編集王子

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Thank you !!!

c0135618_21243117.jpg 人様のお慈悲にすがって、今年の夏もなんとか過ごすことができたのであります。
 人様の優しさに触れるたび、ああ、私は皆様の愛によって生かされているのだと、つくづく思うのであります。
 ……冗談はそのくらいにして(えーっ冗談なのお?)
 いえいえ、今年の夏も、ファンの皆様、もとい、あまりに不憫に思った方々から、心のこもった贈り物をいただきました。そのひとつひとつに感謝を込め、ここに紹介したいと思います。
 まずこちらは、素麺界の揺るぎなきスーパースター、揖保乃糸の「特上」素麺です。
 素麺って、喉越しがよくて食欲のない日でもツルツルっと食べられて最高! などと宣う方が多くあらっしゃいますが、食欲がない日など、私が紅白歌合戦の大トリをするくらいに「ない」ことでして(笑)、おまけに、梅とか紫蘇とか茗荷とかの脇役がないとなんとも心許なく、頼りないヤツだと勝手に思っていたのでした。
 しかし、この特上揖保乃糸を一口頂いた瞬間、なんてオレは馬鹿だったのだろうと反省サル状態、になったのでした(これもまたすでに古い形容なのかな)。
 喉越しはもちろん、ツルツルっと口に入れた瞬間の心地よさ、その触感を阻害してしまう茗荷などおとといおいで!という気分になります。
 いままで、大変失礼しました、という気分。ホント美味しかったです。

c0135618_21243538.jpg こちらは友人からいただいたふりかけセット。こんな風に一回ごとにパックで分かれたふりかけを見るのは、「知床しぶき」以来です(ご存知な方、確実にオーバーフィフティーですね)。
 ひとつひとつ味が違い、ちょっと高級そうな、美味しそうなふりかけ、のようにお見受けします。
 しかし、まだこちらはいただいておりません。夜は炭水化物を摂らないダイエットを続けているため、現在我が家にはお米は置いていないのであります。
 ……えっ、素麺も炭水化物でしたね(・・;)。

c0135618_2124383.jpg こちらは、秋を先取り、のぶどう、いや、マスカットといったほうがいいのかな。種なし、皮もいただけるというので、果物があんまり好きでない、というより、食べるのがめんどくさいとお嘆きの私でもおいしくいただけました。
 とか言って、結局こんな感じでいただいちゃったのですがね。これぞ高級生ぶどうサワー、です。ホントはもう少し酸味のあるぶどうの方がサワーに向いているとは思いましたが、これはこれで、とてもおいしかったです。
c0135618_21244097.jpg で、こちらは、アパホテルのレストランで食事をした際に、嫌がらせ、もとい、サービスとしていただいた、社長のピンナップ付きのベビースターラーメンです。ぐずってなかなか言うことを聞かない子供を戒めるために作られたと、従業員さんが言っておりました(ウソ)。
c0135618_21244469.jpg そしてこちらは、伊藤園の「おーいお茶」のペットボトルについている応募券をせっせせっせと集めてゲットした、今治タオルです。「世界遺産」の旅ご招待、と銘打ったキャンペーンだったのですがね、これでハズレの涙を拭きなさい、ってことのようです(苦笑)。
c0135618_21245110.jpg 最後は、こちらも伊藤園、タリーズの缶コーヒーについている応募券で当てたプリペイドカードです。最近はコンビニコーヒーばかりで、スターバックス、タリーズ等のオシャレ(当社比、でございます)なコーヒーからはずいぶん遠ざかっている私。たまには来てね〜という、全身全霊の物言い、なのかもしれませんね。

 どうもありがとうございました。これで今年の秋もにこやかに、気がついたら奥歯を噛み締めてどこか一点をずっと睨みつけているようなことはなく過ごせそうです(笑)。

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# by yochy-1962 | 2016-09-08 21:48 | グルメ | Trackback | Comments(4)

 もうこれについては多くの方が語り、論議された案件で、いまさら、という感じなのですが、ちょっと前に途中まで書いたネタで、せっかくここまで書いたんでもったいなくて、夏休みに入ってちょっと時間ができたのをきっかけに公開させていただきます。


 そう、最近さかんに流れる「Yモバイル」のCMについてです。

 若い方はふうん、という感じで流してしまうCMなのかもしれませんが、バブルと「寝た」というほどではありませんが(いや、ほとんど恩恵は受けていませんよ)、とりあえずバブル期のどんちゃん騒ぎぶりを知っている世代からしたら、あのCM、「ざっくり」し過ぎていて、違うだろ、という場面が多過ぎるのです。


