いていた私のデジカメめがけて一直線。慌てて水気を拭き取ってみたものの、それから電源を入れてみても、デジカメはうんともすんとも言わず。
 ちょっとビールをかぶっただけなのに、あっという間に御臨終です。

 友人は申し訳なさそうに「ゴメンゴメン」を繰り返すのですが、まあ、これは事故みたいなもので、誰のせいでもありません。友人を責めるわけにはいきません。
 もしかしたら、水分が飛んだら復活してくれるかもしれないと、そのときは「いいよいいよ」と、悠長に構えていたのですが……。

 一週間経っても、二週間経っても、デジカメさんは動く素振りすら見せてくれません。これは本格的に、黄泉の国へと旅立ってしまったようです。

 まあ、もともと貰い物のデジカメだしなあ、それに昨今はスマホのカメラも結構素晴らしい写真が撮れるし、それでいいか……と思っていたのですが……。

 ビールをぶちまけてしまった友人が心配して、「デジカメ復活した? もしダメなら、自分が持ってる古いデジカメがあるんだけど、それ、あげようか?」と言ってくれたのです。

「んー、いい人だ」と、喜んでその御心をいただくことにしたのでした。
 新しい、お古の(ややこしい)デジカメは、画質等、ややグレードは劣るものの、まあ、ブログにアップする程度なら文句言えず使うことはできます。
 これで田舎の同級会やら年賀状用の写真を撮って、うん、まあ使えるだろう、と普段の生活に戻った私でしたが。

 ある日、壊れたデジカメが、もしかしたらいまごろになって動くかも、というか動いちゃったりしてね〜、という軽い気持ちで、また電源を入れてみたところ。
 なんと、黄泉の国から復活して、デジカメさんは正常に動いたのです。
 さすがに日付等のセッティングは初期化されていましたが、以前撮った友人の還暦祝いの(笑)はっちゃけた写真、それから事件当日、赤羽の大衆酒場で撮った美味しい煮込みの写真、全て再びその御尊顔を拝むことができたのでした。

 とりあえずよかった。
 しかし、こうしてデジカメが復活したのですから、友人にちゃんとそれを告白しなくては、私は「壊れた壊れた」と騒いで、まんまと新しいお古の(ややこしい)デジカメをせしめた詐欺男になりかねません。

 まあ、友人もその話を聞いて安堵し、「ああよかった、まあ、あげたのは古いデジカメだし、そのまま使っていいよ〜」と言ってくれるに、違いないと思ったのですが……。

「あっ、そう? じゃあ上げたデジカメ、返してくれる?」
 友人はあっさりと、そう宣ったのでありました。

 まあ、そうだよな。それが普通だよな、とは思ったのですが、もう、その新しいお古の(ややこしい)デジカメさんとも友好関係を結び、使いこなせるようになった矢先でしたから、いいじゃん、一度くださったものなんだから返せなんて言わなくっても……という気持ちもなかったわけではありませんでした。

 でも、仕方ありません。いただいた新しいお古の(ややこしい)デジカメを再び初期化して、友人に返却しようと準備をしていたところ……。

 なんと、また、水をかぶったデジカメさんが再びうんともすんとも言わなくなってしまったのでした。

 いったいどういうことなのでしょう。
 これは、新しいお古の(ややこしい)デジカメさんが、友人の元に帰ることを拒否しているかのように受け取れました。
 って、考え過ぎなのですがね。

 どうしたらいいものか、悩む年の瀬です。
「壊れた詐欺」と「あげるあげる詐欺」の攻防は、年を越しそうな様相を呈しているのであります。

 っていうか、アンタ、もう新しいデジカメを買いなさい、って話なのですがね。
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by yochy-1962 | 2016-12-28 22:09 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
 朝の出勤時、いつものコンビニに寄って、いつもの「タリーズ無糖カフェラテ缶コーヒー」を持ってレジに並んでいたのですが、ああそういえば今シーズン、まだ肉まんというものを食べていないことに気がついたのでした。

