以前からうっすらと思っていたのことなのですが、声に出して言うほどのことでもないかと、というか、基本的に私は自炊をしているのであまり気にならない、いや、外でご飯を食べるときは、決まってお酒がついて来たり(笑)牛丼とかハンバーガーみたいな、安価なファストフードだったりするので、ちょっと忘れていたりして……。
……って、なんのことだかさっぱりわかりませんよね。自分でもわからなくなってきた(苦笑)。
いや先日、ホントに久しぶりに、いわゆる街の中華料理屋さんでご飯を食べたのです。
そう、引っ越し早々でまだ食器類がダンボールの中に入ったままの状態でしたからね。それに新居はまったくの住宅地で、松屋的な、気の利いたお店が皆無なのです。あっ、ここでいうところの「気の利いた」は、「別になんの期待もしていませんがその代わり安くて早くて気を使わなくてただ腹を満たすことだけに没頭できる店」という意味ですね。あれ、ちょっと松屋に喧嘩売ってる?
だから、仕方なく、という感じで、家から一番近くにあった、どこにでもあるような中華料理屋さんの暖簾をくぐったのでした。
本来なら自分で作るよなあと思いながら肉野菜炒め定食をオーダーし、到着したブツを見ながら、んー原価150円くらいかな(やなヤツですねえ相変わらず)と思いながら一口。
あっ結構おいしいじゃん、なかなか自分じゃこの味は出せないなあ、たまにはいいじゃん、お店も小綺麗にしてるし、お客さんがいっぱいなのもわかる気がする〜。店員さんの接客もよろし。主人は結構若そうだけど、この二人、ご夫婦かなあ……ゲホッゲホッああみっともない。慌ててかっ喰らったからのどにつまらせちゃった、王子なのに品がないお水飲もう……。ゴクゴクゴク。
「ん、まずっ!!」
そう、私が言いたいのは、どうして街の中華料理屋とか蕎麦屋とか、チェーン店でない食事処というのは、水道水そのままのお水を、平然と、ごく当たり前のように客の前に提示してくるのでしょうか。これが言いたかったのです。
いや、昨今の東京の水道水は、ペットボトルで販売もしちゃうくらいに美味しくなった、とは思います。
私が上京した頃の水道水は、とても飲めたものじゃない代物でした。一度蛇口をひねればキッチン中がカルキ臭くなる感じで、どうしても喉を通っていってくれず、仕方なく、その頃の私はコーラとかジュースを飲料水としていたのでした。そう、まだ水を「買う」ことが憚られていた時代だったのでした(オレも古いよねえ)。
だから、とりあえずあのカルキ臭を払拭しただけでも、21世紀の水事情は、当時と比べたらものすごい進化を遂げたといっても過言ではないのだとは思います。まあ新たに放射能がどうだとかいう懸念は生まれてしまいましたが。
でもやっぱり、なんのためらいもなく水道水をごくごく飲めるほど進化はしていない、というのも事実だと思います。だからチェーン店の飲食店やちょっと気を遣っちゃってます的なお店は、浄水器を通したお水を提供したり、レモンなんかを浮かべちゃってお洒落でございましょう的な演出を施しているのです。
しかし、街の中華料理屋さんとか蕎麦屋さんは、いまだにそのあたりは「昭和」のままです。それも「キリン」とか書かれているコップに、並々と水道水を入れて、ドンとテーブルに置き、涼しい顔をしているのです。
ですから私、こういうお店でお水を出されても、どうしてもそれに口をつけることができず、バッグの中からペットボトルのお茶なんかを取り出して、こそこそと喉を潤してしまったりすることもあるのです。嫌な客だと思われてるだろうなと思いつつ。
できるだけ安価で、おいしいものを提供するためには、水なんかに構っちゃいられませんよお客さん、などと言われるかもしれません。でもなあ、浄水器ってそんなに高いもんじゃないし、そのくらいできないのかなあ、とも思ってしまいます……と書いているうちに、もしかしたらわざとまずい水を出して、ビールとかジュースのオーダーを増やしてしまおう、なんて店側は目論んでいるのかもしれないなあ、なんて考えが浮かびましたが(笑)。
うるさい野郎だなあ。そんなにうるさいこと言うのなら、そんな店には行かずにもっとこハイソな豪華中華屋にでも行って、ジャスミン茶でも飲んでろコノヤロー、なんて思わないでね(笑)。

ああ、これは本文とは全然関係ありません。新しい住居の近くには、こんな畑が広がった一角があるんですよ。世田谷じゃないみたいでしょう。
いざというときの食糧難にも重宝しそうです(笑。ウソ)。