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編集王子

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Thank you !!!

c0135618_20184368.jpg「今だから話すんだけど……」
 中学校の同級会の席で、だいぶ酒も回った宴たけなわの時間、クラスメイトの女子がポツリと話し始めました。


 ……って、50も超えて女子、ってことはないですが(苦笑)、まあ、いくつになっても同級生は男子、女子、なのですね。そういう、なんの利害関係のない場が楽しくて、あっという間にあの頃に帰れるのが嬉しくて、定期的に同級会なんぞを開いているのですけれども。

 で、その女子は学力優秀、スポーツ万能、まあ、そこそこ可愛い部類に入っていて……、いや、可愛いと言い切ってしまっても構いませんが(笑)。
 ただ、バレーボール部の主将として活躍していて、よく私に腕相撲を挑んでくるマッチョガールでして(中1のとき腕相撲をしたことがあり、僅差で私が負かしたことがそうとう悔しかったみたいで、その後、事あるごとに、いまだったらアタシは絶対に負けない! と勝負を挑んできたのです。こりゃ負けるぞと恐れ、もちろん私は逃げましたが)……まあ、クラスの人気者。人望も厚く、学級委員の常連さんでもあったわけです。

 中2の終わり頃でしょうか、彼女にちょっとした「ロマンス」の噂がありまして、相手はやはり、学級委員常連の男子で、彼はバスケットボール部に所属し、もちろん秀才でスポーツ万能、まあ私の次くらいにハンサムだったので、そうとうの色男と言っても差し支えなかったかと思います(はっ? なにか私、間違ったこと言ってますか?)。

 彼女も彼も、私は中学校の3年間ずっと同じクラスだったので、二人の動向を陰ながらずっと見守っていたのですが(市原悦子かよっ)、彼女のほうが彼にお熱で、彼の方はどちらかと言うと「んー、困ったなあ、嫌いってわけじゃないんだけど、好きって言うほどじゃないしなあ」って感じなのかなあと、ずっと思っていたのでした。

 まあ、美男美女、秀才同士のカップルでしたから、側から見ている我々もなんだか嬉しく、なにかにつけて「ヒューヒュー、アツアツだね~」なんて冷やかしていたのですが(当時こんな言い方をしていたのかどうかは、一切記憶にないのですがね。……ホント、当時はどんな風に言っていたんだろう)。
 とにかく、二人が付き合えばいいのになあ、付き合っちゃえばいいのになあと、みんなで心から応援していたものであります。

c0135618_20184865.jpg で、話は最初の「今だから話すんだけど」です。
「今だから話すんだけど、あの頃、彼から電話があって、いついつに私の家の近くに行くから来てと言われて、その時間に私、こっそりと出かけたんだけど、ちょうどそのとき、帰宅途中の母親に会っちゃって、なにアンタ、なにやってるのって感じで、一緒に家に戻っちゃって、結局会えなかったの」
 そのとき、彼氏はなにを言うために彼女を呼び出したのか、今となっては分かりませんが、彼女の方が彼のことを好きになっていろいろアタックしていたのではなく、どちらかと言ったら彼の方が彼女を好きで、いろいろとアタックしていたんだということが、いまになって知る真実、って感じで、一同驚きでした。


 結局その「デート」は幻に終わり、彼はもしかしたら彼女から拒絶されたと思ったのでしょうか、我々がヒューヒュー言っている間にその恋はひっそりと終わり、二人は高校も一緒だったのに付き合うこともなく、お互い別々の人と結婚して、今に至るというわけです。

 もしあのとき、無事二人が会うことが出来て、デートすることが出来たなら……。部外者はそんなことを考えます。
 運命ってものがあるのなら、もしあのとき思いが通じて二人が一緒になったとしても、結局は元の鞘に収まっていたのかもしれません。
 しかし、ホント人生っていろいろです。ちょっとしたことであっちに行ったりこっちに行ったり、私達はそのちょっとしたことに翻弄されたり、後悔したりしながら人生を過ごしていくものなんだなあと思わずはいられませんでした。

 今だから言えるんだけどと、勇気を持って話してくれた彼女にも感謝。今回の同級会は、大病から復帰して参加してくれた友人もいますし、ホント楽しい夜を共有することができました。