 これはいけない、肉まんを食べないと年を越せません(ってほどのことじゃないか)。自分の順番が来て、早速レジのおっちゃんに缶コーヒーを渡し、「あと、肉まんをひとつ」と、かっちょよく、ニヒルに決めてみせたところ……。

「すみません、肉まんはただいま準備中でして、あと3分ほどお待ちいただきたいのですが……」
 おっちゃんは申し訳なさそうにおっしゃったのでした。

 えー、3分も待つのお〜?
 私の躍る心はしゅーんと音を立てて萎んでいくのが分かりました。
 たかが3分、ですが、朝の慌ただしい時間。さらに、レジ横でひたすら手持ち無沙汰で、間抜けな顔で肉まんを待つ己の図、が浮かんできました。
 端から見たら、「肉まんを待ってウキウキしているブタみたいなおっさん」のように見えるに違いありません。これはいけません。

「じゃあ、ピザまんはありますか?」
「ああ、そちらもあと3分ほどお時間がかかります」
「カレーまんは?」
「申し訳ございません、そちらも……」
 万事休す、です。

「はあ……」
 気落ちした私に、恐る恐る、という感じで、おっちゃんはおっしゃいました。
「極上肉まん、ならありますが……」

 ご、極上?
 思わず私はその値段を確認しました。
 普通の肉まん100円に対して、極上肉まんは150円です。
 そんなあ。薄給の私に、50円の上乗せなど、なかなか勇気のいることです。

 どうしよっかなあ〜。正直悩みます。
 しかし、ちょっと躊躇している私の背後に、レジの順番を待っている善良な会社員さんたちの視線が集中しています。
 これはいけません。この方達から見たら、今の私は「たった50円の上乗せに駄々をこねてるブタみたいなおっさん」に見えるに違いありません。

「はい、じゃあそれで」
 軽やかに、爽やかに、精一杯の笑みと共に私は宣言したのでした。
 まあ、極上というだけに、きっと身悶えするほど美味な肉まんに違いない。これぞハイソな、シャイニーな人間にこそ味わえる特権!  思う存分楽しませていただこう。そう思って颯爽と、その「極上肉まん」を抱えてコンビニを後にしたのでした。

 しかし。
 その「極上肉まん」とやらですが、ちっとも美味しくない、というより、全然その極上感を味わうことができない一品だったのでした。

 さらに、肉まんの4分の1が蒸し途中なのかなんなのか分かりませんが、ぐっちゃぐちゃで、泣きたくなるほどがっかり感満載。50円返せ〜っ、と私は会社でメールチェックしながら叫んだのでありました。

 本当は、この「極上肉まん」も、あと1、2分ほど蒸したほうがよかったのかもしれませんがね。肉まんに固執するブタみたいなおっさんをどうにかしなくてはというお店側の、やっつけ的な対応だったのかもしれません。ふうっ。

 で、その日のランチはリベンジとばかり、とあるラーメン屋で「とんこつラーメン、全部乗っけで」と、ニヒルに、かっちょよく叫んだ私なのでした。

 チャーシュー、卵など、とにかくその店のトッピングを全て乗せました〜、って感じの、ゴージャスな、セレブにだけ許されるラーメン。

 そうとう期待してそのラーメンを待っていたのですが、到着したのは「えっ、これ?」てくらいの普通のラーメンだったのでした。
 薄っぺらいチャーシューと煮卵が、「ごめんなさいごめんなさい、こんなんでごめんなさい」と言ってるような質素なラーメンだったのです。
 おまけに、なんだかこのラーメン、スープが劇「ヌル」で、どうしてこんなにヌルいラーメンを平気で客の前に提示するのか、厨房の中に入って説教でもしてやりたくなる気分になってしまいました。

 990円という価格が税別価格で、結局1000円以上したのも腹立たしくて、ああ、今日は食べ物運勢50点の日だったなと、肩を落として会社に戻った2016年年の瀬のワタクシ、でございました。
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by yochy-1962 | 2016-12-23 23:16 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)
 新宿駅近辺で、なにやらシュプレヒコールの波か起こり、ハチマキなど締めた軍団が拳を上げながら「立ち上がりなさ〜い、立ち上がったら座りなさ〜い」(©️きんどーちゃん)などと叫んでいます。

