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編集王子

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2008年 09月 01日 ( 1 )

c0135618_1394543.jpg こちらは仕事で訪れた、「最高気温の街(?)」埼玉県熊谷市の空です。
 カメラを違う方向に向ければ、ゲリラ豪雨の元になった入道雲がもくもくもくと、まるでミシュランタイヤのキャラクター(あるいはマシュマロマン)のような姿になって我々を威嚇していたりするのですが、その向こう、高い高い空にはこのような、秋を感じさせる鱗雲がお目見えしているのです。
 確実に時は流れ、季節は変わろうとしているのですね。

 「どうして時間は過ぎてしまうの?」
 「時間は過ぎるものじゃないんだ。やって来るものなんだよ」
 尾道三部作「時をかける少女」のクライマックスで、主人公二人が言う台詞です。
 「過ぎるもの」でも「やって来る」ものでも、どうも時間は、時は「〜しまう」もののようです。私たちは、過ぎて「しまう」もの、やって来て「しまう」ものを恐れ、そこから逃れようと戦々恐々としたりするものです。
 そりゃあ、いつまでも若くありたいものですし、「別れ」とは無縁の人生を送りたいと思うのは当たり前のことでしょう。しかし、「時」は残酷に、生き続けていくことの悲しみを目の前につきつけ、人生を学習せよと鬼教官のように私たちの前に立ちふさがるのです。

 しかし最近、もしかしたら「時」って優しいものじゃないのかな、と思ったりもしているのです。
 先日、実に10年ぶりの友人と会う機会があったのですが、50歳になったその友人は、以前私が彼に感じていた、ギラギラとした雄のフェロモンと言ったらいいのか、少々暑苦しくて目を背けたくなるようなイメージ(笑。ちょっと失礼だなオレ)をすっかり変え、いい感じで「枯れた」大人(初老?)の男性になっていたのでした。
 会わなくなった10年の間に、どんなことが彼にあったのか、あまり詳しくは聞きませんでした。とても強気な人でしたから、自ら弱みをさらけ出すことなどしないということは分かっていましたからね。でも、風呂上がりのようなさっぱりとした顔つきや、言葉のところどころで感じられる大人の雰囲気は、見ようによっては「疲れた」「老けた」「ステージから下りた」と思ってしまうような変化かもしれませんが、私には憑き物が取れたような印象を彼から感じたのでした。
 彼には、「時」は優しく流れたのではないか、と思ったのでした。

 もちろん、「時」に対してどういう受け止め方をしたのか、それによって歩く道は全然変わってきてしまったのかもしれない、とも思いましたがね。

 だから、きっと私にも「時」は優しく流れていってくれるものだと信じているのです。
 どんなに悲しく、どんなに絶望的な出来事が訪れたとしても、きっとそれらもすべて、「時」が解決してくれるのだと信じて、笑って歩いていこうと思っているのです。
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by yochy-1962 | 2008-09-01 02:34 | ひとりごと | Trackback | Comments(11)

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