 しかし。
 今までの我々の中学同級会。最近はその彼女がよく参加してくれますが、その前、一度だけ、件の男子が参加したことがあったのでした。
 次回。ぜひ二人が会う機会を作って、「今だから話せること」第2弾を聞きたいものだと思いました。
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# by yochy-1962 | 2016-12-04 20:20 | | Trackback | Comments(0)
 小学校6年のときの、一枚の修学旅行のスナップがあります。

 旅行先は東京(苦笑。なにせ静岡の田舎者だったものですから)。皇居やら国会議事堂やら東京タワーやらを見て2日目、後楽園の遊園地で遊んだ後、近くのレストランで食事して、そしてそのまま新幹線に乗って帰路につく、というスケジュールだったかと思います。

 当時私は学級委員などしており、クラスをまとめなくてはという責任感を持って、事故がないよう、クラスメートが人様に悪さをしないよう(笑。なわけないか)見張るため、先頭を歩いて張り切っていたものでした。
 で、その役目ももうすぐ終わるという食事時、というときの写真がそれなのですが、なんだか気の抜けた、というか、それまでのキリッとした学級委員の顔から、満面の笑みを浮かべ、ご飯を待っている子供の顔になって写真に収まっているのでした。

 写真が教室に貼り出されると、担任の先生は、その私の写真がそうとうお気に入りだったようで、「この顔、いいねえ。食べ物の前でニコニコしちゃって」などと、事あるごとにおっしゃっていました。なんだか意地汚い子供だと言われているようで、恥ずかしくて、ちょっと嫌だなあ、なんて私は思っていたものでした。

 いま思うと、ふっと気が抜けたときに見せた、私の子供らしい表情がとてもいいと先生は思ってくださったのだと思いますがね。
 旅行中、よっぽど子供らしくなかったんでしょうね。しっかりしなきゃ、と頑張るばかりで、旅行を楽しんでいないのでは、と先生は心配していたのかもしれません。で、最後の最後でそういう表情を見せて、ホッとしてくれたのかもしれません。

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 美味しそうなものを前にしたときの、なんの飾りのない、素直な表情。子供でも大人でも、いや、動物だって、一番いい顔をするのではないでしょうか。
 テレビでやっていた映画版「深夜食堂」を見たのですが、ひょんなことから食堂を手伝うことになった多部未華子が、ずっと食べたいと思っていた「とろろご飯」を前にしたときの、嬉しくて嬉しくてたまらず、箸を持って待ち構えている表情がたまらなく良くて、可愛くて、そのシーンが一番心に残りました。
 自分も子供の頃、何度そういった顔をして食事を待っていただろうと思います(可愛い顔だったかどうかは未知数ですが。苦笑)。なんだか懐かしくて、きゅんと胸が締め付けられるような気がしました。

 大人になって、食べることの楽しさ、大切さを、いろいろな場面で感じてきました。
 お金がなくて、約2日ぶりに食べたハンバーガー、夢が破れて八方ふさがりになったときに大家さんからいただいて食べたぶどう、不本意な形で会社を辞めたときに、ひとりで入った大衆酒場のなんこつ揚げなど、自分の人生において節目節目で食べたものがいろいろと思い出されます。
 しかし、どんなシチュエーションでも、美味しいものは美味しく、きっと心の中では、あの、小学生の頃のニッコリとした顔で食事をしていたような気がします。
 真性の馬鹿なのか、楽天家なのか、メンタルが強いのか分かりませんが、まあ、そういう性格が、どんなことがあっても腐らず、前を向いて歩くことができる、自分の生きる力になってくれていることは確実なんだろうなと思っています。

 そう、食べることは本能ですが、美味しく食べられることは才能だと思います。
 昔から、美味しそうに物を食べることにかけては天下一品と自負している私ですが、それも才能だと思います(笑)。誰も褒めてくれませんが(苦笑)。
 まあ、楽しく生きる術をひとつ持っている、と解釈して、そういう風に育ててくれた親に感謝しなきゃな、と思っているところです。

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# by yochy-1962 | 2016-11-20 23:45 | グルメ | Trackback | Comments(2)
 新宿駅近辺で、なにやらシュプレヒコールの波か起こり、ハチマキなど締めた軍団が拳を上げながら「立ち上がりなさ〜い、立ち上がったら座りなさ〜い」(©️きんどーちゃん)などと叫んでいます。