 いや、具体的なデモの内容は省略です。別にそれについて言及しよう、というわけではありませんからね。

 私が言いたいのは、そのデモを牛耳るべく、中心になって拳を振り上げ、演説をしていらっしゃる方の声が、とんでもなく「舌っ足らず」だった、ということなのです。

「……ということなんでしゅ。これは黙っていられましゅでしょうきゃ!」
 って感じで、演説しているご本人には申し訳ないのですが、なんだかふざけているみたいな、ウッチャンあたりのコントを見ているような感じで、なかなか、肝心の話の内容まで頭の中に入ってきません。

 その舌ったらずさんがデモの中心的人物で、もしかしたらすっごいカリスマ性を帯びた方だったのかもしれませんが、知らない方からしたら、なんだか立派なことをおっしゃっていたとしても、その内容は決して心に響かないのではと心配になりました。

 でも、んー、まあ人ごとです。ハチマキ軍団の中に、もっと声の通る美声の持ち主がいたんじゃないかと思いながら、そそくさと私は大衆酒場方面へと向かったのでありますが。

 声といえばもうひとつ、毎日乗る電車に、ときどきとんでもなく悪声の車掌さんに遭遇します。
 あれは男性なのか女性なのか、男性だとしたら結構なハイトーンボイスなのですが、いわゆる「ダミ声」というんでしょうか、バケツの水をひっくり返しながらヒャヒャヒャヒャと笑っているような声なのです。
申し訳ないのですが、それはちょっと不快になるような声で、この方が乗っている電車に当たると、爽やかな、よし、今日も頑張るぞと意欲満々の朝の気持ちが、シューッと萎えてしまうのです。

 私が引っ越して、新しくこの路線を利用するようになった4年前にはもう聞いていて、だからもっと前からいらっしゃった方かもしれません。しかしそのときは、んーアナウンスに向かない声だなあ、きっと苦情が殺到してすぐに配置換えだろうと踏んでいたのですが、4年を過ぎた今もご健在。相変わらず「えー、づぎばじんじゅぐ、じんじゅぐでござびばす」(←あくまでもそう聞こえる、っていう意味)というアナウンスを聞かされています。

 まあ、私がこの電車に乗っている時間はほんの10分ほどで、この方の声を聞くとしてもほんの二言、三言です。もう我慢できない、不愉快だ、暴れるぞ、というほどのものではないのですがね。それに聞きたくなければ迂回してでも違う電車に乗ればいい、って話なのですがね。

 しかし、いろいろな場面での向き、不向きな声というものは存在すると思います。好き嫌いというものも人それぞれだと思いますが、演説をするのなら強い、はっきりとした口調の声、アナウンスなら分かりやすい、耳障りでない落ち着いた声だよなあ、それと対極にある声は、やっぱりその部門においては才能がない、不適合なのでは、と思ってしまうのでした。

 で、声の才能、とはちょっと違うのですが、これまた朝、新宿の地下街を通過するときによく聞くパン屋さんの呼び込みが、私はいつも気になるのです。
「◯◯はいかがですかあ⤴︎」と、ゆっくりと、人の神経を逆撫でするように語尾を上げていらっしゃって、なんだか嫌だなあ、なんでそんなしゃべり方するんだろうと思ってしまいます。いつもそこを通り過ぎるたびに「うるさい、語尾を上げるな!」と心の中でつぶやいてしまいます。

 どうしたもんでしょう、こうした呼び込みでは「語尾を上げて耳を傾けさせ、お客様のご機嫌を伺いましょう」とかいう教科書でもあるのでしょうか?
 なんだか癇に障り、かえって逆効果のような気がするのですが、どうしたもんでしょうかね。

 同じように、会社近くの定食屋でも、定年過ぎと思われるおっちゃんが、おどおどした口調で「ランチいかがですかあ⤴︎」と人が通り過ぎるたびに連呼しています。
 この物件に関しては、その語尾だけでなく、力なく、なんだかただ時給のために仕方なく言わされてる感バシバシで、おまけに店の入り口を通せんぼしているような配置で連呼していて、これは呼び込みをしているのか、客が来ないように店に対して嫌がらせをしているのかわからない、と思ったりもしています。