 1980年(代)と1980円をかけて作ったCMだと思いますが、まず、1980年は「バブル期」ではありません。

 ジュリアナとかゴールドなどのディスコで、自分のスタイルを顧みず、時代が時代なら逮捕されちゃうだろみたいな、確実にお前露出狂だろみたいな格好で、そしてホントは片桐はいりみたいなエラのある顔を「ワンレン」で隠し、髪の毛をかきあげるとどこまでもどこまでも顔、というミステリーゾーン状態の女子が量産されていた時代は、昭和も押し詰まった1980年代末期。どちらかといったら1990年、といっても差し支えない時代なのです。

 だから、1980円を1980年で表現しようとするのなら、本当は「竹の子族」あたりをフィーチャーするのが正解なのであって、バブルとからめるのは間違いなのです。


 そしてもうひとつ、田中美奈子演じるバブル女子が「ナウい〜」と決めゼリフのように言うのも間違い。この言葉は1970年代の終わりに流行し、あっという間に死語になり、80年代にこの言葉を使う人など皆無、そんな言葉を使ったら「どこのカッペ?」と白い目で見られること確実、だったはずです。

 ここで唯一の正解は「なめねこ」で、確かにあれは1980年を象徴する流行りものではありましたがね。


 まあ、コマーシャル作りのために多少の無理は仕方ないと思うのですが、ここまでごちゃごちゃな、リアルなバブル世代の総ツッコミが聞こえそうなものを涼しい顔で作られたら、だまってはいられません。お前、バブル時代を全然知らねーだろ、と首根っこでもとっ捕まえて、延々と説教でもしてやりたくなります。


 でも、制作が30代、40代前半の方だったら、リアルにその時代を生きていないのでしょう、仕方がありません。雑誌で「ピンクレディーがUFOでレコード大賞を取った年のライバルは横須賀ストーリーの山口百恵」とかいう記事を読んでも(プレイバックPart2だよ)、テレビで桜田淳子を紹介するときに「当時のアイドルにしては背が高かったのでグラビアにもよく登場した」とか言っていても(それほど高くないよ浅野ゆう子かよ)、ぐっと我慢するしかないのが、もう旬を過ぎた(苦笑)我々50代、なのですね。


 結局のところ、各企業で中心になってものを作り上げる層の中心が、明らかに私世代から外れてきている、ということなのでしょう。

 自分が30代、40代の頃は、「世界は自分を中心に回っている」と思って憚らないほど、テレビで流れる音楽も、リバイバルで流行るものも、んー分かる分かると肩で風切って歩いていたのですがね。いまは、懐かしい〜とか言われながら提示されるものですらピンと来ないのが、都落ち感たっぷりで、呆然と立ちすくむ2016年の夏を迎えている私です。


 で、会社に出入りしている業者さんが、ふと「僕、英語の筆記体って読めないんです」と宣ったのでありました(話は突然飛びましたが)。

 彼は現在27歳、いわゆる「ゆとり世代」で、英語の授業では筆記体を教えてもらわなかったと言うのです。

 そういえば、円周率がほぼ3とか、そんなふうに教えることになったとかいうニュースを見て、へえーそうなの、なんて他人事のように思っていましたが、そういう方々がすでに社会の中で堂々と働いている時代なのですね。いずれその世代の人達が中心になって発言権を得たとき、世の中はどうなっていくんだろう、とんでもなく薄っぺらい文化になっていたりはしないかと思ってしまいます。もうその頃は私など堂々高齢者入りでしょうから関係ありませんが、ちょっと心配になったりもしてしまいました。

 すでにJポップの「詞」の世界は、一部を除き、ホント薄っぺらいですもんねえ。



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# by yochy-1962 | 2016-08-11 23:39 | ひとりごと | Trackback | Comments(2)
c0135618_23532172.jpg 観光客があまり訪れない、ツウな人のための浅草、というテーマで浅草を楽しんでまいりました。
 案内人は、浅草生まれ、古代から中世の浅草の歴史に関する著書もお持ちのM氏です。
 って、編集したのは私なんですけどね(^_^)。
 とにかく、本作りの最中から、へえ、そうだったの? とか、知らなかったあ、という浅草の歴史を新たに知って、毎日毎日、目からウロコ状態の日々でした。まあ、ここでひとつひとつ書くわけにはいかないので省略。とにかく、浅草は浅草寺、仲見世通り、そしてホッピー通りだけではないってことなのです(^_^)。
 友達と浅草で待ち合わせするときは、決まって雷門の前なのですが、今回は「裏」浅草、ってことで東武電車改札前で待ち合わせ。ここから北へ北へと参るのです。


c0135618_23532660.jpg 浅草で歌舞伎、とはあまり馴染みがないのですが、江戸時代、庶民の娯楽であった歌舞伎を取り締まるため、「郊外の」浅草に芝居小屋を移転させたという歴史があるのだそうです。それがここ、猿若町近辺。
 街名にはかすかにその名残りはあるものの、それを彷彿とさせる碑だとか、ちょっとした凸凹(タモリさんが身悶えして喜ぶような高低差的な)がないので、なかなか観光として確立しないのが残念ではあります。