 いや、具体的なデモの内容は省略です。別にそれについて言及しよう、というわけではありませんからね。

 私が言いたいのは、そのデモを牛耳るべく、中心になって拳を振り上げ、演説をしていらっしゃる方の声が、とんでもなく「舌っ足らず」だった、ということなのです。

「……ということなんでしゅ。これは黙っていられましゅでしょうきゃ!」
 って感じで、演説しているご本人には申し訳ないのですが、なんだかふざけているみたいな、ウッチャンあたりのコントを見ているような感じで、なかなか、肝心の話の内容まで頭の中に入ってきません。

 その舌ったらずさんがデモの中心的人物で、もしかしたらすっごいカリスマ性を帯びた方だったのかもしれませんが、知らない方からしたら、なんだか立派なことをおっしゃっていたとしても、その内容は決して心に響かないのではと心配になりました。

 でも、んー、まあ人ごとです。ハチマキ軍団の中に、もっと声の通る美声の持ち主がいたんじゃないかと思いながら、そそくさと私は大衆酒場方面へと向かったのでありますが。

 声といえばもうひとつ、毎日乗る電車に、ときどきとんでもなく悪声の車掌さんに遭遇します。
 あれは男性なのか女性なのか、男性だとしたら結構なハイトーンボイスなのですが、いわゆる「ダミ声」というんでしょうか、バケツの水をひっくり返しながらヒャヒャヒャヒャと笑っているような声なのです。
申し訳ないのですが、それはちょっと不快になるような声で、この方が乗っている電車に当たると、爽やかな、よし、今日も頑張るぞと意欲満々の朝の気持ちが、シューッと萎えてしまうのです。

 私が引っ越して、新しくこの路線を利用するようになった4年前にはもう聞いていて、だからもっと前からいらっしゃった方かもしれません。しかしそのときは、んーアナウンスに向かない声だなあ、きっと苦情が殺到してすぐに配置換えだろうと踏んでいたのですが、4年を過ぎた今もご健在。相変わらず「えー、づぎばじんじゅぐ、じんじゅぐでござびばす」(←あくまでもそう聞こえる、っていう意味)というアナウンスを聞かされています。

 まあ、私がこの電車に乗っている時間はほんの10分ほどで、この方の声を聞くとしてもほんの二言、三言です。もう我慢できない、不愉快だ、暴れるぞ、というほどのものではないのですがね。それに聞きたくなければ迂回してでも違う電車に乗ればいい、って話なのですがね。

 しかし、いろいろな場面での向き、不向きな声というものは存在すると思います。好き嫌いというものも人それぞれだと思いますが、演説をするのなら強い、はっきりとした口調の声、アナウンスなら分かりやすい、耳障りでない落ち着いた声だよなあ、それと対極にある声は、やっぱりその部門においては才能がない、不適合なのでは、と思ってしまうのでした。

 で、声の才能、とはちょっと違うのですが、これまた朝、新宿の地下街を通過するときによく聞くパン屋さんの呼び込みが、私はいつも気になるのです。
「◯◯はいかがですかあ⤴︎」と、ゆっくりと、人の神経を逆撫でするように語尾を上げていらっしゃって、なんだか嫌だなあ、なんでそんなしゃべり方するんだろうと思ってしまいます。いつもそこを通り過ぎるたびに「うるさい、語尾を上げるな!」と心の中でつぶやいてしまいます。

 どうしたもんでしょう、こうした呼び込みでは「語尾を上げて耳を傾けさせ、お客様のご機嫌を伺いましょう」とかいう教科書でもあるのでしょうか?
 なんだか癇に障り、かえって逆効果のような気がするのですが、どうしたもんでしょうかね。

 同じように、会社近くの定食屋でも、定年過ぎと思われるおっちゃんが、おどおどした口調で「ランチいかがですかあ⤴︎」と人が通り過ぎるたびに連呼しています。
 この物件に関しては、その語尾だけでなく、力なく、なんだかただ時給のために仕方なく言わされてる感バシバシで、おまけに店の入り口を通せんぼしているような配置で連呼していて、これは呼び込みをしているのか、客が来ないように店に対して嫌がらせをしているのかわからない、と思ったりもしています。

 まあ、これらは声の才能、とはちょっと違いますけどね。

 声にはそれぞれ、その場面での的確なものがあると思います。声に迫力がなく、いわゆるドスの利いた声が出せず、なにか咄嗟に不愉快なことがあっても、相手を威嚇しながらきっちり言い返すことができずに、ただストレスをためるだけの私は、喧嘩する才能がない声、ということは自覚しているのですがね〜。

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# by yochy-1962 | 2016-10-22 23:49 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)

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