 まあ、これらは声の才能、とはちょっと違いますけどね。

 声にはそれぞれ、その場面での的確なものがあると思います。声に迫力がなく、いわゆるドスの利いた声が出せず、なにか咄嗟に不愉快なことがあっても、相手を威嚇しながらきっちり言い返すことができずに、ただストレスをためるだけの私は、喧嘩する才能がない声、ということは自覚しているのですがね〜。

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by yochy-1962 | 2016-10-22 23:49 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)

 もうこれについては多くの方が語り、論議された案件で、いまさら、という感じなのですが、ちょっと前に途中まで書いたネタで、せっかくここまで書いたんでもったいなくて、夏休みに入ってちょっと時間ができたのをきっかけに公開させていただきます。


 そう、最近さかんに流れる「Yモバイル」のCMについてです。

 若い方はふうん、という感じで流してしまうCMなのかもしれませんが、バブルと「寝た」というほどではありませんが(いや、ほとんど恩恵は受けていませんよ)、とりあえずバブル期のどんちゃん騒ぎぶりを知っている世代からしたら、あのCM、「ざっくり」し過ぎていて、違うだろ、という場面が多過ぎるのです。


 1980年(代)と1980円をかけて作ったCMだと思いますが、まず、1980年は「バブル期」ではありません。

 ジュリアナとかゴールドなどのディスコで、自分のスタイルを顧みず、時代が時代なら逮捕されちゃうだろみたいな、確実にお前露出狂だろみたいな格好で、そしてホントは片桐はいりみたいなエラのある顔を「ワンレン」で隠し、髪の毛をかきあげるとどこまでもどこまでも顔、というミステリーゾーン状態の女子が量産されていた時代は、昭和も押し詰まった1980年代末期。どちらかといったら1990年、といっても差し支えない時代なのです。

 だから、1980円を1980年で表現しようとするのなら、本当は「竹の子族」あたりをフィーチャーするのが正解なのであって、バブルとからめるのは間違いなのです。


 そしてもうひとつ、田中美奈子演じるバブル女子が「ナウい〜」と決めゼリフのように言うのも間違い。この言葉は1970年代の終わりに流行し、あっという間に死語になり、80年代にこの言葉を使う人など皆無、そんな言葉を使ったら「どこのカッペ?」と白い目で見られること確実、だったはずです。

 ここで唯一の正解は「なめねこ」で、確かにあれは1980年を象徴する流行りものではありましたがね。


 まあ、コマーシャル作りのために多少の無理は仕方ないと思うのですが、ここまでごちゃごちゃな、リアルなバブル世代の総ツッコミが聞こえそうなものを涼しい顔で作られたら、だまってはいられません。お前、バブル時代を全然知らねーだろ、と首根っこでもとっ捕まえて、延々と説教でもしてやりたくなります。


 でも、制作が30代、40代前半の方だったら、リアルにその時代を生きていないのでしょう、仕方がありません。雑誌で「ピンクレディーがUFOでレコード大賞を取った年のライバルは横須賀ストーリーの山口百恵」とかいう記事を読んでも(プレイバックPart2だよ)、テレビで桜田淳子を紹介するときに「当時のアイドルにしては背が高かったのでグラビアにもよく登場した」とか言っていても(それほど高くないよ浅野ゆう子かよ)、ぐっと我慢するしかないのが、もう旬を過ぎた(苦笑)我々50代、なのですね。


 結局のところ、各企業で中心になってものを作り上げる層の中心が、明らかに私世代から外れてきている、ということなのでしょう。

 自分が30代、40代の頃は、「世界は自分を中心に回っている」と思って憚らないほど、テレビで流れる音楽も、リバイバルで流行るものも、んー分かる分かると肩で風切って歩いていたのですがね。いまは、懐かしい〜とか言われながら提示されるものですらピンと来ないのが、都落ち感たっぷりで、呆然と立ちすくむ2016年の夏を迎えている私です。