c0135618_23533053.jpg 言問橋から見たスカイツリー。浅草からその全貌が拝める唯一(?)のスポットです。



c0135618_23534097.jpg 榎本武揚というと、あの五稜郭の戦い、函館戦争で亡くなったと勝手に思っていましたが、実はここ、浅草の保元寺で蟄居していたのだそうです。
 これは榎本一族のお墓。武揚の墓は文京区の吉祥寺という寺にあるようですが。


c0135618_23533572.jpg 浅草は、昔はいわゆる「被差別層」が暮らす街だった時期があるそうです。今でこそ普通の住宅地として静かな街並みになっていますが、その昔は、そういう層は革職人などをして生計を立てていて、いまでもその名残はあるようです。
 江戸時代、その被差別層を牛耳っていたのが、浅草(矢野)弾左衛門というお方。今では、歴史の片隅に追いやられてしまっている感のある人ですが、浅草の被差別層をまとめ、そうとうの財を築いたお方のようです。
 いわゆる、浅草の田中角栄みたいな人だったのかなあと、勝手に想像してしまいましたが。
 ただ、いわゆる浅草の「裏の」歴史という位置付けなのか、昨今はあまり大きく取り上げることはないようです。
 古地図を見ると、この辺り(と言ってもどの辺りか詳しく書けないんですけど。今戸から石浜にかけての一帯)はほとんど浅草弾左衛門の土地だったようです。しかしその名残りは見つけられず、学校にあった碑にもその事実は隠され、やがて歴史の闇に葬り去られる運命なのかもしれません。
 本龍寺にある浅草弾左衛門の墓を見てきましたが、本名の「矢野家之墓」となっており、それも区画整理したのか、こぢんまりと、小さな墓に弾左衛門さんは納まっておりました。

 この辺りの隅田川沿いには、戦後貧しい日雇い労働者たちと一緒に働き、その子どもたちのお世話をした「蟻の街のマリア」と呼ばれた女性(北原玲子さんという方)がいたそうです。これも、その痕跡をいまに伝えるものはなく、ん〜、こういうものこそ、後世に伝えていかなくてはならないのになあと思った次第。

c0135618_23534485.jpg こちらは平賀源内の墓です。なんてことない住宅地に、ぽつんと、しかし独立され、ちゃんと管理された風情で佇んでおりました。
 平賀源内といえば「日本のエジソン」と言われた発明家ですが、晩年、ふとしたことがきっかけで殺人を犯してしまい、どうも獄中死だったようです。全然知りませんでした。


c0135618_23534748.jpg 裏浅草といったら、「吉原」を語らずに通り過ぎることはできません。
 と言っても、昔の遊郭いまソープを一軒一軒調査するわけにはいきませんので(笑)、古地図と見比べながら、呼び込みの兄ちゃんをかわしながらのウォーキングです。
 昔は四方をぐるっとお堀で囲まれていたという吉原。吉原観音に寄付をしたという芳名旗(っていうの?のぼりみたいなヤツ)に家田荘子の名前を見つけ妙に納得したり(笑)、「吉原炎上」の舞台になったのはどこだろう? なんてトホホな疑問を先生にぶつけたりと、私なりに吉原を楽しませていただきました。


c0135618_23534950.jpg さて、表浅草に戻り、浅草呑みです。
 いつもの「ホッピー通り」で煮込み、「あげまん」で串揚げ、は封印して、ちょいと雰囲気のよろしい天ぷら屋さんでお食事です。
 浅草公会堂の近くにある、「中清」という天ぷら屋さん。
 なかなか入る機会のないお店ですが、いざ入ってみたらそれほど敷居は高くないのでホッとしました。
 っていうかゴチになって言う台詞じゃないか、すみませんです。

c0135618_2354145.jpgc0135618_23535879.jpgc0135618_23535638.jpgc0135618_23535362.jpg

 でも美味しかったあ。梅のゼリー寄せ(っていうのかなぁ)は特に上品で、程よく酸っぱく、程よく甘く、絶妙な逸品でございました。
 先生からは、古い浅草のことがたっぷり書かれた古書、そして夏目漱石の処女作の復刻版などをいただき、嬉しい限り。読まねば! です。

 これまで、キッチュで大衆的な浅草ばかりを楽しんできましたが、こうした、闇に葬り去られそうな、裏浅草のこともちょっとだけかじり、ますます浅草という街が好きになった一日でございました。また行きましょう。
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# by yochy-1962 | 2016-07-09 00:31 | Tokyo迷子ウォーキング | Trackback | Comments(2)

by yochy-1962
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