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「伊勢屋」の謎 

c0135618_0431726.jpg 以前から漠然と「?」に思っていた物件なのですが……。
 どうして和菓子の店には「伊勢屋」という名前が多いのでしょう。

 どうして酒屋には「三河屋」という名前の店が多いのでしょう。

 鰻屋、天ぷら屋に「宮川」あるいは「みや川」という名前が多いのはなぜ?


 小さい頃、「更科」という蕎麦屋はチェーン店だとばかり思っていた私ですが、さすがにそれは、現在まで引きずっている疑問ではありません(笑。ああそういえば、ずっと昔、中島みゆきのオールナイトニッポンで本人が言っていたのですが、「月極駐車場」を、「げっきょく」さんという人が経営するチェーン店の駐車場だと思っていたという話を聞き、ああ、誰にも盲点はあるんだと思ったものでした)。
 鰻屋の「宮川」もチェーン店ではありますが、本店は築地にあるようです。……なんて思っていたら、どうも麻布にも「麻布宮川本店」という鰻屋があり、そしてどうってことない商店街の中に、どう見ても築地の支店とは思えないような、薄汚れた「宮川」という鰻屋さんも存在します(相変わらず失敬です)。また、ちょっと趣を変えているのか、「みや川」という鰻屋さんもあり、天ぷら屋さんでもこの名前を採用しているケースが多いような気がします。
 きっと、最初はどこかの「宮川」という鰻の名店から、その名前が広まって、登録商標もないし真似しちゃえーってことで広まったのではないかと思うのですが、では最初はどこなのでしょうか。築地と麻布がそれぞれ本店と名乗っていますが、なにかお家騒動とかがあったのでしょうか。単なる偶然なのでしょうか。

 「三河屋」については、ネットで調べてみたところ、もともとは徳川家康が江戸幕府を開いたとき、地元である三河からたくさんの商人たちも連れて行き、そのうちの、お酒、味噌、醤油の調味料を扱う人たちが「三河屋」と名乗ったところがはじまりだという説が有力なようです。
 しかし、「伊勢屋」に関しては、これぞ、という説がなくて困っているのです(別に仕事で使うわけでもなく、それほど真剣に悩む問題でもないのですが)。
 日本で一番古いと思われる「伊勢屋」は、どうも姫路にある和菓子の店のようで(写真)、創業は元禄時代。11代将軍徳川家斉の娘の婚礼に作ったお菓子が今でも売られているという、それはそれは由緒正しいクラシカルな名店、のようです。
 しかし、それがホントに「伊勢屋」のルーツなのか、まったくわかりません。仮にその店が伊勢屋第一号だったとして、ではどうしていたるところの和菓子屋が「伊勢屋」と名乗らなくてはいけないのか、名乗る利点があるのか、あるいは本当にチェーン店なのか、まったくわからないことです。ああ、考え出したら夜も眠れなくなってしまいました。
 どなたか、これぞ、という有力な情報をお餅、もとい、お持ちではないでしょうか。私に安らかな夜の眠りをお与えください。

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by yochy-1962 | 2008-03-01 01:44 | ひとりごと | Trackback | Comments(8)
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Commented by TAMA at 2008-03-03 00:49 x
>、名乗る利点があるのか、あるいは本当にチェーン店なのか、まったくわからないことです。
「のれん分け」が上手くいったケースなのでは?って思います。
元祖のお店で10~15年とか修行を積んだ店員さんが独立する時に違う場所で同じ店名で店を構えて、それぞれのお店で修行を積んだ人が「のれん分け」で独立するから同じ看板を掲げて・・・・・
を200年も続ければそれなりの数の伊勢屋さんがあちこちに残るのでは?
Commented by yochy-1962 at 2008-03-03 01:16
TAMAさま お久しぶりです。コメントありがとう。
案外、そんなところかもしれませんね。そのうちに和菓子といったら「伊勢屋」というのが定着して、のれんわけでもないのにそういう名前をつけたのかもしれません。
どうも「R25」でもこの疑問が話題になったらしいです。http://r25.jp/magazine/ranking_review/10004000/1112007101105.html
こうなったら、実際に「伊勢屋」に赴いて取材しようかと思ったんだけど、もしかしたら当の店側も案外知らないような気がして、止めにしました。それにオレ、あんまり和菓子好きじゃないし(笑)。
Commented by asuno-kazemachi at 2008-03-05 12:52
何の根拠もない想像ですが。
江戸時代の庶民の最高の行楽といえば、やはり「お伊勢参り」。
個人もツアーもこぞって出かけたようです。
賞味期限偽装の名店もありましたが、道中で疲れた足を安め、頭を活性化し、心を豊かにするのに和菓子は絶好の食べ物だったのではないでしょうか。
それで、お伊勢参りの参道やそこにいたる道すがらの和菓子屋は、たぶんすごく繁盛したのだと思います。
そこで、その繁盛にあやかるべくゲンをかついで、お伊勢参りに関係ない場所の店も、伊勢屋と名乗ったのではないかと。

私の郷里の金沢には、尾張町という町名や尾張屋という店がたくさん残っています。
前田利家が、慣れ親しんだ尾張の街を懐かしんで、そこから商人や職人を呼び寄せて街づくりをさせたことに由来しています。
Commented by bay-hamakujira at 2008-03-05 21:29
小学校の同級生が荏原中延駅前の「伊勢屋」の息子でした。ウチの近所にも「伊勢屋」というちょっとしょぼくれた和菓子屋があります。北千住駅前の「伊勢屋」の大福はなかなかいけますが、ここの本店は亀有にあり「両さんサブレ」(漫画のキャラ)がウリのようです。だけど、たぶんみんな関係なさそう。
あんこつながりで考えれば、たしかに例の「赤福」は伊勢ですしね。風待ちさん説が有力な気がします。
ところで、トンカツ屋の「和幸」というのも多いような気がしますが、これも似たようなものなのかなぁ。
Commented by asuno-kazemachi at 2008-03-05 22:34
↑横レスですm(_ _)m
とんかつ「和幸」は、チェーン店じゃないんですか?
いなば和幸と名乗っている店もありますが、あれも系列店だと思っていました。
Commented by yochy-1962 at 2008-03-06 01:52
風待ちさま 風待ちさんがおっしゃると、なんとなく信憑性がある感じです。確かに、それも大いに考えられます。案外、理由はひとつじゃないのかもしれませんね。
でも、和菓子の伊勢屋って、関東地方に集中しているんだそうです。それはどうしてなんだろ、とも思いますが。
Commented by yochy-1962 at 2008-03-06 01:55
濱鯨さま 伊勢屋本店で検索すると、姫路の店がヒットするんです。その伊勢屋が関係する、ってのはあんまり有力ではないのかな。風待ち説が有力ですね。
でも、尾張屋とか信濃屋もたくさんあることだし、あんまり気にしちゃいけません、ってことかもしれません。
ふっておいていまさら何だ、って話ですね、失敬(笑)。
Commented by yochy-1962 at 2008-03-06 01:58
風待ちさま そうですね。和幸は「すずらん」「なでしこ」の定食がおいしいとんかつ屋さんです。ごはん、みそしる、キャベツがおかわり自由。ゆず味のドレッシングが美味です(笑。そんなこと聞いてないか)。
もしかしたら、クレヨンしんちゃん市にはチェーン店でない和幸があるのかもしれません。

by yochy-1962