 で、会社に出入りしている業者さんが、ふと「僕、英語の筆記体って読めないんです」と宣ったのでありました(話は突然飛びましたが)。

 彼は現在27歳、いわゆる「ゆとり世代」で、英語の授業では筆記体を教えてもらわなかったと言うのです。

 そういえば、円周率がほぼ3とか、そんなふうに教えることになったとかいうニュースを見て、へえーそうなの、なんて他人事のように思っていましたが、そういう方々がすでに社会の中で堂々と働いている時代なのですね。いずれその世代の人達が中心になって発言権を得たとき、世の中はどうなっていくんだろう、とんでもなく薄っぺらい文化になっていたりはしないかと思ってしまいます。もうその頃は私など堂々高齢者入りでしょうから関係ありませんが、ちょっと心配になったりもしてしまいました。

 すでにJポップの「詞」の世界は、一部を除き、ホント薄っぺらいですもんねえ。



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by yochy-1962 | 2016-08-11 23:39 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
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 本来なら今週末、恒例のお花見バーベキューで大騒ぎをしているはずの私でしたが、なんとインフルエンザにかかってしまい(初体験!)、ほぼ一週間を棒に振ってしまったのでした。
 38.5度という、昨今の夏の最高気温のような体温が続き、うんうんと唸り続ける毎日。やっと熱は下がり日常生活が送れるようになったものの、日曜日までは他人との接触はNGということで、仕方がありません、今年の花見はたったひとりで、お酒もなく、カラオケもなく、目黒川沿いの桜を愛でることにいたしました。

 目黒川、とくに池尻大橋近くの桜のスポットは、ブルーシートを敷いて宴会をするスペースがないので、川面に迫り出すようにして咲き誇るフラワーロードを、にこやかに、ゆっくりと眺めることができます。
 いつもは、桜を見てるんだか人を見てるんだか、ただ酒を飲んでるんだかわからないうちに終了してしまう桜の季節。体調を崩したからこそゆったりと桜を楽しむことができたというのも皮肉ですがね。

 竹内まりやの歌ではありませんが、あと何回この季節を迎えることができるだろうと、そろそろ真剣に考えるようになりました。そんな心境の変化に、自分でも驚いていたりもするのですが、いつかは田舎に戻ろうと思っている私にとっては、東京の桜を観る機会については、確実にカウントダウンが始まっているのでしょう。
 昔いっしょに桜を愛でて、もう二度と会うことはないだろうかつての友達はいまでも元気だろうかなどと、桜の名曲をYou Tubeで聴きながら、うるうるしているおっさんを目黒川沿いで見かけた方、それは私です(笑)。


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by yochy-1962 | 2016-04-03 12:59 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
「世界イケメン会議」日本代表として出席のため、3週間ほどニューヨークに滞在しておりました。そのためブログの更新もできず、世界各地にいらっしゃる、3億人の私のファンの方々にご心配をおかけしました。深くお詫び申し上げます。

 さて、私が高校生の頃、原宿を歩いている時にスカウトされ、アイドル歌手として華々しくデビュー、デビュー曲の「飛翔の時」はいきなりミリオンセラーを飛ばし、史上初、紅白歌合戦初出場でトリ、瞬く間に時代を代表するスターとして君臨したことは皆さんご存知のことと思います。
 そしてその後、その溢れんばかりの才能を本格的に開花させるべく、アイドルの座を惜しげもなく後進に譲り、ハーバード大学に入学。宇宙工学、そして政治学を学び、首席で卒業。政界、実業界、各方面からのオファーに見向きもせずに作家として衝撃デビュー、初作品「Bad Sweet Dream」はその年のベストセラー第1位、芥川賞と直木賞を同時に受賞という、前代未聞の離れ業をやってのけたことも、記憶に新しいかと存じます。

 現在、世界同時公開予定の主演映画「アルゼンチン、その愛」の撮影を終え、いよいよ宇宙飛行士として旅立つ日を待ちながら、自叙伝の執筆に取り掛かろうとしているところです。そして今、自分の長かったようで短い28年の半生を一つ一つ反芻していくうちに、大変な過ちを犯していることに気がつきました。

 そうなのです、私とあろうものが経歴詐称です。センテンススプリング様に気づかれる前に、潔く誤りを告白し、修正しないことには、来るアカデミー賞授賞式に堂々とレッドカーペットを歩くことはできません。

 その、隠された私のもうひとつの顔というのは……実は私、アイドルを卒業し、その後ハーバード大学に入学するほんの少しの間に、じつは、「パリコレデビュー」をしていたのです。

 アイドル卒業の東京ドーム公演が4月、そしてハーバード大学に入学したのが9月。そのぽっかり空いた半年間を、世界各国を気ままに旅しようと目論んでいたのでしたが、やはりどこの国に行っても「あの子は誰?」「あの素敵な子はどこのモデル?」と注目され、パパラッチに追いかけ回されてしまったのでした。
 そして逃げ込んだのがパリコレ真っ最中の会場。
 ロビーにうずくまる私を、またまた誰と勘違いしたのか、ショーの関係者がむりやり最新ファッションに着替えさせ、とにかくそこを歩けと言われ、わけもわからずに会場を歩いたところ、割れんばかりの大拍手、スタンディングオベーション状態。次の日の、フランスの新聞、全紙の一面を私が飾ってしまったのでした。

 というわけで、「アイドルから作家、そして実業家へ」という私のプロフィールには誤りがあり、「アイドルからモデルを経て、作家、実業家へ」というのが正しい私のプロフィール、ということになるのでした。
 皆様、本当に失礼いたしました。ここに深くお詫びしたいと思います。

c0135618_22192395.jpg さて、きょうは久しぶりの休日。
 休日はいつもここ、西麻布にある高級ビストロ「セラビ」でディナーをいただいている私です。
 きょうのメニューは、松坂牛をとことん煮込んだビーフシチューと、超高級ウイスキーをソーダで割った逸品です。
 なんですか、日本の庶民の皆さんがお飲みになる、ホッピー、ていうんですか? そういうのみもののラベルに似ているらしいのですが、違います。
 なんてったってこちら、宮内庁御用達の、それはそれはありがたいお酒なのです。
 その証拠に、バカラのグラスに「宮」っていう文字が書かれているでしょう?
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by yochy-1962 | 2016-03-24 22:37 | ひとりごと | Trackback | Comments(4)
 もう日付が変わってしまいましたが、2月10日は「0210」=LEFT、ってことで、「左利きの日」なんだそうです。
 だからといって、「母の日」みたいに左利きの人を愛でてプレゼントでもくれるんかい、と思いましたがそうではないようで、「メーデー」のように、普段虐げられた左利きの人が、国会議事堂前あたりでシュプレヒコールを上げる日でもないようで、単なるシャレ、経済効果も何もない、別に誰も喜ぶことのない一日に落ち着いてしまっているような、幸薄い左利きの日、なのでございます。

 左利き連合組合副会長として(誰が決めたんかい。で、会長は誰だよ。王貞治かよ、松本人志かよ、それともピンクレディーのケイかよ)君臨し、日々不遇な左利きの立場を向上するために活動する私としては、これは由々しき事態でありまして、ここでひとつ、左利きの人が、特にこんな場面で差別を受け、毎日枕を濡らしているかをここで訴えようと左手でペンをとった、というわけなのであります。ペンは使っていませんが。

 まあ、包丁やハサミなど、最初から右利きのことしか考えていないような、ゲスな野郎について、いまさら左利きはとやかく言うものではありません。もともと右脳の発達した左利き人は、とっくの昔に右利き用に作られたそれらを克服し、何の苦労もなく、微笑みすら浮かべて使いこなすことができているものなのです。

c0135618_23143890.jpg しかし、ビッフェスタイルのレストランの、スープコーナーでにやにやニヤニヤ笑いながら佇む「おたま」。
 特に注ぎ口、というんですか、鳥のくちばしみたいに細くなって、「ほら、便利でしょ、ここから注げばスープもカップからこぼすこともないでしょ、うっふんうっふん」とでも言っているかのような「おたま」、これが左利きにとっては永遠の宿敵、なのです。
 これは右利きのために作られたブツでして、左手でそれを上手に使うことはまず不可能です。左手でこれを持ってスープを注ぐには、おたまを外側に傾けて注がなくてはならず、さすがにその行為は無理があり、結局、左利きは反対側の丸い部分からスープを注ぐしかありません。もれなくスープはカップを持つ手を濡らし、「あちっ、あちっ」となってしまうわけなのです。

 バリアフリーだとかユニバーサルデザインだとか涼しい顔で言っておきながら、こんなおたまを使っているホテルのレストランなど、私は認めていません。職場近くにビッフェスタイルのランチを食べさせるホテルがあり、ときどきニヤニヤしながらがっつくときがあるのですが、スープだけは最初の一杯だけで断念し、店をあとにしている私です、って、他はすべておかわりしているみたいな言い方ですが。

c0135618_23144398.jpg もうひとつ、左利きにとっての天敵は「筆ペン」です。
 日本語は、というよりほとんどの言語は右利き用にできている、といっても過言ではありません。まあ、それについては仕方がないのですが、書道という、中国や日本独特の、文字を美しく書く「お作法」についても、左利きのことなどいっさい考えていないのです。左で文字を書くなど愚の骨頂、ああ、左手は「不浄」の手、ものを食べるときに使うことも許されない文化圏もありましたね。そんな国にはこちらからアデュー、いっさい行かなければいいだけの話ですが、結婚式などの芳名帳に名前を書くとき、そこに筆ペンしか置いていなかったりすると、左利きはもれなく「あちゃー」という気持ちになってしまうのです。

 書道は右で書くからこそ美しい文字が書けるのです。聡明な左利きの私どもは、小さい頃から右手で筆を持たされ、学習し、少しずつそれを克服しつつはあります。しかし、それは「太い筆」であるからできるのであって、これが細い筆となると、どんなに練習しても手は震え、もれなくガタガタな文字しか書くことはできません。筆ペンで達者な文字を書けるという左利きの人は、すでに左利きではなく、もう「両利き」という称号を与えられるべき人なのであります。

 私は、自分で言うのもなんですが(言っちゃってますが)字は下手な方ではないと思います。「よく左手でそこまで上手に書けるねえ」と言われたりもして、鼻高々で道のど真ん中を歩いたりしています。
 しかし、芳名帳の横に筆ペンしかない現場に身を置いた途端、それまでの鼻高々はいきなりぺちゃんこになり、涙目で筆ペンを左手で使い、下手っくそな文字を残しそそくさとその場を去るしか術はないのです。
 そうなのです。芳名帳にはサインペン。筆ペンなど置くことはないのです。というよりも、筆ペンなどなくても、誰も困ることはないのです。なくなればいいのです(きっぱり)。

 右利き用に作られたものが、左利きでもなんとか頑張れば使いこなせるというものはありますが、これらのように、右利きでしか上手に使うことのできないものについては、公共の場では提示するものではないのです。地球に優しくだとか、女性のためだとか、体の不自由な人のためだとか考えてくださるのなら、ぜひ「左利きのため」ということも、ぜひ考えて欲しいのであります。
 というわけで、左利きにとっての天敵、ごく一部を紹介させていただき、これをもって「左利きの日」の主張、とさせていただこうと思います。

「マツコ・有吉の怒り心党」を横目で観ながら書いたので、なんだか「三大◯◯」みたいな物言いになってしまいましたが(苦笑)。
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by yochy-1962 | 2016-02-11 00:05 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
c0135618_2228162.jpg 爆弾級の大寒波がやって来たこの週末、私は中学の同級会参加のため、静岡に帰省していたのでした。
 しかし、というか、やっぱり、というか、新幹線大丈夫かなあ、という不安は杞憂でして、日本中が雪だるまマークとなった天気図にあって、静岡だけは盤石の雨マーク。まったく、どういうわけか静岡には雪は降らないのです。決して南国並みに暖かい、というわけではなく、最低気温に至っては東京よりも下回る日がほとんどなんですけどね。
 私が静岡に住んでいた18年間で、覚えている限り雪が降ったのはたったの2回。しかしその両方とも、積もるというには全然迫力不足で、搔き集めた雪で、ウチの姉貴がキャッキャ言いながら、ちっちゃくて不格好な雪だるまを作っていたことが、今でも鮮明に思い出されます。
 で、やっぱり静岡は雨模様。西日本は相当すごかったみたいですけどね。ああ、東京もこの日は雪にはならなかったんですよね。
 静岡は、季節感にも時差があるらしく、現在クリスマス真っ最中の模様(笑)。

c0135618_22282817.jpg 同級会までの時間、呉服町通りという、静岡市のメインストリートをぷらぷらと歩いてみました。
 昔は、メインストリートとは言えども、地元の金物屋さんとか和菓子屋さんとかがあったはずなのですが、東京資本がどんどん入って来て、居酒屋さんまでもが東京で見たことのある店ばかりになってしまったのは、なんとも淋しい限りでした。
 市内で一番大きなレコード屋「すみや」も移転だかなんだかで閉店。久しぶりにちょっと覗いてみようとわくわくしていたのに、肩すかしを食らいました。
 高校時代、部活のない日は必ずといっていいほどここに立ち寄り、レコードを試聴させてもらったり、絶対に自分では買えないような高い楽器をウインドウ越しに眺めたり。そうそう、デビュー間もない越美晴(40代後半以上でないと知らないだろうなあ)がプチライブ&サイン会に来たのもここ、すみやでした。
 昨今の音楽好きの「しぞーかガキンチョ」は、どこで音楽を仕入れ、一流を垣間見て、音楽談義を交わしているのでしょうか。……やっぱりネットかなあ。

c0135618_22283832.jpgc0135618_22292524.jpgc0135618_22291111.jpgc0135618_2228571.jpg

c0135618_2394686.jpgc0135618_22284274.jpg さて、この日の本題、中学校の同級会です。
 どういうわけか、小学校あるいは高校の同級会はいっさい行われていないのですが(呼ばれていないだけなのかもしれませんが)、中学の友達とはいまでも仲がよく、同級会LINEでも頻繁にトークを楽しんでいるのです。中心になって、あれこれ世話を焼いてくれる人がいるかいないかの差、なのでしょうが、ありがたい限りです。
 今回の宴会場は、農家直結野菜ビストロ「ル・コントワール・ド・ビオス」というお店(絶対に一度や二度じゃ覚えられないような名前だな)。
 その名の通り野菜がメインで、聞いたことのないような野菜がグリルになったり、マリネになったり、いろいろなバリエーションが楽しめます。野菜がとにかく迫力いっぱい、そしてどれも美味。まさにいま「健康」をいただいている、という感じがして、とても楽しめました。
(まあ、飲み放題に焼酎が入っていないとか、やっぱりもつ焼きがいいね、という男子のつぶやきはご愛嬌、ってことで)

c0135618_22293566.jpg 日曜日、天気は回復したものの、流石の大寒波。寒さに関しては半端ない朝です。
 今回の帰省は、自転車を駆使して、懐かしい場所をたくさん巡ろうなんて目論んでいたのですが、いざ自転車をこぎ出して約5分。いとも簡単に豆腐のような根性は崩れ去り、そそくさと退散、近所をちまちま散歩、に変更となりました(苦笑)。
 自転車だと、寒さは2倍にも3倍にも感じられますからね。それでも高校時代は、勇敢にもこの寒空の下、毎日自転車で30分かけて学校まで通っていたものですがね。35年の年月は、若さとともに、体力とか根性とか基礎代謝とか、いろいろなものを奪っていってしまったようです。
 そして、その「置き土産」として私に残されたのは、たっぶりの皮下脂肪と、ドロドロした血液と、フォアグラ状になった肝臓と……まるでダメですねえ(苦笑)。

 ああ、実家近くからは、よく晴れた冬ならば、こんな感じで富士山が見えるんですよ。
 なんて贅沢だったんだろう、今頃思っています。
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by yochy-1962 | 2016-01-28 23:15 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)

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